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Asobi Seksu “Citrus” / アソビ・セクス『シトラス』


Asobi Seksu “Citrus”

アソビ・セクス 『シトラス』
発売: 2006年5月30日
レーベル: Friendly Fire (フレンドリー・ファイア)
プロデュース: Chris Zane (クリス・ゼイン)

 ニューヨーク拠点のシューゲイザー・バンド、アソビ・セクスの2ndアルバム。前作『Asobi Seksu』に引き続き、ブルックリンのインディーズ・レーベル、Friendly Fireからのリリース。

 音楽性も前作の延長線上と言える、シューゲイザーともドリームポップとも呼べるもの。すなわち、量感のある轟音ギターと、ウィスパー系の幻想的なボーカルが、不可分に溶け合った音楽が展開しています。

 また、前作のアルバム・ツアー後に、ベースのグレン・ウォルドマン(Glenn Waldman)と、ドラムのキース・ホプキン(Keith Hopkin)が脱退。今作では、ベースはハジ(Haji)、ドラムはブライアン・グリーン(Bryan Greene)が、その穴を埋めています。

 1曲目「Everything Is On」は、20秒弱のイントロダクション的役割のトラック。電子音を逆再生したような、アンビエントなサウンドが響きます。

 2曲目「Strawberries」が、実質アルバムの1曲目。軽快なギターのイントロに続き、リズム隊がハッキリとリズムを刻んでいきます。各楽器とも手数は少なく、リズムも比較的シンプルですが、バンドが一体の生き物のように有機的に組み合い、アンサンブルを作り上げていきます。

 3曲目「New Years」は、前のめりに疾走していく、パンキッシュな1曲。荒々しいアンサンブルと比例して、サウンド・プロダクションもノイジー。そのなかで、ささやき系のボーカルが浮かび上がります。

 4曲目「Thursday」は、4つ打ちを基本としたリズムの上に、音がレイヤー上に重なっていく1曲。音が増えたり減ったり、ビートが強くなったり、基本の4つ打ちを守りながら、メリハリのきいた展開。

 5曲目「Strings」は、ベースが中心となった隙間の多いアンサンブルの部分と、ビートの強い部分とのコントラストが、あざやかな1曲。

 6曲目「Pink Cloud Tracing Paper」は、イントロからノイズ的なサウンドが鳴り響く、アヴァンギャルドなポップ・ソング。

 7曲目「Red Sea」は、浮遊感と重層感が両立した、シューゲイザーらしい1曲。厚みのあるサウンドの中を漂うように、心地よいファルセットのボーカルがメロディーを紡ぎます。

 8曲目「Goodbye」は、押し寄せるドラムから始まる、ビートのハッキリしたロック・チューン。アンサンブルはシンプルかつコンパクトで、このバンドにしてはドラムの音量が大きく、ノリやすい演奏。

 9曲目「Lions And Tigers」は、ギターのフィードバックから始まり、段階的に楽器と音数が増加。大音量のギターが入るか、入らないかによって、巧みにコントラストを演出する1曲。

 10曲目「Nefi + Girly」は、唸りをあげるギターと、柔らかな電子音が溶け合う1曲。

 11曲目「Exotic Animal Paradise」は、おそらくシンセサイザーか打ち込みによるものだと思いますが、ストリングスのサウンドから始まる曲。その後もゆったりしたリズムに乗せて、柔らかなサウンドが空気を満たす、音響的なアプローチ。再生時間2:40あたりからは、分厚いギター・サウンドが押しよせます。

 12曲目「Mizu Asobi」は、激しく歪んだギターと、コンパクトなリズム隊、柔らかなキーボードの音色が溶け合い、リズムとサウンドの両面でメリハリのある1曲。

 アルバム全体をとおして、ところどころでメロディーが演奏に飲み込まれる、あるいは一体となります。メインの歌のメロディーよりも、サウンドが前景化する点は、圧倒的な量感のサウンドが押しよせる、シューゲイザーらしいアプローチと言えるでしょう。

 ただ、曲によってはビートが強かったり、アンサンブルを重視していたりと、音響のみが前に出ているわけではなく、オルタナティヴ・ロック的なアプローチも、随所で聞こえます。

 2018年12月現在、Amazon、Apple、Spotifyの各種サブスクリプション・サービスでの配信、およびデジタルでの販売はされていないようです。

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Asobi Seksu “アソビ・セクス” / Asobi Seksu『アソビ・セクス』


Asobi Seksu “アソビ・セクス”

Asobi Seksu 『アソビ・セクス』
発売: 2004年5月18日
レーベル: Friendly Fire (フレンドリー・ファイア)
プロデュース: Will Quinnell (ウィル・クィネル)

 ニューヨーク拠点のシューゲイザー・バンド、アソビ・セクスのデビュー・アルバム。2002年にセルフリリースされた後、2004年にブルックリンのインディーズ・レーベル、Friendly Fireよりリリースされています。

 バンドの始まりは2001年。ボーカルとキーボードを担当するユキ・チクダテ(Yuki Chikudate)と、ギタリストのジェームス・ハンナ(James Hanna)が出会います。その後、ベースのグレン・ウォルドマン(Glenn Waldman)と、ドラムのキース・ホプキン(Keith Hopkin)を加え、4人編成へ。

 当時はアソビ・セクスではなく、スポートファック(Sportfuck)と名乗り、同バンド名義でEPを自主制作。その後アソビ・セクスに改名し、本作をリリースしています。ちなみにバンド名の由来は「play sex」を日本語にしたそうで…。

 ユキ・チクダテは、日本生まれの日本人。4歳のとき家族と共に、南カリフォルニアへ移住し、その後16歳のときに単独でニューヨークへ引っ越しています。

 シューゲイザーあるいはドリーム・ポップに分類されることの多いアソビ・セクス。彼らの奏でる音楽は、すべてを押し流すような分厚いサウンドと、浮遊感のあるボーカルが溶け合い、確かにどちらのジャンルとも言える質を備えています。

 また、前述のとおりボーカルのユキ・チクダテは日本出身。そのため、一部の楽曲は歌詞が日本語で綴られ、日本語ネイティヴの者にとっては親しみやすいでしょう。

 1曲目の「I’m Happy But You Don’t Like Me」では、早速歌詞が日本語で綴られています。トイピアノを思わせるチープでキュートなイントロから始まり、シンプルかつコンパクトな8ビート、さらには押しよせる轟音ギターへと展開する、振れ幅の大きな1曲。

 2曲目「Sooner」は、はずむようなドラムと電子音によるイントロに続き、エフェクターの深くかかったギターサウンドが押し寄せる、マイブラ色の濃いシューゲイザー。厚みのあるギターと溶け合いながら、ささやき系のボーカルが、流れるようなメロディーを紡いでいきます。ボーカルのメロディーと、ギターを中心としたバンド・サウンドが不可分に溶け合い、音楽と一体となるような心地よさがあります。

 3曲目「Umi De No Jisatsu」は、タイトルのとおり、1曲目に続いて日本語詞。ねじれたバネが飛び跳ねるようなギターのイントロに続いて、躍動的なアンサンブルが展開します。イントロ以外も、再生時間0:44あたりからの伸縮するようなサウンドなど、ギターの音作りとフレーズが個性的。

 4曲目「Walk On The Moon」は、ボーカルとバンドサウンドが対等、あるいはバンドの方が前景化したここまでの3曲に比べると、ボーカルのメロディーが前に出た1曲。ボーカリゼーションも、ささやき系ではなく、伸びやかな声を響かせています。

 6曲目「Taiyo」は、またまた日本語詞。タイトルは日本語の「太陽」です。ボーカルもアンサンブルも軽やかで、フレンチポップのような趣があります。

 7曲目「It’s Too Late」は、ゆったりとしたテンポに乗せて、波紋が広がるように音楽が空間を満たしていく1曲。ギターには空間系のエフェクターがかけられ、ボーカルはファルセットを用いた高音ながら、耳に刺さらない心地よさ。前半は透明感のあるサウンド・プロダクションですが、再生時間3:15あたりから折り重なるようにギターが入ってくると、音の壁と呼びたくなる厚みのあるサウンドが立ち上がります。

 8曲目「End At The Beginning」は、やや遅めのテンポに乗せて、だらっとしたアンサンブルが展開。足を引きずるように、すべての楽器が遅れて聞こえる、タメをたっぷりと取った演奏です。音数が少なく、ローファイ感の漂う前半から、徐々にギターが音に厚みを加えていきます。だらっとしたアンサンブルの中で、隙間を縫うように動きまわるベースラインも印象的。

 9曲目「Asobi Masho」は、イントロからギターがノイジーに唸りをあげる、アヴァンギャルドな1曲。音作りはアルバム中でもトップクラスに実験的なのに、同時に脳天気なほどのポップさも共存。「遊びましょ」というフレーズが、耳から離れなくなります。

 アルバムの最後に収録される11曲目「Before We Fall」は、アコースティック・ギターがフィーチャーされています。さらにユキ・チクダテではなく、ジェームス・ハンナがメイン・ボーカルを務め、その点でも他の曲とは異なる聴感。最後まで轟音ギターが押しよせることもなく、歌が中心に据えられた穏やかな1曲。

 ノイジーなギターも多用されていますが、ファルセットを駆使したボーカルは幻想的。先述したとおり、シューゲイザーとも、ドリームポップとも言えるサウンドを持った1作です。

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TV On The Radio “Desperate Youth, Blood Thirsty Babes” / TV オン・ザ・レディオ『デスパレイト・ユース・ブラッドサースティー・ベイブス』


TV On The Radio “Desperate Youth, Blood Thirsty Babes”

TV オン・ザ・レディオ 『デスパレイト・ユース・ブラッドサースティー・ベイブス』
発売: 2004年3月9日
レーベル: Touch And Go (タッチ・アンド・ゴー)
プロデュース: Chris Moore (クリス・ムーア), Paul Mahajan (ポール・マハジャン)

 ニューヨーク・ブルックリンを拠点に活動するバンド、TV オン・ザ・レディオの1stアルバム。

 北米ではタッチ・アンド・ゴー、ヨーロッパでは4ADと、それぞれ英米の名門インディー・レーベルよりリリース。

 バンドが結成されたのは2001年。当時は、ボーカルを務めるトゥンデ・アデビンペ(Tunde Adebimpe)と、ギターやサンプラーなど複数の楽器を操るデイヴィッド・シーテック(David Sitek)からなる2人組。

 2002年には、このデュオ編成で『OK Calculator』を自主制作でリリースしています。2003年にはギターのカイプ・マローン(Kyp Malone)をメンバーに迎え、3人編成へ。2004年にリリースされた本作が、レーベルを通してリリースされる初アルバムとなります。

 前述の『OK Calculator』というアルバム・タイトル。ピンとくる方も多いと思いますが、90年代後半からのロックを牽引するバンド、レディオヘッド(Radiohead)のアルバム『OK Computer』を意識したタイトルです。

 しかし、音楽的には必ずしもレディオヘッドに近いわけではありません。レディオヘッドの音楽に近いというより、バンドのフォーマットで実現できる音楽の限界へと挑む、その姿勢を参考にしているのでしょう。

 トライバルなリズムや、電子的なサウンドなどをバンドのフォーマットに落としこみ、オリジナリティ溢れる音楽を作り上げています。

 個人的には、こういう手の届く範囲でクリエイティヴィティを爆発させたバンド・サウンドが大好きです。

 1曲目「The Wrong Way」ではイントロからサックスが用いられ、フリージャズのような雰囲気から始まります。野太くリズムを刻むベース、シンプルながらポリリズミックなドラムが加わり、グルーヴ感と実験性が共存する音楽が展開。多様なジャンルの要素を、バンドのフォーマットに落としこむセンスは、ブラック・ミュージック版のレディオヘッドと呼びたくもなります。

 2曲目「Staring At The Sun」は、幻想的なコーラスワークが印象的な、ハーモニーが前景化した1曲。ですが、厚みのあるハーモニーの奥からは、リズム隊の強靭なビートが響き、立体的なアンサンブルを構成していきます。

 3曲目「Dreams」では、イントロから心臓が鼓動を打つようにドラムがリズムを刻みます。手数は少ないものの効果的にグルーヴを下支えするリズムを構成。

 5曲目「Ambulance」は、バックでかすかに聞こえるフィールドレコーディングと思しきサウンド以外は、声のみで構成される1曲。立体的で凝ったアンサンブルが作り上げられますが、ベース部分を担う「ドゥンドゥンドゥン…」というフレーズなど、コミカルな雰囲気も併せ持っています。

 6曲目「Poppy」は、電子的なサウンドのリズム隊の上に、厚みのあるギターサウンドが重なる1曲。最初は淡々と刻まれていたビートが、徐々に立体的に発展。ギターの分厚いサウンドに、さらにリズム面での立体感が加わります。前曲に続き、再生時間2:30あたりからは声のみのアンサンブルが挟まれ、コントラストも演出しています。

 8曲目「Bomb Yourself」は、地を這うようなベースラインに、他の楽器が絡み合うようにアンサンブルが展開。断片的なフレーズのように聞こえていた各楽器が重なり、いつの間にかグルーヴ感にあふれた演奏へと発展しています。アヴァンギャルドなギターの音作りとフレーズも、アクセントとして楽曲を彩っています。

 9曲目「Wear You Out」では、イントロから鳴り響くトライバルなドラムのリズムに、ボーカルの流麗なメロディーが重なります。音数が少なく、ミニマルな前半から、サックスや電子音が加わり、多様な音が行き交うカラフルな後半へと展開。リズムとメロディーの両者が、じわじわとリスナーの耳をつかんでいく1曲です。

 10曲目「You Could Be Love」。この曲はレコードおよびデジタル版のみに収録。ですが、ボーナス・トラック扱いにしておくには、もったいないぐらいの良曲です。適度に揺らぎのある、立体的なバンドのアンサンブル。徐々に躍動感を増していく展開。ブラック・ミュージックが持つ粘っこいグルーヴ感が、コンパクトなバンドのフォーマットに収められ、インディー・ロックとニューソウルの融合とでも言いたくなる1曲です。

 ちなみにデジタル版には、さらにボーナス・トラックとして11曲目に「Staring At The Sun」のデモ・バージョンを収録。

 デイヴィッド・シーテック以外は、アフリカにルーツを持つメンバーが集ったTVオン・ザ・レディオ。白人男性が多いUSインディーロック界において、それだけでも異彩を放つ存在です。(人口比率から考えて、当然な部分もありますが…)

 もちろん、ただアフリカ系アメリカ人がやっているバンドだという話題性だけでなく、音楽自体もブラック・ミュージックからの影響が、コンパクトにロック・バンドのフォーマットに落とし込まれていて個性的。

 本作でも、ヒップホップやジャズの要素が、あくまでギター、ベース、ドラムを中心としたバンドのかたちに収められ、ファンキーなグルーヴ感と、ロック的なダイナミズムが共存しています。

 もっとカジュアルに説明すると、肉体的な演奏と、音楽を組み立てるクールな知性が、両立しているとでも言ったらいいでしょうか。天然でゴリゴリにグルーブしている部分と、音楽オタクが巧みに組み上げた緻密さが、ともに音楽から溢れ出ています。

 先にレディオヘッドを引き合いに出しましたが、現代音楽やプログレッシヴ・ロックの要素を5人組のバンドの枠組みに落としこむレディオヘッドと同じく、TVオン・ザ・レディオも各種ブラック・ミュージックの要素を、バンド・フォーマットに落としこんでいる、とも言えるでしょう。

 「アート・ロック(art rock)」とも称される彼らの音楽。まさに「アート」の名に恥じない、知性と情熱を備えたバンドです。

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The Drums “Abysmal Thoughts” / ザ・ドラムス『アビスマル・ソウツ』


The Drums “Abysmal Thoughts”

ザ・ドラムス 『アビスマル・ソウツ』
発売: 2017年6月16日
レーベル: ANTI- (アンタイ)
プロデュース: Jonathan Schenke (ジョナサン・シェンケ)

 ニューヨーク出身のインディーロック・バンド、ザ・ドラムスの4thアルバム。エピタフの姉妹レーベルであり、ジャンルを超えてオルタナティヴな作品を手がける、アンタイからのリリース。

 2008年に、ニューヨークのブルックリンで結成。2010年の1stアルバム『The Drums』リリース時は、4ピース・バンドだったザ・ドラムス。

 しかし、2010年にギターのアダム・ケスラー(Adam Kessler)、2012年にドラムのコナー・ハンウィック(Connor Hanwick)、2017年にはシンセサイザーのジェイコブ・グラハム(Jacob Graham)が脱退。

 そのため、本作リリース時のメンバーは、ジョナサン・ピアースのみ。部分的にグラハムが参加している楽曲もありますが、ほとんど彼のソロ・プロジェクトとなっています。

 サポート・メンバーも招いてはいますが、ピアース自身がギター、ベース、ドラム、シンセサイザー、各種パーカッションなど、多くの楽器を担当。

 ただ、多くの楽器を担っているからといって、1人が頭の中で作りあげた閉塞感や、箱庭感のあるアルバムかというと、そうでもありません。

 元々ゴリゴリのグルーヴよりも、軽やかな疾走感を特徴としていたザ・ドラムス。バンドでありながら、サウンド・プロダクションにも、アンサンブルにも宅録感があったので、1人になったところで、その魅力は損なわれないということなのでしょう。

 同時に、フロンロマンを務めるジョナサン・ピアースの影響が、大きな比率を占めていたバンドなのだな、とも思います。むしろ、1人になった本作の方がアンサンブルが有機的で、バンド感が強いのではないかとすら感じます。

 サウンド・プロダクションにおいても、80年代ニューウェーヴを彷彿とさせるシンセ・サウンドは、やや控えめ。よりソリッドな音像となっています。とはいえ、一般的な感覚から言えば、十分にソフトなサウンド。

 いずれにしても、メンバーが1人になったからといって、音楽性が大きく変わることもなく、これまでのザ・ドラムスらしさを多分に含んだ1作です。

 1曲目「Mirror」は、音数が少なくスペースの多いアンサンブルの中で、ボーカルが際立つ1曲。各楽器のフレーズもシンプルですが、0:50あたりから入る調子ハズレに聞こえるベース音が、耳に引っかかるフックになっています。

 2曲目「I’ll Fight For Your Life」では、イントロから増殖するようなシンセのフレーズにギターが重なり、レイヤー状に厚みを増すアンサンブルが展開。ドラムのリズムは気持ちいいぐらいにシンプルで、軽やかな疾走感を生んでいます。

 3曲目「Blood Under My Belt」は、コーラスワークも含め、立体的なアンサンブルの1曲。

 4曲目「Heart Basel」は、イントロから徐々に楽器と音数が増えていき、四方八方から音が飛び交う、にぎやかなアンサンブルへと発展。この曲も、各楽器とも音を詰め込みすぎず、スペースを保ちつつ、ゆるやかにバウンドするような躍動感あふれる演奏となっています。

 8曲目「Are U Fucked?」は、リバーブの効いたギターと、まわりで鳴る各種パーカッションの音色が耳に残る、浮遊感のある1曲。全体のサウンド・プロダクションが柔らかく、各楽器のフレーズと音作りには意外性があり、ほのかにサイケデリックな空気が漂います。

 10曲目「Rich Kids」は、奇妙なサウンドのイントロから始まり、タイトに絞り込まれた、疾走感のある演奏が展開。その後もファニーなサウンドとフレーズが随所で顔を出し、ノリの良さと、アヴァンギャルドな空気が共存した1曲です。

 アルバム表題曲であり、ラスト12曲目の「Abysmal Thoughts」は、各楽器のフレーズがリズムをずらしながら折り重なる、立体的なアンサンブルが魅力の1曲。

 前述したとおり、アルバム全体をとおして過度に音を詰めこまず、スペースに余裕のあるアンサンブルが展開される1作です。

 サウンド・プロダクションもソフトで、どちらかというとローファイ寄り。ですが、アンサンブルの隙間と、柔らかなサウンドが揺らぎを際立たせ、ゆるやかな躍動感をともなった音楽を作り上げていきます。

 前述したとおり、ジョナサン・ピアースが多くの部分を作り上げた本作。すべてが彼の思いどおりにコントロールされたため、コンパクトでありながら、躍動感をともなった演奏を、実現できたのではないかと思います。

 圧倒的な音圧やグルーヴ感で押すわけではないのに、いつの間にか体が動き出す、音楽的フックをいくつも持ったアルバムです。

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Bear Hands “Distraction” / ベアー・ハンズ『ディストラクション』


Bear Hands “Distraction”

ベアー・ハンズ 『ディストラクション』
発売: 2014年2月18日
レーベル: Cantora (カントラ)
プロデュース: Jake Aron (ジェイク・アロン), Yale Yng-Wong (イェール・イン・ウォン)

 ニューヨーク市ブルックリンで結成されたポストパンク・バンド、ベアー・ハンズの2ndアルバム。

 ダンサブルで、ポスト・パンク・リバイバル色の濃かった前作と比較すると、よりエレクトロニカ色の強くなった1作。シンセサイザーによる電子音が用いられているのは、前作と共通していますが、パーティー感のある鮮やかな音色が多い前作に対して、本作ではよりシンプルでシリアスな雰囲気の音色が選択されています。

 1曲目「Moment Of Silence」は、電子的な多種多様なサウンドが飛び交うなかを、ボーカルがメロディーを紡いでいく1曲。前半はまわりの音数が少なく、ボーカルが際立つアレンジですが、再生時間2:05あたりからラストまで、ドラムをはじめ躍動感に溢れた演奏に切り替わります。

 4曲目「Bone Digger」は、イントロから、シンセサイザーと思しき音がタイトにリズムを刻み、ボーカルも感情を抑えたクールな歌唱。その後、ベースとドラムが入ってきても、無駄の無いタイトなアンサンブルが続きます。

 5曲目「Vile Iowa」は、空間系エフェクターを用いたギターの穏やかなコード・ストロークに合わせて、囁き系のボーカルが重なるイントロから始まり、歪んだギターが波のように、押し寄せては引いていく1曲。

 6曲目「Bad Friend」は、メロウな曲が続く本作にあって、イントロはビートのはっきりした疾走感のある1曲。ボーカルが入ってくると、ベースとドラムのみの無駄を極限まで省いた、シンプルなアレンジへ。

 7曲目「The Bug」は、パワフルに太い音でレコーディングされたリズム隊を中心に、立体的なアンサンブルが構成される1曲。過度にグルーヴしないように注意しているのかと思うほど、パワフルなサウンドに対して、タイトでクールな演奏。

 8曲目「Peacekeeper」は、歯切れの良いギターのイントロに続いて、疾走感あふれる演奏が展開される1曲。リズムが前のめりに突っ走る部分と、叩きつけるように四分音符を刻む部分のコントラストが鮮やか。

 シンセとギターが共存し、ビートの効いた音楽性は、前作と同じくポストパンクの範疇に入るはずですが、一聴したときの印象は大きく異なります。

 リズムとアンサンブルの面では、立体的でダンサブルな前作に比べると、本作は装飾は控えめに、リズムに遊びが無くなりタイトに絞り込まれています。

 また、サウンド・プロダクションの面では、音色をあえて地味にしたような、ダークというと語弊がありますが、クールでシリアスな空気感を持ったアルバムとなっています。

 2018年7月現在、本作はSpotify、Apple Music等でのデジタル配信はされていません。