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Ancient Greeks “The Song Is You” / エンシェント・グリークス『ザ・ソング・イズ・ユー』


Ancient Greeks “The Song Is You”

エンシェント・グリークス 『ザ・ソング・イズ・ユー』
発売: 2003年1月21日
レーベル: Flameshovel (フレイムシャベル)

 1998年にシカゴで結成された4人組バンド、エンシェント・グリークスの1stアルバム。地元シカゴのレーベル、フレイムシャベルからのリリース。

 まず、編成が特徴的なこのバンド。4人組のバンドと言えば、ボーカル、ギター、ベース、ドラムが基本的な編成ですが、エンシェント・グリークスはボーカル兼サックスを擁しています。

 メンバーは、ボーカル兼サックスのクリス・ワーランド(Chris Warland)、ギターのナサニエル・ブラドック(Nathaniel Braddock)、ベースのアンディー・レンチ(Andy Rench)、ドラムのティモシー・P・スティーヴンス(Timothy P. Stevens)の4人。

 ワーランドとブラドックは、エンシェント・グリークス結成前には、共にフリージャズ・バンドで活動。ドラムのスティーヴンスは、伝説的ジャンク・バンドTableの元メンバー。

 ポストバップ・ジャズ、ボサノヴァ、現代音楽的なミニマリズム、さらに70年代のアフリカン・ポップから影響を受け、彼ら特有の音楽を作り上げています。

 テクニックに裏打ちされた複雑かつタイトなアンサンブルはマスロック的とも言えるし、前述のとおりジャズやボサノヴァも取り込んだ非ロック的なポップスとしても響きます。そのジャンルレスなサウンドは、同じくシカゴ拠点のスーパーバンド、ザ・シー・アンド・ケイクに近いとも言えます。

 1曲目の「Ask Me A Question About The Atom」では、タイトなドラムと、どこかぎこちなく響くギターのフレーズに続いて、ギターポップを思わせる浮遊感のあるボーカルのメロディー、隙間を縫うようなベースが加わり、躍動感と緊張感がブレンドされたアンサンブルが展開。

 2曲目「Burning Is Easy」は、ノイズ的な電子音が飛び交うイントロに続いて、昼下がりのカフェで流れていてもおかしくない、ゆるやかな躍動感を持った、ボサノヴァ風の1曲。とはいえ、ところどころテクニカルなフレーズや、アヴャンギャルドな音が散りばめられ、単なるBGMにはとどまらない、ポップさと実験性が両立しています。

 5曲目「You’re My Rappie」は、細かくリズムを刻むドラムと、電子的な持続音が重なるイントロから始まり、各楽器が有機的に絡み合い、一体感のあるアンサンブルを編み上げる1曲。小刻みなドラムに、メロディアスなベース、変幻自在なギターが絡みつき、グルーヴ感も持ち合わせたアンサンブルが展開されます。

 9曲目「Freezing Has Left You Hard」は、エフェクターを深くかけたギターなのか、柔らかくサイケデリックなサウンドで埋め尽くされる、アンビエントな1曲。

 10曲目「Barefoot Hymn (Bluebird Reader)」は、シンプルかつ正確にリズムを刻むドラムに、細かく時間を区切るベース、多様なフレーズを繰り出すギターが、立体的なアンサンブルを作り上げる1曲。

 アルバムを通して、耳なじみの良いポップさと、良い意味での違和感を残すアヴァンギャルドな空気が同居した、上質なポップが展開していきます。折衷的な音楽とも言えるかもしれませんが、このバンドの長所は多様な音楽を参照しつつ、胸やけするような消化不良な音楽にはなっていないこと。様々なジャンルの要素を飲み込みつつ、絶妙なバランス感覚で、自分たちのオリジナルの音楽へと昇華しています。

 2005年には、日本のアンド・レコーズ(and records)から2ndアルバムを発売。その後は新たなリリースもなく、活動停止状態のようです。

 ギタリストのナサニエル・ブラドックは、2000年からはザ・ジンクス(The Zincs)としても活動しています。シカゴのスリル・ジョッキーより作品をリリースしており、こちらのバンドもオススメ!

 





Lard “Pure Chewing Satisfaction” / ラード『ピュア・チューイング・サティスファクション』


Lard “Pure Chewing Satisfaction”

ラード 『ピュア・チューイング・サティスファクション』
発売: 1997年5月13日
レーベル: Alternative Tentacles (オルタナティヴ・テンタクルズ)

 ミニストリー(Ministry)のアル・ジュールゲンセン(Al Jourgensen)と、デッド・ケネディーズ(Dead Kennedys)のジェロ・ビアフラ(Jello Biafra)が結成したバンド、ラードの前作から7年ぶりの2ndアルバム。

 インダストリアルとハードコア・パンクの融合…と言うと単純化が過ぎますが、前作に引き続き両ジャンルの要素を併せ持ち、コンパクトにまとまった良作。純粋なインダストリアルと呼ぶには電子的な要素が薄く、ハードコアと呼ぶには多彩なサウンドとアンサンブルが前面に出たアルバムと言えます。

 言い換えると、ハードコアの疾走感と攻撃性、インダストリアル的な音作りが溶け合い、思いのほかモダンなサウンドを作り上げています。

 ビアフラのボーカルも、聴き手をアジテートする部分と、メロディーを際だたせる部分が、高度に両立。演劇的とも言えるボーカリゼーションを披露しています。

 1曲目「War Pimp Renaissance」は、倍音豊かなディストーション・ギターを中心に、波のように押し寄せる疾走感を持った1曲。アルバム1曲目から、インダストリアル的な厚みのあるサウンドと、ハードコアの疾走感を併せ持ったトラックです。

 2曲目「I Wanna Be A Drug-Sniffing Dog」は、小刻みなドラムのビートと、キレ味鋭いギターのリフが、スピーディーに疾走していく1曲。1曲目に続いて、ギターはただ激しく歪んでいるだけではなく、空間系のエフェクターも用いているのか、広がりを持ったサウンド。音作りのこだわりが感じられます。

 3曲目「Moths」は、ノイジーな高音ギターと、残響音をたっぷりと伴ったドラム、硬質なサウンドのベースによるイントロに続き、鋭く歪んだギター・リフが入り、一体感と躍動感のあるアンサンブルを構成。ハードロック的な歪みとリフの快楽に、ノイズが溶け合い、様式美とアングラ臭がブレンドされた1曲に仕上がっています。

 4曲目「Generation Execute」は、空間系エフェクターの深くかかったギターと、ハードで重厚な歪みのギターが重なり合い、足を引きずるような重たいアンサンブルを展開する1曲。ところどころで挟まれるブレイクも、楽曲に緊張感をプラス。

 6曲目「Peeling Back The Foreskin Of Liberty」は、各楽器とも硬質なサウンドに音作りされ、タイトなアンサンブルを組み上げていく1曲。エフェクトのかけられたボーカルが、タイトに締まった演奏に対して、ジャンクな空気を加えています。

 8曲目「Sidewinder」は、隙間が無いぐらい厚みのあるサウンドと、疾走感が持ち味だった本作において、隙間を利用した立体的なアンサンブルを展開するミドルテンポの1曲。アルバムのラストをこのような奥行きのある楽曲で締めるところに、直線的に走るだけではない、このバンドの引き出しの多彩さを感じます。複数のギターが重ねられていますが、それぞれ空間系エフェクターを用いた凝った音作り。物憂げなボーカルとも相まって、アート性とアングラ感の同居した世界観を作り上げています。

 インダストリアルとハードコア・パンクの融合した音楽、と言っても差し支えない本作。もう少し具体的に本作の特徴を挙げると、ギターの音作りにあると思います。

 ギターが歪み一辺倒の音作りであったなら、アルバム自体がもっとハードコア感の強いものになっていたでしょう。しかし、空間系エフェクターも駆使した、時には意外性のある音作りが、アルバム自体をカラフルで奥行きのあるものにしています。

 大御所2人が手を取り合った、サイド・プロジェクト的なこのバンド。2人の音楽的なアイデアが、気負わずに出たバンドであるのではないかとも思います。

 





Lard “The Last Temptation Of Reid” / ラード『ザ・ラスト・テンプテーション・オブ・リード』


Lard “The Last Temptation Of Reid”

ラード 『ザ・ラスト・テンプテーション・オブ・リード』
発売: 1990年9月26日
レーベル: Alternative Tentacles (オルタナティヴ・テンタクルズ)

 打ち込みによる電子的なサウンドと、激しく歪んだギター・サウンドを共存させるインダストリアル。そのインダストリアルというジャンルの開祖と言えるミニストリー(Ministry)。そして、サンフランシスコにおけるハードコア・パンクの開祖デッド・ケネディーズ(Dead Kennedys)。

 それぞれのジャンルの第一世代と言える2つのバンドのフロントマン、ミニストリーのアル・ジュールゲンセン(Al Jourgensen)と、デッド・ケネディーズのジェロ・ビアフラ(Jello Biafra)が結成したバンド、ラードの1stアルバム。ジェロ・ビアフラが設立したオルタナティヴ・テンタクルズからのリリース。

 元祖インダストリアルと、伝説的ハードコア・バンドのフロントマン。そんな2人が組んだバンドであることからも予想できますが、硬質なディストーション・ギターの音色を中心にし、疾走感のある楽曲が並ぶアルバム。しかしその一方で、ギターの音作りは歪み一辺倒というわけではなく、倍音豊かで現代的な広がりのある歪みになっています。

 基本的には、パワフルなギターが前面に出たサウンド・プロダクションですが、楽曲とアンサンブルは思いのほか鮮やか。

 1曲目「Forkboy」は、各楽器ともタイトに引き締まった音質で、タイトに引き締まったアンサンブルが展開される1曲。アルバム1曲目にふさわしく、疾走感と躍動感に溢れ、聴き手をアジテートするようなボーカリゼーションも秀逸。

 2曲目「Pineapple Face」は、回転するようなフレーズを軸に、パワフルかつ立体的なアンサンブルが展開される1曲。リズムとリフのロック的な攻撃性の強い曲ですが、再生時間1:06あたりでテンポとテンションを抑えるアレンジなど、ただ直線的に走るだけではない奥行きがあります。また、クレジットを確認すると、多数のバッキング・ボーカルが参加。「Oh! Abs」や「Sexo Sexo-Sexo」など、名前っぽくないものが多く、ジョークということでしょうか。

 5曲目「Can God Fill Teeth?」の前半は、空間系のエフェクターのかかったギターと、歌のメロディーではないセリフが、アジテートするようにリスナーに迫ります。ギターには、バネが跳ねるようにコーラスがかけられており、音作りの多彩さを感じさせます。この曲の雰囲気ならば、ギャンギャンに歪んだギターでも成立しそうなのに。後半はリズム隊も加わり、疾走感あふれるジャンクな演奏が展開。

 8曲目「They’re Coming To Take Me Away」は、ハープのようなみずみずしく美しい音と、多種多様なジャンクなサウンドが混じり合う1曲。ボーカルもアジテーション全開のここまでの歌い方とは異なり、コミカルにおどけたように歌います。

 前述のとおり、インダストリアルとハードコア・パンクの大御所が組んだバンド。ある種のスーパーバンドと言ってもよいバンドですが、音楽性はコンパクトにまとまり、ハードコアとインダストリアルが自然なかたちでブレンドされた、良質な1作です。

 





Sleeping People “Growing” / スリーピング・ピープル『グローイング』


Sleeping People “Growing”

スリーピング・ピープル 『グローイング』
発売: 2007年10月9日
レーベル: Temporary Residence (テンポラリー・レジデンス)

 カリフォルニア州サンディエゴ出身のマスロック・バンド、スリーピング・ピープルの2ndアルバム。

 前作『Sleeping People』リリース後、ギターのジョイリー・コンセプション(Joileah Concepcion)がバンドを脱退。代わりに、彼女の友人でもあり、後にダーティー・プロジェクターズに参加することになるアンバー・コフマン(Amber Coffman)が加入。

 しかし、2007年初頭にジョイリー(本作では結婚して性が変わったのか、Joileah Maddockと表記)が復帰。入れ替わるように、コフマンはダーティー・プロジェクターズに参加するため、スリーピング・ピープルを脱退。ニューヨークへ引っ越しています。結果として、本作では一部の曲のレコーディングにはコフマンも参加。

 前作は、わかりやすいスピード感や複雑さよりも、丁寧に組み上げられたバンドのアンサンブルが前面に出たアルバムでした。2作目となる本作でも、前作のアプローチを踏襲し、さらに音楽性とアンサンブルが深化した作品と言えます。

 マスロックは、直訳すれば「数学ロック」ということになりますが、本作でも全て計算し尽くされたかのような、複雑かつ正確なアンサンブルが展開されていきます。

 1曲目「Centipede’s Dream」では、冒頭から2本のギターが絡み合うようにフレーズを紡ぎだし、リズム隊も加わってアンサンブルを構成。フレーズの音の動きと、ツイン・ギターの重なり方には意外性があり、摩訶不思議な空気を作り出していきます。

 2曲目「James Spader」には、アンバー・コフマンが参加。歪んだギター・サウンドを中心に据えて、複数のギターとリズム隊が噛み合いながら、躍動感のあるアンサンブルを展開していきます。

 3曲目「Yellow Guy / Pink Eye」では、シンプルなギターのフレーズに、小刻みに鋭くリズムを刻むドラムが重なり、スピード感の溢れる演奏が展開。

 4曲目「Mouth Breeder」は、イントロから2本のギターがチクタクと機械仕掛けのようなフレーズを紡ぎ、ベースとドラムもタイトにリズムを刻み、各楽器が緻密に組み合い、アンサンブルを構成。テンポは抑えめで、各フレーズも特別に難しくはなく、むしろシンプルな部類に入りますが、徐々に複雑さとスピード感を増していきます。

 5曲目「 …Out Dream」も、4曲目の引き続き、ギターが音階練習のようなシンプルなフレーズを弾き、徐々に複雑さを増していく1曲。各楽器が正確にリズムを刻み、編み上げていくアンサンブルは、まさに数学的。

 6曲目「Three Things」は、音質とアンサンブルの両面で、前2曲に比べるとアグレッシヴで、ロックのダイナミズムが際立った1曲。ねじれるようなギターのフレーズに、各楽器が絡みつくように、演奏が展開されます。

 8曲目「Underland」は、ドラムがフィーチャーされていて、ここまでのアルバムの流れの中では、毛色の違う1曲。

 10曲目「People Staying Awake」は、各楽器とも硬質な音作りで、ロック的なグルーヴ感と躍動感を持った1曲。ミドルテンポの曲で、ゆったりとしたテンポが、音質とアンサンブルの重みをますます際立てせています。後半から、はっきりとメロディーを歌うボーカルが入ってくるところも、インストが基本の本作においては、意外性を演出。

 マスロックらしい正確性と複雑性に、ロックが持つダイナミズムが表現された、クオリティの高い1作。複雑さや実験性を過度に強調することなく、多彩なアンサンブルが繰り広げられます。

 真面目に、誠実に作られたマスロックという印象で、個人的には安心して人にオススメできるアルバムです。

 





Sleeping People “Sleeping People” / スリーピング・ピープル『スリーピング・ピープル』


Sleeping People “Sleeping People”

スリーピング・ピープル 『スリーピング・ピープル』
発売: 2005年1月1日
レーベル: Temporary Residence (テンポラリー・レジデンス)

 カリフォルニア州サンディエゴ出身のマスロック・バンド、スリーピング・ピープルの1stアルバム。

 ノレそうでノレない、ぎこちないとも言えるリズムに乗せて、複雑なアンサンブルが展開されるアルバム。正確にデザインされたアンサンブルと、それを寸分の狂いなく実行していくテクニックは、まさにマスロックと呼ぶべき音楽です。

 1曲目「Blue Fly Green Fly」は、各楽器が絡み合うようにアンサンブルを構成し、生き物がうごめくように躍動感する1曲。特別にテンポが速い、フレーズが複雑だというわけではなく、むしろ各フレーズとリズムは、マスロックにしては比較的シンプルですが、各楽器が折り重なるように組み上げられるアンサンブルの完成度は、非常に高いです。

 2曲目「Nasty Portion」は、不自然なほど前のめりになったようなリズムで、疾走していく1曲。急ぎすぎて足がもつれるかのように、各楽器が我先にとフレーズを繰り出していきます。

 3曲目「Fripp For Girls」は、回転するようなフレーズの動きが、実にマスロックらしい響きを持った1曲。この曲でも、各楽器が複雑に絡み合い、もつれるようにして演奏が進行します。

 4曲目「Technically You…」では、上から流れ落ちるようなフレーズが繰り返され、小刻みなリズムが緊張感を演出。フレーズに用いられる音符は細かいのですが、疾走感やスピード感よりも、複雑さの方が前景化した1曲。

 5曲目「Nachos」は、イントロから音が乱れ飛ぶ、アヴァンギャルドな空気を持った1曲。適当に無茶苦茶にプレイしているようでいて、合わせるところは非常にタイトで、このバンドの演奏力の高さを改めて感じます。

 6曲目「Johnny Depp」は、2本のギターによる、細かく緻密なフレーズから始まり、その後もツイン・ギターのアンサンブルが中心に置かれた1曲。リズム隊も含め、正確無比でスリリングな演奏が展開されていきます。

 テクニックを前面に押し出すわけではなく、リズムもアンサンブルも、一聴するとそこまで複雑には聞こえません。しかし、正確にタイトなアンサンブルをこなしていく演奏からは、各メンバーの高度なテクニックが窺えます。

 予定調和の静と動に頼らず、やり過ぎないバランス感覚が、このバンドの魅力。黙々とフレーズを紡ぎ、バンド全体で有機的なアンサンブルを組み立てていく態度からは、彼らのストイシズムが漂います。