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The Lumineers “Cleopatra” / ザ・ルミニアーズ『クレオパトラ』


The Lumineers “Cleopatra”

ザ・ルミニアーズ 『クレオパトラ』
発売: 2016年4月8日
レーベル: Dualtone (デュアルトーン)
プロデュース: Simone Felice (シモン・フェリス)

 コロラド州デンバーを拠点に活動するフォーク・ロック・バンド、ザ・ルミニアーズの2ndアルバム。

 前作『The Lumineers』と同じく、テネシー州ナッシュヴィルを拠点にするインディーズ・レーベル、デュアルトーンからのリリース。

 2012年4月にリリースされた前作は、インディーズでのリリースでありながらビルボード最高2位。本作がリリースされる2016年4月までに、アメリカ国内だけで170万枚を売り上げています。

 一聴すると、フォークやカントリーの要素が色濃い彼らのサウンド。しかし、鼓動のようにゆったりとリズムを刻むドラムをはじめ、ロック的なダイナミズムも持ち合わせ、バンド全体が一体の生き物のように、いきいきと躍動する演奏が特徴です。

 前作から比較すると、本作ではより歌のメロディーが前景化し、成熟したアンサンブルを展開。とはいえ、いきいきとした躍動感も健在です。

 1曲目「Sleep On The Floor」では、スローテンポに乗って、ゆったりと歩みを進めるような、タメをたっぷりと取った演奏が展開。徐々に音数が増え、それに比例して躍動感も増していきます。アルバム1曲目ということで、前座と言うと不適切かもしれませんが、リスナーの耳とテンションを温めるような楽曲。

 2曲目「Ophelia」では、足踏みのようなリズムと、メロウなピアノとボーカルが共存。徐々に熱を帯びるボーカルと、躍動的なアンサンブルが絡み合う1曲です。

 3曲目はアルバム表題曲の「Cleopatra」。メンバーのウェスリー・シュルツ(Wesley Schultz)が、ジョージア(ジョージア州ではなく、東ヨーロッパにある国のジョージアです!)で出会ったタクシー・ドライバーから聞いた実話に、インスパイアされた曲であるとのこと。

 詳細はバンドのFacebookにアップされています。話を要約すると、シュルツはジョージアで女性のタクシー・ドライバーと出会い、彼女から以前プロポーズされたエピソードを聞きます。恋人からプロポーズされたものの、ちょうど彼女の父親が亡くなったところだったため、返事をしませんでした。

 プロポーズを拒絶されたと思った恋人は、傷心のまま村を離れ、二度と戻らず。彼女にプロポーズを断った意図はなく、恋人を愛していたため、彼が去った後も残った足跡を決して掃除せず、そのままに残したそうです。

 歌詞の内容は、上記のエピソードを下敷きにしたもの。曲調は切なさを前面に出したものではありませんが、歌のメロディーと言葉が前景化されるバランスのアンサンブルになっています。

 4曲目「Gun Song」は、ゆったりしたドラムとアコースティック・ギターのリズムに、歌のメロディーが覆いかぶさるように重なる1曲。フォーキーなサウンドで、テンポも抑えめなのに、躍動感と加速感があり、ザ・ルミニアーズらしい演奏と言えます。

 5曲目「Angela」は、軽やかに爪弾かれるギターと、流麗なボーカルが絡み合い、穏やかに流れていく1曲。音数が少ないアンサンブルなのに、効果的に音が配置され、躍動感を生んでいます。

 10曲目「My Eyes」は、音数を絞った隙間の多いアンサンブルが展開する1曲。しかし、スカスカに感じるわけではなく、音数を絞ることで一音ずつが贅沢に響き、有機的でいきいきとした演奏になっています。

 ラストの11曲目「Patience」は、高音域を使った透明感のあるピアノによるインスト曲。徐々に音が増え加速していく1曲目「Sleep On The Floor」から始まり、ピアノ主体のインスト曲で締める、アルバムらしい流れも秀逸。

 アルバム表題曲の「Cleopatra」を含め、「Ophelia」「Angela」とシングルカットされた楽曲は、いずれも女性の名前がタイトル。叙情的な歌詞も、本作の魅力のひとつとなっています。

 また、前作に引き続き、セールスも好調。ビルボード最高2位を記録した前作に対して、本作では遂に1位を獲得。その他、イギリスやカナダでも、アルバム・チャートの1位を獲得しています。

 本作リリースから2年後の2018年に、チェロを担当していたネイラ・ペカレック(Neyla Pekarek)が、ソロ・キャリアに専念するため脱退。

 バンド結成当初のウェスリー・シュルツと、ジェレマイア・フレイツ(Jeremiah Fraites)による2ピース編成に戻っています。

 クラシックの教育を受けたペカレックが脱退することで、ザ・ルミニアーズの音楽がどのように変化するのか。今後の活動も楽しみです。

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The Lumineers “The Lumineers” / ザ・ルミニアーズ『ザ・ルミニアーズ』


The Lumineers “The Lumineers”

ザ・ルミニアーズ 『ザ・ルミニアーズ』
発売: 2012年4月3日
レーベル: Dualtone (デュアルトーン)
プロデュース: Ryan Hadlock (ライアン・ハドロック)

 コロラド州デンバーを拠点に活動するフォーク・ロック・バンド、ザ・ルミニアーズの1stアルバム。

 バンドの始まりは2002年。共にニュージャージー州ラムジー出身のウェスリー・シュルツ(Wesley Schultz)と、ジェレマイア・フレイツ(Jeremiah Fraites)が、共に音楽を作り始めます。

 きっかけとなったのは、ウェスリー・シュルツの親友であり、ジェレマイア・フレイツの兄であるジョシュ・フレイツ(Josh Fraites)の死。

 オーバードーズによって、19歳の若さで亡くなったジョシュ。その悲しみと喪失感を紛らわし、共有するため、2人は一緒に音楽に向かったのでした。

 2005年にはニューヨークへ引っ越し、ザ・ルミニアーズ名義での活動を開始。成功を夢見て、小さなクラブなどでライブ活動を続けます。

 しかし、競争の激しいニューヨークの音楽シーンと、あまりにも高い物価に耐えかね、2009年にコロラド州デンバーへと拠点を移動。同地で出会ったのが、クラシック音楽の教育を受け、音楽教師を目指していたチェリストのネイラ・ペカレック(Neyla Pekarek)です。

 彼女をメンバーへ迎え、3ピース編成となったザ・ルミニアーズ。音楽性の幅を広げ、それと比例して、着実に人気と評価も拡大。2012年にリリースされた1stアルバムが、本作『The Lumineers』です。

 メジャーレーベルからのオファーもある中、テネシー州ナッシュヴィルを拠点にする、フォーク系を得意とするインディーズ・レーベル、デュアルトーンからのリリース。

 メジャーレーベルを断り、小さなインディーレーベルを選ぶところにも気概が感じられますが、音楽も流行に左右されない強度を持ったバンドと言えます。

 ちなみにチャート成績もインディーズの枠を越えた好調ぶりで、アルバムとEPの売り上げをランキングにした「ビルボード200 (Billboard 200)」では、初登場45位、最高2位を記録。イギリスのチャートでも最高8位。

 リリースから4年の2016年4月までに、アメリカ国内で170万枚、イギリスで40万枚を売り上げています。

 彼らが奏でるのは、アコースティック楽器を主軸にした、フォーキーかつ躍動感あふれる音楽。フォークやアメリカーナを得意とするレーベル、デュアルトーンからリリースされているのも納得の地に足の着いたサウンドを鳴らしています。

 しかし、ただフォークやカントリーを焼き直すだけでなく、ロックにも通ずるダイナミックなアンサンブルや、ネイラ・ペカレックの奏でるチェロのサウンドなどが共存。カラフルで現代的な一面も持ち合わせています。

 1曲目「Flowers In Your Hair」は、アルバムのスタートにふさわしく、軽やかにバウンドするように駆け抜けていきます。アコースティック楽器で構成されたアンサンブルによって、ブルーグラスの香りも漂いますが、チェロの暖かく厚みのあるサウンドが、室内楽のような雰囲気もプラス。

 2曲目「Classy Girls」の前半は、ガヤガヤした街の音がサンプリングされ、その音をバックに、音数を絞った牧歌的な演奏が展開。ストリングスやドラムなどが段階的に加わり、徐々に加速しスリリングな演奏へ。

 3曲目「Submarines」では、ピアノが的確にリズムをキープし、ドラムが立体感をプラス。ピアノのまわりに他の楽器が絡みつくように、躍動感のあるアンサンブルが展開します。

 5曲目「Ho Hey」は、アコースティック・ギターと歌を中心にした、シンプルなアンサンブルに「Ho! Hey!」というかけ声が重なり、立体感と躍動感を増すアクセントとなっています。

 7曲目「Stubborn Love」は、流れるようなギターのコード・ストロークと、伸びやかなチェロ、ドンドンと鼓動のように響くドラムが重なり、バンドが一体の生き物のように、有機的に躍動。いきいきとした躍動感と疾走感を持った1曲。

 8曲目「Big Parade」は、ハンド・クラップとコーラスワークが中心になったイントロから始まる、歌のメロディーが前景化した1曲。流麗なメロディーを引き立て、加速させるように、徐々に楽器と音数が増え、疾走感を増していきます。

 11曲目「Morning Song」は、ゆったりとしたテンポに乗せて、タメをたっぷりと取ったアンサンブルが繰り広げられる1曲。アルバムのラストを締めくくる曲にふさわしく、楽器の出し入れのコントラストがわかりやすく、壮大なアレンジの1曲。

 全編を通してアコースティック・ギターを主軸に据えたフォーキーなサウンド・プロダクション。なのですが、ドラムがドタドタとパワフルにリズムを叩く場面が多く、ロック的なダイナミズムも持ち合わせたアルバムです。

 前述したとおり、ネイラ・ペカレックによるチェロの伸びやかなロングトーンも、アンサンブルを包みこむように、音楽的な広がりを加えています。

 フォークやカントリーなど、ルーツ・ミュージックを下敷きにしながら、アンサンブルは立体的かつダイナミック。オルタナティヴ・ロック以降の自由な発想が感じられる、インディーフォークらしい1作です。

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The Drums “Abysmal Thoughts” / ザ・ドラムス『アビスマル・ソウツ』


The Drums “Abysmal Thoughts”

ザ・ドラムス 『アビスマル・ソウツ』
発売: 2017年6月16日
レーベル: ANTI- (アンタイ)
プロデュース: Jonathan Schenke (ジョナサン・シェンケ)

 ニューヨーク出身のインディーロック・バンド、ザ・ドラムスの4thアルバム。エピタフの姉妹レーベルであり、ジャンルを超えてオルタナティヴな作品を手がける、アンタイからのリリース。

 2008年に、ニューヨークのブルックリンで結成。2010年の1stアルバム『The Drums』リリース時は、4ピース・バンドだったザ・ドラムス。

 しかし、2010年にギターのアダム・ケスラー(Adam Kessler)、2012年にドラムのコナー・ハンウィック(Connor Hanwick)、2017年にはシンセサイザーのジェイコブ・グラハム(Jacob Graham)が脱退。

 そのため、本作リリース時のメンバーは、ジョナサン・ピアースのみ。部分的にグラハムが参加している楽曲もありますが、ほとんど彼のソロ・プロジェクトとなっています。

 サポート・メンバーも招いてはいますが、ピアース自身がギター、ベース、ドラム、シンセサイザー、各種パーカッションなど、多くの楽器を担当。

 ただ、多くの楽器を担っているからといって、1人が頭の中で作りあげた閉塞感や、箱庭感のあるアルバムかというと、そうでもありません。

 元々ゴリゴリのグルーヴよりも、軽やかな疾走感を特徴としていたザ・ドラムス。バンドでありながら、サウンド・プロダクションにも、アンサンブルにも宅録感があったので、1人になったところで、その魅力は損なわれないということなのでしょう。

 同時に、フロンロマンを務めるジョナサン・ピアースの影響が、大きな比率を占めていたバンドなのだな、とも思います。むしろ、1人になった本作の方がアンサンブルが有機的で、バンド感が強いのではないかとすら感じます。

 サウンド・プロダクションにおいても、80年代ニューウェーヴを彷彿とさせるシンセ・サウンドは、やや控えめ。よりソリッドな音像となっています。とはいえ、一般的な感覚から言えば、十分にソフトなサウンド。

 いずれにしても、メンバーが1人になったからといって、音楽性が大きく変わることもなく、これまでのザ・ドラムスらしさを多分に含んだ1作です。

 1曲目「Mirror」は、音数が少なくスペースの多いアンサンブルの中で、ボーカルが際立つ1曲。各楽器のフレーズもシンプルですが、0:50あたりから入る調子ハズレに聞こえるベース音が、耳に引っかかるフックになっています。

 2曲目「I’ll Fight For Your Life」では、イントロから増殖するようなシンセのフレーズにギターが重なり、レイヤー状に厚みを増すアンサンブルが展開。ドラムのリズムは気持ちいいぐらいにシンプルで、軽やかな疾走感を生んでいます。

 3曲目「Blood Under My Belt」は、コーラスワークも含め、立体的なアンサンブルの1曲。

 4曲目「Heart Basel」は、イントロから徐々に楽器と音数が増えていき、四方八方から音が飛び交う、にぎやかなアンサンブルへと発展。この曲も、各楽器とも音を詰め込みすぎず、スペースを保ちつつ、ゆるやかにバウンドするような躍動感あふれる演奏となっています。

 8曲目「Are U Fucked?」は、リバーブの効いたギターと、まわりで鳴る各種パーカッションの音色が耳に残る、浮遊感のある1曲。全体のサウンド・プロダクションが柔らかく、各楽器のフレーズと音作りには意外性があり、ほのかにサイケデリックな空気が漂います。

 10曲目「Rich Kids」は、奇妙なサウンドのイントロから始まり、タイトに絞り込まれた、疾走感のある演奏が展開。その後もファニーなサウンドとフレーズが随所で顔を出し、ノリの良さと、アヴァンギャルドな空気が共存した1曲です。

 アルバム表題曲であり、ラスト12曲目の「Abysmal Thoughts」は、各楽器のフレーズがリズムをずらしながら折り重なる、立体的なアンサンブルが魅力の1曲。

 前述したとおり、アルバム全体をとおして過度に音を詰めこまず、スペースに余裕のあるアンサンブルが展開される1作です。

 サウンド・プロダクションもソフトで、どちらかというとローファイ寄り。ですが、アンサンブルの隙間と、柔らかなサウンドが揺らぎを際立たせ、ゆるやかな躍動感をともなった音楽を作り上げていきます。

 前述したとおり、ジョナサン・ピアースが多くの部分を作り上げた本作。すべてが彼の思いどおりにコントロールされたため、コンパクトでありながら、躍動感をともなった演奏を、実現できたのではないかと思います。

 圧倒的な音圧やグルーヴ感で押すわけではないのに、いつの間にか体が動き出す、音楽的フックをいくつも持ったアルバムです。

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Rafiq Bhatia “Breaking English” / ラフィーク・バーティア『ブレイキング・イングリッシュ』


Rafiq Bhatia “Breaking English”

ラフィーク・バーティア (ラフィク・バーティア) 『ブレイキング・イングリッシュ』
発売: 2018年4月6日
レーベル: ANTI- (アンタイ)

 実験的な音楽を展開するバンド、サン・ラックス(Son Lux)のメンバーである、ラフィーク・バーティアの2ndアルバム。エピタフの姉妹レーベルでもある、アンタイからのリリース。

 東アフリカとインドにルーツを持ち、1987年にノースカロライナ州ヒッコリーで生まれ、同州ローリーで育ったラフィーク・バーティア。移民が作り上げた国アメリカでは、複雑なルーツを持つことは珍しいことではありません。

 バーティアの音楽の興味は、祖父が朗読するジナン(Ginans)と呼ばれるイスラム教イスマーイール派の詩と、ラジオで聴くギャングスタ・ラップから始まり、高校生になるとギターを始めています。

 前述のとおり、サン・ラックスのメンバーとしても活動しているラフィーク・バーティア。本人名義のアルバムとしては、2012年リリースの『Yes It Will』以来6年ぶりの作品となります。

 一聴すると、まずどのジャンルにカテゴライズすべきか迷ってしまいます。もちろん、ジャンル分けが音楽の聴き方を決めるわけではないのですが、それほど本作の間口が広く、オリジナリティに溢れているということ。

 リリース以来、各所でポジティヴな評価を得ている本作ですが、ジャズ系のメディアにも、ロック系のメディアにも取り上げられているところも、良い意味での掴みにくさを示唆しています。

 このアルバムの魅力を一言で表すなら、作曲と即興がシームレスに共存しているところ。つまり、あらかじめ決められ、丁寧に作り上げられた「作曲」の要素と、その場のインスピレーションによる、いきいきとした「即興」の要素が、対立することなく両立しているということです。

 いわゆる歌モノのように、わかりやすい構造を持った楽曲群ではありませんが、かといって音響系のポストロックやエレクトロニカのように、完全に音の響きのみを重視した音楽というわけでもありません。

 音響を前景化した面もありながら、ジャズの即興性と躍動感、そして設計図を元に組み立てられたかのような整然さが、奇跡的なバランスで成り立っています。

 例えば4曲目の「Before Our Eyes」では、立体的でトライバルなビートに、ヴァイオリンの躍動的なフレーズが重なり、グルーヴ感に溢れたアンサンブルへと発展。それぞれのリズムとフレーズには、即興性を感じさせるフリーな雰囲気がありながら、楽曲の展開はまるで映画のワンシーンにあてられたサウンドトラックのように滑らかです。

 また、ポストロック的なレコーディング後の編集を感じさせるのも、本作の特徴。アルバム表題曲の6曲目「Breaking English」では、ギターのフレーズ、断片的なドラムのリズム、エフェクトのかかったボーカルなどが折り重なるように音楽を構成していきます。

 アルバムのラストを飾る9曲目「A Love That’s True」は、アコースティック・ギターのオーガニックな音色と、エフェクトを駆使したサウンドが溶け合い、強弱を変えながら押し寄せる風のような、パワフルかつコントラストの鮮やかな音楽を作り上げています。

 即興と作曲、電子音と生楽器、生演奏とポスト・プロダクション。相反すると思われるふたつの要素を融合し、新たな音楽を作り上げていく、スリリングなアルバムと言えます。

 真の意味でオルタナティヴな作品をリリースし続けるレーベル、アンタイ(ANTI-)からのリリースだというのも、個人的には妙に納得してしまうクオリティ。

 思わず体が動き出す躍動感と、ヘッドホンで集中して聴くべき世界観を持ち合わせた名作です。

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Sam Beam & Jesca Hoop “Love Letter For Fire” / サム・ビーム&ジェスカ・フープ『ラヴ・レター・フォー・ファイア』


Sam Beam & Jesca Hoop “Love Letter For Fire”

サム・ビーム&ジェスカ・フープ 『ラヴ・レター・フォー・ファイア』
発売: 2016年4月15日
レーベル: Sub Pop (サブ・ポップ)
プロデュース: Tucker Martine (タッカー・マーティン)

 アイアン・アンド・ワイン(Iron & Wine)名義での活動で知られるシンガーソングライター、サム・ビームと、カリフォルニア州サンタローザ出身の女性シンガーソングライター、ジェスカ・フープによるコラボレーション・アルバム。

 レコーディングには、ウィルコ(Wilco)のグレン・コッチェ(Glenn Kotche)や、ティン・ハット(Tin Hat)のロブ・バーガー(Rob Burger)、元ソウル・コフィング(Soul Coughing)のセバスチャン・スタインバーグ(Sebastian Steinberg)、ヴァイオリニストのエイヴィン・カン(Eyvind Kang)らが参加しています。

 共にフォークを基調としながら、オルタナティヴな空気も併せ持つサム・ビームとジェスカ・フープ。さらに上記のとおり、参加ミュージシャンには、オルタナ・カントリーのウィルコ、チェンバー・ミュージックのティン・ハット、オルタナティヴ・ヒップホップのソウル・コフィング、ジャズや現代音楽のエイヴィン・カンなど、多彩な出自を持つ面々が並びます。

 期待どおりと言うべきか、本作で展開されるのは、男女混声によるフォーキーな歌を中心に据えながら、多彩なジャンルの要素が散りばめられた音楽。

 アコースティック・ギターを主軸にした、カントリー的なサウンドを下地に、ピアノやストリングスを用いたチェンバー・ミュージック的なアレンジ、音響を前景化したエレクトロニカ的な音像などが同居する、上質なポップ・ミュージックが鳴り響きます。

 1曲目の「Welcome To Feeling」は、1分ほどのイントロダクション的な役割のトラック。イントロから、ストリングスのロングトーンがレイヤー状に重なり、続いてパーカッションとボーカルが立体感を足していく、短いながら情報量の多い1曲。

 2曲目「One Way To Pray」では、アコースティック・ギターとボーカルのフォーキーな響きに、ストリングスのゆったりとしたフレーズが、絡み合うように厚みをプラスしていきます。

 5曲目「Midas Tongue」は、アコースティック楽器のオーガニックな音色と、柔らかな電子音が共存しながら、立体的で躍動感あふれるアンサンブルが組み上げられる1曲。細かいフレーズが複雑に絡み合うことで、サウンドは生楽器が主体であるのに、アヴァンギャルドな空気が漂います。

 7曲目「Every Songbird Says」は、アコースティック・ギターの流れるようなフレーズと、男女混声ボーカルが絡み合い、軽やかに進行する1曲。徐々に楽器が増え、立体感と躍動感が増していく展開も秀逸。

 8曲目「Bright Lights And Goodbyes」は、アコースティック・ギターとボーカルを中心に構成されるメロウなバラード。

 10曲目「Chalk It Up To Chi」は、民謡という意味でのフォーク・ミュージックを思わせる、コミカルな歌唱とメロディーを持った1曲。音はそこまで詰め込まれていませんが、多種多様な音が飛び交うアンサンブルも、カラフルで賑やか。

 11曲目「Valley Clouds」は、フォーク色の濃い牧歌的な雰囲気で始まり、再生時間0:50あたりからいきいきと加速していく、ゆるやかなスウィング感のある1曲。加速と減速を繰り返し、1曲の中でのリズムの緩急も鮮やか。

 13曲目「Sailor To Siren」は、音数は少なく隙間は多いのに、低音域でどっしりと響くドラムをはじめ、ゆるやかな躍動感を伴った演奏が展開する1曲。ソフトに歌いあげる、男女混声のコーラスワークが幻想的。

 カントリーとクラシックの融合!などと言うと、あまりにも短絡的ですが、思わず多くのジャンルに言及したくなる多様性を持ったアルバムです。

 あえてジャンル名を駆使して本作を説明するなら、カントリーとクラシックが、音響系ポストロックやオルタナティヴ・ロックの文法を通して融合した1作、とでも言ったところでしょうか。

 現代におけるインディーロック、インディークラシック、ジャズが交錯する、多様な様相を持った1作。聴き方によって、次々と異なる色が見えてくる、まさに玉虫色のアルバムです。