「2010年代」タグアーカイブ

Iron & Wine “Beast Epic” / アイアン・アンド・ワイン『ビースト・エピック』


Iron & Wine “Beast Epic”

アイアン・アンド・ワイン 『ビースト・エピック』
発売: 2017年8月25日
レーベル: Sub Pop (サブ・ポップ)
プロデュース: Tom Schick (トム・シック)

 サウスカロライナ州チャピン出身のシンガーソングライター、サム・ビーム(Sam Beam)のソロ・プロジェクト、アイアン・アンド・ワインの通算6作目となるスタジオ・アルバム。

 2015年にバンド・オブ・ホーセズ(Band Of Horses)のベン・ブリッドウェル(Ben Bridwell)とのコラボ・アルバム『Sing into My Mouth』、2016年にはジェスカ・フープ(Jesca Hoop)とのコラボ・アルバム『Love Letter For Fire』をリリースしていますが、アイアン・アンド・ワイン名義でのオリジナル・アルバムは、2013年の『Ghost On Ghost』以来4年ぶりのリリース。

 アイアン・アンド・ワインの音楽を一言であらわすなら、ルーツ・ミュージックと現代的インディーロックの融合。アルバムごとにバランスは異なりますが、フォークやカントリーなどのルーツ・ミュージックに、オルタナティヴ・ロックやポストロック的なアレンジを織り交ぜ、ルーツと現代性が共存した音楽を作り上げています。

 通算6作目となる本作では、オルタナティヴなサウンドは控えめに、フォーク色の濃い音楽を展開。アコースティック・ギターを中心に据えた穏やかなサウンド・プロダクションの中で、歌が際立つバランスの1作となっています。

 1曲目「Claim Your Ghost」は、イントロのカウントから、息づかいまで伝わる、臨場感あふれる歌が前景化された、スローテンポの1曲。音数を絞ったシンプルなアンサンブルですが、中盤以降から徐々に音が増え、躍動感を増していきます。

 2曲目「Thomas County Law」では、アコースティック・ギターとパーカッションのオーガニックな音色を中心に、音数を絞ったアンサンブルが展開。しかし、スカスカ感は無く、少しずつ音数を増やしながら、ゆるやかに躍動します。

 3曲目「Bitter Truth」は、手数の少ないシンプルなドラムと、2本のギター、ピアノ、ボーカルの音が、穏やかに絡み合いながら進行する牧歌的な1曲。

 4曲目「Song In Stone」は、はじけるようにみずみずしいギターの音色と、チェロの柔らかなロングトーンが重なり、厚みのある音のシートを作り上げていきます。

 6曲目「Call It Dreaming」は、さざ波のように穏やかに揺れるアンサンブルの上を泳ぐように、流麗なボーカルのメロディーが漂う1曲。

 7曲目「About A Bruise」は、パーカッシヴなギターを筆頭に、各楽器が縦に切り刻むようにリズムを作り、立体的なアンサンブルを展開。アコギを中心に据えたサウンドはフォーキーですが、随所に奇妙なフレーズが差し込まれ、オルタナティヴな空気が漂います。

 8曲目「Last Night」は、イントロからストリングスが荒れ狂う嵐のようにフレーズを繰り出し、その後もコミカルなアンサンブルが展開する1曲。ストリングスがフィーチャーされたサウンドは、チェンバー・ポップか小編成のジャズを思わせますが、前曲に続いて随所にアヴァンギャルドなフレーズが散りばめられています。

 11曲目「Our Light Miles」は、スローテンポのゆったりとしたアンサンブルに、高音域を使ったささやき系のボーカルが重なる、穏やかなバラード。

 前述のとおり、フォークを下地にしている点では一貫しながら、アルバムごとに玉虫色に音楽性を変化させるアイアン・アンド・ワイン。

 シティ・ポップを彷彿とさせるオシャレな空気を持った前作『Ghost On Ghost』、電子音を多用した前々作『Kiss Each Other Clean』と比較すると、本作はアコースティック・ギターが前面に出た楽曲が多く、ストレートにカントリー色の濃いアルバムと言えます。

 しかし、随所に不安定なフレーズや、折り重なるリズムなど、意外性のあるアレンジを散りばめ、ルーツと現代性を巧みにブレンドするアイアン・アンド・ワインらしさも健在。

 穏やかにうたた寝しながら聴いていると、アヴァンギャルドなアレンジに耳を奪われる…そのようなアレンジが、ところどころに隠されています。そして、意外性のあるアレンジが、良い意味での違和感を生み、音楽のフックとなっています。

 一聴すると穏やかなカントリー・ミュージックなのに、実験性を隠し味として取り込んだ1作です。

 





Moses Sumney “Aromanticism” / モーゼス・サムニー『アロマンティシズム』


Moses Sumney “Aromanticism”

モーゼス・サムニー 『アロマンティシズム』
発売: 2017年9月22日
レーベル: Jagjaguwar (ジャグジャグウォー)
プロデュース: Joshua Willing Halpern (ジョシュア・ウィリング・ハルパーン)

 カリフォルニア州ロサンゼルスを拠点に活動するシンガーソングライター、モーゼス・サムニーの1stアルバム。

 ガーナ人の両親のもと、1990年にカリフォルニア州サンバーナーディーノで生まれたサムニー。これまでに数枚のEPとシングルを発表し、本作が初のアルバムとなります。インディアナ州ブルーミントンのインディー・レーベル、ジャグジャグウォーからのリリース。

 上記のとおり、ガーナにルーツを持つモーゼス・サムニー。アフリカにルーツを持つアメリカ人が作る音楽というと、ネオ・ソウルやR&Bが思い浮かびます。

 ヒップホップにも言えることですが、現代のブラック・ミュージックの特徴を単純化して挙げるならば、メロディーやハーモニーよりも、リズムを重視した音楽であることでしょう。もう少し具体的に言い換えるならば、コード進行に基づいたメロディーではなく、より自由な音の動きのメロディーを持った音楽である、ということ。

 そのため、この種のジャンルにカテゴライズされる楽曲は、複雑なコード進行を持つことは少なく、1コードあるいは2コードのみで進行する曲すら、たびたび見受けられます。そして、コード進行の呪縛から解き放たれたメロディーは、音程的にもリズム的にも、自由な動きを見せます。

 また、コード進行がシンプルになった分、バック・トラックのビートが強調され、リズムが前景化。結果として、メロディーやハーモニーよりも、相対的にリズムが前に出た音楽となります。

 さて、そのような文脈で考えた時に、モーゼス・サムニーが作る音楽の特異性が、鮮やかに浮かび上がってきます。前述のとおり、コード進行の機能に縛られず、より自由で風通しの良いメロディーを持つのが、現代的ブラック・ミュージックの特徴。

 モーゼス・サムニーの音楽も、その流れの中にあるのは間違いないのですが、彼の音楽はコード進行からの離脱や、ビートの重視といった従来の方法論ではなく、音響を重視したもの。音の響きを何よりも重視した彼の音楽は、ネオ・ソウルをエレクトロニカや音響系ポストロックの文法を用いてアップデートしたもの、と言ってもいいでしょう。

 1曲目「Man On The Moon (Reprise)」は、教会に響きわたるゴスペルを彷彿とさせる、厚みのあるコーラスワークが展開する、40秒ほどのトラック。ドラムなどのリズム楽器は用いられず、人の声のみで分厚い音の壁を構築しています。アルバム1曲目にふさわしく、本作の方向性を示した1曲です。

 2曲目「Don’t Bother Calling」は、ファルセットを駆使したボーカルと、シンプルなベースのフレーズが絡み合う、ミニマルなアンサンブルの1曲。言うまでもなく、一般的なバンド・サウンドと比較すれば、隙間の多いアンサンブルですが、ボーカルの声とメロディーの美しさが際立つアレンジです。途中から挿入されるストリングスが、楽曲に立体感をもたらしています。

 4曲目「Quarrel」は、ハープや人の声などのオーガニックな響きと、電子的なビートが溶け合った1曲。ベースを弾いているのは、サンダーキャット(Thundercat)。

 6曲目「Lonely World」は、ギターが幾重にも折り重なるイントロから、多様な楽器を用いたアンサンブルへと展開。生楽器と電子的なサウンドが溶け合い、躍動感のあるアンサンブルへと発展していきます。再生時間2:58あたりからのドラムなど、生楽器のいきいきとした響きを、電子的なサウンドの中で、対比的に際立たせるバランス感覚も秀逸。

 7曲目「Make Out In My Car」は、断片的なフレーズが、ポスト・プロダクションによってレイヤー状に重なっていく、エレクトロニカ的な音像を持った曲。そんな電子的なサウンドの中で、エフェクト処理されたボーカルが、バックの音と溶け合うように、メロディーを紡いでいきます。

 9曲目「Doomed」は、電子的な持続音の上に、ボーカルのメロディーが立体的に浮かび上がる、アンビエントなサウンド・プロダクションを持った1曲。

 11曲目「Self-Help Tape」では、透明感のある音色のギターとボーカルによって、建造物のように音楽が構築。伴奏がどうこう、メインのメロディーがどうこうという音楽ではなく、全ての音が有機的に組み合って、ひとつの音楽となっています。

 アルバム全体をとおして、音響系R&Bとでも呼びたくなるクオリティを持った1作です。メロディーやコーラスワークには、間違いなくゴスペル等ブラック・ミュージックからの影響が出ているのですが、できあがる音楽から黒っぽさは、それほど感じられません。

 その理由は、糸を引くようなリズムであったり、うねるようなバンドのグルーヴ感といった、黒っぽさを演出する要素を除き、その代わりに音響を前景化したアプローチを取っているため、というのが僕の考えです。

 ジャケットのデザインが宙に浮いた人というのも、このアルバムの音楽性を示していると思います。特定のジャンルに足をつけず、なおかつ浮遊感のあるサウンドを持っているという意味です。これは、ちょっと考えすぎかもしれませんが。

 インディー・「ロック」・レーベルのジャグジャグウォーからリリースされているのも示唆的ですね。ジャズとヒップホップの線引きが曖昧になっていくのと並行して、ロックとブラック・ミュージックの融合もますます進んで、境界が曖昧になっていくのでしょう。





Phosphorescent “C’est La Vie” / フォスフォレッセント『セ・ラ・ヴィ』


Phosphorescent “C’est La Vie”

フォスフォレッセント 『セ・ラ・ヴィ』
発売: 2018年10月5日
レーベル: Dead Oceans (デッド・オーシャンズ)
プロデュース: Andrija Tokic (アンドリジャ・トーキック)

 アラバマ州ハンツビル出身のシンガーソングライター、マシュー・フック(Matthew Houck)のソロ・プロジェクト、フォスフォレッセントの通算7作目となるアルバム。

 アルバム・タイトルの「C’est la vie」とは、フランス語の慣用句で「それが人生さ」「しょうがないよ」といった意味。

 2015年にライブ・アルバム『Live At The Music Hall』をリリースしてはいますが、スタジオ・アルバムとしては2013年作の『Muchacho』から、5年ぶりのリリースとなります。

 デビュー以来、インディー・フォークあるいはオルタナ・カントリーに分類される音楽を作り続けてきたフォスフォレッセント。すなわち、ルーツ・ミュージックを下地に、オルタナティヴ・ロック的なサウンドとアレンジを、併せ持った音楽です。

 基本的には、フォーク色の濃い1stアルバムからスタートし、その後はアルバムを追うごとに、サウンドとアレンジの両面で、徐々にオルタナティヴ・ロック色が濃化。前作『Muchacho』は、電子的なサウンドがフィーチャーされた、最もオルタナ色の濃い1作でした。

 そんな前作に続く、5年ぶりの本作。引き続き電子的なサウンドを取り込みつつ、音響的なアプローチの目立った前作と比較すると、より歌が前景化されたアルバムとなっています。

 1曲目「Black Moon / Silver Waves」は、1分20秒ほどのイントロダクション的な役割の曲。さざ波のようなアコースティック・ギターのフレーズに続き、原初的なシャウトと、厚みのあるコーラスワークが重なります。音楽へと向かうプリミティヴな感情と、音楽を作り上げる論理が、ギュッと凝縮されています。

 2曲目「C’est La Vie No. 2」は、電子音を中心とした柔らかなサウンドの中に、穏やかなボーカルのメロディーが浮かび上がる1曲。エレクトロニカのような音像を持ちながら、人の声の温かみと実体感が、共存しています。

 3曲目「New Birth In New England」は、軽快に飛び跳ねるリズムを持った、ノリの良いポップ・チューン。

 5曲目「Around The Horn」は、多用な楽器が絡み合う、躍動感の溢れるアンサンブルが展開する1曲。エフェクターを多用したギターの音色がアクセントとなり、楽曲にオルタナティヴな要素をプラスしています。

 6曲目「Christmas Down Under」は、空間系エフェクターを用いた透明感のあるギター・サウンドと、ソフトな電子音を中心にしたアンサンブルの中を、ボーカルのメロディーが滑らかに流れる1曲。あくまで歌がアンサンブルの中心に据えられていますが、音響系ポストロックのようなサウンドも持ち合わせています。

 9曲目「Black Waves / Silver Moon」は、増殖するように刻まれるギターのフレーズと、トライバルなドラムのビート、ヴェールのように全体を包み込む電子的なドローンが溶け合う、音響を前景化したアプローチのインスト曲。厳密には、人の声も用いられてはいますが、いわゆる歌メロではなく、断片的なロングトーン。1曲目の「Black Moon / Silver Waves」とタイトルが対になった、アウトロ的な役割のトラックです。

 前述のとおり、マシュー・フックのソロ・プロジェクトであるフォスフォレッセント。初期の作品は、もっと個人が頭の中で作り上げた箱庭感があったのですが、アルバムを追うごとにバンド感が増していきました。

 アルバムごとにゲスト・ミュージシャンを招いてはいますが、多くの楽器をマシュー・フック自身が担当するスタンスは、一貫しています。バンド感が増した理由は、彼自身のアンサンブル構成力の向上が、大きいということでしょう。

 さて、本作ではバンド感が後退したわけではないのですが、歌が中心に据えられ、今まで以上にパーソナルな空気が充満したアルバムとなっています。

 「C’est La Vie」というアルバム・タイトル、そして本人の顔写真を使った、ジャケットのデザインも象徴的。新作ごとにアンサンブルとサウンド・プロダクションを追求してきたこれまでの方向性から、ソングライティングと歌唱にフォーカスした方向へと、舵を切った1作とも言えるのではないかと思います。

 また、サウンドの面ではフォーク色がかなり後退し、シンセサイザーによるものと思われる、電子的なサウンドの割合が増加。現代版のキャンディ・ポップとでも呼ぶべき、カラフルなサウンド・プロダクションに仕上がっています。

 





Phosphorescent “Muchacho” / フォスフォレッセント『ムチャチョ』


Phosphorescent “Muchacho”

フォスフォレッセント 『ムチャチョ』
発売: 2013年3月19日
レーベル: Dead Oceans (デッド・オーシャンズ)
プロデュース: Phil Joly (フィル・ジョリー)

 アラバマ州ハンツビル出身のシンガーソングライター、マシュー・フック(Matthew Houck)のソロ・プロジェクト、フォスフォレッセントの6thアルバム。

 前作『Here’s To Taking It Easy』から約3年ぶり、デッド・オーシャンズと契約後4作目となるアルバムです。アルバム・タイトルの「Muchacho」とは、スペイン語で「少年」(boy)を意味する単語。

 これまでのフォスフォレッセントの作風は、フォークやカントリーを下敷きにしながら、オルタナティヴ・ロックや音響系ポストロックを感じさせるアレンジを、さりげなく織り交ぜたもの。

 しかし、前作から3年ぶりとなる本作では、生楽器の響きを活かした、これまでのフォーキーなサウンドとは打って変わって、電子的なサウンドが前面に出たアルバムとなっています。一体、前作からの3年間に何があったのか、と思うほどの変化です。

 もちろん彼の持ち味であるルーツ・ミュージックの要素も含まれてはいるのですが、音楽を作り上げる方法論、全体のサウンド・プロダクションは、明らかにモード・チェンジ。フォスフォレッセント史上、最もオルタナ色の濃い1作です。

 1曲目「Sun, Arise! (An Invocation, An Introduction)」は、いかにも電子音らしい電子音による伴奏と、厚みのあるコーラスワークが溶け合う1曲。テクノ的なサウンドと、温かみのある人の声が合わさり、独特のオーケストラルなポップが展開されています。

 2曲目「Song For Zula」でも、1曲目に続いて電子音が主軸に据えられ、バウンドするビートに乗せて、流麗なフレーズが重なっていきます。

 3曲目「Ride On / Right On」は、エフェクターの深くかかったエレキ・ギターと、肉体的なビートが用いられた、躍動感のある1曲。

 5曲目「A Charm/ A Blade」は、教会音楽を思わせる壮大なコーラスワークと、ホーン・セクションを大体的に導入したサウンドが融合する、スケールの大きなポップ・ソング。

 6曲目「Muchacho’s Tune」は、ギターとピアノ、シンセサイザーなどの粒立った音が、水がにじむように広がっていく、ソフトな音像を持った1曲。各楽器の音が、無作為に広がっていくようで、一体感のあるアンサンブルが構成されています。

 8曲目「The Quotidian Beasts」は、アコースティック・ギターのストロークと、ヴァイオリンのフレーズが重なる、オーガニックな響きを持った、牧歌的な1曲。

 10曲目「Sun’s Arising (A Koan, An Exit)」では、ロングトーンを活かした、神秘的なコーラスワークが響き渡ります。伴奏は、風になびいて草木がなびくように、ナチュラルな躍動感に溢れたもの。

 前述のとおり、これまでのフォーキーな音色を持った作風から比較すると、サウンドの質感が大きく異なる1作です。積極的に電子音が導入され、オルタナティヴな要素が増しています。

 一方で、ただ単にエレクトロニカやオルタナティヴ・ロック色を増しただけでなく、ホーン・セクションやペダル・スティール・ギターが効果的に用いられ、スケールの大きなポップスとしての一面も持っています。

 また、本作は「Muchacho De Lujo」(ムチャチョ・デ・ルホ)と名づけられた、2枚組のデラックス・エディションもリリースされています。2枚目のディスクには、ライブ音源が12曲収録。現在は各種サブスクリプション・サービスでも、こちらのエディションを聴くことができます。

 





Phosphorescent “Here’s To Taking It Easy” / フォスフォレッセント『ヒアズ・トゥ・テイキング・イット・イージー』


Phosphorescent “Here’s To Taking It Easy”

フォスフォレッセント 『ヒアズ・トゥ・テイキング・イット・イージー』
発売: 2010年5月11日
レーベル: Dead Oceans (デッド・オーシャンズ)

 アラバマ州ハンツビル出身のシンガーソングライター、マシュー・フック(Matthew Houck)のソロ・プロジェクト、フォスフォレッセントの5thアルバム。

 前作『To Willie』は、アルバムのタイトルにも示されているとおり、1950年代から活動するカントリー・ミュージシャン、ウィリー・ネルソン(Willie Nelson)のカバーで全曲が構成された、トリビュート・アルバム。

 そのため、フォークやカントリーを下敷きにしながら、音響的なアプローチも目立つ、従来のフォスフォレッセントの音楽性から比較すると、いつにも増してカントリー色が濃い1作となっていました。

 5作目となる本作では、カントリーを下地に、エレキ・ギターやピアノを主軸にした、躍動感を持ったアンサンブルが展開。フォークやカントリーの要素が、コンパクトなインディー・ロックのフォーマットに収まった、フォスフォレッセントらしい音楽を作り上げています。

 1曲目「It’s Hard To Be Humble (When You’re From Alabama)」では、前のめりにアクセントを置いた軽快なリズムに乗せて、多様な楽器が用いられたカラフルなサウンドで、躍動感に溢れたアンサンブルが展開。カントリー的なスウィング感を持った、アルバム1曲目にふさわしい賑やかな曲。

 2曲目「Nothing Was Stolen (Love Me Foolishly)」では、鼓動のように響くビートを土台に、徐々にバンドの演奏が加速していきます。異なる楽器のフレーズが噛み合い、雑多なようで、一体感のあるアンサンブル。

 5曲目「I Don’t Care If There’s Cursing」は、シンプルなドラムと、波打つようなフレーズを弾くベースがリズムをキープし、その上に他の楽器の流麗な演奏と、なめらかな歌のメロディーが乗る1曲。バンド全体が、いきいきと躍動しながら進行します。

 6曲目「Tell Me Baby (Have You Had Enough)」は、イントロから電子的な持続音が用いられた、音響を前景化させたアプローチの1曲。ギターのフレーズと、ボーカルのメロディーは、折り重なるようになめらか。朝もやのような清潔感を持った、サウンド・プロダクションと演奏。

 9曲目「Los Angeles」は、各楽器のフレーズが、糸を引くように広がる、スローテンポのブルージーな1曲。再生時間3:57あたりからの間奏でも、各楽器が渋いフレーズを持ち寄り、ブルージーな空気が充満。8分を超える長尺の曲で、コーラスワークは厚みを持って多層的に構成され、長い絵巻物を見ているかのように、流麗かつ壮大。

 フォークやカントリー、ブルースなどのルーツ・ミュージックが、現代的なサウンドと共に、巧みにまとめられた1作です。マシュー・フックのソロ・プロジェクトではありますが、作品を追うごとにアンサンブルの躍動感と安定感は向上。

 今作では、これまで以上に、いきいきとしたバンド感の溢れるアルバムとなっています。

 2018年10月現在、Spotifyでは配信されていますが、AppleとAmazonでは残念ながら未配信です。