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The White Stripes “De Stijl” / ザ・ホワイト・ストライプス『デ・ステイル』


The White Stripes “De Stijl”

ザ・ホワイト・ストライプス 『デ・ステイル』
発売: 2000年6月20日
レーベル: Sympathy For The Record Industry (シンパシー・フォー・ザ・レコード・インダストリー)

 ミシガン州デトロイト出身のガレージロック・バンド、ザ・ホワイト・ストライプスの2ndアルバム。タイトルになっている『De Stijl』の読み方は「デ・ステイル (də ˈsteɪl)」。

 「De Stijl」とは、1917年から1931年の間にオランダで起こった、芸術運動に由来しています。ちなみに「De Stijl」を、英語に訳すと「the style」。

 2000年代に起こった、ガレージロック・リバイバルを代表するバンドのひとつに数えられるホワイト・ストライプス。

 メンバーは、ギター・ボーカルのジャック・ホワイトと、ドラムのメグ・ホワイトの2人。基本はギターとドラムのみという2ピース編成で、ブルースを下敷きにしたガレージ・ロックを、独特のドタバタしたアンサンブルで展開するのが、彼らの音楽性の特徴です。

 ベースレスの2ピースということで、当然ながら通常の3ピースや4ピースのバンドと比較すれば、音数は少なくなり、建造物のように凝ったアンサンブルも構成しにくくなります。しかし、2ピースというミニマルな編成を逆手にとり、ロックのプリミティヴな攻撃性やグルーヴ感を、生々しくパワフルに響かせるのが、彼らの魅力であり、特異なところ。

 デビュー・アルバムでもある前作『The White Stripes』で聞かれた、ガレージらしい攻撃的なサウンドと、ロックのかっこいい部分を凝縮したようなアンサンブルはそのままに、さらに音楽性の幅を広げたのが本作です。

 1曲目「You’re Pretty Good Looking (For a Girl)」では、ドスンドスンとぶっきらぼうにリズムを刻んでいくドラムに、ざらついたサウンドのギターと、高らかに自由に歌い上げるボーカルが重なり、楽器の数は限られているものの、立体感のあるアンサンブルが展開。

 2曲目「Hello Operator」は、ドラムとギターが覆いかぶさるようにシンプルなリズムを刻み、手数は少ないのに、ダイナミズムが大きく、グルーヴ感に溢れたホワイト・ストライプスらしい楽曲。

 4曲目「Apple Blossom」は、アコースティック・ギターとピアノが用いられた、ガレージロックの要素は薄い、ブルージーな1曲。再生時間1:04あたりからの間奏での、パーカッシヴにリズムを刻むピアノと、伸びやかにソロを弾くギターの掛け合いも秀逸。

 5曲目「I’m Bound To Pack It Up」は、アコースティック・ギターがフィーチャーされた、穏やかな1曲。間奏から入ってくるヴァイオリンもアクセントになっており、クラシック要素ではなく、カントリー要素を楽曲にプラス。

 6曲目「Death Letter」は、ミシシッピー・デルタ・ブルースの伝説的シンガー、サン・ハウス(Son House)のカバー。ガレージロックらしい、ざらついた歪みのギターで、ブルースの名曲をパワフルな音像で、カバーしています。ギターのフレーズはブルージーな空気を失わず、ドラムとギターの絡み合いはロック的なグルーヴを持っていて、すばらしいアレンジ。ジャック・ホワイトの、ギタリストとしての技量の高さを思い知らされます。

 11曲目「Jumble, Jumble」は、下品に歪んだギターとドラムが前のめりにリズムを刻んでいく、ガレージ色の濃い1曲。テクニカルに難しいことをしているわけではないのに、バンドがひとつの塊になって迫ってくるような、臨場感と迫力に溢れた演奏。

 13曲目の「Your Southern Can Is Mine」は、ピードモント・ブルース・シンガーであり、ラグタイム・ギタリストでもあった、ブラインド・ウィリー・マクテル(Blind Willie McTell)のカバー。ピードモント・ブルース(Piedmont blues)とは、1920年代にピードモント台地周辺で起こった、フィンガースタイル・ギターを用いたブルースの一形態。アコースティック・ギターとドラムにより、音数を絞ったプリミティヴな演奏でカバーしています。

 前作同様、ブルースやカントリーなどのルーツ・ミュージックを、ガレージロックの飾り気のない音像で包んだのが、本作の基本的なサウンド。しかし、ルーツがより色濃く出たアレンジを採用するなど、前作にも増して、多彩な音楽を取り込んだアルバムとなっています。

 基本的にはギターとドラムだけ、というミニマルな編成だからこその、無駄を省いたパワフルなアンサンブルも、唯一無比。音楽が脳に直接叩き込まれるような、ダイレクトな魅力を持ったバンドです。

 





The White Stripes “The White Stripes” / ザ・ホワイト・ストライプス『ザ・ホワイト・ストライプス』


The White Stripes “The White Stripes”

ザ・ホワイト・ストライプス 『ザ・ホワイト・ストライプス』
発売: 1999年6月15日
レーベル: Sympathy For The Record Industry (シンパシー・フォー・ザ・レコード・インダストリー)
プロデュース: Jim Diamond (ジム・ダイアモンド)

 ミシガン州デトロイト出身の2ピース・バンド、ザ・ホワイト・ストライプスの1stアルバム。

 ニューヨーク出身のザ・ストロークス(The Strokes)と並び、2000年代におけるガレージロック・リバイバルの中心バンドに数えられるホワイト・ストライプス。

 ギター・ボーカルのジャック・ホワイトと、ドラムのメグ・ホワイトによる、姉弟を自称する2ピース・バンド。バンドのイメージカラーは赤、白、黒の3色で、衣装もこれらの色のみ使用するなど、コンセプチュアルな点も話題になりました。

 ガレージ・ロックのリバイバルであるというのは、その通りなのですが、彼らが数多のガレージロック・リバイバル・バンドの中で突出した存在となったのは、過去の焼き直しではなく、オリジナルな部分を持っていたからこそ。このレビューでは、彼らの特異性を指摘しながら、本作の魅力をお伝えできればと思っています。

 彼らが結成されたデトロイトは、フォード、クライスラー、ゼネラルモーターズ(GM)のいわゆる「ビッグ3」が工場を置き、一般的には自動車の街として有名。そして、自動車産業と並んで、いくつもの重要な音楽を生み出してきた、音楽の街としても知られています。

 デトロイトにゆかりのある音楽をいくつか挙げると、まずはなんと言ってもモータウン(Motown Records)。デトロイト・テクノが誕生し、エミネム主演の映画『8 Mile』の舞台にもなりました。ガレージ・ロック第一世代を代表するバンドであるMC5も、デトロイトにほど近いミシガン州リンカーンパークで、1964年に結成され、デトロイトを拠点に活動しています。

 また、イギー・ポップが率いたザ・ストゥージズ(The Stooges)も、デトロイトから60kmほど離れたミシガン州アナーバーの出身。デトロイトで、何度も重要なライヴをおこなっています。

 以上のように、多くの良質な音楽を生んできたデトロイト。その一因となったのは、アフリカ系アメリカ人の人口の多さ。2010年の国勢調査では、アフリカ系アメリカ人または黒人の比率は、82.7%となっています。

 1910年には、白人が人口の98.7%を占めていたデトロイト市。それが、前述の自動車産業の発展により、南部に住む多数のアフリカ系アメリカ人が、デトロイトへ移住します。彼らがブルースやゴスペル、ロック、そして前述のモータウンやデトロイト・テクノなど、豊かな音楽文化を育む一因となったのは間違いありません。

 さて、そんなデトロイトで1997年に結成されたホワイト・ストライプス。1999年にリリースされた、デビュー・アルバムとなる本作では、ブルースやカントリーなどのルーツ・ミュージックを下敷きにしながら、ざらついたサウンドによるガレージ・ロックを展開しています。

 ガレージ・ロックとは、その名のとおり、ガレージ(=車庫)で練習をおこなうことに由来する言葉です。音楽性に加えて、DIY精神やアマチュアリズムも包括した、ジャンル名だと言えるでしょう。

 ブルースやガレージ・ロックなど、デトロイトに所縁のある音楽を引き継ぎ、現代的にアップデート。さらに自動車の街として栄えたデトロイトで、1990年代にガレージ・ロックを高らかに鳴らす姿勢は、それだけで十分なコンセプトになり得ます。

 本作の音楽性は、前述のとおりブルースを基調にしながら、ガレージロックらしいダイナミズムの大きなアンサンブルと音像を持ったもの。しかし、懐古主義に陥っているわけではなく、先述のコンセプトを含め、現代的な面を持ち合わせているところが、このバンドの特異なところです。

 ギターとドラムからなる2ピースという編成も、十分に特殊ですが、そこから鳴らされるサウンドは、さらに個性的。立体的でドタバタ感のあるドラムに、ガレージらしく毛羽立った歪みのギターが絡みつきます。

 ベースレスの2ピースで、サポートメンバーも入れないため、当然ながら通常のバンドよりも隙間の多いアンサンブル。しかし、その隙間が一音の重みを際立たせ、躍動感に溢れた演奏を演出します。

 シンプルで手数の少ないメグ・ホワイトのドラミングは、時にテクニックに乏しいと捉えられることもありますが、そのシンプルなスタイルから生まれるダイナミズムは、間違いなくこのバンドの特徴となっています。

 そして、テクニックや様式美にとらわれず、感情をそのまま変換したかのような、自由でパワフルなジャック・ホワイトのギター。ベースレスの編成を逆手にとり、ロックの持つ根源的なグルーヴ感や、サウンドの持つ攻撃性を際立たせ、頭にガツンと響く音楽を繰り広げていきます。

 1曲目の「Jimmy The Exploder」から、ドタドタとパワフルにリズムを刻むドラムに、エモーショナルに唸りを上げるギターが絡み合い、音数と楽器数は少ないはずなのに、ロックの魅力を凝縮したような音楽が展開。

 2曲目「Stop Breaking Down」と、7曲目「Cannon」は、それぞれ伝説的なブルース・シンガー、ロバート・ジョンソン(Robert Johnson)とサン・ハウス(Son House)の楽曲のカバー。ルーツ・ミュージックへのリスペクトを示しつつ、ホワイト・ストライプスらしいドタバタ感のあるアンサンブルに仕立て上げています。

 4曲目「Suzy Lee」と17曲目「I Fought Piranhas」には、オハイオ州マウミー出身のガレージロック・バンド、ソールダッド・ブラザーズ(Soledad Brothers)のジョニー・ウォーカー(Johnny Walker)が、スライドギターで参加。以上2曲は、伸縮するようなリズムを持った、ブルージーな空気が充満するサウンドとなっています。

 9曲目「Broken Bricks」は、ところどころつっかえながら、前のめりに疾走していくガレージ・ロック。

 13曲目「One More Cup Of Coffee」は、ボブ・ディラン(Bob Dylan)のカバー。アコースティック・ギターを用いて、ボブ・ディランのフォークに、ブルージーな香りを足したアレンジとなっています。途中から挿入されるオルガンによるロングトーンが、楽曲に奥行きをプラス。

 本作の音楽性を単純化して説明するなら、「ブルースを下敷きにしたガレージ・ロック」ということになるのでしょうが、そんな折衷的な音楽にはとどまらない、オリジナリティを持ったアルバムです。

 前述したように、その理由のひとつは2ピース編成で、今までには無いグルーヴやアンサンブルを構築していること。もうひとつには、ジャック・ホワイトのギター・テクニックと、音楽的教養の深さが挙げられます。

 一聴すると、かっこいいツボを刺激する、現代版のガレージ・ロックに聴こえるのですが、聴き込むほどに、様々なジャンルの断片が見えてくるアルバムです。

 むき出しのパワフルなサウンドとアンサンブルに、まずは耳を奪われますが、その深層にはルーツ・ミュージックからオルタナティヴ・ロックまで、幅広い音楽が垣間見えます。単なるガレージ・ロックの焼き直しではなく、時代を代表する名盤と言ってよいでしょう。

 





Meat Puppets “Monsters” / ミート・パペッツ『モンスターズ』


Meat Puppets “Monsters”

ミート・パペッツ 『モンスターズ』
発売: 1989年10月
レーベル: SST (エス・エス・ティー)
プロデュース: Eric Garten (エリック・ガーテン)

 アリゾナ州フェニックスで結成されたバンド、ミート・パペッツの、前作『Huevos』から2年ぶりとなる、通算6枚目のスタジオ・アルバム。プロデュースは、前作のスティーヴン・エスカリアー(Steven Escallier)に代わって、ミート・パペッツのセルフ・プロデュースへ。レコーディング・エンジニアは、エリック・ガーテンが担当。

 1stアルバムから本作まで、ブラック・フラッグのグレッグ・ギンが設立した、SSTからのリリースを続けていたミート・パペッツですが、それも本作が最後。次作『Forbidden Places』では、当時ポリグラム傘下だったレーベル、ロンドン・レコード(London Records)へ移籍しています。

 1980年に結成され、1982年の1stアルバムでは、高速のハードコア・パンクを鳴らしていたミート・パペッツ。ニルヴァーナのカート・コバーンをはじめ、多くのグランジ・オルタナ系のバンドへ影響を与えたバンドでもあります。

 1st以降は、カントリー、サイケデリック・ロック、サザンロックなど、多様な音楽を参照しながら音楽性を広げ、通算6作目、前述のとおりSSTでのラスト・アルバムとなる本作では、これまでの集大成と言える、多種多様でごった煮のロックを展開しています。

 本作がリリースされたのは1989年。ニルヴァーナの1stアルバム『Bleach』がリリースされ、グランジ・オルタナのムーヴメントが躍動し始めた年です。

 前述のとおり、カート・コバーンがお気に入りのバンドに挙げるなど、後続のバンドに多大な影響を与えたミート・パペッツ。時代が彼らに追いついたのか、あるいは彼らが時代を作ったと言うべきか、本作の音楽性は、当時のオルタナ勢の音楽と、多くの共通点が認められます。

 すなわち、激しく歪んだディストーション・ギターを用いているものの、展開される音楽には、ハードロック的な様式美や、メロコア的な爽快感は希薄。アンサンブルを重視したミドルテンポの曲が多く、ミート・パペッツが得意とするサイケデリックなアレンジも随所で聴かれます。

 1曲目の「Attacked By Monsters」では、イントロから唸りをあげるギターと、叩きつけるようなドラムが重なり、重心の低いサウンドで、引きずるようなアンサンブルが展開。ボーカルの気だるい歌唱と、バンドの重たいサウンドからは、アングラ臭も漂い、ニルヴァーナの『Bleach』にも繋がる空気を持っています。

 2曲目「Light」は、高音域を使ったキーボードや、アコースティック・ギターが用いられた、爽やかに疾走していく曲。コーラスワークも流麗で、王道のアメリカン・ロックのようにも、ギターポップのようにも響きます。

 3曲目「Meltdown」は、うねるようなギターが絡み合う、ギターを中心としたアンサンブルが繰り広げられる1曲。前作『Huevos』は、ZZトップからの影響が色濃いとも言われるアルバムですが、前作を彷彿とさせる、サザンロックらしいサウンドが展開されます。

 6曲目「Touchdown King」では、アコースティック・ギターによるコード・ストロークと、エレキ・ギターのフレーズが重なり、疾走感あふれる演奏が展開。フレーズとサウンドには、カントリーの要素もあり。このバンドの懐の深さが窺える1曲です。

 7曲目「Party Till The World Obeys」は、ギターのアヴァンギャルドな音色から始まる、アングラな空気を持った1曲。スライド・ギターなのか、浮遊するようなサウンドが耳に残り、サイケデリック・ロックも感じさせるアレンジ。

 10曲目「Like Being Alive」は、ドラムのシンプルなビートに導かれ、次々と楽器が加わり、歯車が組み合うような有機的なアンサンブルが構成される1曲。だらりとした、物憂げなボーカルが、楽曲に憂鬱な空気を加えます。

 アルバム毎に音楽性を変え、常に変化を続けてきたミート・パペッツ。本作では、これまでに彼らが消化してきた、フォーク、カントリー、サイケデリック・ロック、サザンロックなどが全て融合し、当時のオルタナティヴ・ロックとも繋がる音楽性を披露しています。(しいて言えば、1stのハードコア・パンクの要素はほとんど感じられませんが…)

 冒頭部でも書いたとおり、SSTからリリースされるオリジナル・アルバムは本作がラスト。1stアルバムから、6thアルバムである本作までの6枚のアルバムは、いずれも1999年にワーナー傘下のライコディスク(Rykodisc)というレーベルから、ボーナス・トラックを追加しリイシューされています。

 





Meat Puppets “Huevos” / ミート・パペッツ『ヒューボス』


Meat Puppets “Huevos”

ミート・パペッツ 『ヒューボス』
発売: 1987年10月
レーベル: SST (エス・エス・ティー)
プロデュース: Steven Escallier (スティーヴン・エスカリアー)

 アリゾナ州フェニックスで結成されたバンド、ミート・パペッツの通算5枚目のスタジオ・アルバム。プロデューサーは、前作に引き続きスティーヴン・エスカリアーが担当。

 アルバム・タイトルの「huevos」とは、スペイン語で「卵(eggs)」の意。アルバムのジャケットにも、卵の絵が描かれておりますが、これはギター・ボーカル担当のカート・カークウッド(Curt Kirkwood)によるものです。また、アメリカ南西部の俗語では、「huevos」は「大胆さ」(chutzpah)を意味するとのこと。

 スピード重視のハードコア・バンドとしてスタートしたミート・パペッツ。1stアルバムでは疾走感あふれるハードコア、2ndアルバムではフォークやカントリーを取り込んだロックを鳴らし、3rdと4thではテクニカルでアンサンブル重視の音楽を作り上げていました。3rdと4thは、ネオ・サイケデリックと評されることもあり、個人的にはプログレとマスロックの要素を併せ持ったインディー・ロック、と呼べるのではないかと思っています。

 で、5枚目の本作『Huevos』が、どんな音楽性なのかと言うと、テキサス州出身のロック・バンド、ZZトップからの影響が強いアルバムだと言われています。じゃあ、ZZトップってどんなバンドなの?と言うと、ジャンルとしてはサザン・ロックに分類されることが多く、南部テキサス州出身らしい、カントリーやブルースを取り込んだ音楽性が特徴のバンドです。

 もうすこし具体的に説明すると、南部で生まれたブルースをはじめとするルーツ・ミュージックを下敷きに、激しく歪んだギター・サウンドやレザー・ジャケットなどハードロック的な文化で、ルーツをアップデートしたバンド、といったところ。

 ZZトップが生まれたテキサス州は、元々はメキシコ領で、スペイン語圏の文化を色濃く残す地域です。そのため、ZZトップのアルバム・タイトルには、しばしばスペイン語が用いられ、ミート・パペッツが本作にスペイン語でタイトルを付けたのも、その影響からだとも言われます。

 ZZトップの話が長くなってしまいましたが、では実際に本作では、どのような音楽が鳴っているのか。本作のわずか半年前にリリースされた前作『Mirage』は、ギターの音作りはクリーントーンを主力として、プログレを彷彿とさせる、正確で複雑なアンサンブルが前面に出たアルバムでした。

 本作の再生ボタンを押すと、まずはそのサウンド・プロダクションの違いに驚くことでしょう。前作での清潔感のある音作りと比較すると、ギターは豊かに歪み、リズム隊は立体的で、揺らぎを活かすような音色でレコーディングされています。

 音楽性も、設計図に沿って組み上げられた建造物のようなアンサンブルの前作と比較すると、いわゆるスウィング感やグルーヴ感を伴った、躍動感あふれるものになっています。また、付け焼き刃でサザンロックに傾いたわけでもなく、これまでの彼らの作品と同じく、しっかりと消化した上でミート・パペッツの音楽として成立しています。

 前作から、わずか半年間しか間隔が空いていないのに、いったい何があったんだ!?とも思えますが、ハードコア・パンクからスタートし、カントリーやサイケデリック・ロックを取り込んだ音楽を展開してきたことを考慮すると、彼らにとっては自然な成り行きだったのでしょう。

 1stアルバムでハイテンポなハードコアを鳴らし、2ndアルバムでは一変してフォークやカントリーを取り入れたインディーロックへと舵を切ったミート・パペッツ。彼らの出身地アリゾナ州は、南北戦争時の歴史的な意味において、アメリカ南部には含まれませんが、地理的には南部が近く、他のルーツ・ミュージックと並んで、ZZトップをはじめとするサザンロックにも親しんでいたのでしょう。

 ミート・パペッツのオリジナル・メンバーは、1960年前後の生まれで、バンドを結成したのは1980年のこと。すでにラジオやテレビが普及し、情報化社会が始まりつつあり、地域性と音楽性は、もはやあまり関係がないのかもしれません。いずれにしても、本作がサザンロックを取り込み、コンパクトなインディーロックに仕立てた、優れた作品であることは確かです。

 





Meat Puppets “Mirage” / ミート・パペッツ『ミラージュ』


Meat Puppets “Mirage”

ミート・パペッツ 『ミラージュ』
発売: 1987年4月
レーベル: SST (エス・エス・ティー)
プロデュース: Steven Escallier (スティーヴン・エスカリアー)

 1980年に、アリゾナ州フェニックスで結成。のちのグランジ・オルタナ勢へ、多大な影響を与えたバンド、ミート・パペッツの4thアルバム。

 プロデューサーは、1stアルバムから前作までを手がけたスポット(Spot)ことグレン・ロケット(Glen Lockett)に代わり、スティーヴン・エスカリアーが担当。

 疾走感あふれるハードコア・バンドとしてスタートしたミート・パペッツ。アルバムを追うごとに音楽性を変え、徐々にアンサンブル重視の複雑なロックを構築するようになります。

 前作『Up On The Sun』から2年ぶり、通算4枚目のスタジオ・アルバムとなる本作には、ハードコア要は皆無。ドラムのデリック・ボストロム(Derrick Bostrom)は、本作を「サイケデリックな大作」(psychedelic epic)と評しています。

 そんなメンバー自身の言葉どおり、各楽器の複雑なフレーズが絡み合う、摩訶不思議な空気感を持った本作。ジャケットのデザインも、サイケデリックですね。サウンド・プロダクションの面では、ギターはクリーントーンが中心。激しく歪んだサウンドや、過度なエフェクトに頼らず、アンサンブルで多様な音世界を作り上げています。

 1曲目「Mirage」は、ギターの回転するようなフレーズから始まり、各楽器が絡みつくように、複雑かつ有機的なアンサンブルを構成する曲。バックで鳴るシンセサイザーが、サイケデリックな空気を演出します。

 2曲目「Quit It」は、リズムとアンサンブルは抑え気味ながら、疾走感のある1曲。正確無比なタイトなアンサンブルが、ゆるやかな躍動感を生み、ボーカルはメロディアスなラインをシャウト気味に歌い上げ、楽曲を先導していきます。

 3曲目「Confusion Fog」は、カントリー色の濃いアンサンブルとフレーズながら、サウンドは清潔感のあるクリーントーンを用い、ジャンルレスな雰囲気。細かく刻まれるリズムには疾走感があり、心地よいです。

 4曲目「The Wind And The Rain」は、イントロからアコースティック・ギターが用いられ、3曲目に続いてカントリーを思わせる、穏やかで牧歌的な1曲。

 5曲目「The Mighty Zero」は、イントロからエフェクト処理されたドラムが、四方八方から響き渡る、サイケデリックな空気が漂う曲。

 9曲目「Beauty」は、イントロでは高速フレーズが正確に組み合う、プログレ色の濃い1曲。再生時間2:00過ぎからの厚みのある倍音を持ったギターも、70年代のプログレやハード・ロックを彷彿とさせます。

 前述したとおり、メンバーのデリック・ボストロムは本作を「サイケデリック」だと表現していますが、個人的にはプログレッシヴ・ロックとマスロックの間を繋いだ作品、と言った方がしっくりきます。テクニカルで複雑なアンサンブルが、高い精度で正確に作りこまれているという意味です。

 ただ、ジャンル名の組み合わせで語ることができないぐらい、多様な音楽を取り込み、自分たちで消化した上で、オリジナリティ溢れる音楽を作り上げているバンドなので、あまり「○○と○○を合わせた」と語るのは、失礼にあたるでしょう。

 また、複雑なフレーズやアンサンブルではあるのですが、コンパクトにまとまり、難解さを感じさせないところも魅力。そんな地に足の着いた音楽性も含めて、90年代以降のオルタナティヴ・ロックやインディー・ロックを予見していると言ってもいいでしょう。

 1987年のオリジナル盤リリース当初は、12曲収録。これまでの3作のアルバムと同様、1999年にワーナー傘下のライコディスク(Rykodisc)よりリイシュー。このリイシュー盤には、ボーナス・トラックが5曲追加され、全17曲収録となっています。