「ディスクレビュー」カテゴリーアーカイブ

Lee Ranaldo “Between The Times And The Tides” / リー・ラナルド『ビトウィーン・ザ・タイムズ・アンド・ザ・タイズ』


Lee Ranaldo “Between The Times And The Tides”

リー・ラナルド 『ビトウィーン・ザ・タイムズ・アンド・ザ・タイズ』
発売: 2012年3月20日
レーベル: Matador (マタドール)
プロデュース: John Agnello (ジョン・アグネロ)

 ソニック・ユースでの活動でも知られるギタリスト、リー・ラナルドの9枚目のソロ・アルバム。ドラムはソニック・ユースで活動を共にしたスティーヴ・シェリーが務めています。

 さすがリー・ラナルド!と思わせる、ギターのサウンドを有機的に組み上げ、素晴らしいアンサンブルが展開される1作です。ノイズを効果的に用いたサウンドを期待する方には、少し物足りないかもしれませんが、緩やかなグルーヴ感があり、非常に聴きやすい作品であると思います。

 1曲目の「Waiting On A Dream」では、ギターのフレーズをリズム隊が追いかけ、お互いに追い越し合うような推進力を感じるアンサンブルが展開。テンポが速いわけではないのに、自然と足が前に進むような躍動感がある1曲です。

 2曲目「Off The Wall」は、イントロから各楽器が絡み合い、有機的なアンサンブルを構成。まるでバンド全体が生き物のような、一体感があります。

 6曲目「Fire Island (Phases)」は、叩きつけるようにパワフルにリズムを刻むドラムの上を、ほどよく歪んだ複数のギターが乗る1曲。

 7曲目「Lost」は、複数のクリーントーンのギターが多層的なサウンドを作り上げ、タイトなリズム隊がそれを支える1曲。

 アルバム全体を通して、ギターという楽器の特性と魅力を知り尽くしている、と思えるほどギターの響き、アンサンブルが心地よい作品です。ギターの音色の選び方、アンサンブルの構成ともに、的確に作り上げられた1枚だと思います。

 リー・ラナルドはアルバムによって、かなり作風が異なり、時には前衛性が前面に出ている作品もありますが、本作は近年のソニック・ユースに近いサウンドを持っています。

 僕はソニック・ユースが大好きで、ノイズの洪水も大歓迎なのですが、ノイズ成分は控えめに、アンサンブルに重きを置いた本作も好きです。歌モノとしても聴けるポップさを持ち合わせたアルバムなので、多くの人におすすめできます。

 





Neutral Milk Hotel “On Avery Island” / ニュートラル・ミルク・ホテル『オン・アヴェリー・アイランド』


Neutral Milk Hotel “On Avery Island”

ニュートラル・ミルク・ホテル 『オン・アヴェリー・アイランド』
発売: 1996年3月26日
レーベル: Merge (マージ)
プロデュース: Robert Schneider (ロバート・シュナイダー)

 フロントマンのジェフ・マンガム(Jeff Mangum)を中心に、ルイジアナ州ラストンで結成されたバンド、ニュートラル・ミルク・ホテルの1stアルバムです。アメリカ国内ではMerge、イギリスではFire Recordsからのリリース。

 エフェクターを深くかけたギターの音色が、アルバム全体をジャンクかつサイケデリックな雰囲気で包む1作です。ギター以外にも、耳に引っかかる奇妙なサウンドが満載。しかし、アヴァンギャルな空気が前面に出るわけではなく、歌のメロディーは親しみやすく、ポップな音楽として成立しています。

 1曲目は「Song Against Sex」。イントロから早速、電子ノイズのような音が響きわたり、その後のギターもざらついた耳ざわり。楽曲的にはガレージ風味のあるシンプルなロックですが、ボーカルの声とメロディーは垢抜けていてポップな雰囲気をプラス。

 2曲目の「You’ve Passed」も、倍音たっぷりの歪んだギターが、ゆったりと空間を埋めていく1曲。ややテンポがゆったりな分、サイケデリックな空気が強まっています。

 5曲目「Marching Theme」は、イントロから多種多様なサウンドが飛び交う、カラフルな1曲。それぞれの音はノイズ的だったり、ファニーな効果音のようだったりするのに、全体としては楽しく鮮やかな空気を作り上げています。

 ラストの12曲目「Pree-Sisters Swallowing A Donkey’s Eye」は、13分を超える大曲です。ギターのフィードバックが響き渡る前半から、アンビエントな展開へ。歌が無く、アルバム中でもポップな部類の曲ではありません。しかし、このような音響的な曲を最後に持ってくるところに、彼らの音楽的な志向が垣間見えます。

 ノイズあり、カオスあり、かなり奇妙な音も含まれているのに、全体としては非常にポップで、上質のインディー・ロックと言っていいアルバムだと思います。また、1996年という時代性もあるかもしれませんが、全体のサウンド・プロダクションにはガレージのような、ややざらついた耳ざわりもあります。

 最後に収録されている「Pree-Sisters Swallowing A Donkey’s Eye」は、かなり実験的、ポストロック的(クラウトロック的と言ってもいいかもしれない)な曲ですが、そんな楽曲も含めて、多種多様な音とアレンジが、目いっぱい詰め込まれたアルバムです。

 





Cat Power “The Covers Record” / キャット・パワー『ザ・カヴァーズ』


Cat Power “The Covers Record”

キャット・パワー 『ザ・カヴァーズ』
発売: 2000年3月21日
レーベル: Matador (マタドール)

 ジョージア州アトランタ出身の女性シンガーソングライター、キャット・パワーことショーン・マーシャルの5枚目のアルバム。『The Covers Record』というタイトルのとおり、カバー曲集です。日本語では『ザ・カヴァーズ』と表記することが多いようです。

 伴奏は、アコースティック・ギターかピアノのみ。シンプルでミニマルな耳ざわりですが、その楽曲のメロディーがむき出しになり、ショーン・マーシャルの声が自ずと前面に出るアルバムです。

 カバー・アルバムというと、オリジナル・アルバムとは毛色の違う作品になるのは当然ですが、本作はむしろキャット・パワーのオリジナリティが、色濃く出た1作と言えます。

 ローリング・ストーンズやボブ・ディラン、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドなど、多彩なアーティストの曲を取り上げていますが、原曲がわからないほどに、大胆にアレンジが施されています。

 「アレンジ」と言うと、バンドのアンサンブルを再構築したような印象を与えるかもしれませんが、本作は弾き語りスタイルの演奏。原曲のアレンジメントから、とことん引き算をして音数を絞り、声とメロディーのみの内省的な世界観を作り上げています。

 1曲目に収録されたローリング・ストーンズの「(I Can’t Get No) Satisfaction」を例にとっても、確かにストーンズのあの曲だということは認識できるのですが、ギターと歌のみのアンサンブルには隙間が多く、彼女の声とむき出しの楽曲が、ダイレクトに聴き手に浸透します。

 少し枯れた物憂げな声で、余裕を持ったスローテンポで進んでいくアルバムですが、冷たいという印象は無く、人の声と楽器の暖かみが感じられる1作です。

 とはいえ、前述したとおり、かなり音数が少なくミニマルで、サウンドが華やかなわけではないので、聴く人を選ぶアルバムであるのも事実だと思います。展開されるのは、とにかく無駄なものを削り、ストイックに絞り込まれ、凝縮された音楽です。

 しかし、本来は触れることのできない楽曲の核となる部分が、目の前に差し出されるようで、ハマる人はハマるアルバムであるのも確か。音数は少ない、言い換えればサウンドの情報量は少ないのに、音楽としての強度は強い、そんな作品です。

 





Xiu Xiu “Dear God, I Hate Myself” / シュシュ『ディア・ゴッド、アイ・ヘイト・マイセルフ』


Xiu Xiu “Dear God, I Hate Myself”

シュシュ 『ディア・ゴッド、アイ・ヘイト・マイセルフ』
発売: 2010年2月23日
レーベル: Kill Rock Stars (キル・ロック・スターズ)
プロデュース: Greg Saunier (グレッグ・ソーアー)

 ジェイミー・スチュワート(Jamie Stewart)を中心に、カリフォルニア州サンノゼで結成されたバンド、シュシュの7枚目のスタジオ・アルバム。ジェイミー・スチュワート以外のメンバーは流動的で、彼のソロ・プロジェクト色の濃いバンドです。

 シンセや電子ドラムの音が前面に出たサウンド・プロダクションと、官能的で古き良きポップスターを彷彿とさせるボーカルは、キラキラとしたニューウェーヴの香りを振りまきます。しかし、時にはノイズ、時には実験的なアレンジを織り交ぜ、聴き応えも抜群。アヴァンギャルドとポップのバランスが絶妙なアルバムです。

 2曲目の「Chocolate Makes You Happy」は、イントロから電子的なノイズが飛び交い、アヴァンギャルドな空気。しかし、ボーカルは情緒的で雰囲気たっぷり。グルーヴ感もあり、実験性とポップさのバランスが抜群。

 3曲目「Apple For A Brain」はクラシックなテレビゲーム機を連想させるピコピコ系のサウンドが、壮大なアンサンブルを構成する1曲。感情を抑えつつリリカルなボーカルも、違和感なく同居。

 7曲目「Secret Motel」は、電子的なサウンドが飛び交うなかを、感傷的なボーカルがメロディーを紡ぎます。双方がぶつかりそうに思われるのに、心地よく隙間を埋め合う絶妙なバランス。再生時間1:39あたりからの電子音によるソロも、カラフルかつカオティック。

 電子音を中心に据え、アヴァンギャルドな空気も振りまきながら、上質のポップスと成り立っているアルバム。実験的になりすぎず、甘ったるくもなりすぎないバランスが絶妙。

 前作『Women as Lovers』は、もう少しソリッドな音像を持ったバンド色の強いアルバムでしたが、それと比較すると本作『Dear God, I Hate Myself』の方がシンセ・ポップ色の強いサウンド・プロダクションです。

 ただ、いずれのアルバムも実験性とポップ性のバランスが絶妙で、USインディーを聴いているとたびたび出会う、こういうポップ職人って、本当に凄いと思います。

 





Xiu Xiu “Women As Lovers” / シュシュ『ウィメン・アズ・ラヴァーズ』


Xiu Xiu “Women As Lovers”

シュシュ 『ウィメン・アズ・ラヴァーズ』
発売: 2008年1月29日
レーベル: Kill Rock Stars (キル・ロック・スターズ)

 カリフォルニア州サンノゼで結成されたバンド、シュシュの6枚目のスタジオ・アルバム。ジェイミー・スチュワート(Jamie Stewart)以外のメンバーは不定形で、実質的に彼のソロ・プロジェクトのようなグループです。

 シュシュの作品はどれもそうなのですが、アヴァンギャルドな実験性と、カラフルなポップ性のバランスが絶妙なアルバム。カリスマ性のあるセクシーかつ演劇じみた歌唱のボーカルも、多彩なイメージをプラスしていると思います。

 次作『Dear God, I Hate Myself』を筆頭に、シュシュの作品はエレクトロニックな響きが前面に出て、シンセポップ色が濃いものが多いのですが、それと比較すると、本作では電子音も織り交ぜながら、ソリッドなバンド・サウンドが響きわたります。

 前述したとおり、実験性とポップ性の絶妙なバランスが、このバンドおよびジェイミー・スチュワートの魅力ですが、本作も随所に奇妙なサウンドやアレンジが散りばめられつつ、ポップスとしても成立させたアルバムです。特にサックスのフリーなフレーズがアクセントになっています。

 3曲目「F.T.W.」は、前半はアコースティック・ギターを使用したポップなサウンド・プロダクションながら、再生時間1:25あたりからは電子ノイズが飛び交い、その後は穏やかな空気が戻ってくるコントラストが鮮烈な1曲。

 6曲目「Under Pressure」には、スワンズのマイケル・ジラがゲスト・ボーカルとして参加。この曲ではサックスも活躍し、後半はフリージャズのような雰囲気です。

 シンセの音や、電子ノイズ、フリーなサックスを効果的に使いながら、バンドのグルーヴ感や躍動感にも溢れたアルバムです。

 違和感をフックに転化させながら、極上のポップスを響かせるジェイミー・スチュワートのバランス感覚は、本当に優れていると思います。ボーカリストとしても、どこか古き良きポップ・スターを彷彿とさせる雰囲気。

 「ポップ職人」と呼ぶと軽すぎる、しかし「鬼才」と呼ぶほど近づきがたい雰囲気でもない、ジェイミー・スチュワートはそんなバランスの人だと思います。