「ディスクレビュー」カテゴリーアーカイブ

Firewater “The Golden Hour” / ファイアーウォーター『ザ・ゴールデン・アワー』


Firewater “The Golden Hour”

ファイアーウォーター 『ザ・ゴールデン・アワー』
発売: 2008年5月6日
レーベル: Bloodshot (ブラッドショット)
プロデュース: Tamir Muskat (タミル・マスカット)

 1995年にニューヨークで結成されたバンド、ファイアーウォーターの5枚目のアルバムです。オルタナ・カントリーを得意とするレーベル、ブラッドショットからのリリース。

 オルタナ・カントリー系の名門レーベルからの発売ではありますが、いわゆるオルタナ・カントリーとは異質なサウンドを聴かせるバンドです。

 本作『The Golden Hour』も、ルーツ・ミュージックを感じさせる音楽ではありますが、アメリカのフォークやカントリーというより、よりワールドワイドな多種多様な民族音楽の香りがする1作。雑多な音楽が、るつぼの中で混じり合うようなサウンドが展開されるのですが、散漫な印象はなく、すべてポップ・ミュージックとして昇華されています。

 例えば、「ジャズ風の歌謡曲」というように、様々なルーツ・ミュージックが、コンパクトなポップスの形式に変換され、集められたアルバムです。

 前述したように、非常に多くの音楽が顔を出す1作で、曲によってラテン風であったり、スウィング・ジャズ風であったり、ロックンロール風であったり、どこかの民族音楽風であったり、あるいは1曲のなかに複数の音楽ジャンルが融合されていることも珍しくありません。

 このあたりのバランス感覚が秀逸。これには、プロデューサーを務めたのが、イスラエル出身のジャズ・ミュージシャン、タミル・マスカットであることも関係しているのかもしれません。

 1曲目の「Borneo」は、飛び跳ねるようなリズムに、儀式で歌われるような独特のコーラスワークが載る1曲。

 3曲目「Some Kind Of Kindness」は、リズムが小気味いい、開放的なラテン風味の1曲。

 5曲目の「A Place Not So Unkind」では、パーカッションが立体的に響き渡り、アンサンブルにも躍動感が溢れています。

 10曲目「Already Gone」は、カントリー風…というより、西部劇を連想させるような1曲です。

 全体を通して聴くと、ルーツ・ミュージックの音楽としての強度を感じる1作。多種多様な音楽を参照しながら、それらを消化したうえで、ファイアーウォーターのオリジナリティが加えられており、まとまりのあるアルバムに仕上がっています。また、ボーカルのパワフルかつ渋い声が、アルバムに一貫性を与えているとも思いました。

 オルタナ・カントリーとは一風変わった、オルタナ・ワールドミュージック、あるいはオルタナ民族音楽とでもいうべき作品だと思います。

 





Fugazi “In On The Kill Taker” / フガジ『イン・オン・ザ・キル・テイカー』


Fugazi “In On The Kill Taker”

フガジ 『イン・オン・ザ・キル・テイカー』
発売: 1993年6月30日
レーベル: Dischord (ディスコード)
プロデュース: Ted Niceley (テッド・ニスリー)

 ワシントンD.C.で結成されたバンド、フガジの3枚目のスタジオ・アルバムです。

 世代的にこのアルバムを聴いたのはリアルタイムではありません。これは僕の個人的な嗜好の話ですが、アメリカのインディーズを意識的に聴き始めたころ、ソニック・ユースやアニマル・コレクティブなど分かりやすくアート性を持ったバンドが好きで、ある時期までハードコアというジャンルに偏見があり、自分には必要ない音楽なんだろうと思い込んでいました。

 そんな意識を一変させ、「ディスコード」というレーベルのマークを、光り輝くメダルに見えるぐらいの変化をもたらしてくれたのが、フガジであり、このバンドを率いるイアン・マッケイ先生です。

 前口上が長くなりましたが、フガジのアルバムはどれも好きです。今作が特に好き、というわけではないですが、自分が初めて聴いたアルバムということで、思い入れはあります。

 ハードコアというとパワーコードを多用した速さを競うようなジャンルだという先入観があったのですが、まず今作は速さを追求したアルバムではありません。代わりに、音数を絞ったタイトで機能的なアンサンブルが、残響音まで聞こえるぐらい生々しく臨場感のあるサウンドで、展開されています。

 1曲目は「Facet Squared」。一聴すると、各楽器のサウンドもフレーズもシンプルで、すぐに耳コピできそうな曲に聞こえますが、とにかく迫力とコントラストが鮮烈で、かっこいい1曲。イントロのギターは単音を弾いているだけなのに、なんでこんなにかっこいいんだろう。

 再生時間0:47あたりからの、切れ味鋭いギターのサウンドも、鳥肌ものです。もっと音圧の高い、迫力のあるギター・サウンドっていくらでもあると思うんですが、シンプルに歪ませた音でジャカジャカとコードを弾いているだけなのに、これ以上ないぐらいの迫力。ロックのエキサイトメントを凝縮して抽出したような、純度の高さを感じる1曲。イアン・マッケイ先生のボーカルにも、鬼気迫るものがあります。。

 2曲目「Public Witness Program」は、テンション高く疾走する1曲。すべての楽器の音が硬質で、全体のサウンド・プロダクションにも、独特のざらついた質感があります。

 5曲目の「Rend It」は、イントロからバンドが塊になって聴き手に迫ってくる1曲。静寂と轟音のコントラストも鮮烈です。

 6曲目「23 Beats Off」は、6分を超えるアンサンブル重視の1曲。1曲の中でのギターのサウンド、全体の音量のレンジが広く、展開も多彩。

 アルバムを通して、臨場感のある生々しいサウンドと、エモーション溢れる演奏が、充満した1枚です。ボーカルの歌唱からも、もちろんエモーションが溢れていて迫力満点ですが、この作品の優れたところは、各楽器の音にも、怒りや苛立ちといった感情があらわれ、聴き手に迫ってくるところです。

 フガジのアルバムはどれも素晴らしい完成度で、この作品も安心してオススメできる1作です。

 





Fugazi “The Argument” / フガジ『ジ・アーギュメント』


Fugazi “The Argument”

フガジ 『ジ・アーギュメント』
発売: 2001年10月16日
レーベル: Dischord (ディスコード)
プロデュース: Don Zientara (ドン・ジエンターラ)

 ワシントンD.C.で結成されたバンド、フガジの6枚目のスタジオ・アルバムであり、現在のところ最後のアルバムです。

 フガジのアルバムからは、常にストイックな空気が漂います。サウンドとアレンジの両面において、無駄を極限まで削ぎ落とした、むき出しの音を発しているのがその理由と言えるでしょう。

 シングアロングできるメロコアが持つ爽快感や、スピード重視のハードコアが持つ疾走感とは、全く異質の魅力が本作『The Argument』、そしてフガジの音楽にはあります。(メロコアやハードコアが劣っている、という意味ではありません。念のため。)

 前述したとおり、とにかくストイック。切れ味鋭いむき出しの音が、こちらに迫ってくるアルバムです。圧倒的に音圧や音量が高いというわけではないのに、臨場感あふれる鬼気迫るサウンドが、充満したアルバムです。

 2曲目「Cashout」は、アンビエントなイントロから始まり、再生時間0:53から混じり気のない音色のドラムとギターが、響きわたります。前半は感情を抑えたように淡々と進み、再生時間2:55あたりからエモーションが爆発。3:13あたりから始まるサビでの、イアン・マッケイのボーカルは鳥肌ものです。

 3曲目「Full Disclosure」は、役割のはっきりした2本のギター、硬質なベース、臨場感あふれるドラム、感情むき出しのボーカル、その全ての音が生々しく、かっこいい1曲。

 8曲目の「Oh」は、ざらついた音色のギターとベースが、複雑に絡み合う1曲。

 9曲目「Ex-Spectator」は、イントロからドラムの立体的な音像がかっこいいです。ボーカルが入るまでのイントロが1分ぐらいありますが、いつまでも聴いていたいぐらいアンサンブルが良い。しかし、イアン・マッケイ先生のボーカルがこれまた良い!

 再生時間1:42あたりからの間奏も、立体的なアンサンブルが非常にかっこいいです。4分20秒ぐらいの曲ですので、まずは黙ってこの曲を聴いてください!と言いたくなるレベルの楽曲です。

 アルバムを通して聴いてみると、音を絞ることで緊張感を演出し、いざ音が鳴らされたときの迫力を増幅させていると感じました。

 また、フガジのアルバムの中でも、特に間を大切にしたアルバムであるとも思います。フガジのアルバムは、どれもクオリティ高く良盤揃い。この作品が、今のところラストなのが残念です。

 





Isotope 217 “Who Stole The I Walkman?” / アイソトープ217『フー・ストール・ジ・アイ・ウォークマン?』


Isotope 217 “Who Stole The I Walkman?”

アイソトープ217 『フー・ストール・ジ・アイ・ウォークマン?』
発売: 2000年8月8日
レーベル: Thrill Jockey (スリル・ジョッキー)

 シカゴのポストロック・バンド、トータス周辺のメンバーが結成したジャズ・バンド、アイソトープ217の3rdアルバム。

 これまでの2作で、ジャズとポストロックの融合を推し進めてきたアイソトープ217。本作『Who Stole The I Walkman?』でも、その方法論は基本的には変わっていません。

 彼らはジャズの要素をポストロック的な手法で、解体・再構築してきました。今作は、最もポストロック色の強い1作と言えます。

 ジャズのフレーズやリズムを、パーツとしてポスト・プロダクション的に組み立て直した1作目『The Unstable Molecule』。ジャズのグルーヴ感やダイナミズムと、音響的なアプローチが高度に融合した2作目『Utonian Automatic』。

 そして、3作目の本作は、もはやジャズとポストロックを、細切れに解体して再生された、全く新しい音楽を作りあげています。

 1曲目「Harm-O-Lodge」から、多種多様なサウンドとリズムが飛び交う、ジャンルレスで不思議な音楽が展開していきます。再生時間0:55あたりで、別の音源を切り貼りしたように、雰囲気が一変するところも新鮮。というより、実際にかなり大胆なポスト・プロダクションが施されているのだろうと思います。

 3曲目「Meta Bass」は、音の素材がそのまま漂うようなアンビエントな1曲。音響が前景化された曲であることは確かですが、徐々にビート感とグルーヴ感が生まれていきます。音響とアンサンブルが、不可分に融合したような感覚。

 7曲目「Moot Ang」は、ギターやトランペットのフレーズ、ドラムのリズムが、かみ合わないようでかみ合っていく展開。いわゆるポリリズムとは異なりますが、いくつものパーツから、有機的に新しい音楽が生まれていくような1曲。

 前述したとおり、アイソトープ217のアルバムの中で、最も斬新でジャンルレスな音楽が展開される1作です。前2作と比較すると、ある程度の難解さはあるかなぁ、とは思います。

 しかし、既存の音楽ジャンルを刷新する、ポストロックやポストジャズの一種として、とても刺激的な作品です。トータスが好きな方や、普段ポストロックを聴いている方には、違和感なく受け入れられる作品であると思います。

 





Isotope 217 “Utonian Automatic” / アイソトープ217『ユートニアン・オートマティック』


Isotope 217 “Utonian Automatic”

アイソトープ217 『ユートニアン・オートマティック』
発売: 1999年8月10日
レーベル: Thrill Jockey (スリル・ジョッキー)

 シカゴのポストロック・バンド、トータス周辺のメンバーが結成したジャズ・バンド、アイソトープ217の2ndアルバムです。

 前作『The Unstable Molecule』を単純化して説明するなら、ジャズのフレーズやサウンドを、ポストロック的な手法で再構築したアルバムでした。2作目となる本作は、矛盾するようですが、ジャズ色とポストロック色の両方が、より色濃くあらわれた作品です。

 どういうことかと言うと、前作ではあまり聴かれなかった、ダンス・ミュージックとしてのジャズのスウィング感が強まり、同時にポストロック的な、サウンドを切り貼りしコラージュする手法も、より強く出たアルバムということです。

 1曲目「LUH」のイントロからエンジン全開! 個人的に大好きな1曲です。1音目が鳴った瞬間から、かっこいい。エレクトリック期のマイルスの香りも漂いますが、リズム構造はよりわかりやすく、ロック的なノリでも聴ける1曲だと思います。前半は様々なサウンドとリズムが折り重なっていく、怒濤の展開。

 再生時間2:42あたりからは、嵐が過ぎ去ったあとのように、突如としてアンビエントな音像へ。そこから再び音が増えていく後半。後半はポストプロダクションを強く感じさせるサウンド。

 3曲目の「New Beyond」は、低音に重心を置いた、録音された音全体にエフェクトがかけられたような、不思議なサウンド・プロダクションを持つ1曲。

 4曲目「Rest For The Wicked」は、ワウとディレイのかかったギターらしき音が漂うイントロから、ベースとドラムがリズムを重ねていく展開。2分ちょっとの短い曲ですが、リズム隊からはジャズが香り、上モノからはエレクトロニカや音響系ポストロックが香る、このバンドらしい1曲。

 5曲目「Looking After Life On Mars」は、ノリノリで抜群のグルーヴ感。1曲目「LUH」に続いて、非常にわかりやすいかっこよさの1曲です。8分を超える曲で、再生時間5:40ぐらいまではジャズの要素が濃い、躍動感あふれる演奏が繰り広げられます。

 後半は、それまでのフレーズをサンプリングして再構築した、ミニマル・テクノのような展開。このバンドが持つ魅力と音楽性のレンジの広さが、凝縮された1曲だと思います。

 ジャズとポストロック、それぞれの要素が前作よりも色濃く、バンドとしての洗練を感じさせるアルバムです。ジャズ的なグルーヴ、音響的な心地よさなど、多面的な魅力があふれる1枚。

 これは心からオススメしたい作品です!