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Adrian Orange & Her Band “Adrian Orange & Her Band” / エイドリアン・オレンジ&ハー・バンド『エイドリアン・オレンジ&ハー・バンド』


Adrian Orange & Her Band “Adrian Orange & Her Band”

エイドリアン・オレンジ&ハー・バンド 『エイドリアン・オレンジ&ハー・バンド』
発売: 2007年9月11日
レーベル: K Records (Kレコーズ)

 オレゴン州ポートランド出身のシンガーソングライター、エイドリアン・オレンジが2006年に結成したバンドが残した唯一のアルバム。

 エイドリアン・オレンジ&ハー・バンド名義としては、このアルバムだけですが、2006年にエイドリアン・オレンジ名義でリリースされた「Bitches Is Lord」という作品も、このアルバムと同じ9人のメンバーでレコーディングされています。

 フォークやカントリーなどアメリカのルーツ・ミュージックを感じさせながら、ホーンも入り、カラフルなサウンド・プロダクションの1枚。カントリーを現代的に解釈した1枚というより、ルーツ臭さを強く残して現代に蘇らせた1枚、と言った方が適切です。

 しかし、サウンドは茶色一色かと言うとそうではなく、色鮮やかに感じられるバランスに仕上がっているところが魅力。その理由は、楽器の数が多いことと、ホーンの導入によるところが大きいのかなと思います。前述したように9人編成のバンドです。

 1曲目の「Window (Mirror) Shadow」から、ホーンが導入されていることもありますが、大所帯のバンドなんだろうなぁ、という奥行きを感じるアンサンブルが展開されます。緩やかにグルーヴしていく感覚が気持ちいい1曲。

 このアルバムは音も非常に良く、立体的なサウンドで録音されています。1曲目「Window (Mirror) Shadow」を例に出すと、イントロのドラムの時点で空間の広さが感じられますし、その後に入ってくるベースも下から響いてくるような臨場感があり、音域のレンジの広さもあります。

 4曲目「Then We Play」はイントロから大々的にホーン・セクションがフィーチャーされ、ジャズのビッグバンドのような雰囲気。ですが、ジャズのマナーに完全にのっとった演奏というわけではなく、カントリー色も濃く出ています。ダンス・ミュージックとしても機能しそうなグルーヴのある1曲。

 5曲目「You’re My Home」も、イントロのポリリズミックなドラムに続いて、ホーンが厚みのあるアンサンブルを構成。ボーカルが入ってくるタイミングで、ホーンが一斉に引き上げ、タイトなバンドのアンサンブルへ。1曲の中でのコントラストが、盛り上がりをますます演出しています。

 アルバムを通して、ルーツ・ミュージックへのリスペクトが溢れ、立体的なサウンドとアンサンブルが満載の1枚。語りのようなダンディーなボーカルも特徴。エイドリアン・オレンジは当時21歳のはずですが、その若さでルーツ・ミュージックを下敷きに、自分なりの音楽を作り上げるセンスには脱帽します。

 同時に、アメリカには豊潤なルーツ・ミュージックの歴史があり、それが現在のポップ・ミュージックまで地続きであることも感じられるアルバムです。こういう作品に出合うと、アメリカの広大さと奥深さを感じます。

 ちなみにピッチフォーク(Pitchfork)のレビューでは、この作品が10点満点で3.8という非常に低い評価となっております。僕は、カントリーとジャズが現代的な音で融合された、素晴らしいアルバムだと思うんですけどね。

 





American Football “American Football” / アメリカン・フットボール『アメリカン・フットボール』


American Football “American Football”

アメリカン・フットボール『アメリカン・フットボール』
発売: 1999年9月28日
レーベル: Polyvinyl (ポリヴァイナル)

 後続のエモおよびポストロック・バンドに多大な影響を与えた、キャップン・ジャズ(カプン・ジャズ, Cap’n Jazz)。その中心メンバーが、兄ティム・キンセラ(Tim Kinsella)と弟マイク・キンセラ(Mike Kinsella)の、キンセラ兄弟です。キャップンジャズの解散後、弟のマイク・キンセラが結成したのが、このアメリカン・フットボール。

 疾走感あふれる演奏とエモーショナルなボーカルを特徴とし、エモ要素の強かったキャップン・ジャズと比べると、アメリカン・フットボールは、よりポストロック色の強いバンドと言えます。

 1stアルバムである今作『アメリカン・フットボール』は、流れるような美しいボーカルのメロディー・ラインを持ち、歌モノのアルバムとしても聴けるものの、歌のないインストバンドだったとしても楽しめる、緻密なアンサンブルも秀逸な1作。

 ちなみにアメリカン・フットボールは、このアルバムを最後に解散。2014年に活動を再開し、2016年に1stアルバムと同じくセルフタイトルの『アメリカン・フットボール』をリリースしています。(アメリカン・フットボールだらけで、ややこしい笑)

 絡み合うような複数のギターが、次々と旋律を紡いでいき、さらにベースとドラムも有機的にグルーヴするこのアルバム。曲によっては、聴きながら拍子を探してしまう複雑なリズムを持ちながら、その絶妙な違和感がフックとなり、やがて快感に変わっていきます。

 また、複雑さよりもアンサンブルとメロディーの美しさが前面に出ていて、聴いていて特に複雑怪奇で難解なアルバム、という印象はありません。

 1曲目の「Never Meant」は、バンドがスタジオで音出しを始めたようなリラックスした雰囲気から、音楽が立ち上がり、徐々に躍動していく進行が、たまらなく心地いい1曲。イントロ部には、メンバーの誰かが「Are you ready?」と言う声も入っています。アルバム1曲目にどういう曲が入るのかって重要で、僕はわりと1曲目の曲が好きなことが多いんですけど、この1曲目は完璧です。アルバムの音楽性を示し、イントロダクションの役目も果たし、しっかりと「つかみ」にもなっています。

 3曲目「Honestly?」は、イントロを聴くと、ゆったりと加速していく曲かと思いきや、すぐにスイッチが入ってバンドがアンサンブルを形成する意外性に、まず耳を掴まれます。アルバム全体を通しても感じることですが、違和感を利用して音楽のフックにするセンスが、本当に優れていると思います。

 8曲目の「Stay Home」は、複数のギターが重なり合い、展開しながら立体的なアンサンブルを構成する1曲。8分以上ある曲ですが、いつまでも聴いていたくなるぐらい、バンドのグルーヴ感と、サウンドスケープ的な心地よさを、多量に含んだ1曲です。

 前述したように、歌モノのアルバムとしても高い完成度を持った作品であると同時に、歌を抜いてインスト作品だったとしても、ポストロックの名盤と呼べるクオリティを備えた1枚です。

 バンドのアンサンブルの中でも、僕が特におすすめしたいのは、複数のギターが複雑に絡み合い、繊細かつ一体感のあるテクスチャーを生み出しているところです。聴いていて、本当に気持ちいい。音楽をタペストリーに例えることがありますけれども、本作はまさにギターが織物のように重なっていて、本来はバラバラのものなんだけど、ひとつの有機的な存在になっています。

 ほどけそうでほどけない、まとまりそうでまとまらない、各楽器が絡み合う緻密なアンサンブルと、美しいメロディーと歌心が融合した名盤です。歌モノが好きな人も、ポストロックが好きな人も、きっとハマるはず!

 





Nirvana “Bleach” / ニルヴァーナ『ブリーチ』


Nirvana “Bleach”

ニルヴァーナ 『ブリーチ』
発売: 1989年6月15日
レーベル: Sub Pop (サブ・ポップ)
プロデュース: Jack Endino (ジャック・エンディーノ (エンディノ))

 ニルヴァーナの魅力は、憂鬱や絶望といったネガティヴな感情が、そのままサウンドに変換されたかのように、リアリティを伴って響くところ。産業ロック対オルタナティヴ・ロックというカビの生えた議論をするつもりはありませんが、様式美のように良くも悪くも型にハマった、当時の一部のロックバンドと比較すると、若者たちにリアリティを伴って鮮烈に響いたことでしょう。

 サウンドもさることながら、普段着に近いファッションも含めて、ロック・ミュージックにパンク以来のパラダイム・シフトを起こした、と言っても過言では無いのがニルヴァーナです。

 今作は1989年にサブ・ポップより発売された、ニルヴァーナの1stアルバム。メジャーに進出してからの2作『Nevermind』と『In Utero』の方が知名度、サウンド面の評価ともに高いのは事実ですが、個人的には彼らの初期衝動がパッケージされた今作もおすすめします。プロデューサーは、当時シアトルで多くの作品を手がけたジャック・エンディーノ。

 このアルバム全体に共通するのは、シアトルの湿った地下室の風景が目に浮かぶような、サウンド・プロダクション。「プロダクション」と書くと意図的に作られたサウンドという印象を与えてしまうかもしれませんが、音質の面でも演奏の面でも、当時の彼らのエモーション、シアトルの空気がそのまま閉じ込められたかのようなアルバムです。

 その後のカート・コバーンの人生を知らずとも、苛立ちや焦燥感、行き場のない衝動といった感情が充満したような音楽が、臨場感を持って聞き手に迫ってきます。

 1曲目「Blew」のイントロのうねるようなベースから、そうした空気感が満載。気だるく歪んだギター、飾り気のない湿ったようなサウンドのドラム。そして、このバンドのシグネチャーと言えるカート・コバーンの声。まるでシアトルの薄暗い地下のスタジオが、蘇ってくるようなサウンド。

 3曲目の「About A Girl」は、飾り気のないギター・サウンドと、絞り出すように僅かにかすれたカートの声。それだけで成立していると思わせる1曲。

 5曲目の「Love Buzz」は、オランダ出身のロックバンド、ショッキング・ブルー(The Shocking Blue)の楽曲のカバー。原曲と聴き比べると、ニルヴァーナの音楽的志向が見えて興味深いです。言われなければカバー曲と気づかないほどに、ニルヴァーナ流に消化されたアレンジですが、特に波のように段階的に押し寄せるギターが、グランジ色を強めていると思います。

 6曲目「Paper Cuts」では、重苦しいスローテンポに乗せて、野太く下品に歪んだギターが響く、グランジかくあるべし!というサウンドが響く1曲です。

 7曲目「Negative Creep」は、つぶれたように歪んだギターが、前のめりに疾走していく1曲。歌詞の内容も含めて、エモーションをサウンドにそのまま変換したかのように、カートの声が響きます。

 あのニルヴァーナがメジャー契約する前にサブ・ポップに残したアルバム、という歴史的な価値、当時のシアトルの空気感が閉じ込められた資料的な価値だけでなく、作品としても非常に優れた1枚であると思います。特にシアトルの地下室の空気と、カートの鬱屈した思いが閉じ込められたようなサウンド・プロダクションは、それだけで聴く価値ありです。

 個人的には、自分自身がギターをやっていたこともあり、ギターのサウンドに耳が行きがちなのですが、多種多様な下品(褒め言葉です)なサウンドが堪能できる1枚でもあります。サウンドと同様、歌詞にもネガティヴな感情を吐き出した陰鬱な空気があり、ロックにそうした個人性を求める方も、気に入る可能性が高いアルバムではないかと思います。

 





Tortoise “Millions Now Living Will Never Die” / トータス『ミリオンズ・ナウ・リヴィング・ウィル・ネヴァー・ダイ』


Tortoise “Millions Now Living Will Never Die”

トータス 『ミリオンズ・ナウ・リヴィング・ウィル・ネヴァー・ダイ』
発売: 1996年1月30日
レーベル: Thrill Jockey (スリル・ジョッキー)
プロデュース: John McEntire (ジョン・マッケンタイア)

 ポストロックを代表するバンドと目され、「シカゴ音響派」に括られることもあるトータス。そのような呼び名に本人たちが納得しているかどうかはさて置き、トータスの音楽がロック・ミュージックを確信する実験性に溢れ、サウンド自体を前景化させ音響を追求する面があるのは事実でしょう。

 今作は1994年発売の1stアルバム『Tortoise』に続く、2ndアルバム。シカゴを代表するインディペンデント・レーベル、スリル・ジョッキーからのリリース。というより、トータスがスリル・ジョッキーの看板バンドだと表現した方が適切かもしれません。

 今作『Millions Now Living Will Never Die』は、コーラスとヴァースの循環する明確なフォームは持たず、自由でイマジナティヴなサウンドスケープが展開されています。次に何が起こるかわからない、一寸先は闇のような緊張感のある音楽でもあれば、時間が緩やかに流れ眼前の風景が変わっていくようなリラクシングな音楽でもある。そのバランスが絶妙で、個人的に非常に思い入れの強い1枚です。

 1曲目の「Djed」は20分以上ある大曲で、前述したように、Aメロ→Bメロ→サビというような明確な形式は持っていないものの、次々と目の前の風景が変わっていくようなサウンドスケープが展開されます。わかりやすい進行感はないのに、音楽が徐々に加速し、生き生きと躍動していくのが実感できる、スリリングな1曲。

 一般的なロックが持つグルーヴ感とは、耳触りの異なるグルーヴ感と躍動感があります。初めて聴くと、何も起こらないじゃないか!と感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、和声進行とは違ったかたちで、音楽が表情を変え続ける曲ですので、まずはこの曲でトータスの世界観に耳をチューニングしてみてください。

 2曲目「Glass Museum」は、ゆったりとしたバンドのアンサンブルが心地よい1曲。空間に滲んで広がっていくようなヴィブラフォンのサウンドが、特に耳に染み渡ります。3曲目「A Survey」は、こちらに迫り来るように淡々とリズムを刻むベースに、ギターが絡みつくようにフレーズを弾いていく曲。

 4曲目「The Taut And Tame」は、イントロから疾走感と緊張感が溢れる1曲。ヴィブラフォンとアナログ・シンセをはじめ、各楽器の音も生々しく録音されていて、臨場感あるサウンドも素晴らしい。各楽器が有機的に絡み合い、ひとつの生物のように加速と減速を繰り返しながら、躍動するようなアンサンブルが展開されます。

 5曲目は「Dear Grandma And Grandpa」。タイトルが示唆するように、どこかノスタルジックな音像。アルバム中、最もアンビエント色の強い1色。

 ラスト6曲目は「Along The Banks Of Rivers」。枯れたような渋いギター・サウンドが中心となり、ルーツ・ミュージックを感じさせながら、革新的な音楽を創り上げるバランスが絶妙です。ドラムだけでなく、ギター以外のバンド全体でリズムをキープするように、分厚い音の壁を作り上げているようにも聴こえます。

 オリジナル盤は6曲収録ですが、日本盤にはさらに4曲のボーナス・トラックが収録されています。この4曲も優れた楽曲揃いなので、購入するならこちらがおすすめ。ダウンロード版にもボーナス・トラックが含まれているようです。

 ボーナス・トラックからも1曲だけご紹介。7曲目に収録されている「Gamera」は、イントロからアコースティック・ギターをフィーチャーし、フォーキーな耳ざわりの1曲。でも、奥の方では気がつくと持続音が鳴っていて、アコギと溶け合い、暖かみのあるサウンドを形成しています。サウンドの組み合わせのバランスも、このバンドの魅力。

 『Millions Now Living Will Never Die』というアルバム・タイトルと、魚群のジャケットのデザインも、音楽の内容を示唆していて良いと思います。「ポストロック」や「音響派」と聞くと、頭でっかちで難しい音楽だと身構える方もいらっしゃるかもしれませんが、このアルバムは生き物がうごめくような躍動感と生命力に溢れた作品です。僕自身もそうでしたが、予備知識なしで聴いても、サウンド自体が面白く、楽しめる1枚ではないかと思います。

 僕は初めて聴いた時に、こんなにスリリングで素晴らしい音楽がこの世に存在するのか!と思いました。心からオススメしたい1枚です。