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Faraquet “The View From This Tower” / ファラクエット『ザ・ヴュー・フロム・ディス・タワー』


Faraquet “The View From This Tower”

ファラクエット 『ザ・ヴュー・フロム・ディス・タワー』
発売: 2000年11月14日
レーベル: Dischord (ディスコード)
プロデュース: J. Robbins (J・ロビンス)

 ディスコード所属のバンド、ファラクエットの1stアルバムであり、唯一のスタジオ・アルバム。彼らの音楽性は、フガジ、ジョーボックス、ネイション・オブ・ユリシーズなどディスコード所属のバンドに強く影響を受けており、ポスト・ハードコアの文脈で語られることも多いのですが、変拍子が多用される複雑なアンサンブルから、マスロックにカテゴライズされることもあります。(当サイトのカテゴリーでは「マスロック」に入れてあります。)

 また、前述したディスコードのバンド群と並んで、キング・クリムゾン(King Crimson)からの影響もあり、テクニカルで複雑怪奇なアンサンブルを繰り広げるバンドです。本作では、メロディアスな歌と、タイトかつ複雑なリズムが共存し、ポスト・ハードコアともマスロックとも言える音楽が展開されています。

 1曲目「Cut Self Not」は、硬質なサウンドを持った各楽器が、リズムを巧みに切り替えながら、複雑に絡み合う1曲です。そんな複雑なアンサンブルに乗せて、ボーカルは高らかにパンク的な親しみやすいメロディーを歌っていきます。実験性と大衆性を高い次元で併せ持っているのが、このバンドのすごいところ。

 2曲目「Carefully Planned」は、ギター、ベース、ドラムの小刻みなリズムが、正確に組み合わさり、一体感ある音楽を作り上げる曲。

 3曲目「The Fourth Introduction」は、イントロからリスナーの耳と空間を切り裂くような、切れ味鋭いサウンドのギターが印象的。再生時間1:03あたりからの、なだれ込むようなドラムも立体的で迫力満点。

 4曲目「Song For Friends To Me」は、トランペットの使用がアクセントになっています。トランペットと言うと、スカコアのような開放感とパーティー感のある雰囲気を想像しますが、この曲では切れ味鋭く、細切れになったフレーズを吹いています。マスロック的なアプローチのトランペットと言える演奏。

 5曲目「Conceptual Separation Of Self」は、ゆったりとしたテンポで、ポストロック色の濃い1曲。この曲にはチェロが導入されていて、全体を包み込むように、音の被せています。

 6曲目「Study Complacency」は、ギターが細かくコード・ストロークを繰り出し、疾走感の溢れる1曲。直線的に走り抜けるだけでなく、随所でリズムが切り替わり、マスロックらしく複雑で、一寸先は闇な展開。

 8曲目「The View From This Tower」は、音の輪郭とリズムがくっきりした、タイトな1曲。イントロから、タイトで隙間の多いアンサンブルが展開されますが、再生時間0:50あたりから濃密で躍動感のある演奏に一変するなど、音楽がいきいきと変化しながら、進行します。

 9曲目「The Missing Piece」は、各楽器ともナチュラルな音作りで、音数を絞ったアンサンブルが展開される1曲。サウンドは穏やかですが、演奏は正確かつ複雑。電子音とトランペットの音色も、楽曲に奥行きと色どりを加えています。

 アルバム全体を通して、歌無しのマスロックとしても機能する非常に完成度の高い音楽を展開していますが、同時に歌モノとしても成立させているのが、この作品の特異なところだと思います。非常に複雑なアンサンブルが繰り広げられ、それだけでも十分に聴くに値する音楽であるのに、思わずシングアロングしたくなるような歌メロも浮き上がることなく、楽曲に溶け込んでいます。

 ハードコア・パンクを好む人、マスロックを好む人の両方に、自信を持ってオススメできるクオリティを備えたアルバムです。

 





The Evens “Get Evens” / イーヴンス『ゲット・イーヴンス』


The Evens “Get Evens”

イーヴンス 『ゲット・イーヴンス』
発売: 2006年11月6日
レーベル: Dischord (ディスコード)

 フガジやマイナー・スレットでの活動で知られるイアン・マッケイ(Ian MacKaye)と、元ウォーマーズ(The Warmers)のエイミー・ファリーナ(Amy Farina)からなる2ピース・バンド、イーヴンスの2ndアルバム。前作に引き続き、イアン・マッケイが設立した、ワシントンD.C.を代表するレーベル、ディスコードからのリリース。

 ハードコアのイメージが強いディスコードですが、1stアルバムである前作『The Evens』は、歪みや音圧に頼らないシンプルな音作りで、音数も絞り、ストイックにアンサンブルを作り上げた作品でした。2枚目となる本作でも、基本的な方向性は変わっていません。

 異なっている点を挙げるなら、サウンド的にもアンサンブルの面でも穏やかだった前作と比較すると、音数が増え、サウンドもソリッドになったことでしょうか。しかし、エフェクターには頼らず、シンプルな音作りであることには変わりありません。

 1曲目「Cut From The Cloth」は、細かくリズムを刻むドラムと、アンプ直結と思われるギターが、共にシンプルな音作りながら、パワフルに響き渡る1曲。シンプルで飾り気のないサウンドだからこそ、パワフルで臨場感を持って響くと言うべきかもしれません。再生時間2:35あたりからのギターのみのパートも、風景を変えます。

 2曲目「Everybody Knows」は、ギターとドラムが絡み合いながら、小気味よいリズムを刻んでいく1曲。ややテンポが速めの曲ですが、疾走感よりも縦のリズムの立体感の方が際立つアレンジです。

 3曲目「Cache Is Empty」は、音数が少なめですが、奥行きのあるアンサンブルが展開される1曲。ドラムにもギターにも、無駄な音が無く、機能的に奥行きのある演奏が展開します。流れるように自然で、ドタバタしたサウンドのドラムが心地よいです。

 4曲目「You Fell Down」は、ギターのコード・ストロークが空間を埋め、重心を低くしたドラムがリズムを刻む1曲。役割がはっきりしており、楽器は2つしか使用されていないのに、厚みのあるアンサンブルを展開します。

 6曲目「No Money」は、ギターもドラムもせわしなくリズムを刻む1曲。ドラムはタイトかつメリハリがあり、楽曲をひときわ立体的にしています。

 9曲目「Get Even」は、コード弾きと単音弾きを織り交ぜた疾走感のあるギターと、シンプルにリズムを刻みながら、随所にフックを作るドラムが、グルーヴ感あふれる演奏をくり広げる1曲。

 10曲目「Dinner With The President」は、タイトルからも想像できるように、シニカルな歌詞を持った1曲。「私と彼らの世界観には存在しないようだ」という一節が象徴的ですが、自分と大統領の価値観の違いを、軽快なテンポに乗せて歌っていきます。ゆるやかにグルーヴしながら疾走していく演奏にも、聴きごたえがあります。

 本作と比較すると、前作のサウンド・プロダクションは柔らかく、ローファイの要素が強かったことがわかります。本作のサウンドの方がパワフルで、ヘッドホンで聴くと音が近いところで鳴っています。

 空間の広さという点では、前作の方が広々と空間を感じられるサウンドでしたが、本作の方がスタジオで彼らの音を聴いているような臨場感があります。

 演奏の面では、2人の作り上げるグルーヴ感と躍動感、そしてコーラスワークは非常に完成度が高く、一般的なバンドと比べれば音数は少ないのに、聴くべき情報量は多い作品であると思います。歌詞にも演奏にも深みがあり、とても聴きごたえのあるアルバムです。

 





The Evens “The Evens”/ イーヴンス『イーヴンス』


The Evens “The Evens”

イーヴンス 『イーヴンス』
発売: 2005年3月7日
レーベル: Dischord (ディスコード)
プロデュース: Don Zientara (ドン・ジエンターラ)

 イアン・マッケイ(Ian MacKaye)と、元ウォーマーズ(The Warmers)のエイミー・ファリーナ(Amy Farina)による2ピース・バンド、イーヴンスの1stアルバム。担当楽器はイアンがギター、エイミーがドラム。イアン・マッケイが設立した、ワシントンD.C.の名門レーベル、ディスコードからのリリース。

 ギターとドラムのみのミニマル編成のバンドですが、揺らぎとグルーヴのある立体的なアンサンブルが構成されるアルバムです。楽器の数が絞られることで、2人の穏やかな歌唱が前景化し、ひとつひとつの音と言葉が非常にソリッドに感じられます。このように音楽が濃密に感じられるのが、2ピースの魅力的なところ。

 ディスコードの創始者の1人であり、ワシントンD.C.のハードコア・シーンの中心的人物のイアン・マッケイですが、本作ではギターもボーカルも、サウンド的には穏やか。

 1曲目「Shelter Two」は、ギターのみのシンプルなイントロから、ドラムと共に徐々に躍動感を増していく1曲。速度や音圧に頼らず、シンプルな音作りで、手数と演奏の強弱だけで、盛り上がりを演出しています。立体的なアンサンブルと、2人のコーラスワークも息がぴったりで、魅力的。

 2曲目「Around The Corner」は、左右から交互にはずむように響くギターと、ゆったりとタメを作ったドラムが、奥行きのある立体的なサウンドを作り上げる1曲。音数が少ないのに、いや少ないからこそ、空間の広がりが感じられるサウンド・プロダクションです。

 3曲目「All These Governors」は、シニカルの歌詞が印象的。「うまくいくはずの時にも、うまくいかない。それがこいつら(these governors)のやり方さ。」と、ワシントンD.C.の各種長官を皮肉るような歌詞です。演奏も、シンプルで飾りかのない音作りながら、疾走感があり、そのむき出しのサウンドが、より一層シニカルな態度を浮き彫りにしています。

 4曲目「Crude Bomb」は、手数が多く、回転するような立体的なドラムに、やや歪んだ流れるようなギターが絡む1曲。歌が入ってきてからの、ドラムのキックも加速感を演出しており、躍動感がある曲です。

 8曲目「If It’s Water」は、繰り返されるギターのフレーズと、手数を絞ったシンプルなドラムが重なる1曲。ぴったりと合わさるわけではなく、適度にラフな部分があり、グルーヴと躍動感を生み出しています。

 11曲目「Minding Ones Business」は、ギターもドラムも低音域を用いた、重心の低いサウンド・プロダクション。2人のボーカルも、メロディーを歌うというよりも、呪術的な雰囲気で言葉を発しており、サイケデリックかつアンダーグラウンドな空気が漂います。

 激しく歪んだギターや、音圧の高いドラムには頼らず、シンプルな音作りながら、立体的なアンサンブルが展開され、非常に情報量の多さを感じるアルバムです。個人的には、こういう作品は大好き!

 ローファイというわけではありませんが、ギターもドラムも飾り気のないむき出しの音色で、アンサンブルの面でも音数を絞った、ミニマルでストイックな音楽が展開されます。

 また、歌詞もシニカルなものが多く、フガジやマイナー・スレットとは音楽的には異質ですが、こちらもパンク精神を多分に持ったバンドだと思います。





The Zincs “Black Pompadour” / ザ・ジンクス『ブラック・ポンパドール』


The Zincs “Black Pompadour”

ザ・ジンクス 『ブラック・ポンパドール』
発売: 2007年3月20日
レーベル: Thrill Jockey (スリル・ジョッキー)
プロデュース: John McEntire (ジョン・マッケンタイア)

 シカゴを拠点に活動するバンド、ザ・ジンクスの3rdアルバム。元々は英国ロンドン出身のシンガーソングライター、ジェームス・エルキントン(James Elkington)のソロ・プロジェクトとして始動しましたが、その後はシカゴ界隈のメンバーが集った4人編成のバンドとなります。

 前作『Dimmer』に引き続き本作も、シカゴを代表するレーベル、スリル・ジョッキーからのリリース。また、ミックスとレコーディング・エンジニアをトータス(Tortoise)のジョン・マッケンタイアが務め、エルキントン以外のメンバーを含め、シカゴ人脈で固められたアルバムです。

 先入観を持って音楽に向かうべきではありませんが、スリル・ジョッキーらしいセンスに溢れたアルバムです。すなわち、ポップで穏やかなギターロックでありながら、随所にアヴァンギャルドな空気を含んでいて、実験性と大衆性のバランスが秀逸。スリル・ジョッキーと言うと、トータスをはじめとしたポストロックのイメージが強いですが、ザ・ジンクスもポストな要素が多分に感じられるバンドです。

 音数を絞りつつ、多様なアンサンブルを展開した前作と比較すると、今作の方がテンポを上げ、疾走感のある曲が増えています。

 1曲目「Head East Kaspar」は、歯切れの良いギターと、立体的なドラム、電子音が重なる多層的な1曲。ゆるやかに心地よくグルーヴしていく曲ですが、奥の方で全体を包みこむように鳴るエレクトロニックな持続音が、単なるギターロックにとどまらないポストロック的な雰囲気をプラスしています。

 2曲目「Coward’s Corral」は、イントロから前のめりの疾走していく曲。ギターとベースが、それぞれリズムのフックとなり、加速感を演出しています。

 3曲目「Hamstrung And Juvenile」は、キーボードと思しき倍音豊かなサウンドが、曲に厚みを与えています。バンド全体が縦を合わせた時の、厚みのあるサウンドも心地よい。

 4曲目「Rice Scars」は、柔らかな電子音がヴェールのように全体を包み、美しいコーラスワークも相まって、幻想的な雰囲気の1曲。女性ボーカルは、イーディス・フロスト(Edith Frost)がサポートで参加しているようです。

 5曲目「The Mogul’s Wives」は、歯切れよく、縦の揃ったアンサンブルが展開されます。タイトに引き締めた部分と、グルーヴしていく部分のコントラストも鮮やか。

 6曲目「Finished In This Business」は、各楽器とも手数が多く、厚みのあるアンサンブルを機能的に編み上げていきます。正確に、リズムが伸縮するような、メリハリあるリズムを刻むドラム。流れるように音を紡いでいくギターなど、各楽器ともきっちりと自分の役割を果たしていて、情報量の多い1曲。

 7曲目「Burdensome Son」は、ややリズムが複雑な曲。各楽器が折り重なるようにアンサンブルを構成し、その上をすり抜けるようにボーカルがメロディーを紡いでいきます。

 あくまでポップ・ソングとして聴けるギターロックの範疇にありながら、リズムやフレーズには随所にアヴァンギャルドな雰囲気を持ったアルバムです。前作以上に、躍動感やグルーヴ感が強く、カラフルな印象の作品になっています。

 ギタリストのナサニエル・ブラドック(Nathaniel Braddock)が、元々はジャズ畑出身であるというのも関係しているのかもしれませんが、ポップでありながら、随所に非ロック的な雰囲気が違和感として感じられます。ザ・ジンクスが奏でるのは、同じくスリル・ジョッキー所属のザ・シー・アンド・ケイク(The Sea And Cake)とも共通する、ポストロック性を持ったギターポップ、ギターロックです。





The Zincs “Dimmer” / ザ・ジンクス『ディマー』


The Zincs “Dimmer”

ザ・ジンクス 『ディマー』
発売: 2005年4月12日
レーベル: Thrill Jockey (スリル・ジョッキー)
プロデュース: Mark Greenberg (マーク・グリーンバーグ)

 英国ロンドン出身、シカゴ在住のシンガーソングライター、ジェームス・エルキントン(James Elkington)のソロ・プロジェクトとして、2000年に活動を開始したザ・ジンクス。2001年に、シカゴのOhio Goldというレーベルからリリースされた1stアルバム『Moth And Marriage』は、彼1人で制作されましたが、その後ライブをおこなう為にバンド編成となります。

 2ndアルバムとなる本作『Dimmer』は、シカゴの名門レーベル、スリル・ジョッキーからのリリース。前述したとおり、前作はエルキントン1人によるレコーディングでしたが、今作は4人編成でのレコーディング。

 メンバーはエルキントンの他、エンシェント・グリークス(Ancient Greeks)のメンバーでもあるギターのナサニエル・ブラドック(Nathaniel Braddock)、ロンサム・オーガニスト(The Lonesome Organist)のサポートなども務めたベースのニック・マクリ(Nick Macri)、イーディス・フロスト(Edith Frost)のサポートなども務めたドラムのジェイソン・トス(Jason Toth)と、みなシカゴ周辺の人脈で固められています。

 基本的には穏やかな歌を中心にした作品でありながら、アレンジには随所にスリル・ジョッキーらしい、ポストロック性の溢れる1作です。実験性とポップさが見事に溶け合った、スリル・ジョッキーらしいアルバムであるとも言えます。

 1曲目「Breathe In The Disease」は、音数は少ないのに、各楽器が少しずつリズムを噛み合うように、穏やかな進行感のある1曲。ドラムの絶妙にタメを作ったリズム、ギターのやや不安定で不思議な響きのフレーズなど、随所のフックとなるアレンジが散りばめられています。

 2曲目「Beautiful Lawyers」は、緩やかなグルーヴ感と疾走感のある、なめらかに流れるような1曲。

 3曲目「Bad Shepherds」は、ギターを中心に、各楽器が穏やかに絡み合うような、一体感のある曲。再生時間1:05からの流れるようなギター・ソロも、ジャズの香りを振りまき、楽曲に奥行きを与えています。

 4曲目「Passengers」は、タイトなドラムとギターが、ゆっくりと回転するようなアンサンブル。音数少なくミニマルなアレンジですが、グルーヴ感と躍動感があります。

 5曲目「Stay In Your Homes」は、濁りのあるコードが響き、やや不穏な空気を持った曲。電子オルガンと思しき音も、サイケデリックな空気をプラスしています。しかし、穏やかでダンディーなボーカルのおかげか、全体としては敷居の高い印象はなく、歌モノの1曲です。

 7曲目「Moment Is Now!」は、このアルバムの中ではテンポが速く、ビートもはっきりした疾走感のあるギターポップ。リズム隊もギターも、一体感を持って軽快に走り抜けていく、心地いい曲です。

 8曲目「New Thought」は、みずみずしく、クリーンな音色のギターが絡み合う、牧歌的な雰囲気の1曲。

 全体として手数が少なく、穏やかなサウンド・プロダクションとアンサンブルを持った作品ですが、ゆるやかな躍動感を持った曲が多く、歌以外の演奏にも聴きごたえがあります。ちなみに日本盤も発売されており、そちらにはボーナス・トラックが2曲収録されています。

 スリル・ジョッキーのバンドの中では、日本での知名度はイマイチですが、緩やかなグルーヴ感と実験性を持っていて、スリル・ジョッキーやシカゴのバンドが好きなら、聴いて損はないアルバムです。