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Ava Luna “Electric Balloon” / アヴァ・ルナ『エレクトリック・バルーン』


Ava Luna “Electric Balloon”

アヴァ・ルナ 『エレクトリック・バルーン』
発売: 2014年3月5日
レーベル: Western Vinyl (ウェスタン・ヴァイナル)

 ニューヨークのブルックリンを拠点に活動するインディーロック・バンド、アヴァ・ルナの2ndアルバム。本作リリース時は、女性2名と男性3名からなる5人編成。

 ミックスを担当するのは、アレサ・フランクリン(Aretha Franklin)やローリング・ストーンズ(The Rolling Stones)のレコーディングに携わり、グラミー受賞歴もある、大御所スタジオ・エンジニアのジミー・ダグラス(Jimmy Douglass)。

 なぜ、このような名エンジニアを、若手バンドが起用できるのか。不思議に思ったので調べてみると、なんとキーボードのフェリシア・ダグラス(Felicia Douglass)は、ジミー・ダグラスの娘。その縁で実現したようです。

 1stアルバム『Ice Level』は、インフィニット・ベスト・レコーディングス(Infinite Best Recordings)というレーベルからのリリースでしたが、本作よりダーティ・プロジェクターズ(Dirty Projectors)を見出したレーベル、ウェスタン・ヴァイナルと契約。

 また、フェリシア・ダグラスは、2018年からダーティ・プロジェクターズに参加。そのためアヴァ・ルナは、しばしばダーティ・プロジェクターズと比較されることがあります。

 確かに多様なジャンルを参照しながら、コンパクトに自分たちの音楽へとまとめ上げるセンスは、ダーティ・プロジェクターズに通ずるところがあります。

 しかし、このようなカラフルな音楽性は、アヴァ・ルナとダーティ・プロジェクターズだけに特別なわけではなく、各種リヴァイヴァル・ブームをくぐり抜けた、ゼロ年代以降のインディーロックのひとつの潮流と言えるでしょう。

 アヴァ・ルナの音楽は、単純化して言ってしまうと、インディーロックとR&Bの融合。ギターを中心とした躍動的なアンサンブルに、ソウルフルなボーカルが絡む、ジャンルをまたいだ音楽を展開しています…と書くと、仰々しく大層な音楽をやっているように聞こえますが、彼らの長所は背伸びをしないところ。

 多様なジャンルからの影響が感じとれるアルバムですが、どれも地に足が着いており、無理してそのジャンルに歩み寄ることはしていません。

 また、上で挙げたインディーロックとR&Bのみならず、ガレージロックやノイズ・ミュージックの香りも漂い、いかにもニューヨークのバンドらしい多様性も彼らの魅力。

 例えば1曲目の「Daydream」では、ガレージを彷彿とさせるざらついたギターと、うねるようなベースが絡み、さらにソウルフルな男女ボーカルが加わり、グルーヴ感の溢れる音楽を展開。サックスによるアヴァンギャルドなフレーズも差し込まれ、ノイズやフリージャズまでもが飲み込まれた1曲です。

 2曲目「Sears Roebuck M&Ms」は、自由なリズムが刻まれるアヴァンギャルドなイントロから、ファンクを感じさせつつ、グルーヴし過ぎない、ゆるやかなアンサンブルへ。

 アルバム表題曲の6曲目「Electric Balloon」は、やわらかなシンセの音色と、毛羽立った歪みのギター、タイトなリズム隊が融合。インディーロックのフォーマットの中に、ファンキーな躍動感が隠し味のように落としこまれた1曲です。

 8曲目「Hold U」は、各楽器とも手数は少なく、隙間が多いアンサンブルなのに、ゆるやかに躍動する演奏が展開する1曲。ファルセットを織り交ぜた男女混声ボーカルは、実にソウルフル。揺らぎのあるシンセのサウンドも、アンサンブルに立体感をプラスするアクセントになっています。

 前述のとおり、全ての曲が背伸びすることなく、コンパクトにまとまった本作。一聴すると、サウンドもアンサンブルもおとなしく、やや地味に感じる部分があるのですが、そのぶん伸び代の大きさを感じるアルバムでもあります。

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Tim Hecker “Konoyo” / ティム・ヘッカー『この世』


Tim Hecker “Konoyo”

ティム・ヘッカー 『この世』
発売: 2018年9月28日
レーベル: Kranky (クランキー)
プロデューサー: Ben Frost (ベン・フロスト), 葛西 敏彦 (Toshihiko Kasai)

 カナダ、バンクーバー出身のエレクトロニック・ミュージシャン、ティム・ヘッカーの通算9枚目のスタジオ・アルバム。

 はっきりとした裏は取れなかったのですが、1曲目のタイトルが「This Life」であることからも想像できるとおり、アルバム・タイトルの『Konoyo』とは、日本語の「この世」のことなのでしょう。

 雅楽の演奏団体「東京楽所」と共に、東京都練馬区の「慈雲山曼荼羅寺 観蔵院」にて、レコーディングを実施。ヘッカーの生み出すドローン・ノイズと、日本伝統の雅楽が融合する、異色のアルバムです。

 エンジニアを務めるのは、レイキャビク拠点のエクスペリメンタル系ミュージシャンであり、これまでもヘッカーの作品に数多く携わっているベン・フロストと、蓮沼執太フィルのメンバーとしても知られる葛西敏彦。

 僕は折衷的な音楽があまり好きではなくて、例えば「三味線でビートルズの曲を弾いてみました」みたいな音楽は、短絡的でクリエイティヴィティが無いなと感じることが多いのです。

 そんなわけで、ティム・ヘッカーの新作が「日本の雅楽との共演」と聞いたときも、ティム・ヘッカー得意の電子ノイズに、雅楽の楽器のサウンドを合わせただけの音楽なんだろうなぁ、とほとんど期待していませんでした。

 しかし、実際に聴いてみると、予想を遥かに上回るアルバム。クリエイティヴィティとオリジナリティに溢れた音楽が繰り広げられており、自分の浅はかな予想を恥じるばかりです。

 ヘッカー得意の電子ドローンと、雅楽のサウンドが融合しているのは事実なのですが、まったく相容れないのではないかと思う両者のサウンドが不可分に溶け合い、アナログとデジタルの融合する、独特の世界観を生んでいます。

 考えてみれば、雅楽はリズムやメロディーよりも、調和や音響が前景化した音楽。ドローンやアンビエントとの相性は、思いのほか良いのかもしれません。

 また、ヘッカーは6thアルバム『Ravedeath, 1972』では、レイキャビクの教会でレコーディングを実施し、パイプ・オルガンと電子音を融合。生楽器と電子音、アナログとデジタル、メロディーと音響が錯綜する、見事なアルバムを作り上げており、本作の出色のクオリティも十分に納得できます。

 1曲目の「This Life」から、不穏な電子ドローンと、篳篥(ひちりき)や龍笛と思われるサウンドが融合。各楽器のフレーズと持続音が、お互いに折り重なり、神秘的な空気を作り上げていきます。

 電子音を用いた上質なアンビエント・ミュージックでありながら、雅楽の厳かなサウンドも、パーツとして飲み込まれることなく、自らのサウンドを響かせており、雅楽と電子音楽の融合と呼ぶにふさわしい1曲。

 2曲目「In Death Valley」は、波のように一定の間隔で押しよせる電子音に、雅楽の打物のリズムが重なる1曲。徐々に電子音が増殖し、それに比例してリズムと旋律が溶け合い、全体の躍動感も増していきます。

 3曲目「Is A Rose Petal Of The Dying Crimson Light」では、やわらかな電子音と、雅楽の楽器類のロングトーンが融合。朝靄のかかった大自然のなかを歩くような、幽玄なサウンドに満たされていきます。

 4曲目「Keyed Out」は、不協和な電子ノイズと、雅楽の楽器による演奏が、錯綜する1曲。最初は両者が分離しているように感じますが、徐々にお互いを取り込むように融合していきます。電子音が雅楽アンサンブルの一部のように、雅楽の楽器が電子音のように聞こえる、絶妙なバランス。

 5曲目「In Mother Earth Phase」は、持続音とフレーズが次々と折り重なっていく、音響が前景化した1曲。持続音の上に細かく刻まれたフレーズが重なり、また時には持続音が途切れ、多様なサウンドが、和音とは違った意味での調和を生んでいきます。

 6曲目「A Sodium Codec Haze」は、笛と太鼓が中心に据えられ、雅楽色の濃い1曲です。雅楽のアンサンブルを、電子音が包み込んでいくようなバランス。

 アルバム最後の7曲目に収録されるのは「Across To Anoyo」。「Anoyo」とは日本語の「あの世」のことでしょう。ロングトーンが静かに響くイントロから始まり、太鼓と弦楽器が一定のリズムを刻み続ける、ミニマル・ミュージック的なアレンジへ。その後は、持続音がすべてを覆い尽くす後半へと展開する、15分を超える大曲。

 アルバムをとおして実感するのは、雅楽の楽器とアンビエントな電子音の相性の良さ。楽器にもエフェクトがかけられているのでしょうが、聴いているうちにどこまでが電子音で、どこまでが楽器の音なのか、分からなくなるほどです。

 本作がスタジオ・アルバムとしては9作目。これまでもアルバムごとにアプローチを変え、クオリティの高い作品を作り続けてきたティム・ヘッカーのセンスと表現力には、感嘆せざるを得ません。

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Tim Hecker “Virgins” / ティム・ヘッカー『ヴァージンズ』


Tim Hecker “Virgins”

ティム・ヘッカー 『ヴァージンズ』
発売: 2013年10月14日
レーベル: Kranky (クランキー)

 カナダ、バンクーバー出身のエレクトロニック・ミュージシャン、ティム・ヘッカーの7thアルバム。

 アメリカではクランキー、カナダではペーパー・バッグ(Paper Bag)よりリリース。また、ポストロックやエクスペリメンタル系を扱う日本のレーベルp*disより、ボーナストラックを1曲追加した日本盤も発売されています。

 今作には、ティム・ヘッカーと同じくカナダ出身のエクスペリメンタル系ミュージシャン、カラ-リス・カヴァーデール(Kara-Lis Coverdale)が全面的に協力。

 クレジットを確認しても「Performer」としか記載されていないので、彼女が具体的になにをおこなっているのかは想像するしかありませんが、前作『Ravedeath, 1972』から、音楽の質は明らかに変わっています。

 ヘッカーは元々アルバム単位のミュージシャンと言うべきか、アルバムごとにハッキリと色を持った作品を作りあげてきましたが、本作も例外ではありません。本作の特徴をひとつ挙げるなら、ロックバンドが持つダイナミズムとグルーヴ感を、色濃く持っているところ。

 『Ravedeath, 1972』までのヘッカーの作品は、一部にゲストを招いてはいるものの、ほとんど彼一人で作り上げており、音響が前景化した、いかにも現代的な電子音楽。やわらかな電子音を主軸にし、メロディー感やリズム感が希薄で、音響をなによりも重視したものでした。

 しかし、前作『Ravedeath, 1972』では、アイスランド・レイキャビクを拠点に活動するベン・フロスト(Ben Frost)が参加し、レイキャビクの教会でレコーディングを実施。それまでの音響的なアプローチとは一線を画し、ピアノやオルガンのフレーズが、電子的ドローンと溶け合う、アナログとデジタルの融合とも言うべき音楽を作り上げました。

 それから2年8ヶ月ぶりのアルバムとなる本作。前述したカラ-リス・カヴァーデールに加え、前作にも参加したベン・フロスト、アイスランド出身のプロデューサーのヴァルゲイル・シグルズソン(Valgeir Sigurðsson)、アメリカを代表するドローン・メタルの雄Sunn O)))のプロデューサーとしても知られるランドール・ダン(Randall Dunn)などが集結。

 ヘッカー史上、もっともダイナミックかつ躍動感のある音楽を作り上げています。多数のミュージシャンやエンジニアを招いた共同作業が、このようなダイナミズムを獲得した理由のひとつであるのは、間違いないでしょう。

 このアルバムの魅力は、音響とグルーヴの融合。ヘッカーらしいノイズを巧みに利用した音響と、複数のフレーズが絡み合う躍動感が、不可分に混じり合っています。

 例えば1曲目の「Prism」では、イントロから電子的な持続音が鳴り続け、少しずつ音量が増加。それと並行して、リフのようにひとまとまりのフレーズが、一定の間隔で演奏され、やがて両者は溶け合い、隙間のない音の壁のように一体となります。

 2曲目「Virginal I」では、イントロからピアノが増殖するようにフレーズを弾き続け、その隙間を埋めるように電子的なサウンドが足されていきます。クラシックとエレクトロニカの融合とでも言うべき1曲。

 4曲目の「Live Room」でも、透明感のあるピアノの音と、ざらついた電子ノイズが、徐々に絡み合い、融合。メロディー、リズム、音響のすべてが、一体となってハーモニーを形成します。

 6曲目「Virginal II」は、左右両チャンネルから、それぞれ異なるフレーズが、透明感のあるサウンドで奏でられる前半からスタート。その後、徐々に電子音が増殖していき、曲の後半になると、今度はうねるようなシンセのサウンドがフレーズを奏でていきます。音響とメロディーが、侵食しあいながら進行する1曲。

 9曲目「Amps, Drugs, Harmonium」は、優しい電子音が広がっていく、神秘的な空気を持った1曲。音響を重視しつつも、その中からリズムやメロディーが顔を出し、やはり音響とメロディーが溶け合った演奏が展開します。

 アルバム全体をとおして、メロディーやリズムと音の響きが一体となって、音楽を作り上げていきます。楽譜に書きあらわせる音韻情報と、書きあらわせない音響情報が、有機的に融合した音楽とも言えるでしょう。

 ティム・ヘッカーも、本作が通算7作目のフル・アルバム。もはや風格すら感じさせる、クオリティの高い1作です。

 楽器の音が大きく加工せずに用いられ、リズムや旋律も認識しやすいので、普段はドローンやアンビエントを聴かない、例えばレディオヘッドやシガー・ロスを愛聴するリスナーの方にも、受け入れられる質を備えたアルバムだと思います。

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Tim Hecker “Ravedeath, 1972” / ティム・ヘッカー『レイヴデス、1972』


Tim Hecker “Ravedeath, 1972”

ティム・ヘッカー 『レイヴデス、1972』
発売: 2011年2月14日
レーベル: Kranky (クランキー)
プロデュース: Ben Frost (ベン・フロスト)

 カナダ、バンクーバー出身のエレクトロニック・ミュージシャン、ティム・ヘッカーの6thアルバム。

 すべてパソコン上で完結できるのが、近年の電子音楽の特徴とも言えますが、本作は大半をアイスランドのレイキャビクの教会にてレコーディング。

 ちなみに教会の名前は、アイスランド語で「Fríkirkjan í Reykjavík」。英語に訳すと「Free Church in Reykjavik」を意味します。

 本作には、オーストラリア出身でレイキャビクを拠点に活動する実験音楽ミュージシャン、ベン・フロスト(Ben Frost)が参加。レコーディング・エンジニアを務め、一部の曲ではピアノを演奏。レコーディング場所として、上記の教会を探したのも彼とのことです。

 レコーディング手法は、ヘッカーが本作のために書いた楽曲群を、1日かけて教会のパイプ・オルガンにて演奏。録音された素材を、モントリオールのスタジオへ持ち帰り、ミックス等の編集作業を施し、完成させています。

 カナダの音楽雑誌『Exclaim!』に語ったところによると、ヘッカー自身は本作を「スタジオ録音とライヴ録音のハイブリッド」(a hybrid of a studio and a live record.)と評しています。

 これまでのヘッカーの作風は、楽器のサウンドを用いつつも、電子音を主軸にした、音響重視のもの。しかし本作では、前述のレコーディング手法を差し引いても、楽器らしい音色とフレーズを感じやすくなっています。

 例えば1曲目の「The Piano Drop」のように、ノイズ的なサウンドが増殖し、やがて融合して音の壁のように立ちはだかる、従来のヘッカーらしい要素も見受けられるのですが、同曲の後半は音がひとつにまとまり、そこにメロディーらしきものが感じられるのです。

 前述したとおり、パイプ・オルガンを大々的に導入していることもあり、ヘッカー史上もっともメロディーを感じるアルバムとも言えます。

 2曲目から4曲目に収録される「In The Fog」は、IからIIIまで3つのパートに分けられ、それぞれ楽器のフレーズと、電子的なノイズやドローンが溶け合い、音響と旋律が一体となった音楽を作り上げています。

 5曲目「No Drums」には、タイトルのとおり一切の打楽器的なサウンドは用いられず、柔らかで幽玄な電子音がヴェールのように全体を包んでいきます。

 6曲目「Hatred Of Music I」と7曲目「Hatred Of Music II」は、増殖し広がっていく電子音の中から、ピアノやオルガンのフレーズが聞こえ、ノイズ的でありながら、穏やかな音像を併せ持っています。

 10曲目から12曲目に収録される「In The Air」は、ピアノの断片的なフレーズ、やわらかな持続音、ノイズ的な持続音が折り重なり、デジタルとアナログ、ノイズとメロディーが不可分に溶け合う、このアルバムらしいハイブリッドさに溢れた楽曲。

 これまでのアルバムも、作品ごとに確固としたコンセプトを持ち、アルバム単位で優れた作品を作り続けてきたティム・ヘッカー。今作はアルバムとしての統一感を保ちつつ、実に多彩な楽曲群が収録されています。

 前述したとおり、これまでのヘッカーの作品は、より音響が前景化していたのですが、本作は認識しやすいメロディーが多く、普段はロックをメインに聴いている方にも、比較的とっつきやすいアルバムではないかと思います。

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Hop Along “Bark Your Head Off, Dog” / ホップ・アロング『バーク・ユア・ヘッド・オフ、ドッグ』


Hop Along “Bark Your Head Off, Dog”

ホップ・アロング 『バーク・ユア・ヘッド・オフ、ドッグ』
発売: 2018年4月6日
レーベル: Saddle Creek (サドル・クリーク)
プロデュース: Kyle Pulley (カイル・プリー)

 ペンシルベニア州フィラデルフィア出身のバンド、ホップ・アロングの4thアルバム。

 1stアルバム『Freshman Year』はホップ・アロング、クイーン・アンスレイス(Hop Along, Queen Ansleis)名義でリリースされており、ホップ・アロング名義としては3作目のアルバム。

 レコーディング・エンジニアを務めるのはカイル・プリー。ホップ・アロングと同じく、フィラデルフィアを拠点に活動するバンド、シン・リップス(Thin Lips)のベーシストです。

 前作に引き続き、ネブラスカ州オマハの名門インディーズ・レーベル、サドル・クリークからのリリース。

 1stアルバムは、フランシス・クインラン(Frances Quinlan)のソロ・プロジェクトであったので、2ndの『Get Disowned』が、バンド体制になって実質1作目。

 同作では、アコースティック楽器のフォーキーな音色と、激しく歪んだギターの荒々しさが共存。初期衝動をそのまま音に閉じ込めたかのような攻撃的なサウンドは、実にロック・バンドの1stアルバムらしい質とも言えます。

 その攻撃性が、前作『Painted Shut』では後退し、代わりにアンサンブルを重視した音楽を展開。本作でも前作の音楽性を踏襲し、コンパクトに有機的なアンサンブルを組み上げています。

 具体的には、小節線を飛び越えるような自由なフレーズや、耳に突き刺さるアグレッシヴな音作りは鳴りを潜め、各楽器がチクタクチクタクと組み合うアンサンブルが展開。

 ただ、おとなしくなったというわけではなく、随所で意外性のあるアレンジが挟まれますし、アンサンブルからはバンドが一体の生き物であるかのような、ゆるやかで自然な躍動感が溢れています。

 例えばアルバム1曲目の「How Simple」では、各楽器の音作り、リズムともにシンプルながら、バンド全体でスイッチを切り替え、加速感を演出。ところどころで挟まれるギターの奇妙なサウンドや、立体的なドラムがアクセントとなり、楽曲に彩りを加えています。

 2曲目「Somewhere A Judge」は、隙間の多いアンサンブルですが、ボーカルも含めて、すべての楽器がお互いのリズムに食い込むように一体となり、ゆるやかに躍動するアンサンブルを作り上げています。音作りもサウンドもきわめてシンプルですが、再生時間0:59あたりから左チャンネルで聞こえる、声が裏返ったようなギターの音作りが、アヴァンギャルドな空気をプラス。

 3曲目「How You Got Your Limp」は、ハープとストリングスが導入され、室内楽的なサウンドを持った1曲。「バロック・ポップ」って、こういう曲のことを言うんでしょうね。フランシス・クインランのファルセットを織り交ぜた伸びやかな歌唱と、間奏の口笛も相まって、穏やかで牧歌的な雰囲気。

 5曲目「The Fox In Motion」は、粒だった音が四方八方でバウンドするイントロから始まり、リズム隊が入ると、途端に躍動感あふれる演奏へと発展。各楽器が持ち寄るフレーズは断片的なのに、集まったときに一体感を生む、このバンドの良さがあらわれた演奏とも言えます。

 9曲目「Prior Things」は、大々的にストリングスが用いられ、立体的なアンサンブルが構成される1曲。ストリングスの伸びやかなサウンドを活かし、グラデーションのように音量と雰囲気がコントロールされるアンサンブルが展開します。

 前述のとおり、2ndアルバム『Get Disowned』では、爆音ギターとアコースティック楽器が融合し、オルタナ・カントリーとも言える音楽を鳴らしていたのですけど、本作は爆音要素もルーツ・ミュージック要素も控えめ。

 個人的には、荒々しく躍動する2nd『Get Disowned』の方が好みなのですが、バランス感覚とアンサンブルの精度の点では、本作の方が上と言えるでしょう。

 音作りもアンサンブルもシンプルになり、ちょっと変なサウンドやアレンジが、隠し味のように聞こえるアルバムになっていて、いかにも2000年代以降の良質なインディーロック然としたクオリティです。

 ストリングスの導入の仕方も、絶妙だと思います。アイデアなしに入れると、クラシックからの安っぽい借り物みたいなサウンドにもなりかねませんが、本作ではバンドの躍動感を向上させるエッセンスとして、ストリングスが効果的に響いています。

 また、紅一点のボーカル、フランシス・クインランの歌唱もバンドの大きな魅力にひとつ。彼女の表現力は、アルバムを重ねるごとに向上し、本作でもハスキーにかすれた声から、伸びやかなファルセットまで、楽曲の世界観に合わせて、多様な歌声を聞かせてくれます。

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