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Shellac “Excellent Italian Greyhound” / シェラック『エクセレント・イタリアン・グレイハウンド』


Shellac “Excellent Italian Greyhound”

シェラック 『エクセレント・イタリアン・グレイハウンド』
発売: 2007年6月5日
レーベル: Touch And Go (タッチ・アンド・ゴー)

 僕が敬愛する、大好きなレコーディング・エンジニア、スティーヴ・アルビニ先生が率いるバンド、シェラックの4枚目のアルバムです。

 エレクトロニカやポストロックには、サウンド自体を前景化させた、音響にこだわった作品がありますが、シェラックの音楽も、サウンドのかっこよさにフォーカスした音楽であると思います。

 ロックが持つかっこよさを、ロックのクリシェを使わずに表現するような、あるいはクリシェだけを凝縮して抽出したような、ストイックなかっこよさがあります。

 本作も無駄を削ぎ落とした、生々しくリアルなサウンドで、実験的でクールなアンサンブルが構成される1枚です。

 1曲目の「The End Of Radio」は、ミニマルなフレーズやパターンを繰り返す、隙間の多いバンドのアンサンブルに、スポークン・ワードが侵入する1曲。再生時間2:29あたりで満を持して登場するギターが、この上なくかっこいいです。

 2曲目「Steady As She Goes」は、イントロから、サウンドもリズムもタイトな、疾走感あふれるロックな1曲。硬く金属的な響きを持った各楽器のサウンド・プロダクションにも、むき出しのかっこよさがあります。

 6曲目「Kittypants」は、立体的な音像を持った1曲。イントロのドラムの一音目から、臨場感あふれるサウンドが響き渡ります。2分に満たない短い曲ですが、再生時間1:40あたりからのギターのサウンドは、生々しく本当にかっこいいです。

 シェラックの作品の中でも、一般的なポップ・ミュージックが持つ明確なフォームを持った曲が少なく、ちょっと敷居の高いアルバムだと思います。初めてシェラックを聴くならば、1stアルバム『At Action Park』の方が曲のフォームがはっきりしている分、聴きやすいので、まずはそちらをオススメいたします。

 しかし、このアルバムが劣っているというわけではなく、音もアンサンブルもストイックに絞りこまれた最高の1枚だと思ってます!

 アルビニ先生信者の方は、既に聴いているに決まっているアルバムですが、もしアルビニ先生が気になる、アルビニ録音の音が最高にいい!と思い始めた方は、ぜひこのアルバムも聴いてみてください。

 





Low “Drums And Guns” / ロウ『ドラムス・アンド・ガンズ』


Low “Drums And Guns”

ロウ 『ドラムス・アンド・ガンズ』
発売: 2007年3月20日
レーベル: Sub Pop (サブ・ポップ)
プロデュース: Dave Fridmann (デイヴ・フリッドマン)

 「スロウコア(Slowcore)」というジャンルに括られることの多い、ミネソタ州ダルース出身のバンド、ロウの通算8枚目のアルバム。

 スロウコアというだけあって、ゆったりとしたスローテンポに、多種多様な音とアレンジが載っていく1作です。このジャンル自体の特徴でもありますが、テンポが遅いために、アンサンブルやメロディーよりも、音響が前景化されるところがあります。

 1曲目「Pretty People」は、ギターと電子音らしきドローンが鳴り響くなか、ボーカルもメロディー感が希薄になるぐらい、ゆったりと長い音符を使って歌っていきます。再生時間1:15あたりからドラムも入ってきますが、こちらもやはりテンポが遅く、音数も絞ってあり、いわゆるビート感やグルーヴ感は希薄です。

 しかし、スローテンポのバンドの重力に聴き手が引き寄せられるように、徐々にアンサンブルやグルーヴ感が現れてくるから不思議。アルバムの1曲目で、まずはリスナーの耳をバンドのペースにチューニングさせる1曲、ということなのかもしれません。

 3曲目「Breaker」では、イントロから、ミニマル・テクノのような無機質なビートと、立体感のあるサウンドの手拍子、シンセサイザーの持続音が重なります。この曲もスローテンポで、一般的なバンドの曲に比べれば音数は少ないものの、スカスカな印象は全くなく、むしろ空間が音に埋め尽くされている印象すらあります。中盤からはギターと思われる音も入ってきて、さらにサウンドが厚みを増します。

 6曲目「Always Fade」は、「地を這うような」という表現を思わず使いたくなってしまうベースと、このアルバムの中ではビート感の強いドラムが絡み合う1曲。立体的でソリッドなサウンド・プロダクションもかっこいい。

 10曲目の「Take Your Time」は、イントロからアンビエントな雰囲気が充満し、音響が前景化された、エレクトロニカを連想させる1曲。ここまでアルバムを通しで聴いてくると、彼らのペースに完全に取り込まれているので、十分に展開が感じられます。この種の音楽を聴かない人に聴かせたら「宇宙と交信してるの?」と言われそうな曲ですが(笑)

 スローテンポの上で、音響とアンサンブルをじっくりと味わうアルバムだと思います。遅いからこそ表現できるものがあると、示したような作品。

 スピード感のある速い曲もいいですが、本作のように時間を贅沢に使い、音響とアンサンブルにこだわった作品にも、また違った魅力があります。

 





Bright Eyes “Cassadaga” / ブライト・アイズ『カッサダーガ』


Bright Eyes “Cassadaga”

ブライト・アイズ 『カッサダーガ』
発売: 2007年4月10日
レーベル: Saddle Creek (サドル・クリーク)
プロデュース: Mike Mogis (マイク・モギス (モジス, モーギス))

 シンガーソングライターのコナー・オバーストを中心に結成された、ネブラスカ州オマハ出身のバンド、ブライト・アイズの7枚目のアルバムです。

 タイトルの「カッサダーガ」とは、フロリダ州内にある非法人地域の地名。スピリチュアリズムの支持者が多く暮らし、「Psychic Capital of the World(世界の超能力者の首都)」とも呼ばれるらしい。

 ブライト・アイズというと、ボブ・ディランやニール・ヤングが引き合いに出されることもあるように、歌を中心に据えたフォーキーなサウンドを持つバンド、というイメージが一般的です。

 同時に、懐古主義には陥らず、現代的なセンスも併せ持ったバンド。本作でも、フォークやカントリーなどのルーツ・ミュージックを下敷きにしながら、様々な楽器を導入し、カラフルで躍動感あふれるサウンドを響かせています。

 1曲目の「Clairaudients (Kill Or Be Killed)」は、イントロからスポークン・ワードと、ぶつ切りになった音の断片や持続音が空間を埋めつくす、アヴァンギャルドな音像。およそカントリーからは遠い、実験音楽のようなサウンドが続きますが、再生時間2分を過ぎたところで、アコースティック・ギターとボーカルが入ってくると、明確なフォームを持った音楽が進行していきます。

 しかし、奥の方では電子的な持続音や、様々な楽器の音が鳴っており、音響派のような雰囲気も漂います。徐々に楽器の種類が増え、種々のサウンドが多層的に重なる、壮大な展開。再生時間4:13あたりからは、カントリー系のオーガニックな音で作りあげるオーケストラとでもいった聴感。

 2曲目「Four Winds」では、イントロからバイオリンが大活躍。ギターやオルガンやマンドリンらしき音も聞こえ、サウンドもアンサンブルも、色彩豊かでゴージャス。

 4曲目「Hot Knives」は、ざらついた質感のギターに、エフェクト処理されたボーカル、立体的でパワフルなドラム、アンサンブルを包みこむストリングス。それら全てが有機的にアンサンブルを編み上げる躍動感あふれる1曲。カントリーを下敷きに、オルタナティヴ色の濃いアレンジとサウンドです。

 11曲目の「Coat Check Dream Song」は、ドラムとパーカッションが、立体的にリズムを組み上げるポリリズミックな1曲。トータスのジョン・マッケンタイアが、パーカッションで参加しています。ドラムとパーカッション以外の楽器も、有機的に絡み合ってグルーヴしていて、本当にすばらしいアンサンブル。個人的に大好きな曲です。

 ナチュラルな生楽器のサウンドと、オルタナ的なジャンクな耳ざわり、エレクトロニカ的な音響が、バランス良く融合したアルバムだと思います。懐古主義や過去のジャンルの焼き直しではなく、わざとらしく実験性を見せつけるでもない、絶妙のバランス。

 ルーツ・ミュージックの地に足がついた魅力と、アメリカらしい革新性と実験性が、ポップなかたちで結実した名盤です!

 





Art In Manila “Set The Woods On Fire” / アート・イン・マニラ『セット・ザ・ウッズ・オン・ファイア』


Art In Manila “Set The Woods On Fire”

アート・イン・マニラ 『セット・ザ・ウッズ・オン・ファイア』
発売: 2007年8月7日
レーベル: Saddle Creek (サドル・クリーク)

 アズール・レイ(Azure Ray)のメンバーである、オレンダ・フィンク(Orenda Fink)を中心に結成された6人組バンド、アート・イン・マニラの1stアルバム。ネブラスカ州オマハのレーベル、Saddle Creekからの発売で、エンジニアをジョエル・ピーターセン(Joel Petersen)が務めるなど、メンバーもスタッフもオマハを中心とした人脈で固められています。

 曲によってアコースティック・ギターが中心となったり、歪んだギターが前に出たりと、サウンドのレンジが広いアルバムですが、今作の特徴はなんと言ってもオレンダ・フィンクの声です。アンニュイで、ときには幻想的と言えるほどの雰囲気を持った彼女の声と、6人編成による分厚いバンド・アンサンブルが融合する1作。

 1曲目の「Time Gets Us All」は、揺れるようなギターと、透明感のあるピアノの単音が、オレンダの声と溶け合う美しい1曲。幻想的で、ヴェールがかかったような雰囲気とサウンド・プロダクションです。

 2曲目「Our Addictions」は、1曲目とは耳ざわりが一変し、イントロから歪んだギターが入り、ロック色の強い1曲。ですが、オルガンの音色とボーカルの声によって、全体としては1曲目と同じく幻想的な雰囲気が漂う曲です。

 3曲目「The Abomination」は、アコースティック・ギターの軽やかなコード・ストロークから始まる1曲。ボーカルはアコースティック・ギターの音質に近い声色で、伴奏とメロディーが溶け合うような心地よさがあります。

 5曲目はアルバム表題曲の「Set The Woods On Fire」。ため息のようなアンニュイなボーカルと、ピアノとベースのみのイントロから始まりますが、再生時間0:20あたりからフルバンドになり、躍動感あるグルーヴを生み出していく展開。

 8曲目「The Sweat Descends」は、ため息のような、ささやきのようなボーカルが耳に残る1曲。ここまでは幻想的であったり、どこか神聖な雰囲気がある曲が続きましたが、この曲はカフェで流れていてもおかしくないようなポップさと軽さを持っています。

 アルバムを通して、音楽性の幅が広く、多才な6人のメンバーがそろったアンサンブルも随所にフックがあり、聴きごたえのある1枚です。しかし、前述したとおり、やはりこのアルバムを代表するのはオレンダ・フィンクの個性的な声。

 彼女の声は、楽器と溶け合うようなサウンドを持っていて、バンドと有機的に音楽を作り上げています。幻想的な彼女の声に彩られて、アンサンブル全体も幻想的に響くように感じられるところもあります。幻想的といっても音響のみを追求したバンドというわけではなく、いきいきとした躍動感も持ち合わせた作品です。

 再生すると、まるで部屋の中に深い霧がたちこめるような、幻想的な1枚。

 





Bon Iver “For Emma, Forever Ago” / ボン・イヴェール『フォー・エマ・フォーエヴァー・アゴー』


Bon Iver “For Emma, Forever Ago”

ボン・イヴェール 『フォー・エマ・フォーエヴァー・アゴー』
発売: 2007年7月8日(自主リリース), 2008年2月19日
レーベル: Jagjaguwar (ジャグジャグウォー)

 ジャスティン・バーノン(Justin Vernon)を中心に2006年に結成されたフォークロック・バンド、ボン・イヴェールの1stアルバム。2007年に自主リリースされたあと、翌年にはインディアナ州ブルーミントンのインディペンデント・レーベル、ジャグジャグウォー(Jagjaguwar)より発売されています。

 こういうエピソードと音楽を聴くと、アメリカは自主リリースレベルで、ぽっとこんな優れた作品が出てくるという事実に驚きます。歴史的に見れば新しい国ながら、移民が作ってきたという特殊な事情も作用しているのでしょうが、音楽の豊潤さを感じますね。

 ちなみにバンド名のカタカナ表記は、以前は「ボン・イヴェア」という表記も散見されましたが、最近は「ボン・イヴェール」に統一されたようです。

 今作は、アコースティックギターの弾き語りを基本にしたフォーキーなサウンドに、オルタナティヴなアレンジが加えられた1枚。歌とアコースティック・ギターだけのシンプルで綺麗な曲だなぁ…と思って聴いていると、突如として異物的な音が入ってきて、驚くこともしばしば。しかし、「異物的」とは書きましたが、フォーキーな歌とギターに見事に溶け合ったかたちで、多種多様なサウンドやアレンジが加えられています。

 もっとフランクな言葉で言い換えると、変な音が音楽のフックになっているということ。例えば1曲目「Flume」の奥で持続して流れている電子的な音や、ジリジリした鐘のような音だとか、違和感がありそうなのに、むしろ心地よく感じるほどにメインの音楽と溶け合っています。

 2曲目の「Lump Sum」は、ギターのフレットを移動するときの弦をこする音まで拾った生々しいサウンドの曲ですが、パタパタとはためくようなリズムが、ギターの邪魔をせず入ってきます。

 4曲目「The Wolves (Act I And II)」もアコギの弾き語りのような曲なのに、再生時間3:55あたりから徐々にサンプラーで加工されたような音が入り始め、音楽が増殖していくような感覚があります。

 5曲目「Blindsided」はポスト・プロダクションを感じさせながら、音数は少ないものの各楽器が絡み合うようなアンサンブルが秀逸。

 7曲目「Team」はドラムとエレキギターの入った、ボーカルレスの1曲。2分弱の曲ですが、ミニマルなドラムのリズムに、ギターが折り重なるように乗っていくのが心地よい1曲。

 8曲目は「For Emma」。個人的にアルバムの中で1番好きな1曲。わずかに濁りを感じさせるコード、アコースティックギターの刻むリズム、バンド全体のアンサンブル、全てが良いです。

 基本的には、フォークやカントリーに近い、アコースティックギターの弾き語りを中心に据えたアレンジと音作り。そこに、わずかにエッセンス程度に実験性を忍ばせていて、クセになる1枚です。こういうルーツと現代性が融合した音楽に出会えるところも、アメリカのインディー・シーンの魅力。