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Free Kitten “Sentimental Education” / フリー・キトゥン『センチメンタル・エデュケーション』


Free Kitten “Sentimental Education”

フリー・キトゥン 『センチメンタル・エデュケーション』
発売: 1997年9月23日
レーベル: Kill Rock Stars (キル・ロック・スターズ)
プロデュース: Wharton Tiers (ウォートン・ティアーズ)

 ソニック・ユース(Sonic Youth)のキム・ゴードン(Kim Gordon)、プッシー・ガロア(Pussy Galore)のジュリア・カフリッツ(Julia Cafritz)らによって結成された、フリー・キトゥンの2ndアルバム。アルバム・タイトルは、フランスの小説家ギュスターヴ・フローベールの小説『感情教育』(L’Éducation sentimentale)から。

 メンバーは上記2名の他、ボアダムスのヨシミ、ペイヴメント(Pavement)のマーク・イボルド(Mark Ibold)を加えた4人。実験性の高いオルタナティヴ・ロックのメンバーが揃った、スーパー・バンドと言えるバンドです。

 前作『Nice Ass』も、期待に違わぬ、ジャンクでアングラ臭の充満するアルバムでしたが、本作もワシントンD.C.出身のヒップホップ・ミュージシャン、DJスプーキー(DJ Spooky)とのコラボ楽曲を収録するなど、前作以上に雑多でアヴァンギャルドなアルバムとなっています。

 1曲目の「Teenie Weenie Boppie」は、フランスの作曲家・歌手・映画監督・俳優のセルジュ・ゲンスブール(Serge Gainsbourg)のカバー。自由奔放なコーラスワークと、ノイジーなギター、ホーン・セクションが溶け合った、アヴァンギャルドなポップ。

 2曲目「Top 40」は、ギターを中心に、奇妙なフレーズが飛び交う、ジャンクな雰囲気の1曲。

 6曲目「Dj Spooky’s Spatialized Chinatown Express Mix」は、タイトルのとおり、DJスプーキーとのコラボ楽曲。ノイジーなフレーズの断片が反復され、再構築されていきます。フリー・キトゥンが持つジャンクなサウンドと、ヒップホップのループ感が融合した1曲。

 7曲目「Bouwerie Boy」は、ドタバタと躍動感のあるアンサンブルが展開するロック・チューン。潰れたように歪んだ音色のギター、物憂げな歌唱のボーカルと、アングラ臭も香る1曲です。

 8曲目「Records Sleep」は、チューニングに不安を感じる奇妙なフレーズが飛び交う、アヴァンギャルドな1曲。実験的でありながら、多様な音が飛び交うサウンドはカラフル。実験性とポップさを兼ね備えています。

 10曲目はアルバム表題曲の「Sentimental Education」。イントロから、各楽器が絡み合うように、一体感のあるアンサンブルが構成。12分を超えるインスト曲ですが、次々と表情を変えながら進行。じわじわとグルーヴ感とドライヴ感を増していく展開は、ソニック・ユースを彷彿とさせます。

 14曲目「Daddy Long Legs」は、トランペットがフィーチャーされ、各楽器の音が無作為に漂うようにアンサンブルが構成される、フリージャズ色の濃い1曲。

 ギターを主軸にした、ノイジーなロックが並ぶ前作と比較すると、より楽曲の多彩さが増した2作目です。

 DJスプーキーをゲストに迎えた楽曲と、セルジュ・ゲンスブールのカバー曲が、特に象徴的。「ジャンクなギター・ロック」とでも呼ぶべき、ソニック・ユースに近い音楽を鳴らしていた前作と比べると、サウンドと音楽性の両面で幅が広がり、より間口の広いアヴァンギャルドなポップスを繰り広げています。

 バンドのサブ・プロジェクトや、この種のスーパーバンドには、決して成功とは言えないクオリティのものもあります。しかし、フリー・キトゥンは、アヴァンギャルドなロック・バンドとして秀逸。実験性とポップさを、高い次元で両立し、片手間のバンドとは切り捨てられないクオリティを備えています。

 





Free Kitten “Nice Ass” / フリー・キトゥン『ナイス・アス』


Free Kitten “Nice Ass”

フリー・キトゥン 『ナイス・アス』
発売: 1995年1月30日
レーベル: Kill Rock Stars (キル・ロック・スターズ)

 ソニック・ユース(Sonic Youth)のキム・ゴードン(Kim Gordon)、プッシー・ガロア(Pussy Galore)のジュリア・カフリッツ(Julia Cafritz)、ボアダムスのヨシミ、ペイヴメント(Pavement)のマーク・イボルド(Mark Ibold)の4人からなるバンド、フリー・キトゥンの1stアルバム。

 著名なバンドのメンバーが集った、いわゆる「スーパーグループ」と呼ぶべきバンドです。当初は、キム・ゴードンとジュリア・カフリッツのギター・ボーカル2名で、1992年に活動開始。その後、ドラムにヨシミ、ベースにマーク・イボルドを加え、4人体制へ。

 本作リリース以前にも、数枚のミニ・アルバムやシングルをリリースし、1994年にはそれらを集めたコンピレーション・アルバム『Unboxed』を発売。翌1995年にリリースされた本作が、初のスタジオ・フル・アルバムとなります。

 上記のとおり、クセの強い個性的なバンドのメンバーによって結成されたフリー・キトゥン。本作で展開されるのも、期待を裏切らない、ジャンクでノイジーなサウンドを持った音楽です。『Nice Ass』というアルバムのタイトルも、示唆的ですね。美しい歌心が前面に出たアルバムではないことは、察しが付くでしょう。

 1曲目「Harvest Spoon」から、ざらついた歪みのギターが唸りを上げ、ドタバタしたリズム隊が立体的に躍動する、ノイジーなアンサンブルが展開されます。本作がリリースされたのは1995年ですが、同時期のソニック・ユースに近い音楽性。

 2曲目「Rock Of Ages」では、ジャンクな音色のギターとボーカルが、前のめりに音を放出していきます。サウンドとアンサンブルの両面で、耳障りでオルタナティヴな魅力が充満。

 3曲目「Proper Band」でも、各楽器の音作りは、下品でジャンク。この曲は、アンサンブルがややタイト。ロック的な
ダイナミズムを伴った演奏が展開します。

 6曲目「Call Back (Episode XXT)」は、メロディー感の薄いボーカルと、殺伐としたサウンド・プロダクションが合わさった、アングラ臭が充満する1曲。

 7曲目「Blindfold Test」は、メロディーとアンサンブルが、揺らめくように進行する、酩酊感のある1曲。

 9曲目「Revlon Liberation Orchestra」は、チープで金属的な音色のドラムをはじめとして、多種多様なノイズ的サウンドが飛び交う、アヴァンギャルドな1曲。

 10曲目「The Boasta」では、本来はドラムのヨシミがギター、ギターのキム・ゴードンがドラムを担当。そのため、どこかぎこちなくアンサンブルが進行します。おそらく、普通の演奏では得られない、違和感を生むことを目指したのでしょう。

 12曲目「Secret Sex Fiend」は、パンキッシュに走り抜ける、40秒ほどの1曲。曲の短さもさることながら、前のめりに音が噴出するような、疾走感ある演奏を展開しています。

 前述のとおり、実験的な要素を多分に持った4バンドのメンバーによって、結成されたこのバンド。各バンドの音楽性を考慮しても想像がつきますが、オルタナティヴなサウンドと発想を持った音楽が、アルバムを通して繰り広げられています。すなわち、選択肢の「じゃない方」を選び続ける、実験的なアプローチの充満した1作です。

 著名なメンバーの集まった、スーパーグループであることを差し引いても、ジャンクな音像が、ロック的なダイナミズムを伴って鼓膜を揺らす、優れたアルバムと言って良いでしょう。

 





Moses Sumney “Aromanticism” / モーゼス・サムニー『アロマンティシズム』


Moses Sumney “Aromanticism”

モーゼス・サムニー 『アロマンティシズム』
発売: 2017年9月22日
レーベル: Jagjaguwar (ジャグジャグウォー)
プロデュース: Joshua Willing Halpern (ジョシュア・ウィリング・ハルパーン)

 カリフォルニア州ロサンゼルスを拠点に活動するシンガーソングライター、モーゼス・サムニーの1stアルバム。

 ガーナ人の両親のもと、1990年にカリフォルニア州サンバーナーディーノで生まれたサムニー。これまでに数枚のEPとシングルを発表し、本作が初のアルバムとなります。インディアナ州ブルーミントンのインディー・レーベル、ジャグジャグウォーからのリリース。

 上記のとおり、ガーナにルーツを持つモーゼス・サムニー。アフリカにルーツを持つアメリカ人が作る音楽というと、ネオ・ソウルやR&Bが思い浮かびます。

 ヒップホップにも言えることですが、現代のブラック・ミュージックの特徴を単純化して挙げるならば、メロディーやハーモニーよりも、リズムを重視した音楽であることでしょう。もう少し具体的に言い換えるならば、コード進行に基づいたメロディーではなく、より自由な音の動きのメロディーを持った音楽である、ということ。

 そのため、この種のジャンルにカテゴライズされる楽曲は、複雑なコード進行を持つことは少なく、1コードあるいは2コードのみで進行する曲すら、たびたび見受けられます。そして、コード進行の呪縛から解き放たれたメロディーは、音程的にもリズム的にも、自由な動きを見せます。

 また、コード進行がシンプルになった分、バック・トラックのビートが強調され、リズムが前景化。結果として、メロディーやハーモニーよりも、相対的にリズムが前に出た音楽となります。

 さて、そのような文脈で考えた時に、モーゼス・サムニーが作る音楽の特異性が、鮮やかに浮かび上がってきます。前述のとおり、コード進行の機能に縛られず、より自由で風通しの良いメロディーを持つのが、現代的ブラック・ミュージックの特徴。

 モーゼス・サムニーの音楽も、その流れの中にあるのは間違いないのですが、彼の音楽はコード進行からの離脱や、ビートの重視といった従来の方法論ではなく、音響を重視したもの。音の響きを何よりも重視した彼の音楽は、ネオ・ソウルをエレクトロニカや音響系ポストロックの文法を用いてアップデートしたもの、と言ってもいいでしょう。

 1曲目「Man On The Moon (Reprise)」は、教会に響きわたるゴスペルを彷彿とさせる、厚みのあるコーラスワークが展開する、40秒ほどのトラック。ドラムなどのリズム楽器は用いられず、人の声のみで分厚い音の壁を構築しています。アルバム1曲目にふさわしく、本作の方向性を示した1曲です。

 2曲目「Don’t Bother Calling」は、ファルセットを駆使したボーカルと、シンプルなベースのフレーズが絡み合う、ミニマルなアンサンブルの1曲。言うまでもなく、一般的なバンド・サウンドと比較すれば、隙間の多いアンサンブルですが、ボーカルの声とメロディーの美しさが際立つアレンジです。途中から挿入されるストリングスが、楽曲に立体感をもたらしています。

 4曲目「Quarrel」は、ハープや人の声などのオーガニックな響きと、電子的なビートが溶け合った1曲。ベースを弾いているのは、サンダーキャット(Thundercat)。

 6曲目「Lonely World」は、ギターが幾重にも折り重なるイントロから、多様な楽器を用いたアンサンブルへと展開。生楽器と電子的なサウンドが溶け合い、躍動感のあるアンサンブルへと発展していきます。再生時間2:58あたりからのドラムなど、生楽器のいきいきとした響きを、電子的なサウンドの中で、対比的に際立たせるバランス感覚も秀逸。

 7曲目「Make Out In My Car」は、断片的なフレーズが、ポスト・プロダクションによってレイヤー状に重なっていく、エレクトロニカ的な音像を持った曲。そんな電子的なサウンドの中で、エフェクト処理されたボーカルが、バックの音と溶け合うように、メロディーを紡いでいきます。

 9曲目「Doomed」は、電子的な持続音の上に、ボーカルのメロディーが立体的に浮かび上がる、アンビエントなサウンド・プロダクションを持った1曲。

 11曲目「Self-Help Tape」では、透明感のある音色のギターとボーカルによって、建造物のように音楽が構築。伴奏がどうこう、メインのメロディーがどうこうという音楽ではなく、全ての音が有機的に組み合って、ひとつの音楽となっています。

 アルバム全体をとおして、音響系R&Bとでも呼びたくなるクオリティを持った1作です。メロディーやコーラスワークには、間違いなくゴスペル等ブラック・ミュージックからの影響が出ているのですが、できあがる音楽から黒っぽさは、それほど感じられません。

 その理由は、糸を引くようなリズムであったり、うねるようなバンドのグルーヴ感といった、黒っぽさを演出する要素を除き、その代わりに音響を前景化したアプローチを取っているため、というのが僕の考えです。

 ジャケットのデザインが宙に浮いた人というのも、このアルバムの音楽性を示していると思います。特定のジャンルに足をつけず、なおかつ浮遊感のあるサウンドを持っているという意味です。これは、ちょっと考えすぎかもしれませんが。

 インディー・「ロック」・レーベルのジャグジャグウォーからリリースされているのも示唆的ですね。ジャズとヒップホップの線引きが曖昧になっていくのと並行して、ロックとブラック・ミュージックの融合もますます進んで、境界が曖昧になっていくのでしょう。





Phosphorescent “C’est La Vie” / フォスフォレッセント『セ・ラ・ヴィ』


Phosphorescent “C’est La Vie”

フォスフォレッセント 『セ・ラ・ヴィ』
発売: 2018年10月5日
レーベル: Dead Oceans (デッド・オーシャンズ)
プロデュース: Andrija Tokic (アンドリジャ・トーキック)

 アラバマ州ハンツビル出身のシンガーソングライター、マシュー・フック(Matthew Houck)のソロ・プロジェクト、フォスフォレッセントの通算7作目となるアルバム。

 アルバム・タイトルの「C’est la vie」とは、フランス語の慣用句で「それが人生さ」「しょうがないよ」といった意味。

 2015年にライブ・アルバム『Live At The Music Hall』をリリースしてはいますが、スタジオ・アルバムとしては2013年作の『Muchacho』から、5年ぶりのリリースとなります。

 デビュー以来、インディー・フォークあるいはオルタナ・カントリーに分類される音楽を作り続けてきたフォスフォレッセント。すなわち、ルーツ・ミュージックを下地に、オルタナティヴ・ロック的なサウンドとアレンジを、併せ持った音楽です。

 基本的には、フォーク色の濃い1stアルバムからスタートし、その後はアルバムを追うごとに、サウンドとアレンジの両面で、徐々にオルタナティヴ・ロック色が濃化。前作『Muchacho』は、電子的なサウンドがフィーチャーされた、最もオルタナ色の濃い1作でした。

 そんな前作に続く、5年ぶりの本作。引き続き電子的なサウンドを取り込みつつ、音響的なアプローチの目立った前作と比較すると、より歌が前景化されたアルバムとなっています。

 1曲目「Black Moon / Silver Waves」は、1分20秒ほどのイントロダクション的な役割の曲。さざ波のようなアコースティック・ギターのフレーズに続き、原初的なシャウトと、厚みのあるコーラスワークが重なります。音楽へと向かうプリミティヴな感情と、音楽を作り上げる論理が、ギュッと凝縮されています。

 2曲目「C’est La Vie No. 2」は、電子音を中心とした柔らかなサウンドの中に、穏やかなボーカルのメロディーが浮かび上がる1曲。エレクトロニカのような音像を持ちながら、人の声の温かみと実体感が、共存しています。

 3曲目「New Birth In New England」は、軽快に飛び跳ねるリズムを持った、ノリの良いポップ・チューン。

 5曲目「Around The Horn」は、多用な楽器が絡み合う、躍動感の溢れるアンサンブルが展開する1曲。エフェクターを多用したギターの音色がアクセントとなり、楽曲にオルタナティヴな要素をプラスしています。

 6曲目「Christmas Down Under」は、空間系エフェクターを用いた透明感のあるギター・サウンドと、ソフトな電子音を中心にしたアンサンブルの中を、ボーカルのメロディーが滑らかに流れる1曲。あくまで歌がアンサンブルの中心に据えられていますが、音響系ポストロックのようなサウンドも持ち合わせています。

 9曲目「Black Waves / Silver Moon」は、増殖するように刻まれるギターのフレーズと、トライバルなドラムのビート、ヴェールのように全体を包み込む電子的なドローンが溶け合う、音響を前景化したアプローチのインスト曲。厳密には、人の声も用いられてはいますが、いわゆる歌メロではなく、断片的なロングトーン。1曲目の「Black Moon / Silver Waves」とタイトルが対になった、アウトロ的な役割のトラックです。

 前述のとおり、マシュー・フックのソロ・プロジェクトであるフォスフォレッセント。初期の作品は、もっと個人が頭の中で作り上げた箱庭感があったのですが、アルバムを追うごとにバンド感が増していきました。

 アルバムごとにゲスト・ミュージシャンを招いてはいますが、多くの楽器をマシュー・フック自身が担当するスタンスは、一貫しています。バンド感が増した理由は、彼自身のアンサンブル構成力の向上が、大きいということでしょう。

 さて、本作ではバンド感が後退したわけではないのですが、歌が中心に据えられ、今まで以上にパーソナルな空気が充満したアルバムとなっています。

 「C’est La Vie」というアルバム・タイトル、そして本人の顔写真を使った、ジャケットのデザインも象徴的。新作ごとにアンサンブルとサウンド・プロダクションを追求してきたこれまでの方向性から、ソングライティングと歌唱にフォーカスした方向へと、舵を切った1作とも言えるのではないかと思います。

 また、サウンドの面ではフォーク色がかなり後退し、シンセサイザーによるものと思われる、電子的なサウンドの割合が増加。現代版のキャンディ・ポップとでも呼ぶべき、カラフルなサウンド・プロダクションに仕上がっています。

 





Phosphorescent “Muchacho” / フォスフォレッセント『ムチャチョ』


Phosphorescent “Muchacho”

フォスフォレッセント 『ムチャチョ』
発売: 2013年3月19日
レーベル: Dead Oceans (デッド・オーシャンズ)
プロデュース: Phil Joly (フィル・ジョリー)

 アラバマ州ハンツビル出身のシンガーソングライター、マシュー・フック(Matthew Houck)のソロ・プロジェクト、フォスフォレッセントの6thアルバム。

 前作『Here’s To Taking It Easy』から約3年ぶり、デッド・オーシャンズと契約後4作目となるアルバムです。アルバム・タイトルの「Muchacho」とは、スペイン語で「少年」(boy)を意味する単語。

 これまでのフォスフォレッセントの作風は、フォークやカントリーを下敷きにしながら、オルタナティヴ・ロックや音響系ポストロックを感じさせるアレンジを、さりげなく織り交ぜたもの。

 しかし、前作から3年ぶりとなる本作では、生楽器の響きを活かした、これまでのフォーキーなサウンドとは打って変わって、電子的なサウンドが前面に出たアルバムとなっています。一体、前作からの3年間に何があったのか、と思うほどの変化です。

 もちろん彼の持ち味であるルーツ・ミュージックの要素も含まれてはいるのですが、音楽を作り上げる方法論、全体のサウンド・プロダクションは、明らかにモード・チェンジ。フォスフォレッセント史上、最もオルタナ色の濃い1作です。

 1曲目「Sun, Arise! (An Invocation, An Introduction)」は、いかにも電子音らしい電子音による伴奏と、厚みのあるコーラスワークが溶け合う1曲。テクノ的なサウンドと、温かみのある人の声が合わさり、独特のオーケストラルなポップが展開されています。

 2曲目「Song For Zula」でも、1曲目に続いて電子音が主軸に据えられ、バウンドするビートに乗せて、流麗なフレーズが重なっていきます。

 3曲目「Ride On / Right On」は、エフェクターの深くかかったエレキ・ギターと、肉体的なビートが用いられた、躍動感のある1曲。

 5曲目「A Charm/ A Blade」は、教会音楽を思わせる壮大なコーラスワークと、ホーン・セクションを大体的に導入したサウンドが融合する、スケールの大きなポップ・ソング。

 6曲目「Muchacho’s Tune」は、ギターとピアノ、シンセサイザーなどの粒立った音が、水がにじむように広がっていく、ソフトな音像を持った1曲。各楽器の音が、無作為に広がっていくようで、一体感のあるアンサンブルが構成されています。

 8曲目「The Quotidian Beasts」は、アコースティック・ギターのストロークと、ヴァイオリンのフレーズが重なる、オーガニックな響きを持った、牧歌的な1曲。

 10曲目「Sun’s Arising (A Koan, An Exit)」では、ロングトーンを活かした、神秘的なコーラスワークが響き渡ります。伴奏は、風になびいて草木がなびくように、ナチュラルな躍動感に溢れたもの。

 前述のとおり、これまでのフォーキーな音色を持った作風から比較すると、サウンドの質感が大きく異なる1作です。積極的に電子音が導入され、オルタナティヴな要素が増しています。

 一方で、ただ単にエレクトロニカやオルタナティヴ・ロック色を増しただけでなく、ホーン・セクションやペダル・スティール・ギターが効果的に用いられ、スケールの大きなポップスとしての一面も持っています。

 また、本作は「Muchacho De Lujo」(ムチャチョ・デ・ルホ)と名づけられた、2枚組のデラックス・エディションもリリースされています。2枚目のディスクには、ライブ音源が12曲収録。現在は各種サブスクリプション・サービスでも、こちらのエディションを聴くことができます。