「ポスト・ハードコア」カテゴリーアーカイブ

Rites Of Spring “Rites Of Spring” / ライツ・オブ・スプリング『ライツ・オブ・スプリング』


Rites Of Spring “Rites Of Spring”

ライツ・オブ・スプリング 『ライツ・オブ・スプリング』
発売: 1985年6月
レーベル: Dischord (ディスコード)
プロデュース: Ian MacKaye (イアン・マッケイ)

 のちにフガジ(Fugazi)に参加することになる、ギー・ピチョット(Guy Picciotto)とブレンダン・キャンティー(Brendan Canty)が在籍していたバンド、ライツ・オブ・スプリングの1stアルバムであり、唯一のアルバム。

 1985年に発売当時は、レコードのみでの発売でしたが、本作収録の12曲とEP『All Through A Life』収録の5曲をまとめて収録したものが、『End On End』というタイトルで、1991年にCD化されています。現在『Rites Of Spring』として、配信で販売されているもの、サブスクリプション・サービスで配信されているのは、いずれも『End On End』と同内容で17曲収録となっているようです。

 疾走感あふれる演奏と、感情を絞り出すようなヒリヒリするボーカルは、ハードコアの延長線上にあるのは間違いありません。しかし彼らの音楽は、メロディーの面ではハードコアの範疇におさまらない起伏があり、アンサンブルの面では後のフガジに繋がる複雑さと機能性を持ち合わせています。

 1曲目「Spring」は、切迫感のあるボーカルが、バンドともに疾走していく1曲。ですが、直線的にスピード重視で駆け抜けるのではなく、リズムが伸縮するようなメリハリがあり、各楽器とも見せ場があり、高いアート性を持った楽曲に仕上がっています。

 2曲目「Deeper Than Inside」は、1曲目以上に疾走感に溢れていますが、やはりこの曲も単純なリズムを繰り返すだけではなく、各楽器が絡み合うような、ねじれた部分があります。

 5曲目「All There Is」は、メロディアスなボーカルと、立体的なアンサンブルが、機能的に絡み合う1曲。波のように強弱をつけながら押し寄せるリズム隊に、ボーカルとギターが乗り、グルーヴ感と疾走感を生み出します。

 6曲目「Drink Deep」は、イントロから硬質なベースが曲を先導し、まとわりつくようなギターのロングトーンと、立体的なドラムが、多層的で複雑なアンサンブルを作り上げる1曲。ブチギレ気味のボーカルからはハードコア臭が漂いますが、演奏はポストロックに繋がる実験性を持っています。

 8曲目「Theme」は、クリーントーンのギターと、激しく歪んだギターが共生し、疾走していく1曲。スピード感はありますが、ギターの音作りとフレーズには、一般的なハードコアの範疇には入りきらない奥行きがあります。

 11曲目「Persistent Vision」は、疾走感があり、ハードコアの要素を多分に持っていますが、再生時間1:25あたりからのテープ・コラージュのようなアレンジなど、アヴァンギャルドな空気も持った1曲です。

 12曲目「Nudes」は、バンド全体がバウンドするような躍動感のある1曲。リズムのルーズなところとタイトなところがはっきりしており、立体感と一体感のあるアンサンブルが展開されます。

 たった1枚のアルバムのみを残して解散したバンドですが、ハードコアとエモコア、ポスト・ハードコアを繋ぐ存在として、重要なバンドだと言えるでしょう。また、余談ですが、カート・コバーン(Kurt Donald)は本作を、フェイバリット・アルバム50枚の30位に挙げています。





Nation Of Ulysses “Plays Pretty For Baby” / ネイション・オブ・ユリシーズ『プレイズ・プリティ・フォー・ベイビー』


Nation Of Ulysses “Plays Pretty For Baby”

ネイション・オブ・ユリシーズ 『プレイズ・プリティ・フォー・ベイビー』
発売: 1992年10月6日
レーベル: Dischord (ディスコード)
プロデュース: Ian MacKaye (イアン・マッケイ)

 ネイション・オブ・ユリシーズの2ndアルバムであり、解散前にリリースされた最後のスタジオ・アルバム。本作『Plays Pretty For Baby』が発売された1992年にバンドは解散しますが、当時3rdアルバムを製作中であり、解散から8年後の2000年に、3rdアルバム用に完成していた6曲にライブ・トラックを加え、『The Embassy Tapes』として発売されます。

 1stアルバム『13-Point Program To Destroy America』で、トランペットの音色をアクセントに、ハードコアとフリージャズが融合したアヴァンギャルドな音楽を展開していたネイション・オブ・ユリシーズ。2ndアルバムとなる本作では、アート性と実験性がさらに色濃くなった、オリジナリティ溢れる音楽を展開しています。

 本作はLP盤では13曲収録ですが、CD盤では7インチEPとして発売されていた『The Birth Of The Ulysses Aesthetic』収録の3曲を追加し、計16曲が収録されています。

 1曲目の「N-Sub Ulysses」は、ドイツの哲学者・ニーチェの『ツァラトゥストラはかく語りき』(ツァラトゥストラはこう語った)の朗読から始まります。朗読に続き、多層的に音が重なる、バンドの複雑なアンサンブルがスタート。音程を細かく移動する、ギターのジグザグのフレーズが印象的。間奏に挟まれるトランペットの音色もアクセント。

 3曲目「The Hickey Underworld」は、ギターとトランペットが不穏に響くイントロから、ノイジーでアヴァンギャルドな演奏が展開される1曲。感情を吐き出すようなブチギレ気味のボーカルも、緊張感を演出します。

 4曲目「Perpetual Motion Machine」は、ノイジーで金属的な響きのギターが暴れまわり、前のめりに疾走する1曲。

 9曲目「Shakedown」は、ヴァースとコーラスの対比が鮮烈で、「Shakedown」という歌詞も耳に残る1曲。アルバム全体を通して言えることですが、ボーカルの存在感が大きいです。

 12曲目「S.S. Exploder」は、上から叩きつけるような軽快なドラムのイントロから、彼らの楽曲のなかでは比較的ストレートに疾走する1曲。各楽器が一体感を持って、アンサンブルが構成されます。

 サウンド・プロダクションの面では、ノイジーでガ60年代のレージ・ロックを感じさせる本作ですが、音楽性の面ではジャズやソウルからの影響を感じさせます。6曲目「50,000 Watts Of Goodwill」と14曲目「The Sound Of Jazz To Come」は、ジョン・コルトレーンの『A Love Supreme』を参照しているとのこと。「The Sound Of Jazz To Come」というタイトルからは、オーネット・コールマンの『he Shape Of Jazz To Come』も連想されます。

 トランペットを使用しているからジャズの影響を感じる、といことではなく、各楽器のリズムや全体のアンサンブルにおいて、直線的な8ビートはほぼ聞かれず、複雑で立体的な演奏を展開します。

 アヴァンギャルドで地下的な雰囲気と、ハードコア的なハイテンションが見事に融合した1枚。頭に「ポスト」がつくジャンルは、音楽性を固定化するのが困難ですが、本作はポスト・ハードコアの名盤と呼ぶにふさわしい作品だと思います。





Nation Of Ulysses “13-Point Program To Destroy America” / ネイション・オブ・ユリシーズ 『13ポイント・プログラム・トゥ・デストロイ・アメリカ』


Nation Of Ulysses “13-Point Program To Destroy America”

ネイション・オブ・ユリシーズ 『13ポイント・プログラム・トゥ・デストロイ・アメリカ』
発売: 1991年7月1日
レーベル: Dischord (ディスコード)
プロデュース: Ian MacKaye (イアン・マッケイ)

 1988年にワシントンD.C.で結成されたポスト・ハードコア・バンド、ネイション・オブ・ユリシーズの1stアルバム。バンド名の表記には、定冠詞の「The」が付いていたり、いなかったりしますが、この1stアルバムのジェケットでは、付いていません。

 結成当初はユリシーズ(Ulysses)というバンド名でしたが、1989年にギタリストのティム・グリーン(Tim Green)が加入した際、ネイション・オブ・ユリシーズへ改名しています。

 本作『13-Point Program To Destroy America』された翌年の1992年に、わずか4年の活動期間で解散してしまうバンドですが、ディスコードらしいスピード感と個性に溢れ、多大なインパクトを与えたバンドです。本作は、ディスコードの創始者、イアン・マッケイがプロデュースを担当し、疾走感と独特のねじれのあるポストハードコア・サウンドが鳴らされます。

 現代的なハイファイ・サウンドと比較してしますと、やや音圧不足に感じる方もいらっしゃると思いますが、それを上回るテンションが閉じ込められたアルバムです。特にボーカルとトランペットを担当するイアン・スベノーニアス(Ian Svenonius)の歌唱は、エモーショナルで鬼気迫るものがあります。また、アレンジメントは直線的なだけでなく、ノー・ウェーブ(No Wave)を彷彿とさせる実験性も多分に含んでいます。

 1曲目の「Spectra Sonic Sound」から、細かいリズムで、疾走感あふれる演奏が展開されます。絶叫するボーカルが、緊迫感をさらに演出。

 3曲目「Today I Met The Girl I’m Going To Marry」は、疾走感のある曲ですが、ビートが直線的ではなく、ところどころ足がもつれるように、複雑に駆け抜けていきます。自由で、投げやりな雰囲気のボーカルとのバランスも秀逸。

 4曲目「Ulythium」は、イントロからトランペットがフリーなフレーズを吹き、楽曲にアヴァンギャルドな空気を漂わせます。トランペットと、2本の歪んだギターが絡み合い、フリージャズとハードコアが融合したように疾走する1曲。

 12曲目「Target: USA」は、バンド全体が前のめりに疾走していく1曲。ボーカルも含め、波のようにバンドが躍動しながら迫ってきます。

 13曲目「Love Is A Bull Market」のタイトルは、フランク・シナトラのアルバム『Love is a Kick』にインスパイアされているとのこと。楽曲は、各楽器が回転するような、うねりのあるフレーズが絡み合う、一体感のある曲。

 あえてジャンル分けするならば、ハードコアあるいはポスト・ハードコアに入れられる音楽性を持ったバンドですが、前述したとおり本作にはアヴァンギャルドな空気も多分に漂い、フリージャズからの影響も聞こえます。

 トランペットの音もアクセントとなり、スピード感やギターの激しさのみを重視したバンドとは一線を画した音楽を鳴らすバンドです。ディスコード所属のバンドは、ハードコアを下敷きにしながら、オリジナリティ溢れる豊かな音楽性を持ったバンドが多く、非常にディグしがいがあります。





I Am Ghost “Those We Leave Behind” / アイ・アム・ゴースト『ゾーズ・ウィ・リーヴ・ビハインド』


I Am Ghost “Those We Leave Behind”

アイ・アム・ゴースト 『ゾーズ・ウィ・リーヴ・ビハインド』
発売: 2008年10月7日
レーベル: Epitaph (エピタフ)
プロデュース: Paul Leavitt (ポール・リーヴィット)

 ボーカルのスティーブン・ジュリアーノ(Steven Juliano)が、音楽系SNSのMyspace上でメンバーを募り、2004年にカリフォルニア州ロングビーチで結成されたバンド、アイ・アム・ゴーストの2ndアルバム。

 結成時および1stアルバム製作時は6人編成で、女性バイオリニストを擁する事でも話題になりましたが、2007年6月に健康上の問題を理由に、バイオリンのケリス・テレスタイ(Kerith Telestai)が脱退。さらに、ケリスの夫でベースを担当していたブライアン・テレスタイ(Brian Telestai)も脱退します。

 さらに、ギター、ベース、ドラムにもメンバー交代があり、1stアルバム時のメンバーは、ボーカルのスティーブン・ジュリアーノ(Steven Juliano)と、リードギターのティモテオ・ロサレス3世(Timoteo Rosales III)の2名のみ。5人編成で、今作のレコーディングに臨んでいます。

 バイオリンのケリス・テレスタイは脱退してしまいますが、今作でもバイオリンとチェロのサポート・メンバーを迎えているため、編成楽器上の差異はありません。しかし、メンバーが3人も交代していることもあり、音楽面では変化が聞き取れます。

 メタル的なテクニカルな演奏と、ゴシック・パンク的な世界観、パンク的なキャッチーなメロディーが同居しているのは、前作と共通していますが、アンサンブルはややシンプルに落ち着いた印象。前作の方が、複雑で立体的なアンサンブルが構成されていましたが、今作の方が疾走感重視の流れるような演奏になっています。

 この変化は、メンバー交代によるものなのか、主導的な立場であるスティーブン・ジュリアーノの志向の変化なのかは、わかりません。いずれにしても、前作より劣っているということでも、全く同じということでもなく、多種多様なジャンルを消化した、アイ・アム・ゴーストらしいポスト・ハードコアが展開されているのは確かです。

 前作も1曲目がイントロダクション的なトラックが収録されていましたが、今作の1曲目「Intro: We Dance With Monsters」も、女性の囁き声とピアノが重なる、40秒ほどのイントロ的トラックです。曲目にも「Intro」と付いていますね。

 1曲目からシームレスに繋がる2曲目の「Don’t Wake Up」は、アップテンポの疾走感あふれる1曲。イントロの滑らかに歌うようなギターとベースが、加速感を演出しています。

 3曲目「Those We Leave Behind」は、ボーカルのシャウトと、ギターのリズムのタメが、鬱屈した感情と、その解放をあらわしているかのような曲。

 7曲目「Smile Of A Jesus Freak」は、イントロの地を這うようなベース・ラインから始まり、タイトなリズムのギターと、流れるような歌のメロディーが、疾走していく1曲。再生時間0:39あたりからのベースなど、曲を加速させるフックが随所にあります。

 13曲目「They Always Come Back」は、演奏もボーカリゼーションも、パンク色の濃い爽やかな1曲。少なからずメタルやゴシックの要素を感じさせるバンドですが、この曲にはゴシック要素は無く、青空の下で歌い上げるような開放感のあるサウンドとメロディーです。

 1stアルバム時から、2年しか経っていないものの、多数のメンバー交代を経たあとの2ndアルバム。音楽面では、ゴシックとパンクがきちんと消化された上で融合した前作の良さは引き継ぎつつ、今作はより疾走感を重視したアルバムのように感じました。

 「ポスト・ハードコア」という言葉でくくってしまうと、あまりにも言葉の意味が広く、抜け落ちるものが多いですが、様々なジャンルを参照しつつ、自分たちオリジナルの音楽を作りあげるアイ・アム・ゴーストは、まさにポスト・ハードコア的なバンドだと言えるでしょう。

 





I Am Ghost “Lovers’ Requiem” / アイ・アム・ゴースト『ラヴァーズ・レクイエム』


I Am Ghost “Lovers’ Requiem”

アイ・アム・ゴースト 『ラヴァーズ・レクイエム』
発売: 2006年10月10日
レーベル: Epitaph (エピタフ)
プロデュース: Michael “Elvis” Baskette (マイケル・”エルヴィス”・バスケット)

 2004年にカリフォルニア州ロングビーチで結成されたバンド、アイ・アム・ゴーストの1stアルバム。ボーカルを務めるスティーブン・ジュリアーノ(Steven Juliano)が、音楽系SNSのMyspace(マイスペース)を使ってメンバーを募集したというのが、なんとも現代的。

 本作『Lovers’ Requiem』レコーディング時は6人編成で、バイオリンを担当するメンバーが在籍しているのが特徴。正規メンバーにバイオリニストがいることも示唆的ですが、ゴシックな雰囲気が漂い、メタルからの影響を感じさせるテクニカルな部分、ハードコアからの影響を感じさせる疾走感あふれる部分が、絶妙にブレンドされた音楽が展開されます。

 アメリカを代表するパンク系レーベル、エピタフ所属バンドらしいスピード感と、メタルやゴシックの壮大な世界観が、無理なく融合した1作とも言えるでしょう。

 また、前述したバイオリン担当のケリス・テレスタイ(Kerith Telestai)で、コーラスも務めており、男女混声のコーラスワークも音楽に厚みと奥行きを加えています。(ケリス・テレスタイ以外にも、サポートで女性ボーカルを加えているようですが)

 2分足らずのイントロダクション的な1曲目「Crossing The River Styx」は、荘厳なコーラスワークとストリングスが、まさにレクイエムのように響く、神聖な雰囲気の1曲。

 2曲目「Our Friend Lazarus Sleeps」は、流れるようなボーカルのメロディーと、メタル的なテクニカルなギターのアンサンブルが前面に出た、疾走感あふれる曲。再生時間1:41あたりからの、ベースとドラムのみになるところなど、展開もドラマチック。

 6曲目「Of Masques And Martyrs」は、イントロから激しく捻れるようなギターと、バイオリンが絡み合う、壮大な世界観を持った1曲。

 7曲目「Lovers’ Requiem」も、6曲目に引き続き、絡み合うギターとバイオリンが印象的。デスヴォイス的な歌唱と、エモ的な高らかに歌い上げるような歌唱が同居した1曲。

 12曲目「Beyond The Hourglass」は、クリーン・トーンのギターによるメロウなイントロから始まり、疾走感のある轟音のパートへと展開。アルバムの最後にふさわしく、リズムの切り替えなど、多様な展開がある、壮大な1曲です。

 日本盤には、13曲目にボーナス・トラックとして「The Malediction」が、収録されています。

 メタル的な様式美と、ゴシック的な世界観を持ちながら、エモやパンクを彷彿とさせる、ポップで親しみやすい歌メロが共存し、仰々しくなりすぎず、コンパクトにまとまったアルバムだと思います。

 前述したように正規メンバーとしてバイオリンがいるのですが、通しで聴いてみると、そこまで効果的にアクセントになっているわけでも、アンサンブルの中核を担っているわけでもないかな、というのが正直なところ。しかし、バンドとしては、それぞれの音楽的志向を持ち寄り、うまくまとめ上げられたバランスの良い作品であることは確かです。