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Kinski “Cosy Moments” / キンスキー『コージー・モーメンツ』


Kinski “Cosy Moments”

キンスキー 『コージー・モーメンツ』
発売: 2013年4月2日
レーベル: Kill Rock Stars (キル・ロック・スターズ)
プロデュース: Randall Dunn (ランドール・ダン)

 ワシントン州シアトル出身のバンド、キンスキーの通算7枚目のスタジオ・アルバム。

 前作までに、地元シアトルの名門インディー・レーベル、サブ・ポップに3枚のアルバムを残していますが、本作ではキル・ロック・スターズへ移籍しています。

 レーベルを移籍したことが影響しているのかは分かりませんが、前作『Down Below It’s Chaos』と比較して、音楽性も変化を遂げた1作です。

 これまでのキンスキーの特徴は、轟音ギターや電子音を用いて、実験性とロックのダイナミズムが、融合したアンサンブルを作り上げるところ。本作にも、そうした要素は残っているのですが、多くの曲でボーカルが導入され、より歌モノに近い構造を持った楽曲が増加。前作でも、9曲中3曲にはボーカルが入り、本作に繋がる兆候はありました。

 もちろん、ただ歌が入ったからといって、以前のサウンド・プロダクションやアンサンブルが、全く変質しているわけではありません。しかし、歌のメロディーが入ることで、ヴァースとコーラスが循環する、分かりやすい進行の楽曲が増えたのは事実。

 1曲目の「Long Term Exit Strategy」では、ゆったりとしたテンポに乗せて、各種エフェクターのかかった、複数のギターを中心に、カラフルなサウンドでアンサンブルが編まれていきます。1曲目から早速ボーカル入りの楽曲で、バンドの一部に溶け込んで流れるように、メロディーを紡いでいきます。

 2曲目「Last Day On Earth」は、押しつぶされたような音色のギターが疾走する、パンキッシュな1曲。この曲にもボーカルが入り、バンド全体が前のめりに走り抜けていきます。

 3曲目「Skim Milf」は、多様な音が飛び交う、ノイジーで疾走感に溢れた1曲。前曲に続き、パンクな楽曲が続きます。

 4曲目「Riff DAD」では、ファットな音色のギターを中心に、バンド全体が塊となり、転がるようなアンサンブルが展開します。

 5曲目「Throw It Up」は、ざらついた歪みのギターが分厚い音の壁を作り、その上をボーカルが漂う1曲。シンプルなリズム隊と、厚みのあるギターサウンド、流れるようなメロディーからは、シューゲイザーの香りも漂います。

 6曲目「A Little Ticker Tape Never Hurt Anybody」は、シンプルなドラムから始まり、徐々に音数が増えて、ゆるやかなグルーヴ感を持った演奏が繰り広げられる1曲。シカゴ音響派を思わせる、インスト・ポストロックです。

 7曲目「Conflict Free Diamonds」は、キレの良いリズムを持った、タイトに疾走する1曲。アクセントが前のめりに置かれ、推進力を持った演奏。

 9曲目「We Think She’s A Nurse」では、トライバルなドラムのリズムに導かれ、様々なサウンドやフレーズが飛び交います。アンサンブルではなく、音響が前景化された1曲。

 前述したとおり、ボーカルの入ったコンパクトな構造の楽曲が増えましたが、6曲目「A Little Ticker Tape Never Hurt Anybody」や、9曲目「We Think She’s A Nurse」など、ポストロック全開の楽曲も含まれています。

 また、ボーカル入りの曲でも、サウンドやアレンジにはアヴァンギャルドな要素が散りばめられ、キンスキーらしさを残したまま、歌モノへの変換に成功した1作と言っても、良いかと思います。





Father John Misty “God’s Favorite Customer” / ファーザー・ジョン・ミスティ『ゴッズ・フェイヴァリット・カスタマー』


Father John Misty “God’s Favorite Customer”

ファーザー・ジョン・ミスティ 『ゴッズ・フェイヴァリット・カスタマー』
発売: 2018年6月1日
レーベル: Sub Pop (サブ・ポップ)
プロデュース: Jonathan Rado (ジョナサン・ラドー), Jonathan Wilson (ジョナサン・ウィルソン), Dave Cerminara (デイヴ・サーミナラ), Trevor Spencer (トレヴァー・スペンサー)

 メリーランド州ロックヴィル出身のシンガーソングライターであり、マルチ・インストゥルメンタリスト、ジョシュ・ティルマン。彼がファーザー・ジョン・ミスティ名義でリリースする、4作目のアルバム。

 ティルマン自身に加え、インディー・ロック・デュオ、フォクシジェン(Foxygen)のジョナサン・ラドーなど、数名のプロデューサーを招いて、制作されています。

 ファーザー・ジョン・ミスティという人も、魅力を言語化して伝えるのが、なかなか難しい人です。しばしば言及されるのが、彼のソング・ライティング、つまり作曲能力について。

 本作も、メロディーと言葉が中心に据えられ、歌が中心にあるアルバムと言っていいでしょう。多様な音楽ジャンルが顔を出す、カラフルなアンサンブルの中で、メロディーの魅力が前景化された作品となっています。

 伴奏があって歌がある、という主従関係のハッキリした構造の音楽は、個人的にあまり好きではありません。しかし、本作は別。というより、メロディーを際立たせるような伴奏ではあるのですが、単純に従っているわけではなく、歌のメロディーとバンドのアンサンブルが、溶け合うように機能しているのが、本作の魅力のひとつです。

 1曲目の「Hangout At The Gallows」では、ゆったりとしたテンポに乗って、ボーカルとバンドが同じリズムで揺れるように、躍動的なアンサンブルが展開します。アコースティック・ギターとドラム、パーカッションのみの隙間の多いアンサンブルからスタート。その後、徐々に楽器と音数が増えていきますが、ボーカルがエモーショナルに歌い上げると、バンドも同じように盛り上がり、一体の生き物のような、有機的な演奏となっています。

 2曲目「Mr. Tillman」では、イントロから、ボーカルも文字どおりバンドの一部となり、立体的でカラフルなアンサンブルを構成するのに貢献。その後も、メインのメロディーと並行して、厚みのあるコーラスワークが、全体を包み込んでいきます。

 3曲目「Just Dumb Enough To Try」は、ピアノとボーカルが中心に据えられたバラード。ピアノとボーカルが対等に向き合う冒頭から、続いてギターのアルペジオと、リズム隊が加わり、穏やかに動く古時計のような演奏が展開します。

 4曲目「Date Night」は、サイケデリックな空気が充満したバンド・アンサンブルに合わせて、エフェクトのかかったボーカルが、酩酊的にフレーズを重ねていきます。どこか不安点なアコースティック・ギターや、ドタバタした立体的なドラムなど、実験的でありながら、同時にカラフルでポップな楽曲。

 7曲目「Disappointing Diamonds Are The Rarest Of Them All」は、ベースが全体を鼓舞するようにフレーズを弾き、バンドも揺らぎを伴って躍動していく、ミドルテンポの1曲。

 8曲目「God’s Favorite Customer」は、音数を絞ったミニマルな演奏ながら、ゆるやかなグルーヴ感がある、牧歌的で心地よい1曲。カントリー風のポップスのようでもあるし、フォーク・ミュージックのようにも響きます。

 10曲目「We’re Only People (And There’s Not Much Anyone Can Do About That)」は、アコーディオンの伸びやかな音に導かれ、ゆったりとその場に浸透していくような、柔らかなサウンドを持った1曲。次々と音が折り重なり、音符の数は詰め込まれていないものの、ロングトーンを活かした伸びやかなサウンドが充満していきます。

 前述したとおり、歌が中心に据えられたアルバムです。歌の世界観に合わせて、バンドのサウンドも、多種多様な音楽ジャンルを飲み込んでいて、カラフル。

 歌のメロディーとバンドのアンサンブルが有機的に結合した、一体感のある音楽が、アルバムを通して、次々とくり広げられます。

 また、随所でルーツ・ミュージックの面影は感じるのに、元ネタをハッキリとは特定しにくく、ジャンルレスな雰囲気を持っています。このあたりのバランス感覚が、モダンな空気を併せ持つことに、繋がっているのでしょう。

 ファーザー・ジョン・ミスティのソング・ライターとしての能力と共に、プロューサーとしての能力も、存分に感じられる1作です。

 





Snail Mail “Lush” / スネイル・メイル『ラッシュ』


Snail Mail “Lush”

スネイル・メイル (スネイル・メール) 『ラッシュ』
発売: 2018年6月8日
レーベル: Matador (マタドール)
プロデュース: Jake Aron (ジェイク・アロン)

 メリーランド州エリコットシティ出身のリンジー・ジョーダン(Lindsey Jordan)によるソロ・プロジェクト、スネイル・メイルの1stアルバム。

 1999年生まれのリンジーは、2015年から音楽活動を開始。翌2016年に、6曲入りのEP『Habit』を、ワシントンD.C.出身のポストパンク・バンド、プリースツ(Priests)が設立したレーベル、シスター・ポリゴン(Sister Polygon)よりリリース。

 2017年には、前述のプリースツ(Priests)や、ビーチ・フォッシルズ(Beach Fossils)、ワクサハッチー(Waxahatchee)のサポートアクトを務め、北米をツアー。そして、2017年9月にUSインディーを代表する名門レーベル、マタドールと契約し、2018年6月にリリースされたのが本作『Lush』です。

 以上、スネイル・メイルの来歴をざっと書き出してみましたが、本作リリースの時点で、まだ高校を卒業したばかりの18歳。音楽の良し悪しに年齢は関係ありませんが、早熟な才能だと言えるでしょう。

 リンジー・ジョーダンのソロ・プロジェクトではありますが、現状ベースのアレックス・ベース(Alex Bass)と、ドラムのレイ・ブラウン(Ray Brown)は固定。本作も、ギター・ボーカルのリンジー・ジョーダンに、この2人を加えた3ピース・バンド編成を基本とし、一部の曲では、パーカッションのサム・ユーブル(Sam Ubl)、プロデューサーも務めるジェイク・アロンがキーボードで参加し、レコーディングされています。

 さて、前述のとおり名門マタドールからリリースされた本作。日本でも本国アメリカでも、各所で話題になった1作です。

 都会的とは言えない、素朴なサウンドとアンサンブルを持ち、飾り気のない等身大のボーカルが響く、インディー・ロック然とした耳ざわり。アメリカの音楽サイト、ピッチフォーク(Pitchfork)のレビューでは、リズ・フェア(Liz Phair)やフィオナ・アップル(Fiona Apple)と比較しながら論じられていましたが、それも納得の質感を持ったアルバムです。

 ボーカルの歌唱のみならず、各楽器の音作りもシンプル。過度な装飾を排除し、むき出しの歌とアンサンブルが前景化され、聞き手にダイレクトに迫ります。この歌と演奏で勝負する潔さが、彼女の特徴であり、最も大きな魅力と言っていいでしょう。

 アルバムは、「Intro」と題された1分ほどのトラックで幕を開けます。ゆったりとしたテンポに乗せて、ギターとベースのシンプルなフレーズ、リンジー・ジョーダンの穏やかで、やや物憂げなボーカルが、ヴェールのように場を包み込んでいきます。ボーカルにはエフェクト処理が施され、このアルバムの中では珍しく、音響が前面に出たサウンド・プロダクション。

 おそらく、この後に続く楽曲群との、コントラストを演出するためなのでしょう。アルバムを通して、ただ無策にレコーディングしたわけではなく、こだわりを持って丁寧に作り上げられたサウンドであることが、浮き彫りになります。

 2曲目「Pristine」は、弾むようなギターのフレーズとサウンドと、手数は少ないながらも躍動感のあるリズム隊、耳元で歌っているかのような生々しいボーカルが重なり、有機的なアンサンブルを作り上げる1曲。

 3曲目「Speaking Terms」は、穏やかな波のように、揺らぎながら躍動する曲。リンジー・ジョーダンのボーカルは、適度にかすれ、バンドに溶け合うように漂います。

 4曲目「Heat Wave」は、さりげなく爪弾くようなギターのイントロから始まり、ボーカルも含めて各楽器が絡み合う、スウィング感のあるアンサンブルが展開される1曲。再生時間0:53あたりからの押し潰されたような音色、1:50あたりからのファットな歪みなど、ギターの音作りは個性的で、オルタナティヴな空気を楽曲に加えています。

 5曲目「Stick」は、子守唄のように穏やかなイントロから始まり、各楽器ともリズムのタメをたっぷりと取り、ゆったりと歩くような演奏。立体的かつ臨場感あふれる音質でレコーディングされたドラムが、楽曲に厚みをもたらしています。

 6曲目「Let’s Find an Out」は、空間系エフェクターのかかった、水がにじむような音色の複数のギターが絡み合い、ボーカルと共に織物のようにアンサンブルを構成していく、穏やかな1曲。

 7曲目「Golden Dream」では、ドタドタと立体的かつパワフルなドラムに、クリーンな音色のベースとギター、飾り気のないボーカルが絡まり、リラックスしたグルーヴ感のある演奏が展開されます。

 10曲目「Anytime」は、伸びやかなボーカルと、クリーントーンのギターとベースが、丁寧に音を置いていくスローテンポの1曲。前半は音数も少なくシンプルに進行し、再生時間2:00過ぎあたりで、シンセサイザーと思われる柔らかな持続音が入ってくると、穏やかな音が場を満たしていくような、厚みのあるサウンドへ。

 アルバム全体を通して、歌が中心にある作品であることは確かです。しかし同時に、一聴するとシンプルに聞こえるサウンド・プロダクションとアンサンブルも、丁寧に作り上げていることが、節々から伝わる作品でもあります。

 ただ、やみくもに「シンプルに行こう!」「音を減らそう!」と作っているのではなくて、適材適所で音とフレーズを吟味しているのではないでしょうか。基本的には、コンパクトにまとまったインディーロックといった趣のアルバムですが、ところどころオルタナティヴ・ロックやシューゲイザー、エレクトロニカを感じる音が入っています。

 あとはなんといっても、リンジー・ジョーダンのボーカルが良い。彼女の声も、派手さはありませんが、時に激しく絞り出すように、時に穏やかに語りかけるように歌いあげていきます。わかりやすいシャウトであったり、高音であったり、というわけではないのに、表情豊か。

 多様なジャンルを地に足のついた形で取り込み、丁寧に作り上げた良盤です。

 





CHON “Homey” / チョン『ホーミー』


CHON “Homey”

チョン 『ホーミー』
発売: 2017年6月16日
レーベル: Sumerian (スメリアン)
プロデュース: Eric Palmquist (エリック・パームクイスト)

 カリフォルニア州オーシャンサイド出身のマスロック・バンド、CHONの2ndアルバム。前作『Grow』に引き続き、メタルコア系を得意とするレーベル、スメリアンからのリリース。

 前作リリース後に、ベースのドリュー・ペリセック(Drew Pelisek)が脱退。本作では、サポート・メンバーとしてアンソニー・クローフォード(Anthony Crawford)を迎えています。ジャスティン・ティンバーレイク(Justin Timberlake)や、ピーボ・ブライソン(Peabo Bryson)との仕事で知られる、ジャズ出身のベーシストです。

 テクニカルなフレーズや変拍子など、マスロックを思わせる要素を多分に含みながら、同時にスムーズでオシャレな雰囲気もまとった1作。曲によっては、代官山か自由が丘あたりのカフェで流れていてもおかしくなさそうな、オシャレさを持っています。

 耳なじみの良い、なめらかで流れるような質感は、前作と共通。一聴するとシャレたBGMとしても機能しますが、深層ではテクニカルで正確無比なアンサンブルが実行されているという二面性が、彼らの魅力です。

 1曲目「Sleepy Tea」は、「眠そうなティー」というタイトルのとおり、カフェで流しても良さそうな、耳なじみのいい1曲。随所にテクニカルなフレーズが散りばめられているものの、小難しさは感じさせず、なめらかに演奏が進行します。ギターが空を飛んでいく、ファミコン風のミュージック・ビデオもかわいい。下にリンクを貼っておきます。

 2曲目「Waterslide」は、その曲名どおり、上から下に水に乗って流れていくように、なめらかで自然なスピード感のある1曲。ギターのフレーズはそれなりに高速ですが、難しい音楽だというハードルの高さは無く、さらりと耳なじみ良く流れていきます。

 3曲目「Berry Streets」には、日系アメリカ人のビートメイカーでありプロデューサー、ゴー・ヤマ(Go Yama)が参加。ボーカルの伸縮するような自由な譜割りからは、R&Bの香りも漂う1曲です。正確な演奏を繰り広げるマスロック的なアレンジではなく、編集を強く感じさせる音楽に仕上がっています。このあたりの質感は、ゴー・ヤマの手腕によるものなのでしょう。

 4曲目「No Signal」は、幾重にも折り重なりながら押し寄せるさざ波のように、複雑ながら自然で、耳を傾けていると心地よい1曲。アルバム中、最もオシャレな1曲…かもしれない。

 5曲目「Checkpoint」は、清潔感のあるシンセの音が全体を包み込む、穏やかな音像を持った1曲。リズムの切り替えが度々あり、決して単純な曲ではないのですが、風が微妙に強さと向きを変えるように、流れるように進行していきます。

 6曲目の「Nayhoo」には、トラップ・ハウス・ジャズを提唱する、サックス奏者兼シンガーソングライターのマセーゴ(Masego)と、プロデューサー、DJ、ソングライターなど多彩な活動を展開するロファイル(Lophiile)ことタイラー・アコード(Tyler Acord)が参加。3曲目「Berry Streets」以上にR&B色が濃く、歌が前景化されたメロウな1曲。

 8曲目「The Space」は、ギターの揺らめくサウンドが耳に引っかかる、穏やかなアンサンブルが展開される1曲。

 9曲目「Feel This Way」には、R&B系のプロデューサー兼ビート・メイカー、ジラフェッジ(Giraffage)が参加。揺らぎのあるサウンドと、エフェクト処理されたボーカルが合わさり、編集と即興性の共存した、現代的ブラック・ミュージックに仕上がっています。

 一部の曲では、外部からゲストを招き、前作以上に流麗なサウンドを持った本作。ゲスト陣は、R&B畑のビート・メイカーが多く、本作にブラック・ミュージックの要素を持ち込んでいます。前述のとおり、ベースにジャズ出身のアンソニー・クローフォードを起用していることも示唆的でしょう。

 また、各楽器の音作りが、クリーントーンを主軸としているのも、本作の聴きやすさの一因。飛び道具的にエフェクターを用いたり、やり過ぎなぐらい歪ませるなど、過激なサウンドは使われていません。

 ブラック・ミュージックの持つ即興性とスウィング感、マスロックの持つ正確性と複雑性が、高いレベルで共存した名盤! 実験性の強いマスロックが苦手な方にも、おすすめできる1作です。





CHON “Grow” / チョン『グロウ』


CHON “Grow”

チョン 『グロウ』
発売: 2015年3月23日
レーベル: Sumerian (スメリアン)
プロデュース: Eric Palmquist (エリック・パームクイスト)

 カリフォルニア州オーシャンサイド出身のマスロック・バンド、CHONの1stアルバム。2015年に本作がリリースされるまでに、デモ音源『CHON』と、2枚のEP『Newborn Sun』『Woohoo!』を、いずれもレーベルを通さずにセルフリリースしています。

 本作以前にセルフリリースされた一連の作品と比べると、だいぶ洗練された印象。彼らの演奏テクニックが向上し、レコーディング環境も良くなった結果なのでしょうが、サウンド・プロダクションと演奏の両面で、確かな進化が感じられます。

 ただ、速弾きや変拍子などの分かりやすい変態性は、やや後景化。わかりやすく攻撃的で変な音楽を好む方は、セルフリリース時代の方が良いと感じるかもしれません。

 1曲目「Drift」は、ギターの音が広がっていく、エレクトロニカを思わせるサウンドを持った、30秒ほどの曲。イントロダクションとして、このような曲を収録するあたり、「アルバム1枚でひとつの作品である」という意識が感じられ、期待が高まります。

 2曲目「Story」は、タイトで立体的なリズム隊の間を縫うように、複数のギターが緩急自在にフレーズを繰り出していく、スリリングな1曲。速弾きやパワー・コードを適材適所で織り交ぜ、カラフルな楽曲に仕上げています。

 3曲目「Fall」では、イントロのギターのカッティングから始まり、各楽器ともキレ味鋭く、タイトなアンサンブルが展開。やや高音に寄ったバランスですが、ドラムの低音部はパワフルに響き、全体を引き締めています。

 6曲目「Suda」は、透明感のあるサウンドのメロウなイントロから始まり、徐々に各楽器のフレーズが複雑化。フレーズ同士が有機的に絡み合い、多彩な織物を作り上げるような1曲。

 7曲目「Knot」は、叩きつけるようなドラムを中心に、各楽器が複雑に絡み合い、立体的なアンサンブルを組み上げる1曲。

 9曲目「Splash」は、音がなめらかに滑り落ちていくような疾走感のある1曲。テンポを極限まで速めたハードコア・パンクのような疾走感ではなく、水が上から下に流れていくような感覚です。各楽器ともかなり複雑なことをやっているのに、スムーズに流れていく演奏。

 10曲目「Perfect Pillow」は、前曲とは打って変わって、ハードコア的に前のめりに疾走していく、スピード感に溢れた1曲。メタルを好きな人も気に入りそうな、テクニカルなギタープレイも聴きどころ。

 11曲目「Echo」は、まさかの!と言うべきなのか、ボーカル入りの1曲。しかも、しっかりと歌が前景化された、いわゆる歌モノに仕上がっています。メロディーは流麗で、思いのほか歌が中心に据えられたアレンジ。複雑かつ理路整然としたアンサンブルが展開される本作において、毛色の違うメロウな曲となっています。

 マスロックらしい整然さと複雑さを持ちつつ、小難しい印象を抑え、コンパクトにまとまった1作。聴きやすさの一因は、各楽器は複雑なフレーズを繰り出しながら、丁寧に組み上げられた、なめらかなアンサンブルにあるでしょう。

 また、音作りの面でも、過度なエフェクトは用いず、クリーントーンが基本となり、透明感のあるサウンドを生み出しています。収録されている楽曲も多彩で、これは隠れた名盤です。

 本作でベースを担当しているドリュー・ペリセック(Drew Pelisek)は、2016年にCHONを脱退。2017年からは、ワシントン州ムキルテオ出身のポスト・ハードコアバンド、ザ・フォール・オブ・トロイ(The Fall Of Troy)に、ツアー・メンバーとして参加しています。