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Dntel “Dumb Luck” / ディンテル『ダム・ラック』


Dntel “Dumb Luck”

ディンテル 『ダム・ラック』
発売: 2007年4月24日
レーベル: Sub Pop (サブ・ポップ)

 カリフォルニア州ロサンゼルスを拠点に活動する、ディンテルことジミー・タンボレロ(Jimmy Tamborello)。本作『Dumb Luck』は、彼がディンテル名義でリリースする、3枚目のアルバムです。シアトルの名門レーベル、サブ・ポップからの発売。

 父親はジャズ・サックス奏者で、母親は女優。フィギュリン(Figurine)や、ザ・ポスタル・サーヴィス(The Postal Service)での活動でも知られるジミー・タンボレロ。かつては、ブライアン・イーノとハードコアを融合したような音楽性から、イーノコア(Enocore)とも称されたバンド、ストリクトリー・ボールルーム(Strictly Ballroom)でベースを務めるなど、非常に多才な人物です。

 サブ・ポップからリリースされた本作は、グリズリー・ベアのエド・ドロスト(Ed Droste)、日系女性シンガーのミア・ドイ・トッド(Mia Doi Todd)、ブライト・アイズのコナー・オバースト(Conor Oberst)など、豪華なゲスト陣を迎え、電子音と生楽器、歌のメロディーが、穏やかに溶け合う1作です。

 1曲目「Dumb Luck」には、ウィスパータウン(Whispertown)としても活動するモーガン・ナッグラー(Morgan Nagler)がバッキング・ボーカル、前述したストリクトリー・ボールルームで活動を共にしていた、ポール・ラーソン(Paul Larson)がギターで参加しています。録音された音源を再構築したポスト・プロダクション的な要素と、暖かみのあるボーカルとギターの音色が溶け合う1曲。

 2曲目「To A Fault」には、グリズリー・ベアのエド・ドロストが参加。ドラムは、Moving UnitsやYear Futureでの活動で知られるクリス・ハスウェル(Chris Hathwell)が担当。アコースティック・ギターのオーガニックな音色と、ミュージック・コンクレートを思わせる音の断片が有機的に絡み合う1曲。ドラムのリズムが、楽曲に立体感を足しています。

 3曲目「I’d Like To Know」には、ドイツの電子音楽系レーベル、モール・ミュージック(Morr Music)の看板バンド、ラリ・プナ(Lali Puna)のヴァレリー・トレベルヤー(Valerie Trebeljahr)と、マルクス・アッハー(Markus Acher)が参加。電子音とボーカルが穏やかに絡み合う、幻想的な1曲。

 4曲目「Roll On」には、ザ・ポスタル・サーヴィスにも参加するジェニー・ルイス(Jenny Lewis)が参加。生音の温もりを持って響くアコースティック・ギターとボーカルのまわりを、多種多様な電子的サウンドが飛び交う、カラフルな1曲。フォーキーで穏やかな雰囲気と、電子的なサウンドが絶妙に溶け合います。

 5曲目「The Distance」には、シアトル出身のインディーフォーク・デュオ、アーサー・アンド・ユー(Arthur & Yu)が参加。ファニーなサウンドと、クリーントーンのギター、男女混声のコーラスワークが、おもちゃ箱をひっくり返したような、ゆるやかでポップな空気を生み出します。

 6曲目「Rock My Boat」には、日系女性シンガーのミア・ドイ・トッドが参加。ちなみに彼女は「土井美亜」という日本名を持っています。エレクトロニカ色の強い電子音をメインに、アコースティック・ギターと透明感のあるボーカルが重なる1曲。

 7曲目「Natural Resources」は、ジリジリした電子ノイズ的なサウンドを下敷きに、ボーカルをはじめとした音が重なっていく1曲。

 8曲目「Breakfast In Bed」は、音数を絞った電子音とボーカルが絡み合うミニマルな曲。

 9曲目「Dreams」は、電子音と生楽器、コーラスワークが有機的に重なり、厚みのあるサウンドを構築する、シンフォニックな1曲。みずみずしいハープの音、シンセサイザーと思われる柔らかな電子音など、多様な音が効果的に用いられ、未来の交響曲とでも言いたくなる音世界を作り上げています。

 エレクトロニックなサウンドと、生楽器のオーガニックのサウンドが、分離することなく、ポスト・プロダクションを駆使して有機的に融合し、さらに歌モノとしても成立しているバランスは本当に見事。インディートロニカ(indietronica)の傑作と言える1枚です。





Deerhunter “Weird Era Cont.” / ディアハンター『ウィアード・エラ・コンティニュード』


Deerhunter “Weird Era Cont.”

ディアハンター 『ウィアード・エラ・コンティニュード』
発売: 2008年10月28日
レーベル: Kranky (クランキー)

 ジョージア州アトランタを拠点に活動するバンド、ディアハンターの4thアルバム。なのですが、単体での発売ではなく、3rdアルバム『Microcastle』のボーナス・ディスクとして、CDでは2枚組の形でリリース。配信では、それぞれ単独のアルバム扱いとなっています。

 リリースに関しては、メンバーのブラッドフォード・コックス(Bradford Cox)が、バンドのブログにアップしたリンクを通して、事前に音源が流出してしまうという一件もありました。(原因は、コックスが謝って意図せぬリンクを貼ってしまったため。)

 ややイレギュラーな立ち位置のアルバムですが、13曲で42分収録とボリューム的にはフル・アルバムと同等であり、内容も他のアルバムと比べて劣っているということもありません。むしろ、リラックスして普段は見せない引き出しを見せてくれるような、バンドの懐ろの深さが感じられる作品です。

 ディアハンターというと、サイケデリックなサウンドが特徴ですが、本作もサイケデリックな空気は多分に含んでいるものの、オーバー・プロデュースにはならず、比較的シンプルな音作りで、ソリッドなアンサンブルが展開されます。

 1曲目「Backspace Century」は、8分音符を基本にした縦の揃ったバンドの演奏に、浮遊感のあるコーラスワークが重なる1曲。各楽器の音作りはシンプルですが、ギターがサウンド的にもリズム的にも、はみ出るところがあり、楽曲のフックとなっています。

 2曲目「Operation」は、シンプルな音色の各楽器が、立体的に絡み合い、ゆるやかなグルーヴ感が形成される1曲。ゆらめくような呪術的なボーカルと、間奏で前に出てくるオルガンのサウンドが、サイケデリックな空気を演出。

 3曲目「Ghost Outfit」は、エフェクトが深めのサウンド・プロダクションを持った、30秒ほどのインタールード的な1曲。

 4曲目「Dot Gain」は、独特のドタバタしたドラム、飾り気のない音で流れが読みにくいフレーズを弾くギター、エコーの深くかかったボーカルが絡み合う、アヴァンギャルドな雰囲気の1曲。

 5曲目「Vox Celeste」は、ドラムが小気味よくリズムを刻み、ギターはシューゲイザー的な厚みのあるサウンドを構築する、疾走感のある1曲。ボーカルも含め、全ての楽器が不可分に融合した、ぬるっとした一体感のあるサウンド・プロダクションで、最初はモヤがかかったようで違和感があるものの、聴いているうちにクセになっていきます。

 7曲目「Vox Humana」は、残響音たっぷりの幻想的なサウンドと、スポークン・ワードのような物憂げなボーカルが溶け合う1曲。

 8曲目「VHS Dream」は、イントロから2本のギターが不協和な響きで絡み合い、ボーカルはささやくように耽美なメロディーを歌う、シューゲイザー色の濃い1曲。しかし、全ての音が塊になって押し寄せるようなサウンドではなく、アンサンブルにはそれなりの隙間があり、各楽器が何をやっているのか、どのように絡み合っているのか認識できるバランス。

 9曲目「Focus Group」も、サビ部分ではエフェクトのかかったギターと、幻想的なささやき系ボーカルが溶け合う、シューゲイザー色濃い1曲。

 11曲目「Weird Era」は、ギター・ノイズや、電子ノイズ的なサウンドが、折り重なる1曲。多種多様な音が飛び交う、隙間なく押し寄せるのではなく、隙間があり、各サウンドの重なり方、サウンド自体が前景化されるような曲です。

 12曲目「Moon Witch Cartridge」は、ボーカルは無く、いわゆる歌モノのポップな楽曲ではありませんが、エコーのかかったサウンド・プロダクションから、牧歌的で穏やかな雰囲気が漂う1曲。

 13曲目「Calvary Scars II / Aux. Out」は、ギターがトリップ感を生み出しながら、波のように一定のリズムで音を流し、それに呼応するように揺れるようなボーカルが重なる、サイケデリックな1曲。ドラムのビートもはっきりしており、反復を繰り返すリズム、途中で加速していく展開など、音楽に取り込まれる要素が多分にあります。

 音響を前景化するアプローチや、ギターサウンドど歌メロが一体化するシューゲイザー的なアプローチも含んだアルバムですが、アンサンブルも重視されていて、バンドのグルーヴや躍動感も感じられる作品です。

 前述したとおり、ボーナス・ディスクとして『Microcastle』に付属された作品ではありますが、バンドの普段は見せない部分を見せてくれるような作品であり、クオリティが他のアルバムに比べて劣っているということはありません。

 





Deerhunter “Microcastle” / ディアハンター『マイクロキャッスル』


Deerhunter “Microcastle”

ディアハンター 『マイクロキャッスル』
発売: 2008年10月28日
レーベル: Kranky (クランキー)
プロデュース: Nicolas Vernhes (ニコラス・バーネス)

 鬼才ブラッドフォード・コックス(Bradford Cox)を中心に結成され、ジョージア州アトランタを拠点に活動するバンド、ディアハンターの3rdアルバム。プロデュースはフランス出身で、アニマル・コレクティヴ(Animal Collective)や、ザ・ウォー・オン・ドラッグス(The War On Drugs)を手がけたこともある、ニコラス・バーネスが担当。

 アメリカ国内では、前作に引き続きKranky、ヨーロッパではイギリスの名門インディーレーベル、4ADからリリースされています。2008年8月5日からiTunesで配信開始され、2008年10月28日にCDおよびレコードで発売。4thアルバム『Weird Era Cont.』が、ボーナス・ディスクとして付属され、実質的に2枚同時リリースの形になっています。

 前作『Cryptograms』は、エフェクターを多用したギターを中心に、ドラッギーでサイケデリックなサウンドを作り上げていました。本作にも、サイケデリックな空気は多分に漂いますが、前作と比較するとエフェクトは控えめに、よりビートと音の輪郭のはっきりしたサウンド・プロダクションを持ったアルバムです。

 また、曲によってはギターを中心に厚みのあるサウンドを構築するため、シューゲイザーおよびニューゲイザーの文脈で語られることもあるディアハンター。前作でも、そして本作でも、ギターのサウンドを前景化し、確かにシューゲイザーを彷彿とさせる要素はあります。しかし、彼らが展開する音楽は、マイブラをはじめとしたシューゲイザー第一世代に影響を受け、圧倒的な量感のサウンドで押し流すサウンドというより、60年代から70年代のサイケデリックの延長線上にあるような、よりアンサンブルを重視したものです。

 1曲目「Cover Me (Slowly)」は、1:20ほどのイントロダクション的な役割の1曲。ゆったりとしたテンポに乗せて、多様なサウンドが重なる、サイケ色とシューゲイザー色を併せ持った曲です。

 2曲目「Agoraphobia」は、透明感のある音色のギターと、内省的なボーカルが、穏やかながらサイケデリックな空気漂うサウンドを作り上げます。この曲ではプロデューサーのニコラス・バーネスが、キーボードを弾いています。

 3曲目「Never Stops」は、リズムの輪郭がはっきりとした、ゆるやかな躍動感のある1曲。揺れるギター・サウンドと、わずかに揺らいだドラムから、酩酊感のある音世界が生まれます。

 4曲目「Little Kids」は、大股で歩くような、ゆったりとした進行感と躍動感のある1曲。各楽器が絡み合うような、合わないような、絶妙ばバランスのアンサンブルが展開。

 5曲目はアルバム表題曲の「Microcastle」。音数を絞った、ゆったりとしたドラッギーな前半から、再生時間2:24あたりでフルバンドになり、ジャンクでサイケデリックなロックな展開されます。前半と後半のコントラストも鮮やか。

 6曲目「Calvary Scars」は、ささやき系のボーカルが漂う、幻想的な雰囲気の1曲。音符を詰め込みすぎず、隙間の多いアンサンブルですが、音の配置が効果的で、その場を包むヴェールのような耳ざわり。

 7曲目「Green Jacket」は、6曲目からシームレスに繋がり、こちらも音数を絞った、幻想的で美しい1曲。ギターとピアノが、ポツリポツリと音を置き、その中をボーカルが穏やかな声でメロディーを紡いでいきます。

 8曲目「Activa」は、電子ノイズ的なサウンドと、生楽器のオーガニックな響きが溶け合う、アヴァンギャルドな雰囲気の1曲。とは言え、敷居が高い音楽というわけではなく、歌も入っており、柔らかなサウンド・プロダクションを持つ曲です。

 9曲目「Nothing Ever Happened」は、ドラムの歯切れよいビートに、多様なサウンドを持った複数のギターが折り重なっていく、多層的でノリの良い1曲。ベースもリズムにフックを作りながら、加速感と疾走感を演出し、聴きどころの多いアンサンブルが展開されます。

 12曲目「Twilight At Carbon Lake」は、遅めのテンポに乗せて、音数を絞ったアンサンブルが展開する、穏やかでサイケデリックな1曲。前半は隙間が多い演奏ですが、たっぷりとタメを作り、休符にも意味があるように感じられます。再生時間2:55あたりからは、一気に音の波が押し寄せ、1曲の中でのコントラストが大きい曲です。最後はカラフルに様々な音が飛び交うサイケデリアへ。

 サイケデリックで、ニューゲイザーの文脈で語られることもあるディアハンターですが、音を詰め込みすぎず、音響的なアプローチと、グルーヴ感のあるアンサンブルを、高度に併せ持ったバンドであると思います。本作も、まさにそのようなクオリティを持った作品で、ギターを筆頭に各楽器のサウンド自体にも魅力があり、同時にメリハリある多彩なアンサンブルを聴かせてくれます。

 





Deerhunter “Cryptograms” / ディアハンター『クリプトグラムス』


Deerhunter “Cryptograms”

ディアハンター 『クリプトグラムス』
発売: 2007年1月29日
レーベル: Kranky (クランキー)
プロデュース: Chris Bishop (クリス・ビショップ)

 ジョージア州アトランタを拠点に活動するバンド、ディアハンターの2ndアルバム。2005年にリリースされた1stアルバム『Turn It Up Faggot』は、彼らの地元アトランタのスティックフィギュア(Stickfigure)というレーベルからのリリースでしたが、2作目となる本作は、シカゴのクランキーからリリースされています。

 エフェクターの深くかかったギターを中心に、音が何層にも重ねられ、シューゲイザー的なサウンドもある、サイケデリックなアルバム。しかし、多層的な音世界が構築されているのに、あくまで地に足が着いたかたちで、コンパクトにまとまっているのが、このアルバムの良いところです。

 60年代〜70年代のサイケデリック・ロックや、マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン、ジーザス&メリーチェインなどの雰囲気も漂いつつ、しっかりとオリジナリティのある音楽が作り上げられています。

 1曲目「Intro」は、その名のとおりイントロダクション的な1曲。水が流れるフィールド・レコーディングの音から始まり、音がレイヤー状に折り重なっていきます。

 2曲目「Cryptograms」は、ビートははっきりしているものの、疾走感よりも浮遊感を強く感じる、不思議な音像の曲。再生時間1:15あたりからの空間を埋め尽くすように広がっていくサウンドからは、トリップ感が伝わります。

 3曲目「White Ink」は、音がディレイによって無限に増殖していくような、音響を前景化させた1曲。音の奥から、また別の音が聞こえ、壁のように立ちはだかります。

 4曲目「Lake Somerset」は、ボーカルにも楽器にもエフェクターがかけられ、ジャンクでアヴァンギャルドな空気が漂う1曲。

 6曲目「Octet」は、はっきりとした構造よりも音響が前面に出た、エレクトロニカ色の濃い1曲。ボーカルも入っていますが、歌メロを追う曲ではなく、声も楽器の一部としてまわりの音に溶け込んでいます。

 9曲目「Strange Lights」は、厚みのあるギター・サウンドと、リズム隊による分かりやすいビート、流麗なメロディーが溶け合った、サイケデリックなギターロック。

 10曲目「Hazel St.」は、ギターの音色とコーラスワークには幻想的な空気が漂う、ゆるやかな疾走感のある曲。この曲に限らず、ギターにかけられた空間系エフェクターのもたらす音の揺らぎや変化が、リズムに取り込まれていくところが、なんともサイケデリックで、心地よいです。

 12曲目「Heatherwood」は、ジャンクでファニーな音色を用いて、立体的なアンサンブルが構成される1曲。空間系エフェクターで揺らめくギターや、ドタバタ感のあるドラムが絡み合い、ささやき系のボーカルも相まって、ややチープなのに神秘的な、独特のサウンドを作り上げています。

 シカゴやニューヨーク、あるいはシアトルやルイヴィル、オマハといった大きなインディーロック・シーンを持つ都市ではなく、南部アトランタ出身のディアハンター。アトランタというと、90年代以降はヒップホップをはじめとしたブラック・ミュージックが盛んなイメージがありますが、そんなアトランタから出てきて、個性的なサイケデリック・サウンドを奏でているのが、このバンドです。

 シアトルにおけるグランジ、オマハにおけるサドル・クリークのように、その街を代表するジャンルやレーベルの流れの中からではなく、個性的なバンドが全国からぽっと出てくるところも、USインディーズの魅力だと思います。

 本作『Cryptograms』も、シーンの流れに迎合せず、かといって自分たちが好む過去の音楽の焼き直しでもなく、個性あふれるサイケデリックなロックを鳴らしています。実験性とポップさのバランスも秀逸な1枚。

 





Faraquet “The View From This Tower” / ファラクエット『ザ・ヴュー・フロム・ディス・タワー』


Faraquet “The View From This Tower”

ファラクエット 『ザ・ヴュー・フロム・ディス・タワー』
発売: 2000年11月14日
レーベル: Dischord (ディスコード)
プロデュース: J. Robbins (J・ロビンス)

 ディスコード所属のバンド、ファラクエットの1stアルバムであり、唯一のスタジオ・アルバム。彼らの音楽性は、フガジ、ジョーボックス、ネイション・オブ・ユリシーズなどディスコード所属のバンドに強く影響を受けており、ポスト・ハードコアの文脈で語られることも多いのですが、変拍子が多用される複雑なアンサンブルから、マスロックにカテゴライズされることもあります。(当サイトのカテゴリーでは「マスロック」に入れてあります。)

 また、前述したディスコードのバンド群と並んで、キング・クリムゾン(King Crimson)からの影響もあり、テクニカルで複雑怪奇なアンサンブルを繰り広げるバンドです。本作では、メロディアスな歌と、タイトかつ複雑なリズムが共存し、ポスト・ハードコアともマスロックとも言える音楽が展開されています。

 1曲目「Cut Self Not」は、硬質なサウンドを持った各楽器が、リズムを巧みに切り替えながら、複雑に絡み合う1曲です。そんな複雑なアンサンブルに乗せて、ボーカルは高らかにパンク的な親しみやすいメロディーを歌っていきます。実験性と大衆性を高い次元で併せ持っているのが、このバンドのすごいところ。

 2曲目「Carefully Planned」は、ギター、ベース、ドラムの小刻みなリズムが、正確に組み合わさり、一体感ある音楽を作り上げる曲。

 3曲目「The Fourth Introduction」は、イントロからリスナーの耳と空間を切り裂くような、切れ味鋭いサウンドのギターが印象的。再生時間1:03あたりからの、なだれ込むようなドラムも立体的で迫力満点。

 4曲目「Song For Friends To Me」は、トランペットの使用がアクセントになっています。トランペットと言うと、スカコアのような開放感とパーティー感のある雰囲気を想像しますが、この曲では切れ味鋭く、細切れになったフレーズを吹いています。マスロック的なアプローチのトランペットと言える演奏。

 5曲目「Conceptual Separation Of Self」は、ゆったりとしたテンポで、ポストロック色の濃い1曲。この曲にはチェロが導入されていて、全体を包み込むように、音の被せています。

 6曲目「Study Complacency」は、ギターが細かくコード・ストロークを繰り出し、疾走感の溢れる1曲。直線的に走り抜けるだけでなく、随所でリズムが切り替わり、マスロックらしく複雑で、一寸先は闇な展開。

 8曲目「The View From This Tower」は、音の輪郭とリズムがくっきりした、タイトな1曲。イントロから、タイトで隙間の多いアンサンブルが展開されますが、再生時間0:50あたりから濃密で躍動感のある演奏に一変するなど、音楽がいきいきと変化しながら、進行します。

 9曲目「The Missing Piece」は、各楽器ともナチュラルな音作りで、音数を絞ったアンサンブルが展開される1曲。サウンドは穏やかですが、演奏は正確かつ複雑。電子音とトランペットの音色も、楽曲に奥行きと色どりを加えています。

 アルバム全体を通して、歌無しのマスロックとしても機能する非常に完成度の高い音楽を展開していますが、同時に歌モノとしても成立させているのが、この作品の特異なところだと思います。非常に複雑なアンサンブルが繰り広げられ、それだけでも十分に聴くに値する音楽であるのに、思わずシングアロングしたくなるような歌メロも浮き上がることなく、楽曲に溶け込んでいます。

 ハードコア・パンクを好む人、マスロックを好む人の両方に、自信を持ってオススメできるクオリティを備えたアルバムです。