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Sunny Day Real Estate “How It Feels To Be Something On” / サニー・デイ・リアル・エステイト『ハウ・イット・フィールズ・トゥ・ビー・サムシング・オン』


Sunny Day Real Estate “How It Feels To Be Something On”

サニー・デイ・リアル・エステイト 『ハウ・イット・フィールズ・トゥ・ビー・サムシング・オン』
発売: 1998年9月8日
レーベル: Sub Pop (サブ・ポップ)
プロデュース: Greg Williamson (グレッグ・ウィリアムソン)

 1992年にワシントン州シアトルで結成されたエモ・バンド、サニー・デイ・リアル・エステイトの3rdアルバム。

 前作がリリースされる1995年11月の数ヶ月前に、バンドは解散。その後1997年に再結成し、翌1998年にリリースされたのが、本作『How It Feels To Be Something On』です。

 レーベルは以前と変わらず、地元シアトル、そしてUSインディーを代表するレーベルであるサブ・ポップから。プロデューサーは前作までのブラッド・ウッド(Brad Wood)に替わり、グレッグ・ウィリアムソンが務めています。

 エモ・バンドの代表格として語られる、サニー・デイ・リアル・エステイト。彼らの音楽の特徴は、直線的なリズムにシングアロングしやすいメロディーを乗せるステレオタイプのエモではなく、アンサンブルにこだわり、バンド全体の音の出し入れで、感情の起伏を表現するところ。

 一旦解散したのち、再結集して制作された本作。前作までの良さを引き継ぎつつ、アンサンブルの精度と多彩さの増した1作です。また、サウンド・プロダクションの面でも、各楽器のサウンドがくっきりと、輪郭のはっきりした音像になっています。

 必ずしも、テクニックや音質の向上(そもそも何をもって「向上」と判断するかも難しいところ)が、音楽の魅力の向上とはなりませんが、一般的には前作までの路線を引き継ぎつつ、完成度の高まった1作と言って良いかと思います。

 1曲目「Pillars」は、ゆったりとしたテンポのなか、各楽器がシンプルなフレーズを持ち寄り、ゆるやかに躍動していく前半から、徐々に音量と音数が増していく1曲。わかりやすく静寂から轟音へという、予定調和の展開ではなく、一歩ずつ階段を上がるように盛り上がっていきます。バンドのアンサンブルに対応して、ボーカルの歌唱も情感たっぷり。

 2曲目「Roses In Water」は、各楽器が絡み合うように躍動するアンサンブルに、さらにボーカルも絡みつくように加わり、一体感のある演奏が繰り広げられる1曲。特に躍動的というわけではありませんが、全ての楽器が有機的に組み合わさり、ひとつの機械あるいは一体の動物のように、いきいきと動きます。

 3曲目「Every Shining Time You Arrive」は、イントロからアコースティック・ギターがフィーチャーされた、メロウな1曲。途中からエレキ・ギターも加わりますが、激しさを加えるのではなく、アンサンブルに立体感をプラスしています。

 5曲目「100 Million」は、イントロの乾いたギターのサウンドに導かれ、タイトで軽快に躍動するアンサンブルが展開する1曲。手数を絞りながらも立体的なドラム、メロディアスに動き回るベースなど、各楽器ともムダなく効果的に、楽曲に躍動感を与えていきます。

 6曲目「How It Feels To Be Something On」は、加速と減速を繰り返すように、リズムが伸縮するアンサンブルに乗せて、ボーカルが感情たっぷりにメロディーを紡いでいく、壮大な1曲。

 7曲目「The Prophet」は、「預言者」というタイトルからも示唆的ですが、イントロから2本のアコースティック・ギターと、呪術的なボーカルが重なり、サイケデリックな空気を醸し出します。その後、ベースとドラムが入り、躍動感と立体感がプラス。

 10曲目「Days Were Golden」は、乾いた音質のタイトなドラムと、水が滲んでいくような、みずみずしいギターの音色が、感情を抑えたようなボーカルを引き立て、淡々と進行する1曲。ボーカルの歌唱も、バンドのアンサンブルも、わずかに熱を帯びていきますが、最後まで轟音やシャウトになだれ込みことはなく、静かに感情を吐露するような曲です。

 これまでの2作でも、直線的に疾走するステレオタイプなエモとは、一線を画する音楽を展開してきたサニー・デイ・リアル・エステイト。3作目となる本作では、さらにその路線を突き詰め、アコースティック・ギターを前面に出すなど、今まで以上にテンポを落としたメロウな曲が増え、感情表現の多彩さが増しています。

 一旦解散したのちに、再結成。年齢も重ねてきた彼らが、この時点で表現したいエモさが、本作に閉じ込められた音楽なのでしょう。感情を爆発させるだけではなく、時には苛立ちを隠し、時には絶望を優しく受け入れ、時には穏やかな心を描き出している本作は、今までよりも感情表現の幅を広げた作品、と言って良いと思います。

 





Sunny Day Real Estate “Sunny Day Real Estate (LP2)” / サニー・デイ・リアル・エステイト『サニー・デイ・リアル・エステイト』


Sunny Day Real Estate “Sunny Day Real Estate (LP2)”

サニー・デイ・リアル・エステイト 『サニー・デイ・リアル・エステイト』
発売: 1995年11月7日
レーベル: Sub Pop (サブ・ポップ)
プロデュース: Brad Wood (ブラッド・ウッド)

 1992年にワシントン州シアトルで結成されたエモ・バンド、サニー・デイ・リアル・エステイトの2ndアルバム。前作に引き続き、地元シアトルのサブ・ポップからのリリース。プロデューサーも、替わらずブラッド・ウッドが担当。

 バンド名と同じく『Sunny Day Real Estate』という、いわゆるセルフ・タイトルのアルバムですが、バンド名と区別するため、リリース元のサブ・ポップは「LP2」として流通。また「ピンク・アルバム(The Pink Album)」と呼ばれることもあります。前者は2枚目のアルバムであるため、後者はジャケットがピンク色であるため、というのが理由。

 エモの代表的バンドとされるサニー・デイ・リアル・エステイト。本作もエモい作品であることは確かです。しかし、エモというジャンルを、疾走感あふれるビートに乗せて、ボーカルが親しみやすいメロディーを歌い上げる音楽だと考えていると、肩透かしを食らうことになるかもしれません。

 このバンドに疾走感がなく、メロディーが親しみにくい、というわけではありません。ただ、直線的なビートと、それに準じた流麗なメロディーよりも、アンサンブルを優先し、バンド全体で静と動を使い分けながら、感情を表現しているということ。

 本作にはミドル・テンポの曲も多く、ノリのいい曲を好む方には物足りなく感じられるかもしれませんが、その代わりに有機的なアンサンブルによって、多様な感情の起伏をあらわした、エモい作品であると言えます。

 1曲目「Friday」では、ゆったりとしたテンポに乗って、波を打つようなアンサンブルが展開。穏やかな海に流されていくような、穏やかで心地いい演奏が続きますが、ところどころでギターとボーカルから、アグレッシヴな一面も垣間見えます。

 2曲目「Theo B」は、1曲目よりもビートが直線的で、各楽器が絡み合いながら躍動する1曲。ゆるやかなスウィング感を伴い進行していきますが、随所にハードに歪んだギターが顔を出し、再生時間1:49あたりからラストまでは、ギターがアンサンブルの中心となり、疾走感と躍動感を増していきます。

 3曲目「Red Elephant」は、ドラムの立体的なサウンドとリズムが印象的な1曲。ドラムと組み合うように、ベースとギターもフレーズを繰り出し、まるでバンドがひとつの生命体であるかのような、一体感のあるアンサンブルが構成されます。

 5曲目「Waffle」は、各楽器とも手数は少ないながらも、立体的で有機的なアンサンブルが展開される、ミドル・テンポの1曲。ボーカルは、感情をむき出しにシャウトするのではなく、溢れる感情を流れるように歌いあげていきます。

 9曲目の「Rodeo Jones」は、前作のセッション時にレコーディングされていたという1曲。とはいえ、本作の中で浮いている、違和感があるということはありません。強いて言えば、ややサウンドが激しく、ダイナミズムの大きくなっています。各楽器とも「歌っている」と言いたくなるほど、メロディアスでフックの多い演奏です。シャウト気味のボーカルも、リスナーをアジテートするように、歌いあげていきます。

 1995年に発売されたオリジナル版は9曲収録ですが、2009年にリマスターが施され、再発されたリイシュー版では、ボーナス・トラックが2曲追加され、全11曲収録となっています。

 1stアルバムであった前作『Diary』と比較すると、やや落ち着いた印象の本作。静寂と轟音を効果的に対比し、ダイナミズムを引き立たせていた前作と比べると、本作はよりアンサンブル志向の強まった1作と言えます。

 1995年初頭に、サニー・デイ・リアル・エステイトする旨を発表。本作が1995年11月にリリースされる数ヶ月前、バンドは1度目の解散。その後、1997年に再結成し、3rdアルバム『How It Feels To Be Something On』リリースへと繋がっていきます。

 





Sunny Day Real Estate “Diary” / サニー・デイ・リアル・エステイト『ダイアリー』


Sunny Day Real Estate “Diary”

サニー・デイ・リアル・エステイト 『ダイアリー』
発売: 1994年5月10日
レーベル: Sub Pop (サブ・ポップ)
プロデュース: Brad Wood (ブラッド・ウッド)

 1992年にワシントン州シアトルで結成されたバンド、サニー・デイ・リアル・エステイトの1stアルバム。

 いわゆる「エモ」を代表するバンドと目される、このバンド。エモ、あるいは「エモーショナル・ハードコア」や「エモコア」とも呼ばれるこのジャンルは、その名のとおりエモーショナルな心の動き、感情を音楽であらわしたもの。

 では、その「エモさ」や「エモーショナル」とは何か。疾走感あふれるビートに乗せて、起伏のはっきりしたメロディアスな歌メロが、溢れ出す感情を表現し、リズムとメロディーの両面の親しみやすさから、リスナーに「エモい」と感じさせるのでしょう。

 また、シングアロングできる音楽面の親しみやすさに加えて、個人的な感情を吐露することの多い歌詞も、このジャンルの共感性を高めていると言えます。

 サニー・デイ・リアル・エステイトの1stアルバムである本作『Diary』は、エモの名盤と称えられる評価を受けており、実際に僕も「エモい」作品であると思います。

 しかし、前述したようなビートの強さやメロディーよりも、アンサンブルを優先し、バンド全体で感情を表すような複雑性も持ち合わせており、エモの要素もありつつ、ポスト・ハードコア的にジャンルの先を目指す実験性も共存。フックが多く、情報量の多い1作です。

 1曲目の「Seven」は、うなりを上げるギターと、高らかにメロディーを歌い上げるボーカルに耳が行きますが、その下で動き回るベースが、楽曲の躍動感を増しています。この曲以外も、ベースはメロディアスに動くプレイが多く、このアルバムに立体感を加えていると言えるでしょう。

 2曲目「In Circles」でも、厚みのあるギターのサウンドの下で、ベースが激しく動き回っています。手数を絞りながらも、タイトかつ立体的にリズムを刻んでいくドラムが、アンサンブルを引き締めています。

 3曲目「Song About An Angel」では、ゆったりとしたテンポに乗せて、丁寧に音が置かれていきます。穏やかなバンドのアンサンブルに合わせて、ボーカルも優しく丁寧に歌い上げていきます。再生時間1:30あたりで、分厚いディストーション・ギターが入ると、徐々にバンド全体もシフトを上げ、演奏とボーカルが熱を帯びていきます。

 4曲目「Round」は、細かくリズムを刻むドラムのイントロに導かれ、小気味よいスウィング感のあるアンサンブルが展開する1曲。

 5曲目「47」は、タイトなアンサンブルと、ボーカルの歌唱をはじめ穏やかな空気が充満する、ミドル・テンポの1曲。時折、差し挟まれる、高らかに歌い上げるようなギターのフレーズと音色が、楽曲をエモーショナルに彩っています。

 7曲目「Pheurton Skeurto」は、ピアノがフィーチャーされた、3拍子のミドル・テンポの1曲。楽器はピアノとベースのみで、ピアノに絡みつくようにベースがフレーズを繰り出し、ゆるやかに揺れ動く躍動感を生んでいます。

 8曲目「Shadows」は、2本のギターが絡み合う、穏やかなイントロから、轟音のアンサンブルへとなだれ込み、静と動を行き来するコントラスト鮮やかな1曲。

 9曲目「48」は、ドラムの小刻みなリズムをはじめ、各楽器が細かい音を持ち寄り、有機的にアンサンブルを作り上げていく1曲。前半は物静かに進みますが、再生時間1:25あたりで轟音ギターが登場し、ハードな音像へ。その後は轟音と静寂が交互に入れ替わるアンサンブルが展開します。

 11曲目「Sometimes」は、ゆったりとしたテンポの基本的には穏やかな1曲。ですが、轟音ギターと高らかに歌い上げるエモーショナルなボーカルがところどころに顔を出し、楽曲にコントラストを与えています。

 「Seven」「47」「48」と、数字のみの曲タイトルがありますが、これはもともとバンドがデモを作り始めたときに、作曲順を示すタイトルが付けられており、その名残りのようです。ちなみに2009年に発売されたリイシュー盤には、ボーナス・トラックとして「8」と「9」が収録されています。

 「エモ」と言うと、直線的なノリのいいビートに乗せて、起伏の激しいメロディアスなボーカルが疾走する音楽を想像する方が多いのではないかと思います。かくいう自分も、その一人です。

 しかし、本作はテンポを抑えた曲も多く、強靭なビートでグイグイと引っ張っていく場面は、それほどありません。その代わりに、メリハリの効いたコントラストの鮮烈なアンサンブルによって、感情の起伏や爆発を表現している、そんなアルバムではないかと思います。

 また、1990年代のシアトル、そしてサブ・ポップというと、グランジとオルタナティヴ・ロック旋風が吹き荒れていたんじゃないかと思いますが、本作にも少なからずその影響を感じます。

 いずれにしても、ジャンルの型にハマらず、オリジナリティと創造性を備えたバンドであり、作品であることは確かです。

 





Archers Of Loaf “White Trash Heroes” / アーチャーズ・オブ・ローフ『ホワイト・トラッシュ・ヒーローズ』


Archers Of Loaf “White Trash Heroes”

アーチャーズ・オブ・ローフ 『ホワイト・トラッシュ・ヒーローズ』
発売: 1998年9月22日
レーベル: Alias (エイリアス), Merge (マージ)
プロデュース: Brian Paulson (ブライアン・ポールソン)

 ノースカロライナ州チャペルヒルで結成されたインディーロック・バンド、アーチャーズ・オブ・ローフの4thアルバム。プロデューサーは、前作から引き続きブライアン・ポールソン。

 1998年にエイリアスからリリースされ、その後2012年にボーナス・ディスクを加えた2枚組のデラックス・エディションとして再発。ちなみに本作に限らず、1stアルバムから3rdアルバムまでも、2011年から2012年にかけて、いずれも彼らの地元チャペルヒル拠点のレーベル、マージより2枚組のデラックス版が発売になっています。

 ここまで一貫して、実にインディーロックらしい音楽を作り続けてきたアーチャーズ・オブ・ローフ。このようにサラッと書いてしまうと、「インディーロックらしいってなに?」という話になりますが、過度に作り込まない生々しいサウンドでレコーディングされ、テクニックや楽理的知識をひけらかすことなく、実験性と攻撃性を持った、地に足の着いた音楽だということです。

 本作でも、前作までの音楽性を引き継ぎ、躍動感に溢れたコンパクトなロックが鳴らされています。また、複数のギターが、時に対立するように全く別のサウンドで、全く別のフレーズを弾くところも彼らの特徴のひとつ。もちろん、そのようなアレンジによって、アンサンブルがバラバラになることはなく、楽曲に立体感と多彩さをプラスしています。

 1曲目「Fashion Bleeds」では、イントロ部分から軽快なドラムのリズムに乗っかるように、2本のギターが片方はザクザクとコードを弾き、もう一方は音を揺らしながらジャーンと長めにコードを弾いていきます。前者は楽曲に疾走感を与え、後者はアヴァンギャルドな空気をプラス。テクニック的に難しいことをやっているわけではないのに、非常にパワフルで奥行きのあるサウンドに仕上がっています。再生時間2:07あたりからの高音域を駆使したギターソロも、アクセントになり、楽曲をますますカラフルに。

 2曲目「Dead Red Eyes」は、イントロからオルガンらしき音色が、シンプルなフレーズを弾き、中世の宗教音楽のような雰囲気の1曲。前半はキーボートとボーカルのみで進行し、再生時間2:08あたりからギター、ベース、ドラムが加わると、各楽器が有機的に絡み合う、立体的でゆるやかなスウィング感を伴ったアンサンブルが展開。

 3曲目「I.N.S.」は、つっかえながら刻まれる独特のリズムと、ギターの奇妙な音色、おどけたようなボーカルから、サイケデリックな空気が漂う1曲。

 5曲目「Slick Tricks And Bright Lights」は、スローテンポの中を、ギターをはじめとした各楽器の音が、ポツリポツリと埋めていく1曲。隙間が多く、休符さえ利用したようなアンサンブルで、ボーカルも楽曲の穏やかな空気に合わせて、優しくささやくように歌います。再生時間1:49あたりから一時的に躍動感あふれる部分がありますが、その後は再び音数を絞り、音響を前景化するようなアプローチが続きます。

 6曲目「One Slight Wrong Move」は、イントロからコミカルで奇妙な音が鳴り響き、アヴァンギャルドでカラフルなアンサンブルが展開していく1曲。コメディーじみたボーカルの歌唱や、再生時間1:33あたりからのキーボードなのか、あるいはエフェクターをかけたギターなのか、光線銃のようなサウンドなど、多様な音が飛び交い、楽曲を賑やかに盛り上げます。

 7曲目「Banging On A Dead Drum」は、濁りのあるギターの音色とハーモニー、オモチャのようなドラムの音、ジャンクなボーカルなどが、四方八方から飛び出す、実験的であり、同時にカラフルで楽しい雰囲気の1曲。このような曲には「オモチャ箱をひっくり返したような」という言葉を使いたくなります。

 10曲目「White Trash Heroes」は、電子的なサウンドによるビートを中心にして、徐々に音がレイヤー状に重なっていくような進行の1曲。荘厳な空気と、ジャンクなインディーロックの空気を、併せ持ったサウンド・プロダクション。

 本作を最後にバンドは解散。その後、2011年に再結成していますが、本作が解散前のラスト・アルバムとなりました。

 前述したとおり、これまでの音楽性を引き継いだインディーロックらしい音楽が展開しますが、随所で新たな試みも発見できるアルバムです。

 例えば、2曲目「Dead Red Eyes」や10曲目「White Trash Heroes」での、ギター以外のサウンドを中心に据えたアレンジ。5曲目「Slick Tricks And Bright Lights」での、ギターをフィーチャーしつつ、ゴリゴリに躍動するのではなく、音数を絞った音響的なアプローチなどです。

 いずれも、やみくもに新しい楽器や方法論を導入しました、という感じではなく、あくまで自分たちの手が届き、コントロールできる範囲で、いい意味でチープさを残したアレンジとなっています。これまでの彼らの良さを残しつつ、音楽性をさらに広げた1作と言っていいでしょう。

 





Archers Of Loaf “All The Nations Airports” / アーチャーズ・オブ・ローフ『オール・ザ・ネイションズ・エアポーツ』


Archers Of Loaf “All The Nations Airports”

アーチャーズ・オブ・ローフ 『オール・ザ・ネイションズ・エアポーツ』
発売: 1996年9月24日
レーベル: Alias (エイリアス), Merge (マージ)
プロデュース: Brian Paulson (ブライアン・ポールソン)

 ノースカロライナ州チャペルヒルで結成されたインディーロック・バンド、アーチャーズ・オブ・ローフの3rdアルバム。

 プロデューサーは、1stアルバム『Icky Mettle』ではカレブ・サザン(Caleb Southern)、2ndアルバム『Vee Vee』ではボブ・ウェストン(Bob Weston)が担当していましたが、3作目となる本作ではまた替わって、ブライアン・ポールソンが担当。ブライアン・ポールソンは、ウィルコ(Wilco)やスーパーチャンク(Superchunk)との仕事でも知られる人物です。

 レコーディング・スタジオも、1作目のチャペルヒル、2作目のシカゴと続いて、本作ではまた場所を変え、ワシントン州シアトルにあるアイアンウッド・スタジオ(Ironwood Studios)。

 レーベルは前作までと同じく、インディーズのエイリアスからのリリース。しかし、本作からメジャー・レーベルのエレクトラ・レコード(Elektra Records)が、ディストリビューションを担当しています。

 また、1996年にオリジナル版がリリースされた後、2012年にUSインディーを代表する名門レーベル、マージ(Merge)から2枚組のデラックス・エディションが再発されています。

 これまでの2作は、インディーらしく飾らない生々しい音像に、立体的で適度にドタバタ感のあるアンサンブルが展開される、実にインディーロックらしい耳ざわりを持っていました。3作目となる本作でも、過去2作を引き継ぎ、原音を活かした臨場感のあるサウンドで、いきいきと躍動する演奏が繰り広げられます。

 1曲目「Strangled By The Stereo Wire」は、イントロからやや奥まったサウンドの複数のギターが絡み合い、その後に入ってくるボーカル、ドラム、ベースも、少し距離のある場所から聞こえるようなミックスがなされています。しかし、再生時間0:51あたりでヴェールが剥がされるかのように、音量と音圧が高まり、パワフルなサウンドへ。厚みのあるサウンドで、一体感と躍動感のある演奏が展開されます。

 2曲目「All The Nations Airports」では、ギターのフレーズと音色、ドラムのリズムが、アヴァンギャルドな空気が漂わせながら、各楽器が絡み合って、アンサンブルを構成。パワフルでざらついたサウンドと、奇妙な部分を持ちながら、どこかポップにまとまった演奏が、カラフルな世界観を描き出します。

 3曲目「Scenic Pastures」は、イントロからシンプルかつタイトに、ゆるやかに躍動するアンサンブルが展開される1曲。2本のギターが手を取り合うわけでもなく、ケンカするわけでもなく、対等に向き合って音を紡いでいくところも、このバンドの特徴。

 5曲目「Attack Of The Killer Bees」は、歌のないインスト曲。ゆったりとしたテンポに乗せて、各楽器の音が、波のように重なり合いながら、躍動していきます。

 8曲目「Chumming The Ocean」は、ピアノがフィーチャーされたメロウな1曲。どこかで轟音ギターが押し寄せる静から動への展開かと思いきや、最後までボーカルとピアノと、わずかに奥で聞こえるフィードバックのような持続音のみ。丁寧に感情をこめて歌い上げるボーカルが、ピアノにも引き立てられ、響き渡ります。

 9曲目「Vocal Shrapnel」は、2本のギターが絡み合いながら、一体の生き物のように躍動しながら前進していく1曲。タイトにリズムを刻むベースとドラムに対し、ギターは自由にフレーズを繰り出し、タイトさとラフさが共存しています。

 10曲目「Bones Of Her Hands」は、ビートが直線的でわかりやすい、疾走感あふれる1曲。このバンドには珍しく、サビまではシンプルな8ビートで進みますが、サビではやや複雑で立体的に展開。意外性のある、このバンドらしいアレンジと言えるでしょう。

 14曲目「Distance Comes In Droves」は、音数を絞った緊張感のあるアンサンブルが展開されるミドル・テンポの1曲。ギターの音作りは、過度に歪ませたり、空間系エフェクターを用いたりせず、シンプル。ですが、高音域を使ったフレーズなど、サウンド以外の要素で、違いを生み出しています。

 15曲目「Bombs Away」は、ピアノのみのインスト曲。3拍子に乗せて、猫が自由に歩き回るように、加速と減速を織り交ぜ、アルバムを締めくくります。

 3作目のアルバムとなる本作。過去2作の良さを引き継ぎ、ギターの絡み合いなど、アンサンブルがますます洗練されてきたと言える1作です。

 「洗練」と書くと、落ち着いてきたという印象を与えるかもしれませんが、むしろその逆で、奇妙なフレーズやサウンドを応酬し、今まで以上に効果的に、躍動感や疾走感を生んでいます。

 飾りすぎない、むき出しのサウンド・プロダクションに、実験性と攻撃性を程よく持ち合わせたアレンジ。インディーロックの良心とでも呼びたくなるアルバムです。