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Hüsker Dü “New Day Rising” / ハスカー・ドゥ『ニュー・デイ・ライジング』


Hüsker Dü “New Day Rising”

ハスカー・ドゥ 『ニュー・デイ・ライジング』
発売: 1985年1月31日
レーベル: SST (エス・エス・ティー)
プロデュース: Spot (スポット)

 ミネソタ州セントポール出身のバンド、ハスカー・ドゥの1985年リリースの3rdアルバムです

 ハードコアの伝説的なバンド、ハスカー・ドゥ。本作『New Day Rising』は、疾走感とエモーション溢れるバンドのアンサンブルと、空間系のエフェクターを使用した、独特の厚みのあるディストーション・ギターが特徴の1枚。

 おそらくギターは、コーラスかディレイを使ったのだろうと思いますが、激しく歪みながらも、開放的で爽やかな音色も併せ持つ、魅力的なサウンドを響かせています。

 現代的なハイファイな音から比較すると、音圧不足に感じる部分はあるものの、疾走感あふれるバンドのアンサンブルと、唯一無二のボーカルは今聴いても刺激的です。これが1985年のインディーズ・シーン!という空気が充満しています。

 1曲目の「New Day Rising」。独特のドタバタ感と立体感のあるドラム、前述したようにコーラスとディストーションのバランスが良いギター、飾り気ないベースの音とフレーズ。そして、若さ溢れるエモーショナルなボーカル。その全てが一丸となって駆け抜けていく、アルバムの幕開けにふさわしい1曲です。

 今聴くとチープに感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、そんなことはどうでもいいんだよ!と言わんばかりのパワーをほとばしっています。

 2曲目「The Girl Who Lives On Heaven Hill」は、こちらも独特な厚みのあるギター・サウンドが響く1曲。初期衝動を制御できず、勢いで突っ走るような、再生時間1:28あたりからのギター・ソロも最高。

 7曲目「Perfect Example」は、イントロからクリーントーンのギターがフィーチャーされ、バンド全体にコーラスかショート・ディレイがかかったような音像の1曲。バンドのサウンドは爽やかなギター・ロックのようでありながら、ボーカルは感情を抑えたように低音で歌い、物憂げな空気を醸し出しています。

 現代的な音圧の高いサウンドから比較すると、チープでローファイな印象を持つのは事実ですが、この時代にしかない空気感を閉じこめた1作だと思います。僕も世代的にリアルタイムではなく後追いですが、音圧の低さなど気にならなくなるぐらいの魅力があります。

 むしろ、このサウンドでないと、この独特の厚みのある音は表現できないよな、とも思います。とにかくフレッシュな、音楽を愛する気持ちがそのままサウンドに変換されたかのような1作です!

 





Big Black “Songs About Fucking” / ビッグ・ブラック『ソングス・アバウト・ファッキング』


Big Black “Songs About Fucking”

ビッグ・ブラック 『ソングス・アバウト・ファッキング』
発売: 1987年9月10日
レーベル: Touch And Go (タッチ・アンド・ゴー)

 現在はプロデューサー(レコーディング・エンジニア)として有名なスティーヴ・アルビニ(Steve Albini)が、1981年に結成したバンド、ビッグ・ブラック。本作はビッグ・ブラックの2ndアルバムです。

 ビッグ・ブラックにはドラマーがおらず、代わりに「E-mu Drumulator」というドラム・マシーンを使用しています。ドラム・マシーンがリズムを刻み、ベースが下を支え、その上を2本のギターが暴れまわるというのが、このバンドの基本構成。本作『Songs About Fucking』でも、画一的なドラムのビートの上を、金属的なサウンドの歪んだギターが、存分に暴れます。

 前述したように、現在ではプロデューサーとして有名なスティーヴ・アルビニ。彼がレコーディングするサウンドは、「スタジオの空気まで録音する」と評されることがありますが、本作のサウンドも無駄をそぎ落とし、ナイフのような鋭さがあります。

 1曲目「The Power Of Independent Trucking」から、フルスロットルの演奏が展開します。激しく歪みながら、無駄な倍音はそぎ落としたような、耳障りなギター。金属的なキーンとした響きが、耳に突き刺さります。

 2曲目「The Model」は、ややテンポを落とすことで、下品に歪んだ(褒め言葉です)ギターのサウンドをじっくりと堪能できます。本当に耳障りで、いわゆるハードロック的な重厚な歪みとは、一線を画したサウンド。

 4曲目「L Dopa」は、アップテンポの1曲。2本のギターが、溶け合いながら疾走します。6曲目「Colombian Necktie」も、なにがなんだかわからないぐらい歪んだギターのサウンドが、脳を揺さぶるような1曲。

 8曲目「Ergot」は、イントロから高音が耳障りに響く1曲。静と動を無理やりに行き来するような展開も素晴らしい。

 14曲目に収録されている「He’s A Whore」は、チープ・トリック(Cheap Trick)のカバー曲。レコード時代には未収録でしたが、CD化に際して追加収録されています。

 21世紀を迎えた現在のサウンドから比較すると、ドラム・マシーンのサウンドはチープに響きます。しかし、チープなサウンドの上をジャンクでノイジーなギターが暴れまわるバランスが、一度ハマると抜け出せなくなります。ジャンクで高カロリーなラーメンにハマる感覚と、近いかもしれません。

 僕自身は、ビッグ・ブラックは全くリアルタイムな世代じゃないのですが、それでもハマったので、時代を超えた普遍的魅力を、このアルバムは持っていると思います。ただ、誰にでもオススメできるかって言うと、そうでもないのが事実。

 一部に人には必ず刺さりますし、潜在的にはこの種の音楽を気にいる人って、もっといると思いますので、少しでも気になったら、ぜひとも聴いてみてください!

 





Slint “Tweez” / スリント『トゥイーズ』


Slint “Tweez”

スリント 『トゥイーズ』
発売: 1989年
レーベル: Jennifer Hartman (ジェニファー・ハートマン), Touch And Go (タッチ・アンド・ゴー)
プロデュース: Steve Albini (スティーヴ・アルビニ)

 1986年にケンタッキー州ルイヴィルで結成されたスリントの1stアルバム。1989年にジェニファー・ハートマンなるレーベルから発売され、その後1993年にシカゴの名門タッチ・アンド・ゴーから再発されています。ちなみにジェニファー・ハートマンというのは彼らの友人が運営するレーベルで、今作が唯一のリリース作品。

 コンプレッサーで極度に圧縮されたような、金属的なギター・サウンド。降り注ぐノイズと変拍子。のちのポストロックやマスロックと呼ばれるバンド群の、源流のひとつとなったのがスリントです。ダークな雰囲気を持った、生々しいサウンド・プロダクションと、複雑なバンド・アンサンブル。ときおり挟まれる初期衝動の叫びのようなボーカルと、地下っぽい空気感を存分に持った1枚でもあります。

 1曲目「Ron」では、金属的な独特のギター・サウンドが解き放たれたあと、様々なノイズや音が飛び交い、やがて複雑に絡み合っていく展開。2分弱しかないのに、展開が目まぐるしく、エキサイトメント溢れる1曲です。

 4曲目の「Kent」は、ドラムの音が硬質で鋭く、臨場感のある1曲。ギター・サウンドは比較的クリーンで、アンサンブルによって静と動を使いわけながら、風景が次々に変化していくような1曲。

 5曲目「Charlotte」は、冒頭から全体を覆い尽くすような、深く歪んだギターのサウンドが押し寄せます。その後もボーカルとギターが暴発したような、パンキッシュな曲。

 8曲目「Pat」は、ドラムのせわしないリズムと切り替えが、マスロックを思わせる1曲。ギターはクリーン・トーンが選択され、轟音で押し流すのではなく、アンサンブルによってスリルや緊張感を演出しています。あらためて、1989年という時代に、ニューヨークやシカゴではなくルイビル出身のバンドが、このような音楽を志向していたことに驚きます。

 ポストロックの源流として、ハードコアが取り上げられることがありますが、正直最初の頃はピンと来ませんでした。しかし、今作のようにポストロックの源流と見なされるような作品を聴き込んでいくうちに、なるほどハードコアとポストロックは地続きだと納得できました。

 今作も実験性と攻撃性を兼ね備えており、エモーションの表出が曲の速度や歌詞ではなく、音楽的なアイデアへと方向を変えていったのがポストロックのひとつなんだろうな、というのが実感できます。めちゃくちゃおすすめ!というわけでありませんが、ポストロックの伝説的名盤として、聴いて損はない作品だと思います。

 





Nirvana “Bleach” / ニルヴァーナ『ブリーチ』


Nirvana “Bleach”

ニルヴァーナ 『ブリーチ』
発売: 1989年6月15日
レーベル: Sub Pop (サブ・ポップ)
プロデュース: Jack Endino (ジャック・エンディーノ (エンディノ))

 ニルヴァーナの魅力は、憂鬱や絶望といったネガティヴな感情が、そのままサウンドに変換されたかのように、リアリティを伴って響くところ。産業ロック対オルタナティヴ・ロックというカビの生えた議論をするつもりはありませんが、様式美のように良くも悪くも型にハマった、当時の一部のロックバンドと比較すると、若者たちにリアリティを伴って鮮烈に響いたことでしょう。

 サウンドもさることながら、普段着に近いファッションも含めて、ロック・ミュージックにパンク以来のパラダイム・シフトを起こした、と言っても過言では無いのがニルヴァーナです。

 今作は1989年にサブ・ポップより発売された、ニルヴァーナの1stアルバム。メジャーに進出してからの2作『Nevermind』と『In Utero』の方が知名度、サウンド面の評価ともに高いのは事実ですが、個人的には彼らの初期衝動がパッケージされた今作もおすすめします。プロデューサーは、当時シアトルで多くの作品を手がけたジャック・エンディーノ。

 このアルバム全体に共通するのは、シアトルの湿った地下室の風景が目に浮かぶような、サウンド・プロダクション。「プロダクション」と書くと意図的に作られたサウンドという印象を与えてしまうかもしれませんが、音質の面でも演奏の面でも、当時の彼らのエモーション、シアトルの空気がそのまま閉じ込められたかのようなアルバムです。

 その後のカート・コバーンの人生を知らずとも、苛立ちや焦燥感、行き場のない衝動といった感情が充満したような音楽が、臨場感を持って聞き手に迫ってきます。

 1曲目「Blew」のイントロのうねるようなベースから、そうした空気感が満載。気だるく歪んだギター、飾り気のない湿ったようなサウンドのドラム。そして、このバンドのシグネチャーと言えるカート・コバーンの声。まるでシアトルの薄暗い地下のスタジオが、蘇ってくるようなサウンド。

 3曲目の「About A Girl」は、飾り気のないギター・サウンドと、絞り出すように僅かにかすれたカートの声。それだけで成立していると思わせる1曲。

 5曲目の「Love Buzz」は、オランダ出身のロックバンド、ショッキング・ブルー(The Shocking Blue)の楽曲のカバー。原曲と聴き比べると、ニルヴァーナの音楽的志向が見えて興味深いです。言われなければカバー曲と気づかないほどに、ニルヴァーナ流に消化されたアレンジですが、特に波のように段階的に押し寄せるギターが、グランジ色を強めていると思います。

 6曲目「Paper Cuts」では、重苦しいスローテンポに乗せて、野太く下品に歪んだギターが響く、グランジかくあるべし!というサウンドが響く1曲です。

 7曲目「Negative Creep」は、つぶれたように歪んだギターが、前のめりに疾走していく1曲。歌詞の内容も含めて、エモーションをサウンドにそのまま変換したかのように、カートの声が響きます。

 あのニルヴァーナがメジャー契約する前にサブ・ポップに残したアルバム、という歴史的な価値、当時のシアトルの空気感が閉じ込められた資料的な価値だけでなく、作品としても非常に優れた1枚であると思います。特にシアトルの地下室の空気と、カートの鬱屈した思いが閉じ込められたようなサウンド・プロダクションは、それだけで聴く価値ありです。

 個人的には、自分自身がギターをやっていたこともあり、ギターのサウンドに耳が行きがちなのですが、多種多様な下品(褒め言葉です)なサウンドが堪能できる1枚でもあります。サウンドと同様、歌詞にもネガティヴな感情を吐き出した陰鬱な空気があり、ロックにそうした個人性を求める方も、気に入る可能性が高いアルバムではないかと思います。