「ディスクレビュー」カテゴリーアーカイブ

Isotope 217 “The Unstable Molecule” / アイソトープ217『ジ・アンステイブル・モルキュール』


Isotope 217 “The Unstable Molecule”

アイソトープ217 『ジ・アンステイブル・モルキュール』
発売: 1997年11月4日
レーベル: Thrill Jockey (スリル・ジョッキー)

 シカゴのポストロック・バンド、トータス周辺のメンバーが結成したジャズ・バンド、アイソトープ217の1stアルバムです。

 トータスとメンバーが重なっていますし、所属も同じくスリル・ジョッキー。どうしても、ジャズ版トータスという先入観を持って聴いてしまうバンドです。(少なくとも僕は)

 では、どこがトータスと共通し、どこがトータスとは違うのか、そして実際どんな音が鳴っているのか、という視点でこのアルバムの魅力をお伝えしたいと思います。

 トータスといえば1998年発表の『TNT』で、本格的なハードディスク・レコーディングを導入し、大胆なポスト・プロダクションを施した、革新的なアルバムを作り上げました。『TNT』が発売されたのは1998年、本作が発売されたのは1997年ですが、本作にもポスト・プロダクションを意識したアプローチが随所に感じられます。

 ポスト・プロダクションを意識した製作過程はトータスとアイソトープで共通している、では両者のどこが異なっているのかといえば、音楽を構成する素材、実際に演奏されるフレーズです。

 単純化が過ぎることを承知で言えば、ポストロック・バンドであるトータスはロック的でないパーツを用いて音楽を作り上げ、アイソトープはジャズ的なフレーズやリズムを用いて音楽を作り上げるということです。

 1曲目の「Kryptonite Smokes The Red Line」は、ドラム、キーボード、ホーンがレイヤーのように重なる1曲。アルバム1曲目ということで、リスナーをアルバムの世界観にチューニングするような曲だと思います。

 2曲目「Beneath The Undertow」は、イントロのホーンがトリガーとなり、多層的なアンサンブルが繰り広げられる1曲。再生時間0:40あたりからのホーンのフレーズと、ドラムとパーカッションのリズムの重なり方など、レイヤー構造のようなポリリズム。再生時間1:55あたりからのトランペットのソロも良い。ジャズ版トータスと言いたくなる1曲。

 3曲目「La Jeteé」は、メローなジャズのようにも聞こえますが、音響が前景化したエレクトロニカのようにも聞こえる1曲。

 4曲目「Phonometrics」は、立体的なリズムが印象的。サウンドも生々しくレコーディングされており、臨場感あふれる1曲。

 5曲目「Prince Namor」は、スローテンポで音響的なアプローチの1曲。電子音の代わりにホーンを使用したエレクトロニカのような印象。

 6曲目「Audio Boxing」は、図太いサウンドのベースが空間を埋め尽くし、タイトなドラムが時間を切り刻む、濃密な1曲。全体の音の密度が高いです。

 ジャズ的なフレーズとリズム、サウンドを用いて、ポスト・プロダクションを意識したポストロック的な手法、音響を重視したエレクトロニカ的な手法を実践したアルバムのように思います。

 ジャズ版トータス、裏トータスとしての楽しみ方もできれば、ジャズとポストロックが高度に融合したアルバムとしても聴けるクオリティを備えた作品と言えます。

 





Dirty Projectors “Rise Above” / ダーティー・プロジェクターズ『ライズ・アバヴ』


Dirty Projectors “Rise Above”

ダーティー・プロジェクターズ 『ライズ・アバヴ』
発売: 2007年9月11日
レーベル: Dead Oceans (デッド・オーシャンズ)
プロデュース: Chris Taylor (クリス・テイラー)

 ニューヨーク市ブルックリンを拠点に活動するバンド、ダーティー・プロジェクターズの5枚目のアルバムです。

 本作は、ハードコア・パンクのレジェンド、ブラック・フラッグ(Black Flag)のアルバム『Damaged』を、バンドのリーダーであるデイヴィッド・ロングストレス(David Longstreth)が再解釈する、というコンセプト・アルバム。

 デイヴィッドは15年間『Damaged』を聴いておらず、記憶だけを頼りに解釈を試みています。本作のタイトル『Rise Above』は、ブラック・フラッグ『Damaged』の1曲目のトラック・タイトルです。

 そんな情報を抜きにして音楽のみを評価しても、カラフルかつエキセントリック、実験性とポップセンスが高度に融合したアルバムになっています。

 「おもちゃ箱をひっくり返したような」と形容することがありますが、このアルバムはまさにそれ。次々と楽しく奇妙な音が飛び出してきます。

 1曲目「What I See」から、早速おもちゃのようなチープでかわいらしいサウンド。バンド全体の音が、トイピアノのような質感をもっています。再生時間1:35からのジャンクでノイジーな展開も最高。

 2曲目の「No More」は、ゆったりしたドラムのイントロから、隙間の多いアンサンブルのなかをボーカルが漂う1曲。ボーカルはローファイな響きもありながらエモーショナル。

 4曲目の「Six Pack」は、イントロのヴァイオリンが印象的。加速と減速を繰り返し、展開がめまぐるしい1曲。しかし難解な印象はなく、ポップでかわいい曲です。こういうセンスが抜群。

 サイケデリックと呼ぶには親しみやすい、ローファイやジャンクと呼ぶにはカラフル過ぎる、極上のポップアルバム。サウンド的には、クリーントーンのギターが多用され、ギターポップに近い耳ざわりですが、アレンジはより実験的。

 前述したとおり、ブラック・フラッグのアルバムの再現ということになっていますが、原曲と比較してどうこうというより、このアルバム単体で楽しめる作品です。

 ブラック・フラッグがきっかけや動機付けとして機能したのは事実なんでしょうが、とにかくこのバンドのポップ・センスが浮き彫りになる1枚。デイヴィッド・ロングストレスは、本当に天才!

 こちらの作品は、現在のところデジタル配信はされていないようです…。





Codeine “Frigid Stars LP” / コデイン『フリジッド・スターズLP』


Codeine “Frigid Stars LP”

コデイン 『フリジッド・スターズLP』
発売: 1990年8月15日
レーベル: Sub Pop (サブ・ポップ)
プロデュース: Mike McMackin (マイク・マクマッキン)

 ニューヨーク出身のバンド、コデインの1stアルバム。ジャンルとしては、スロウコアにカテゴライズされる、というよりむしろ、スロウコアというジャンルの創始者とされることもあるバンドです。

 本作もスローテンポに乗って、物憂げなボーカルがたゆたい、音数を極力減らしたミニマリスティックなアンサンブルが展開されます。しかし、スカスカで味気ない作品かというと全くそんなことはなく、音量やスピードに頼らなくても、エモーショナルな音楽は作れる!と証明するようなアルバムです。

 曲によってはスロー再生をしている、あるいは逆再生なんじゃないかと思うぐらいスローテンポなのですが、その中にロックのダイナミズムが不足なく表現されています。

 音の少なさとスローテンポが、聴き手の熱量を奪うような、ひんやりとした質感を持っており、「極寒の星」というアルバム・タイトルも、本作の内容を示唆しているんじゃないかと思います。

 2曲目の「Gravel Bed」は、イントロでは何拍子がつかみにくいほどのスローテンポ。しかし、徐々にビート感が生まれ、感情を排したようなボーカルからは、切迫感が伝わります。伝えようとしているのは、絶望や悲しみといった感情でしょうか。

 3曲目「Pickup Song」は、音数を絞ったアンサンブルが展開されますが、再生時間0:41あたりで轟音ギターがなだれ込む、静寂から爆音へのコントラストは、後のポストロックを彷彿とさせます。

 5曲目の「Second Chance」は、ギターのノイジーなフィードバックが錯綜する隙間を探すように、ボーカルが淡々とメロディーを歌う1曲。静寂から轟音へ転化する時間的なコントラストではなく、同じ時間における質的なコントラストを生み出しています。

 音圧やスピードが表現するエモーションとは違った形で、違ったエモーションを表出するアルバム、と言ったらいいでしょうか。スローテンポで音数も絞り、時には静寂と爆音のコントラストによって、緊張感とスリルを演出しています。

 ボーカリゼーションによるところも大きいのですが、悲しみや切なさが前面に出た、独特の温度感を持ったアルバムです。

 





Zombi “Surface To Air” / ゾンビ『サーフェス・トゥ・エア』


Zombi “Surface To Air”

ゾンビ 『サーフェス・トゥ・エア』
発売: 2006年5月2日
レーベル: Relapse (リラプス)

 ペンシルベニア州ピッツバーグ出身のロック・デュオ、ゾンビの2ndアルバムです。ベースとシンセサイザー担当のスティーヴ・ムーア(Steve Moore)と、ドラムとシンセサイザー担当のA.E.パテラ(A.E. Paterra)からなる2人組。

 このグループが奏でる音楽は、ジャンルとしてはスペース・ロックやシンセウェーブにカテゴライズされることが多いのですが、なぜだかメタル系のレーベルであるリラプスと契約しています。

 本作『Surface To Air』で展開されるのは、うねるようなシンセの音と、タイトなリズム隊が絡む、複雑怪奇なアンサンブル。

 シンセサイザーらしい柔らかな音色が使用されていますが、もしかしたらアナログ・シンセが使用されているのかもしれません。音に独特の暖かみと太さがあります。

 3曲目の「Legacy」を例にとると、同じフレーズを繰り返すシンセを、正確なリズム隊が支え、徐々にアンサンブルが複雑さを増していく展開。

 シンセサイザーの音色にはエレクトロニカ、タイトで複雑なドラムにはポストロック、全体の幾何学的なリズム・デザインにはマスロック…を感じなくもないですが、そういったジャンル分けが無力化されてしまうほど、個性的で意味不明(ほめ言葉です)な音楽が繰り広げられます。

 一部のポストロックやマスロック・バンドが目指す、過激で複雑なアンサンブルを、シンセサイザーの音色を用いて鳴り響かせた。一言で説明するならば、そんな作品だと思います。

 他に似たような音を出しているバンドがいませんし(大量にいても困るけど笑)、個人的にはけっこうお気に入りのグループであり、アルバムです。

 こういうグループと契約するリラプスの柔軟性にも、ちょっと感心しました。

 





Dirty Three “Ocean Songs” / ダーティー・スリー『オーシャン・ソングス』


Dirty Three “Ocean Songs”

ダーティー・スリー 『オーシャン・ソングス』
発売: 1998年3月31日
レーベル: Touch And Go (タッチ・アンド・ゴー)
プロデュース: Steve Albini (スティーヴ・アルビニ)

 オーストラリア出身のインスト・バンド、ダーティー・スリーの4枚目のスタジオ・アルバムです。ジャケットのアートワークは、ギター担当のミック・ターナーによるもの。

 シカゴの名門タッチ・アンド・ゴーからのリリース、レコーディング・エンジニアをスティーヴ・アルビニが担当、デイヴィッド・グラブスがピアノとハーモニカで参加。この手のシカゴ系が好きな人には、たまらない布陣になっています。

 オーストラリアを代表するポストロック・バンドとも目されるダーティー・スリー。彼らの特徴はなんと言っても、メンバーにヴァイオリニストを有するところでしょう。ヴァイオリン、ギター、ドラムという基本布陣の3ピースバンドです。

 オーケストラの一部ではなく、3ピースバンドの一員として、ヴァイオリンが入っている例を他に知らないのですが、本作『Ocean Songs』を聴いて、絶妙のバランスの3ピースだと思いました。

 リズムを刻むドラム。時には単音でメロディーを、時にはコード弾きでハーモニーを作り出すギター。そして、アンサンブルの隙間を埋め、全てを包み込むようなヴァイオリン。個性の異なる3つの楽器による、時間と空間の埋め方、そのバランスが絶妙です。

 『Ocean Songs』というアルバム・タイトルに加えて、各トラックにも海にまつわる曲名がつけられ、コンセプト・アルバムのような一貫性を持つ作品でもあります。

 例えば、2曲目「The Restless Waves」では、各楽器の奏でるリズム、そしてバンド全体の躍動が、寄せては返す波を連想させます。

 8曲目の「Black Tide」では、ときに穏やかに、ときに激しく流れる海流のような、フリーフォーム(のように感じられる)な演奏が展開されます。

 9曲目の16分を超える大曲「Deep Waters」、アルバムの最後を飾る10曲目の「Ends Of The Earth」なんて、曲名からどんな演奏が繰り広げられるのか想像しただけで、ワクワクしてきます。

 ただ「バンドにヴァイオリンを入れてみました」という類の音楽ではありません。前述したように、3つの楽器のそれぞれの特徴を生かし、補い合い、溶け合って、有機的なアンサンブルが形成される作品です。

 一般的には「ポストロック」のフォルダに入れられるバンドですが、ロックの先を目指した、非常にオリジナリティのある音を鳴らしていることは確かです。