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Sebadoh “Bakesale” / セバドー『ベイクセール』


Sebadoh “Bakesale”

セバドー 『ベイクセール』
発売: 1994年8月23日
レーベル: Sub Pop (サブ・ポップ)
プロデュース: Tim O’Heir (ティム・オハイア), Bob Weston (ボブ・ウェストン)

 ダイナソーJr.での活動でも知られるルー・バーロウ(Lou Barlow)を中心に、マサチューセッツ州ノーサンプトンで結成されたインディー・ロック・バンド、セバドーの5thアルバム。

 前作『Bubble & Scrape』に引き続き、サブ・ポップからのリリース。レコーディング・エンジニアは、楽曲によりティム・オハイアとボブ・ウェストンが分け合うかたちで担当。ジャケットに写っている子供は、1歳時のルー・バーロウで、彼の母親による撮影。

 当初は、シカゴにあるスティーヴ・アルビニ(Steven Albini)のスタジオで、ボブ・ウェストンをエンジニアにレコーディングを開始。シカゴでは4曲をレコーディングしますが、ドラムのエリック・ガフニー(Eric Gaffney)が脱退してしまいます。

 その後、レコーディング・スタジオを、ボストンのフォート・アパッチ・スタジオ(Fort Apache Studios)へ移し、サポート・ドラマーとしてタラ・ジェイン・オニール(Tara Jane O’Neil)、さらにガフニーの後任としてボブ・フェイ(Bob Fay)を迎え、レコーディングを完了。

 以上のように、レコーディング場所を変え、途中でメンバー交代も経た上で、リリースされた本作。バンドにとっても過渡期にあたる作品と言って良く、初期のローファイ感あふれるサウンドから、よりソリッドな音像へ。

 ギターのヘロヘロな音質と不安定な音程、ところどころ隙のあるアンサンブルが、これまでのセバドーの特徴でしたが、本作ではサウンドとアンサンブルの両面で、格段にタイトになっています。

 1曲目の「License To Confuse」から、ギターとベースのドラムの3者が有機的に絡み合い、躍動するアンサンブルを展開。ギターの音質も、これまでのチープで線の細いものではなく、パワフルにドライヴしていきます。

 2曲目「Careful」は、各楽器が重なり合うように、一体感のある演奏を繰り広げる1曲。物憂げながら、ブルージーで渋い雰囲気を醸し出すボーカルも、これまでのセバドーと比較すると耳ざわりが異なります。

 3曲目「Magnet’s Coil」は、各楽器とも毛羽立ったサウンドを持ち、前作までとは違ったローファイ感のある1曲。前作までがヘロヘロで弦のゆるんだサウンドだとすると、この曲は弦にトゲがついたような、ざらついたサウンド。クールなボーカルの歌唱も相まって、ガレージ・ロック的な佇まいも持っています。

 5曲目「Not Too Amused」は、気だるいボーカルに、バンド全体も弦やドラムヘッドが伸びきったような、気だるいサウンド。苛立った感情を直接的に吐き出すのではなく、うちに秘めたままドロドロと渦巻くような空気を持った1曲です。アンサンブルの面では、ゆるやかに絡み合い、バンドが一体となって進行。

 7曲目「Skull」は、乾いたギターの音色と、タイトにノリを演出するリズム隊、クールなボーカルの歌唱が溶け合った、ギターポップ色の濃い1曲。ダイナソーJr.を思わせる疾走感も感じられますが、彼らと比較すると、やはりサウンドとアンサンブルの両面において、ローファイ感が溢れています。

 8曲目「Got It」は、ドラムは手数は少ないものの前のめりにリズムを刻み、ギターとベースが一体となって駆け抜ける、疾走感のある1曲。しかし、ゴリゴリに押しまくるわけではなく、リズムにはいい意味での甘さがあり、それが全体に揺らぎと立体感を与え、音楽のフックとなっています。

 11曲目「Rebound」は、2本のギターとベースがレイヤー状に重なり、厚みのあるサウンドを作り上げる1曲。イントロ部分のハーモニーを前面に押し出したアレンジは、これまでのセバドーらしくないアプローチ。厚みのある多層的なバンド・サウンドに、ボーカルもバンドの一部のように溶け込んでいます。

 前述したとおり、レコーディング・スタジオおよびエンジニアを変え、メンバー交代も経た上で完成された本作。しかし、散漫な印象は無く、多彩な曲が収録され、サウンド面でも表現の幅を広げた1作です。

 ローファイ感はこれまでのアルバムと比較すると薄れてはいますが、一般的なバンドと比べれば、リズムやサウンドにはメジャー的ではない雑味があります。音質は向上していますが、セバドーの音楽が持つ揺らぎや奥行きなどは、引き継がれています。

 1994年のリリース当時は15曲収録でしたが、2011年のリイシュー版には25曲収録のエクストラ・ディスクが追加され、計40曲収録となっています。現在は、このリイシュー版が「Deluxe Edition」として、SpotifyやApple Music等のサブスクリプション・サービスで試聴可能です。

 





Sebadoh “Bubble & Scrape” / セバドー『バブル・アンド・スクレイプ』


Sebadoh “Bubble & Scrape”

セバドー 『バブル・アンド・スクレイプ』
発売: 1993年4月23日
レーベル: Sub Pop (サブ・ポップ)
プロデュース: Bob Weston (ボブ・ウェストン), Brian Fellows (ブライアン・フェローズ), Paul McNamara (ポール・マクナマラ)

 1988年にマサチューセッツ州ノーサンプトンで結成されたインディー・ロック・バンド、セバドーの4thアルバム。前作まではニューヨークにオフィスを構えるレーベル、ホームステッドからのリリースでしたが、今作からはUSインディーを代表するレーベル、シアトルのサブ・ポップへと移籍しています。

 「ローファイ」というジャンルの代表格のバンドと目されるセバドー。4作目となる本作でも、ローファイ感の溢れる、魅力的な音楽が鳴らされています。

 ローファイという言葉も、音楽ジャンル名としては、曖昧な部分を残すところがありますので、ここで簡単にまとめておきます。一般的に「ローファイ」というと、録音状態が悪く、チープな音質でレコーディングされた音源、またそのような音を出すバンドを指します。

 安価なカセット・デッキしか持っていない、という機材的、経済的な理由でローファイにならざるを得ないケースもあれば、意図的にしょぼい音質を狙って、レコーディングをするケースもあります。どちらかというと後者のように、豪華なメジャー的サウンドに対するアンチテーゼとして、しょぼい音質を狙うのが、ジャンルとしてのローファイの特徴であると言って良いでしょう。

 言い換えれば、良くも悪くも時代に寄り添った、似たり寄ったりのメジャー的サウンドに反対し、全く違った音質で魅力を追い求める、ということ。なので、ただやみくもに劣悪で薄っぺらい音質を追い求める、というのも本末転倒です。

 大切なのは、音圧の高いハイファイ・サウンドが無条件に良い音とも限らず、ノイズまみれのペラッペラのローファイ・サウンドが悪い音とも限らない、ということです。

 また、安っぽい音質でレコーディングすることで、アングラ臭やインディーロック感を演出し、一部の音楽にとっては魅力となる。音質をあえてしょぼくすることで、メロディーやアンサンブルが前景化される、といった効果もあるでしょう。

 前書きが長くなりましたが、セバドー4作目のアルバムとなる本作は、飾らない音質と、ラフさを残したアンサンブルの中で、物憂げながら流麗なメロディーが引き立つ、ローファイの魅力が浮き彫りになった1作です。

 1曲目の「Soul And Fire」は、テープのスロー再生を思わせる、引き伸ばされたようなリズムとメロディーが、心地よく流れていく1曲。感情を排したように淡々としたボーカルの歌唱、歪んではいるのに攻撃性よりもジャンク感を感じさせるギター、パスンパスンと軽く響くドラムなど、ローファイの魅力がたっぷり。

 2曲目「2 Years 2 Days」は、1曲目よりはリズムもサウンドの輪郭もクッキリとした1曲。とはいえ、ざらついた歪みのギターと、ヘロヘロかつ伸びやかにソロを弾くギターのサウンドなど、型をはみ出た魅力は多分に持っています。

 3曲目「Telecosmic Alchemy」は、おもちゃのようなサウンドを持った、ジャンク感の強い1曲。ボーカルも含め、全ての楽器がチープでガチャガチャした音質。ローファイ成分が凝縮されています。

 4曲目「Fantastic Disaster」は、硬質でタイトなリズム隊に、ヘロヘロのギターとハーモニカが絡む1曲。このヘロヘロ具合が、楽曲に奥行きと揺らぎを与え、飽きのこない魅力となっています。

 5曲目「Happily Divided」は、アコースティック・ギターがフィーチャーされた、牧歌的な1曲。コーラスワークも整理され、ローファイ感は薄め。ですが、途中から奥の方で鳴っているエレキ・ギターらしき音が、わずかにジャンクな雰囲気をプラス。

 6曲目「Sister」は、歪んだエレキ・ギターが唸りをあげるロックな1曲。ですが、もちろんハードロックのように音圧の高いサウンドではなく、線の細さの目立つサウンド。オモチャの車がガタゴト、バラバラになりそうに走っていくような、キュートで味わい深い疾走感があります。

 9曲目「Elixir Is Zog」は、ドラムのビートはくっきりとしていますが、ギターは音程が不安定でヘロヘロ。サビではボーカルの歌唱がシャウト気味になり、コントラストの鮮やかな1曲。

 10曲目「Emma Get Wild」は、ギターの音程には怪しいところがありますが、アンサンブルは立体的で、ロック的なグルーヴも感じられる1曲。しかし、もちろんゴリゴリにグルーヴしていくわけではなく、ところどころリズムにも音程にも甘いところがあり、そこが楽曲に独特の浮遊感を与え、魅力となっています。

 14曲目「No Way Out」は、テンポが速く、前のめりに疾走していく1曲。各楽器の音質はチープですが、その分リズムが前景化し、疾走感を演出しています。

 16曲目「Think (Let Tomorrow Bee)」は、アコースティック・ギターとボーカルのみの、物憂げな1曲。コーラスワークからは、サイケデリックな空気も漂います。

 アルバムを締めくくる17曲目の「Flood」は、バネで弾むようなギターのサウンドと、ブチギレ気味のボーカルが印象的な、ジャンクかつ疾走感あふれる1曲。

 ローファイなサウンドによる一貫性もありながら、多彩な楽曲が収められた、楽しいアルバムです。サウンドはどれも一般的な価値観からすればチープで、各楽器にフレーズにも不安定なところが多々ありますが、それらが微妙にリズムをずらすことで生まれるグルーヴ感やポリリズム感のように、楽曲に奥行きを与えています。

 「ローファイ」というと、どうしてもネタ的に音のしょぼさのみが注目されますが、音圧の高いハイファイ・サウンドによる、楽譜通りの演奏には無い、立体感を持っているところが、このジャンルの大きな魅力のひとつ。

 1993年にリリースされた当時は17曲収録ですが、2008年のリイシュー版にはボーナス・トラックが15曲も追加され、計32曲収録。しかも、1曲ごとが短いため、2枚組ではなく1枚のディスクに収められています。

 





Sunny Day Real Estate “How It Feels To Be Something On” / サニー・デイ・リアル・エステイト『ハウ・イット・フィールズ・トゥ・ビー・サムシング・オン』


Sunny Day Real Estate “How It Feels To Be Something On”

サニー・デイ・リアル・エステイト 『ハウ・イット・フィールズ・トゥ・ビー・サムシング・オン』
発売: 1998年9月8日
レーベル: Sub Pop (サブ・ポップ)
プロデュース: Greg Williamson (グレッグ・ウィリアムソン)

 1992年にワシントン州シアトルで結成されたエモ・バンド、サニー・デイ・リアル・エステイトの3rdアルバム。

 前作がリリースされる1995年11月の数ヶ月前に、バンドは解散。その後1997年に再結成し、翌1998年にリリースされたのが、本作『How It Feels To Be Something On』です。

 レーベルは以前と変わらず、地元シアトル、そしてUSインディーを代表するレーベルであるサブ・ポップから。プロデューサーは前作までのブラッド・ウッド(Brad Wood)に替わり、グレッグ・ウィリアムソンが務めています。

 エモ・バンドの代表格として語られる、サニー・デイ・リアル・エステイト。彼らの音楽の特徴は、直線的なリズムにシングアロングしやすいメロディーを乗せるステレオタイプのエモではなく、アンサンブルにこだわり、バンド全体の音の出し入れで、感情の起伏を表現するところ。

 一旦解散したのち、再結集して制作された本作。前作までの良さを引き継ぎつつ、アンサンブルの精度と多彩さの増した1作です。また、サウンド・プロダクションの面でも、各楽器のサウンドがくっきりと、輪郭のはっきりした音像になっています。

 必ずしも、テクニックや音質の向上(そもそも何をもって「向上」と判断するかも難しいところ)が、音楽の魅力の向上とはなりませんが、一般的には前作までの路線を引き継ぎつつ、完成度の高まった1作と言って良いかと思います。

 1曲目「Pillars」は、ゆったりとしたテンポのなか、各楽器がシンプルなフレーズを持ち寄り、ゆるやかに躍動していく前半から、徐々に音量と音数が増していく1曲。わかりやすく静寂から轟音へという、予定調和の展開ではなく、一歩ずつ階段を上がるように盛り上がっていきます。バンドのアンサンブルに対応して、ボーカルの歌唱も情感たっぷり。

 2曲目「Roses In Water」は、各楽器が絡み合うように躍動するアンサンブルに、さらにボーカルも絡みつくように加わり、一体感のある演奏が繰り広げられる1曲。特に躍動的というわけではありませんが、全ての楽器が有機的に組み合わさり、ひとつの機械あるいは一体の動物のように、いきいきと動きます。

 3曲目「Every Shining Time You Arrive」は、イントロからアコースティック・ギターがフィーチャーされた、メロウな1曲。途中からエレキ・ギターも加わりますが、激しさを加えるのではなく、アンサンブルに立体感をプラスしています。

 5曲目「100 Million」は、イントロの乾いたギターのサウンドに導かれ、タイトで軽快に躍動するアンサンブルが展開する1曲。手数を絞りながらも立体的なドラム、メロディアスに動き回るベースなど、各楽器ともムダなく効果的に、楽曲に躍動感を与えていきます。

 6曲目「How It Feels To Be Something On」は、加速と減速を繰り返すように、リズムが伸縮するアンサンブルに乗せて、ボーカルが感情たっぷりにメロディーを紡いでいく、壮大な1曲。

 7曲目「The Prophet」は、「預言者」というタイトルからも示唆的ですが、イントロから2本のアコースティック・ギターと、呪術的なボーカルが重なり、サイケデリックな空気を醸し出します。その後、ベースとドラムが入り、躍動感と立体感がプラス。

 10曲目「Days Were Golden」は、乾いた音質のタイトなドラムと、水が滲んでいくような、みずみずしいギターの音色が、感情を抑えたようなボーカルを引き立て、淡々と進行する1曲。ボーカルの歌唱も、バンドのアンサンブルも、わずかに熱を帯びていきますが、最後まで轟音やシャウトになだれ込みことはなく、静かに感情を吐露するような曲です。

 これまでの2作でも、直線的に疾走するステレオタイプなエモとは、一線を画する音楽を展開してきたサニー・デイ・リアル・エステイト。3作目となる本作では、さらにその路線を突き詰め、アコースティック・ギターを前面に出すなど、今まで以上にテンポを落としたメロウな曲が増え、感情表現の多彩さが増しています。

 一旦解散したのちに、再結成。年齢も重ねてきた彼らが、この時点で表現したいエモさが、本作に閉じ込められた音楽なのでしょう。感情を爆発させるだけではなく、時には苛立ちを隠し、時には絶望を優しく受け入れ、時には穏やかな心を描き出している本作は、今までよりも感情表現の幅を広げた作品、と言って良いと思います。

 





Sunny Day Real Estate “Sunny Day Real Estate (LP2)” / サニー・デイ・リアル・エステイト『サニー・デイ・リアル・エステイト』


Sunny Day Real Estate “Sunny Day Real Estate (LP2)”

サニー・デイ・リアル・エステイト 『サニー・デイ・リアル・エステイト』
発売: 1995年11月7日
レーベル: Sub Pop (サブ・ポップ)
プロデュース: Brad Wood (ブラッド・ウッド)

 1992年にワシントン州シアトルで結成されたエモ・バンド、サニー・デイ・リアル・エステイトの2ndアルバム。前作に引き続き、地元シアトルのサブ・ポップからのリリース。プロデューサーも、替わらずブラッド・ウッドが担当。

 バンド名と同じく『Sunny Day Real Estate』という、いわゆるセルフ・タイトルのアルバムですが、バンド名と区別するため、リリース元のサブ・ポップは「LP2」として流通。また「ピンク・アルバム(The Pink Album)」と呼ばれることもあります。前者は2枚目のアルバムであるため、後者はジャケットがピンク色であるため、というのが理由。

 エモの代表的バンドとされるサニー・デイ・リアル・エステイト。本作もエモい作品であることは確かです。しかし、エモというジャンルを、疾走感あふれるビートに乗せて、ボーカルが親しみやすいメロディーを歌い上げる音楽だと考えていると、肩透かしを食らうことになるかもしれません。

 このバンドに疾走感がなく、メロディーが親しみにくい、というわけではありません。ただ、直線的なビートと、それに準じた流麗なメロディーよりも、アンサンブルを優先し、バンド全体で静と動を使い分けながら、感情を表現しているということ。

 本作にはミドル・テンポの曲も多く、ノリのいい曲を好む方には物足りなく感じられるかもしれませんが、その代わりに有機的なアンサンブルによって、多様な感情の起伏をあらわした、エモい作品であると言えます。

 1曲目「Friday」では、ゆったりとしたテンポに乗って、波を打つようなアンサンブルが展開。穏やかな海に流されていくような、穏やかで心地いい演奏が続きますが、ところどころでギターとボーカルから、アグレッシヴな一面も垣間見えます。

 2曲目「Theo B」は、1曲目よりもビートが直線的で、各楽器が絡み合いながら躍動する1曲。ゆるやかなスウィング感を伴い進行していきますが、随所にハードに歪んだギターが顔を出し、再生時間1:49あたりからラストまでは、ギターがアンサンブルの中心となり、疾走感と躍動感を増していきます。

 3曲目「Red Elephant」は、ドラムの立体的なサウンドとリズムが印象的な1曲。ドラムと組み合うように、ベースとギターもフレーズを繰り出し、まるでバンドがひとつの生命体であるかのような、一体感のあるアンサンブルが構成されます。

 5曲目「Waffle」は、各楽器とも手数は少ないながらも、立体的で有機的なアンサンブルが展開される、ミドル・テンポの1曲。ボーカルは、感情をむき出しにシャウトするのではなく、溢れる感情を流れるように歌いあげていきます。

 9曲目の「Rodeo Jones」は、前作のセッション時にレコーディングされていたという1曲。とはいえ、本作の中で浮いている、違和感があるということはありません。強いて言えば、ややサウンドが激しく、ダイナミズムの大きくなっています。各楽器とも「歌っている」と言いたくなるほど、メロディアスでフックの多い演奏です。シャウト気味のボーカルも、リスナーをアジテートするように、歌いあげていきます。

 1995年に発売されたオリジナル版は9曲収録ですが、2009年にリマスターが施され、再発されたリイシュー版では、ボーナス・トラックが2曲追加され、全11曲収録となっています。

 1stアルバムであった前作『Diary』と比較すると、やや落ち着いた印象の本作。静寂と轟音を効果的に対比し、ダイナミズムを引き立たせていた前作と比べると、本作はよりアンサンブル志向の強まった1作と言えます。

 1995年初頭に、サニー・デイ・リアル・エステイトする旨を発表。本作が1995年11月にリリースされる数ヶ月前、バンドは1度目の解散。その後、1997年に再結成し、3rdアルバム『How It Feels To Be Something On』リリースへと繋がっていきます。

 





Sunny Day Real Estate “Diary” / サニー・デイ・リアル・エステイト『ダイアリー』


Sunny Day Real Estate “Diary”

サニー・デイ・リアル・エステイト 『ダイアリー』
発売: 1994年5月10日
レーベル: Sub Pop (サブ・ポップ)
プロデュース: Brad Wood (ブラッド・ウッド)

 1992年にワシントン州シアトルで結成されたバンド、サニー・デイ・リアル・エステイトの1stアルバム。

 いわゆる「エモ」を代表するバンドと目される、このバンド。エモ、あるいは「エモーショナル・ハードコア」や「エモコア」とも呼ばれるこのジャンルは、その名のとおりエモーショナルな心の動き、感情を音楽であらわしたもの。

 では、その「エモさ」や「エモーショナル」とは何か。疾走感あふれるビートに乗せて、起伏のはっきりしたメロディアスな歌メロが、溢れ出す感情を表現し、リズムとメロディーの両面の親しみやすさから、リスナーに「エモい」と感じさせるのでしょう。

 また、シングアロングできる音楽面の親しみやすさに加えて、個人的な感情を吐露することの多い歌詞も、このジャンルの共感性を高めていると言えます。

 サニー・デイ・リアル・エステイトの1stアルバムである本作『Diary』は、エモの名盤と称えられる評価を受けており、実際に僕も「エモい」作品であると思います。

 しかし、前述したようなビートの強さやメロディーよりも、アンサンブルを優先し、バンド全体で感情を表すような複雑性も持ち合わせており、エモの要素もありつつ、ポスト・ハードコア的にジャンルの先を目指す実験性も共存。フックが多く、情報量の多い1作です。

 1曲目の「Seven」は、うなりを上げるギターと、高らかにメロディーを歌い上げるボーカルに耳が行きますが、その下で動き回るベースが、楽曲の躍動感を増しています。この曲以外も、ベースはメロディアスに動くプレイが多く、このアルバムに立体感を加えていると言えるでしょう。

 2曲目「In Circles」でも、厚みのあるギターのサウンドの下で、ベースが激しく動き回っています。手数を絞りながらも、タイトかつ立体的にリズムを刻んでいくドラムが、アンサンブルを引き締めています。

 3曲目「Song About An Angel」では、ゆったりとしたテンポに乗せて、丁寧に音が置かれていきます。穏やかなバンドのアンサンブルに合わせて、ボーカルも優しく丁寧に歌い上げていきます。再生時間1:30あたりで、分厚いディストーション・ギターが入ると、徐々にバンド全体もシフトを上げ、演奏とボーカルが熱を帯びていきます。

 4曲目「Round」は、細かくリズムを刻むドラムのイントロに導かれ、小気味よいスウィング感のあるアンサンブルが展開する1曲。

 5曲目「47」は、タイトなアンサンブルと、ボーカルの歌唱をはじめ穏やかな空気が充満する、ミドル・テンポの1曲。時折、差し挟まれる、高らかに歌い上げるようなギターのフレーズと音色が、楽曲をエモーショナルに彩っています。

 7曲目「Pheurton Skeurto」は、ピアノがフィーチャーされた、3拍子のミドル・テンポの1曲。楽器はピアノとベースのみで、ピアノに絡みつくようにベースがフレーズを繰り出し、ゆるやかに揺れ動く躍動感を生んでいます。

 8曲目「Shadows」は、2本のギターが絡み合う、穏やかなイントロから、轟音のアンサンブルへとなだれ込み、静と動を行き来するコントラスト鮮やかな1曲。

 9曲目「48」は、ドラムの小刻みなリズムをはじめ、各楽器が細かい音を持ち寄り、有機的にアンサンブルを作り上げていく1曲。前半は物静かに進みますが、再生時間1:25あたりで轟音ギターが登場し、ハードな音像へ。その後は轟音と静寂が交互に入れ替わるアンサンブルが展開します。

 11曲目「Sometimes」は、ゆったりとしたテンポの基本的には穏やかな1曲。ですが、轟音ギターと高らかに歌い上げるエモーショナルなボーカルがところどころに顔を出し、楽曲にコントラストを与えています。

 「Seven」「47」「48」と、数字のみの曲タイトルがありますが、これはもともとバンドがデモを作り始めたときに、作曲順を示すタイトルが付けられており、その名残りのようです。ちなみに2009年に発売されたリイシュー盤には、ボーナス・トラックとして「8」と「9」が収録されています。

 「エモ」と言うと、直線的なノリのいいビートに乗せて、起伏の激しいメロディアスなボーカルが疾走する音楽を想像する方が多いのではないかと思います。かくいう自分も、その一人です。

 しかし、本作はテンポを抑えた曲も多く、強靭なビートでグイグイと引っ張っていく場面は、それほどありません。その代わりに、メリハリの効いたコントラストの鮮烈なアンサンブルによって、感情の起伏や爆発を表現している、そんなアルバムではないかと思います。

 また、1990年代のシアトル、そしてサブ・ポップというと、グランジとオルタナティヴ・ロック旋風が吹き荒れていたんじゃないかと思いますが、本作にも少なからずその影響を感じます。

 いずれにしても、ジャンルの型にハマらず、オリジナリティと創造性を備えたバンドであり、作品であることは確かです。