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Liz Phair “Whip-Smart” / リズ・フェア『ウィップ・スマート』


Liz Phair “Whip-Smart”

リズ・フェア 『ウィップ・スマート』
発売: 1994年9月20日
レーベル: Matador (マタドール)
プロデュース: Brad Wood (ブラッド・ウッド)

 コネチカット州ニューヘイヴン生まれ、イリノイ州シカゴ育ちのシンガーソングライター、リズ・フェアの2ndアルバム。前作と同じく、ニューヨークのインディー・レーベル、マタドールからのリリースですが、前作の20万枚以上の大ヒットを受けて、本作はメジャーのアトランティック(Atlantic Records)がディストリビューションを担当。

 プロデュースは前作に引き続き、元シュリンプ・ボート(Shrimp Boat)のブラッド・ウッドが担当。

 ローファイ気味のざらついたサウンド・プロダクションと、無駄を削ぎ落としたアンサンブル。飾り気のない、むき出しの魅力があった前作『Exile In Guyville』と比較すると、凝ったサウンドも増え、洗練された印象の本作。

 1曲目「Chopsticks」は、ピアノの弾き語りを基本とした、穏やかなバラード。途中で挿入されるディストーション・ギターのロングトーンがアクセントになり、オルタナティヴな空気を演出。1曲目から、前作では聴かれなかったアプローチが垣間見えます。

 2曲目「Supernova」は、ワウの効いたギターを含め、各楽器が絡み合いながらグルーヴしていく、古き良きアメリカン・ロックを彷彿とさせる1曲。こちらも前作とは耳ざわりが異なる、カラフルなサウンド・プロダクションを持っています。

 3曲目「Support System」は、イントロからシンセサイザーの電子音と、クランチ気味の歯切れ良いギターが溶け合い、ゆるやかにグルーヴしていく1曲。

 6曲目「Nashville」は、空間系エフェクターの深くかかったギターがフィーチャーされた、サイケデリックな雰囲気を持った1曲。海のなかを漂うようなギター・サウンドと、金属的な響きのドラム、リズ・フェアのほどよくかすれた伸びやかなボーカルが溶け合います。

 10曲目はアルバム表題曲の「Whip-Smart」。表題曲だから、というわけでもないんでしょうが、個人的には本作のベスト・トラック。ドラッグ・シティかスリル・ジョッキーあたりの、シカゴのレーベルから出ていそうな質感の曲です。多種多様な音が組み合わせって、カラフルで立体的な、聴いていて楽しいアンサンブル。

 11曲目「Jealousy」は、ドラムが立体的に響き、トライバルな空気も漂う、躍動感あふれる1曲。10曲目の「Whip-Smart」に続いて、個人的に大好きな部類のサウンドとアンサンブルです。

 アレンジもサウンドもシンプルだった前作に比べて、アレンジの幅が広がり、サウンドも鮮やかになった今作。前述したとおり、前作から引き続き、ブラッド・ウッドがプロデュースを担当しています。後にザ・シー・アンド・ケイク(The Sea and Cake)を結成するサム・プレコップとエリック・クラリッジも在籍していた、シュリンプ・ボートのメンバーだったブラッド・ウッド。

 そんな予備情報から、プロデューサーとしての仕事でも、シカゴ音響派的なサウンドを期待してしまいましたが、前作『Exile In Guyville』は、ローファイ風の音作りで、いわゆる音響派の音作りとは異質なものでした。しかし、彼の本領発揮と言うべきなのか、本作ではポストロックを感じさせる多彩なサウンド・プロダクションが実現しています。

 どちらが優れた作品か、というより、どちらを自分は好むのか、という問題ですが、個人的には無駄を削ぎ落とし、歌の魅力がダイレクトに伝わる前作の方が、アルバムとしては好み。

 とはいえ、アルバム表題曲の「Whip-Smart」を筆頭に、サウンドだけを抜き出せば、本作の方が好きです。ただ、リズ・フェアは歌が主軸の人だと思うので、歌の魅力が前面に出ているのは前作かなと。

 正直、リズ・フェアは1st以外ほとんど聴いたことなかったんですけど、この2ndに関してはポストロックを感じる部分もあって、ものすごく良くて驚きました。

 





Liz Phair “Exile In Guyville” / リズ・フェア『エグザイル・イン・ガイヴィル』


Liz Phair “Exile In Guyville”

リズ・フェア 『エグザイル・イン・ガイヴィル』
発売: 1993年6月22日
レーベル: Matador (マタドール)
プロデュース: Brad Wood (ブラッド・ウッド)

 コネチカット州ニューヘイヴン生まれ、イリノイ州シカゴ育ちのシンガーソングライター、リズ・フェアのデビュー・アルバム。

 1990年にオハイオ州にあるオーバリン大学を卒業した後、サンフランシスコで音楽活動を開始。その後、地元シカゴに戻り、 ガーリー・サウンド(Girly Sound)名義で、何本かのデモテープを自主リリース。デモテープがきっかけとなり、ニューヨークの名門インディー・レーベル、マタドールと契約してリリースされたのが本作『Exile In Guyville』です。

 大学卒業後から本格的に音楽活動を始めたこともあり、本作をリリースする1993年の時点で、リズ・フェアは26歳。10代でデビューすることも珍しくないインディーズ・シーンにおいて、やや遅いデビューと言えます。

 プロデューサーを担当するのは、ザ・シー・アンド・ケイク(The Sea And Cake)の前進となったバンド、シュリンプ・ボート(Shrimp Boat)ドラマーでもあった、ブラッド・ウッド。プロデュースだけでなく、ベース、ドラム、オルガンなどでミュージシャンとしてもレコーディングに参加しています。

 アルバムのタイトルにある「Guyville」とは一般的な辞書には載っていないので、「guy」と「ville」を合わせた造語でしょう。全体としては「男の国の亡命者」といった意味でしょうか。

 アルバムのタイトルも象徴的ですが、赤裸々な歌詞も本作の大きな魅力。1曲目の「6’1″」は、歌詞にも「six-feet-one」と出てきますが、身長を表しているようです。「5フィート1インチ(約158cm)の代わりに、6フィート1インチ(約185cm)で、立ち尽くしてる」と歌われていますが、男性に対して、性別で私をナメるな、というメッセージのように感じられます。サウンドとアレンジも、飾り気のないシンプルなもので、良い意味でのインディー感、オルタナティヴ感が充満しています。

 アルバム全体をとおして、ハードな轟音ギターが出てくるわけではなく、むしろローファイ感のあるサウンド・プロダクションを持った作品です。しかし、オーバー・プロデュースでない、むき出しのサウンドが、彼女の言葉とクールでややざらついた声とマッチしていて、歌の魅力がよりダイレクトに伝わるのではないでしょうか。

 また、音数を絞り、無駄を削ぎ落としながら、ゆるやかに躍動するバンド・アンサンブルも魅力的。ほのかにアメリカのルーツ・ミュージックの香りが漂い、アルバムに奥行きを与えています。

 マタドールから3枚のアルバムをリリースした後、メジャー・レーベルのキャピトル(Capitol)に移籍するリズ・フェア。メジャーが無条件にダメとは思いませんが、やっぱり個人的にはこの1stアルバムが好き。

 自分の好みもありますが、1stアルバムらしい虚飾のない魅力があって、彼女の作品の中で、最も歌の強度を感じます。ちなみに1994年の春までに20万枚以上を売り上げ、インディーズとしては異例の大ヒットとなったアルバムでもあります。

 





The Jon Spencer Blues Explosion “Orange” / ジョン・スペンサー・ブルース・エクスプロージョン『オレンジ』


The Jon Spencer Blues Explosion “Orange”

ジョン・スペンサー・ブルース・エクスプロージョン 『オレンジ』
発売: 1994年10月14日
レーベル: Matador (マタドール)
プロデュース: Jim Waters (ジム・ウォーターズ)

 元プッシー・ガロアのジョン・スペンサーを中心に、1991年に結成された、ギター2人とドラムからなるベースレスの3ピース・バンド、ジョン・スペンサー・ブルース・エクスプロージョンの4thアルバム。

 ブルースを下敷きにしながらジャンクなギターが随所で鳴り響き、プッシー・ガロアの残り香をわずかに感じる前作『Extra Width』と比較すると、サウンドもアンサンブルもソリッドになったのが本作『Orange』。

 ブルースやガレージ・ロックを基本に、前述したとおりベースレスの3ピースによる、躍動感あふれるアンサンブルが展開されていきます。ジャンク成分は後退し、アンサンブルが前景化したアルバムと言えます。

 1曲目「Bellbottoms」は、3ピースのタイトなアンサンブルに、ストリングスが重なり、楽曲に立体感を加えています。ストリングスは、壮大でオーケストラルな雰囲気も漂わせていますが、アングラ感のあるコーラスワークをバランスを取り、ジャンクな空気も共存。

 2曲目「Ditch」は、2本のギターが絡みあうように躍動し、ドラムは手数は少ないながら、フックを随所に作りながらリズムを刻んでいく、グルーヴ感抜群の1曲。

 7曲目「Orange」は、物憂げなボーカルと、緩やかに躍動するアンサンブルが溶け合う、ミドル・テンポの1曲。ブルージーな空気を持ちながら、この曲でもストリングスが効果的に用いられ、奥行きのある楽曲に仕上がっています。

 10曲目「Blues X Man」は、ゆったりとしたリズムに乗せて、立体的なアンサンブルが展開される1曲。基本的なリズムとコード進行は循環ですが、音の縦への重ね方が、楽曲を立体感をもたらしています。

 プッシー・ガロア以来のジャンクな魅力も持ちつつ、よりソリッドなサウンド・プロダクションとアンサンブルを持ったアルバム。グルーヴ感は本当に素晴らしく、いつの間にか、耳が音楽にとらわれてしまうような感覚に陥ります。

 1994年に発売された当初は13曲収録でしたが、2010年に再発された際にはCD2枚組で合計34曲収録となっています。このデラックス版は、現在ではデジタル配信でも聴けます。

 





The Jon Spencer Blues Explosion “Extra Width” / ジョン・スペンサー・ブルース・エクスプロージョン『エクストラ・ウィドゥズ』


The Jon Spencer Blues Explosion “Extra Width”

ジョン・スペンサー・ブルース・エクスプロージョン 『エクストラ・ウィドゥズ』
発売: 1993年5月24日
レーベル: Matador (マタドール)

 ニューヨークを拠点に活動していたジャンク・ロックバンド、プッシー・ガロア。プッシー・ガロア解散後、メンバーだったジョン・スペンサーを中心に、1991年に結成されたバンド、ジョン・スペンサー・ブルース・エクスプロージョンの3rdアルバム。

 ニューヨークに居を構える名門インディペンデント・レーベル、マタドールからのリリース。

 「ジャンク・ロック」や「ノイズ・ロック」なんてジャンル名で呼ばれていたプッシー・ガロア。その表現どおり、ノイジーでアヴァンギャルドな要素を多分に含んだバンドでした。

 そんなプッシー・ガロアを通過したジョン・スペンサーが結成したこのバンド。「ブルース・エクスプロージョン」という名前が象徴的ですが、ブルースを下敷きにしながら、ガレージ的なざらついたギター・サウンドと、エモーショナルな歌が、まさに爆発するように暴れまわります。

 多種多様なジャンクな音を詰め込んだ、ゴミ箱をひっくり返したようなプッシー・ガロアに対して、ジョン・スペンサー・ブルース・エクスプロージョンは、曲の構造がよりはっきりしており、コンパクトにまとまっています。

 言い換えれば、ジャンクなサウンドを随所に含みつつも、構造がはっきりしている分、ポップになっているということ。

 1曲目の「Afro」を例に取れば、イントロから循環するコード進行に沿って、各楽器が絡み合うような有機的なアンサンブルが展開され、ロック的なグルーヴを多分に持った、普通にかっこいい曲です。しかし、再生時間1:54あたりから、唸りをあげるようなノイジーなギターが登場し、一気にプッシー・ガロアを彷彿とさせるアヴァンギャルドな雰囲気へ。

 5曲目の「Soul Typecast」も、シンプルかつタイトなドラムに、エモーショナルなボーカルと、フリーな雰囲気のギターとキーボードが乗り、アンサンブルが構成。ギターとキーボードが徐々にシフトを上げていき、ブルージーな空気と、ジャンクな空気が、絶妙にミックスされていきます。

 アルバム全体をとおして、ジャンクな要素も持ちつつ、構造はコンパクトに保たれていることで、音楽の裾野が広く、よりキャッチーになっていると言えるでしょう。

 ちなみにオリジナル盤は11曲収録ですが、2010年にCD2枚組で出たデラックス版は合計46曲収録、現在は、この46曲のバージョンもデジタル配信されています。

 





Averkiou “Throwing Sparks” / アーヴァキウ『スローイング・スパークス』


Averkiou “Throwing Sparks”

アーヴァキウ 『スローイング・スパークス』
発売: 2008年11月11日
レーベル: Clairecords (クレアコーズ)

 バンド名は、カタカナで表すなら「アーヴァキウ」あるいは「アーヴァキュウ」に近い発音のようです。フロリダ出身の5人組シューゲイザー・バンド、アーヴァキウの1stアルバム。

 同じフロリダ州にオフィスを構える、シューゲイザー専門レーベル、クレアコーズからのリリース。

 「シューゲイザー」と一口に言っても、当然のことながら志向するサウンドには、バンドごとに差異があります。アーヴァキウは、激しく歪んだソリッドなギターを用いた、疾走感あふれるアンサンブルは展開するバンド。

 轟音ギターに、浮遊感のあるボーカルが溶け合い、爽やかなシューゲイザー・サウンドを響かせていきます。

 1曲目の「I Don’t Wanna Go Out」は、ガレージを彷彿とさせる荒々しいギター・サウンドと、ギターポップを思わせる甘いメロディーが溶け合い、疾走していく1曲。

 2曲目「Holland & Headaches」は、ディレイを用いて増殖していくようなクリーントーンのギターと、毛羽立ったファズ系のギターが絡み合いながら、躍動感あふれるアンサンブルを作り上げていきます。

 3曲目「New York Friends」は、立体的なドラムが曲を先導し、ギターとベースがそこに絡みついていくように、有機的なアンサンブルが構成。

 4曲目「The South Wall」は、タイトルにも「wall」が使われていますが、まさに分厚いギターの音が、壁となって目の前にあらわれるようなサウンド・プロダクションを持った1曲です。

 5曲目「We’ll Stand Erect」は、ファズ系の歪みのギターによる厚みのあるコード弾きと、クリーントーンのギターによる単音弾きが絡み、疾走していくロック・チューン。

 6曲目「Sudden Death, Over Time」は、ギター、ベース、ドラムが緩やかにグルーヴし、浮遊感のあるボーカルがそこに重なる、ギターポップ色の強い1曲。

 轟音ギター成分も多分に含まれていますけど、クリーントーンのギターもバランス良く用いられ、全体として爽やかな雰囲気を持っています。

 サウンド的にはシューゲイザーの範疇に入る作品だと思いますが、各楽器が分離して聞き取りやすい音色とバランスを保っており、ロック的なグルーヴとアンサンブル、それにギターポップのような爽やかさを併せ持っているところが、このアルバムの魅力ですね。