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Holly Miranda “Mutual Horse” / ホリー・ミランダ『ミューチュアル・ホース』


Holly Miranda “Mutual Horse”

ホリー・ミランダ 『ミューチュアル・ホース』
発売: 2018年2月23日
レーベル: Dangerbird (デンジャーバード)

 ミシガン州デトロイト出身のシンガーソングライター、ホリー・ミランダの5thアルバム。

 女性シンガーソングライターというと、アコースティック・ギターを片手に伸びやかな歌声を響かせているというステレオタイプを持ってしまうのですが、ホリー・ミランダの本作には電子音やノイジーなサウンドが多用されています。

 サウンド・プロダクションにはアヴァンギャルドな音色とアレンジを含みながらも、楽曲の中心にあるのは歌。実験性が前面に出てくることはなく、あくまで音楽のフックとして機能し、ホリー・ミランダのボーカルが中心にあるアルバムです。

 2曲目「Golden Spiral」は、ベースがアンサンブルの中心に据えられ、サンプリングされ再構築されたかのように断片的な各楽器のフレーズが、ベースを取り囲むように配置されています。精密に組み上げられているようにも聞こえるし、フリーな雰囲気も同居する1曲。

 3曲目「To Be Loved」は、イントロから打ち込みらしいビートが刻まれ、ボーカルも感情を抑えた歌い方。まずベースが加速感を演出し、ギターやドラムが加わり、徐々に楽曲が熱を帯びていく展開。

 6曲目「Towers」は、音数は絞られ、その音もフレーズを綴るというよりも漂うように流れ、ボーカルにも深くエフェクトがかけられています。アンビエントな音像を持った1曲。中盤からはホーンが導入され、徐々にはっきりとしたビートも姿をあらわし、音楽的なアンサンブルが形成されていきます。

 7曲目「Exquisite」は、打ち込み的なビートと、ナチュラルなギターの音色、キーボードの柔らかい電子的なサウンド、躍動感あふれるリズム隊が、有機的にアンサンブルを構成する1曲。電子音と生楽器のバランスにおいて、サウンドの使い方が抜群にうまいと思います。

 9曲目は「Do You Recall」。ヴィブラフォンでしょうか、イントロからマレット系の打楽器が心地よく響く1曲。ところどころ、つまずくようにタメと間を作り、グルーヴ感を生んでいくリズム隊も秀逸。

 11曲目「When Your Lonely Heart Breaks」は、シンセサイザーによるヴェールのような柔らかい電子音と、立体的で臨場感あふれるドラム、伸びやかなボーカルが溶け合う1曲。

 電子音なサウンドと、オーガニックなサウンドを適材適所で組み合わせ、全体としてウォームなサウンド・プロダクションを築き上げた1作です。緩やかな躍動感とグルーヴ感もあり、心地よいポイントがいくつもあります。

 サウンドの絶妙なバランスが、ルーツ色とエレクトロニック色を中和し、全体としてモダンな雰囲気をもたらしていると思います。

 





Minus The Bear “Infinity Overhead” / マイナス・ザ・ベアー『インフィニティ・オーバーヘッド』


Minus The Bear “Infinity Overhead”

マイナス・ザ・ベアー 『インフィニティ・オーバーヘッド』
発売: 2012年8月28日
レーベル: Dangerbird (デンジャーバード)
プロデュース: Matt Bayles (マット・ベイルズ)

 ワシントン州シアトル出身のバンド、マイナス・ザ・ベアーの5枚目のスタジオ・アルバム。前作はグラミー受賞歴もあるジョー・チッカレリがプロデュースを担当していましたが、今作ではBotchやMastodonでの仕事で知られるマット・ベイルズが担当。

 硬質な歪みのギター、アコースティック・ギター、立体的なドラム、電子音など、異なるサウンドが有機的に組み上げられ、タイトなアンサンブルが構成される1枚。多種多様な音を使っているにも関わらず、地に足が着いたかたちで、適材適所に音が配置されています。

 マス・ロック的なテクニカルで緻密なアンサンブル、ダンス・パンク的なエレクトロニックなサウンドが、バランスよく溶け合っています。彼らのアルバムは毎回そうなのですが、複雑なアンサンブルを、さらっとポップに聴かせてしますセンスは本当に見事。

 1曲目の「Steel And Blood」では、ギター、ベース、ドラムの各サウンドが、ソリッドで硬質。そのサウンドを用いて、タイトなアンサンブルが展開されていきます。耳に引っかかるギターのフレーズ、随所にタメを作って加速感を演出するアンサンブルなど、音楽のフックがいくつも散りばめられた1曲です。

 2曲目「Lies And Eyes」は、イントロから、残響音までレコーディングされたようなドラムがパワフルに響きわたり、立体的なアンサンブルが構成される1曲。

 5曲目「Listing」は、イントロでは4つ打ちのバスドラと、それに呼応するようにリズムを刻み続けるアコースティック・ギターのシンプルな構成。そこから徐々に楽器が増え、アンサンブルが多層的になり、広がっていく1曲。

 8曲目「Zeros」は、シンセサイザーの電子音らしいサウンドがアクセントになった1曲。ハードに歪んだギターも使用され、ロックなサウンドとアンサンブルを持った曲ですが、シンセの柔らかな音色が、全体のサウンド・プロダクションを華やかに彩っています。

 9曲目「Lonely Gun」は、ワウのかかったギターが絡み合いながらうねる1曲。シンセサイザーも重なり、サイケデリックな空気も振りまきながら、タイトなロックを展開します。

 アルバム全体を通して、激しく歪んだディストーション・ギターから、電子音然としたシンセサイザーまで、様々な音が用いられていますが、無理やり感は全くなく、全ての音が効果的に組み合わさりアンサンブルを構成しています。サウンドをまとめ上げるセンスは抜群。

 ボーカルのメロディーは、盛り上がりがわかりやすい、いわゆる「エモい」要素が濃いのですが、このメロディーラインもサウンドと絶妙に溶け合っています。ボーカルがある程度、前景化されながら、アンサンブルとサウンドにもこだわりの感じられる1作です。

 





Minus The Bear “Omni” / マイナス・ザ・ベアー『オムニ』


Minus The Bear “Omni”

マイナス・ザ・ベアー 『オムニ』
発売: 2010年5月4日
レーベル: Dangerbird (デンジャーバード)
プロデュース: Joe Chiccarelli (ジョー・チッカレリ)

 ワシントン州シアトル出身のバンド、マイナス・ザ・ベアーの4thアルバムです。プロデュースは、ザ・ストロークスやホワイト・ストライプスを手がけ、グラミー賞受賞歴もあるジョー・チッカレリ。

 ソリッドな楽器の響きと、電子的なサウンドが溶け合い、アンサンブルを構成する1枚。アンサンブルは非常に緻密で、サウンド・プロダクションもロック然とした硬質な耳ざわりですが、随所に効果的に差し込まれる電子音が、アルバムをよりカラフルな印象に仕上げています。

 音楽的にも、マス・ロック的なテクニカルで複雑なアンサンブル、実験的なアレンジが随所の顔を出しますが、すべて的確にコントロールされ、コンパクトな楽曲にまとまっています。

 1曲目の「My Time」では、サンプリングされたドラムの音が、バウンドするように響くイントロに続いて、立体的で緻密なアンサンブルが展開されます。電子音のファニーな響きが、楽曲全体を柔らかくポップな印象にしています。

 2曲目「Summer Angel」は、イントロから叩きつけるようにバンド全体が迫ってきます。ギターのフレーズが、威圧感を中和するように響き、バランスを取っています。

 4曲目「Hold Me Down」は、淡々と8ビートを刻むギターとベースに、他のギターやドラム、電子音が重なり、多層的なアンサンブルを形成していく1曲。

 6曲目「The Thief」は、電子的なビートと、エフェクトの深くかかったギターが、80年代のディスコ・サウンドを彷彿とさせる立体的なアンサンブルを繰り広げます。この曲もエフェクトの使い方、電子音と生楽器のバランスが秀逸。

 7曲目の「Into The Mirror」は、繊細なシンセサイザーの音色と、ナチュラルなギター、タイトなドラムが溶け合う1曲。5分ほどの曲ですが、展開が多彩で情報量が非常に多く感じます。

 電子音と生楽器のサウンドを適材適所で使い分け、ゴテゴテにならず楽曲ごとに見事にまとまっています。このあたりのサウンド・プロダクションのセンスが、非常に優れたアルバムだと思いました。

 前述したとおり、マス・ロックやプログレを彷彿とさせる緻密で複雑なアンサンブルが展開される部分もあり、技術的なレベルの高さも窺えます。しかし、それが敷居の高さや、独りよがりの演奏至上主義には陥っておらず、あくまで5分におさまるポップ・ソングとしても成立させるセンスも、秀逸だと思います。

 





Avi Buffalo “Avi Buffalo” / アヴィ・バッファロー『アヴィ・バッファロー』


Avi Buffalo “Avi Buffalo”

アヴィ・バッファロー 『アヴィ・バッファロー』
発売: 2010年4月27日
レーベル: Sub Pop (サブ・ポップ)

 カリフォルニア州ロングビーチ出身、アヴィ・バッファローことアヴィグダー・ベンヤミン・ザーナー・アイゼンバーグを中心にしたグループ、アヴィ・バッファローの1stアルバム。

 今作はセルフ・タイトルとなっており、フロントマンの名前、グループ名、アルバム・タイトルが全て「Avi Buffalo」です。

 ナチュラル・トーンのギターを中心に、丁寧にアンサンブルが組み上げられるアルバムです。サイケデリックな音色と、爽やかなギターポップ的なサウンドがバランスよく溶け合った、サウンド・プロダクション。コーラスワークも、バンドのアンサンブルと有機的に対応していて秀逸です。

 非常に完成度の高い音楽性とアンサンブルを持つアルバムなので、フロントマンのアヴィがこの当時まだ19歳というのは本当に驚きです。早熟の天才というのは、こういう人を言うんですね。また、彼のハイトーンのボーカルも、このバンドの大きな魅力になっています。

 1曲目「Truth Sets In」は、アコースティック・ギターのコード・ストロークに続いて、ハーモニクスを用いたギターが重なり、アンサンブルを形成していきます。ハーモニクスの使い方が、非常に効果的で、楽曲をカラフルかつ幻想的にしています。

 2曲目「What’s In It For?」は、イントロから開放的なボーカルが響き渡る1曲。かなり高音域を用いたメロディーですが、耳に刺さらない程度に絞り出すようなボーカルが、エモさを演出しています。

 4曲目「Five Little Sluts」は、ミニマルなイントロのアンサンブルから、徐々にシフトが上がりグルーヴ感が増していく展開。

 6曲目「Summer Cum」は、各楽器が立体的に響くサウンド・プロダクションが心地よい1曲。2本の絡み合うアコースティック・ギターが、特に有機的なアンサンブルを構成。

 7曲目「One Last」は、ドラムとパーカッションがいきいきと響き、音数は少ないながら躍動感あるアンサンブルが繰り広げられる1曲。

 アルバムを通して聴いてみると、楽曲の多彩さ、サウンド・プロダクションの鮮やかさが、より強く感じられます。各楽器のオーガニックな音色、立体的で緩やかなグルーヴ、ハイトーンのボーカルとコーラスワークなどなど、フックとなる要素も満載で、聴いていて本当に耳の心地よいアルバムです。

 前述したとおり、フロントマンのアヴィはこのアルバムのリリース当時19歳。10代にして、この完成度のアルバムを作り上げるとは末恐ろしいです。しかし、Avi Buffaloというプロジェクトは、2014年に2ndアルバム『At Best Cuckold』をリリース後、翌2015年に活動終了となってしまいました。

 フロントマンのアヴィ君は、本当に天才だと思うので、今後の活躍にも期待したいです。

 





Ty Segall “Ty Segall” / タイ・セガール『タイ・セガール』


Ty Segall “Ty Segall”

タイ・セガール 『タイ・セガール』
発売: 2017年1月27日
レーベル: Drag City (ドラッグ・シティ)
プロデュース: Steve Albini (スティーヴ・アルビニ)

 カリフォルニア州ラグナ・ビーチ出身のミュージシャン、タイ・セガールの9枚目のソロ・アルバム。今作は、スティーヴ・アルビニがレコーディング・エンジニアを担当。『Ty Segall』というセルフ・タイトルのアルバムは、1stアルバムに続いて2作目です。

 ファズ・ギターが響き渡るガレージ色の濃い1作。ギターのサウンドはジャンクで下品なものが多く、ドラムも立体感のあるドタバタしたプレイを展開するのに、全体としては上品とは言わないまでも、モダンな空気を持ったインディーロックを響かせます。

 このアルバムに限らず、ローファイ感と現代性のバランスが、タイ・セガールの魅力だと思います。

 1曲目「Break A Guitar」は、アルバムの幕開けにふさわしく、激しく歪んだギターが唸りをあげる1曲。

 2曲目「Freedom」は、立体的でドタバタしたアンサンブルが展開される1曲。アコースティック・ギターと歪んだエレキ・ギターが共に使用されていますが、使い分けが効果的で、楽曲に奥行きを与えています。

 3曲目の「Warm Hands (Freedom Returned)」は、10分を超える大曲。アコースティック・ギターを中心にしたアンサンブルと、コーラスワークによってサイケデリックな空気も漂いますが、再生時間1:17あたりから歪んだギターが押し寄せるところなど、展開が多彩で冗長には感じません。ジャム・バンドのような演奏が展開される一幕もあります。

 4曲目「Talkin’」は、ゆったりしたリズムに、アコースティック・ギターを中心に据えたアンサンブルが展開される、牧歌的な雰囲気の1曲。

 6曲目「Thank You Mr. K」は、イントロから激しく歪んだギターがノイジーに鳴り響く、疾走感のあるガレージロック。複数のギターが絡み合い、加速感を演出しています。

 9曲目「Take Care (To Comb Your Hair)」は、アコースティック・ギターのアルペジオから始まる、メロウな1曲。タイ・セガールの声も優しい。しかし、メロウな歌モノに終始するわけではなく、再生時間1:58あたりから「Come on!」という声をトリガーにして、複雑なアンサンブルが展開。

 ガレージ色の濃い音楽性とサウンドを持ちながら、それだけにとどまらない多彩な音楽が響くアルバムです。カントリー風のアコースティック・ギターや、メタル風のギター・リフが顔を出しても、タイ・セガールの個性がすべてを上回り前面に出てきます。

 なかなか言語化が難しいのですが、彼が選び取る音楽ジャンルが、すべて彼のなかで消化され、地に足が着いているからこそ、一貫性のある作品に仕上がっているのだと思います。