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 子供のころから音楽が大好きです! いろいろな音楽を聴いていくうちに、いつのまにやらUSインディーズの深い森へ。  主にアメリカのインディーズ・レーベルに所属するバンドのディスク・レビュー、レーベル・ガイドなどをマイペースに書いています。インディーズの奥の深さ、楽しみ方、おすすめのバンドなど、自分なりにお伝えできればと思っています。お気に入りのバンド、作品、レーベルを探すうえで、少しでも参考になれば幸いです。

Iron & Wine “Our Endless Numbered Days” / アイアン・アンド・ワイン『アワ・エンドレス・ナンバード・デイズ』


Iron & Wine “Our Endless Numbered Days”

アイアン・アンド・ワイン 『アワ・エンドレス・ナンバード・デイズ』
発売: 2004年3月23日
レーベル: Sub Pop (サブ・ポップ)
プロデュース: Brian Deck (ブライアン・デック)

 サウスカロライナ州チャピン出身のシンガーソングライター、サム・ビーム(Sam Beam)のソロ・プロジェクト、アイアン・アンド・ワインの2ndアルバム。前作に引き続き、シアトルの名門インディー・レーベル、サブ・ポップからのリリース。

 通常は「Iron & Wine」という表記ですが、本作のジャケット上では「Iron + Wine」と綴られています。

 4トラックのレコーダーを使用して、サム・ビーム個人で製作したデモテープが元となった前作『The Creek Drank The Cradle』。レコーディングも含め、全ての楽器をビーム自身が演奏し、宅録らしいチープな音質と、楽器数の少ないシンプルなアンサンブルを持つ1作でした。

 約1年半の間隔を置いてリリースされた本作では、バック・バンドを従え、シカゴのエンジン・スタジオ(Engine Studios)にてレコーディングを実施。サウンド・プロダクションとアンサンブルの両面で、前作よりも洗練されています。

 チープな音質を好むという方もいらっしゃるでしょうし、簡素なサウンド・プロダクションによって、歌や演奏が前景化されるといった効果もあるでしょう。そのため、音楽において何を「向上」と呼ぶべきかは、難しいところ。

 しかし、少なくとも前作と比較して、各楽器の音質がくっきりとし、音圧も高まっているのは確かです。多くの人が、前作よりも音質が向上したと感じるであろうサウンドで、レコーディングされています。

 音楽面でも、ビーム個人で全ての楽器をこなしていた前作に対して、本作ではプロデューサーを務めるブライアン・デックを含め、ビーム以外に6人のミュージシャンが参加。ギターと歌を中心に構成された前作と比較して、格段に厚みを増したアンサンブルが展開されています。

 フォークやカントリーの色が濃い作風は、前作と共通。しかし、無駄を削ぎ落としたシンプルなサウンドとアンサンブルによって、歌が前景化された前作に対して、本作では前述のとおり多くのミュージシャンを迎え、立体感と多彩さが格段に増しています。

 歌心は変わらず持ち続けていますが、よりアンサンブル志向の高まった1作とも言えます。

 1曲目「On Your Wings」では、イントロからギターがチクタクチクタクとフレーズを刻み、歌も含めて、各楽器がカッチリと組み合うアンサンブルが構成。そこまで音数は詰め込まれていないものの、多様なパーカッションの音色が、楽曲をカラフルに彩っていきます。

 2曲目「Naked As We Came」は、流れるように紡がれるギターのフレーズに、ボーカルのメロディーが重なり、穏やかな川のようなアンサンブルを構成する1曲。

 3曲目「Cinder And Smoke」は、音数が少ないながらも、立体的なアンサンブルを作り上げていく1曲。パーカッションの個性的なサウンドがアクセントとなり、耳を掴みます。途中から入ってくる、隙間を埋めるような野太いベース、低音でパワフルに響くバスドラなど、適材適所で音が置かれる、機能的なアンサンブル。

 4曲目「Sunset Soon Forgotten」は、みずみずしく、はじけるような音色のギターが躍動する1曲。ギターとボーカルのみで構成される曲ですが、不足は感じず、いきいきとした躍動感に溢れた演奏が繰り広げられます。

 5曲目「Teeth In The Grass」は、タイトなアンサンブルでありながら、前への推進力を持った、カントリー色の濃い1曲。

 6曲目「Love And Some Verses」では、前半はギターとボーカルが折り重なるようにフレーズを紡ぎ、再生時間1:24あたりでドラムが入ると、途端に躍動感が増加。ミドルテンポに乗せて、ゆるやかなグルーヴ感が生まれる、牧歌的な雰囲気の1曲。

 9曲目「Free Until They Cut Me Down」は、各楽器が絡み合うように、躍動的なアンサンブルが展開する、ブルージーな1曲。

 11曲目「Sodom, South Georgia」では、一定のリズムで揺れる伴奏をバックに、ボーカルが囁くようにメロディーを紡いでいきます。
 
 アルバム全体をとおして、生楽器のオーガニックな響きを活かした1作。サウンドにもアンサンブルにも、決して派手さはないのですが、音の組み合わせによって、多彩な世界観を描き出しています。

 前述のとおり、アコースティック・ギターが主軸に据えられ、フォーキーなサウンドを持った本作。しかし、随所で用いられる各種パーカッションの意外性のあるサウンドが、本作に色を足し、オルタナティヴな空気をもたらしています。

 音数を詰め込み過ぎず、適材適所に効果的なサウンドを用いた本作は、オルタナ性とルーツ・ミュージックが、巧みにブレンドされたアルバムであると思います。個人的に、かなりお気に入りの1作!

 





Iron & Wine “The Creek Drank The Cradle” / アイアン・アンド・ワイン『ザ・クリーク・ドランク・ザ・クレイドル』


Iron & Wine “The Creek Drank The Cradle”

アイアン・アンド・ワイン 『ザ・クリーク・ドランク・ザ・クレイドル』
発売: 2002年9月24日
レーベル: Sub Pop (サブ・ポップ)

 サウスカロライナ州チャピン(Chapin)出身のシンガーソングライター、サム・ビーム(Sam Beam)。ステージ・ネームと、レコーディング・ネームとして、「アイアン・アンド・ワイン」を名乗る彼の1stアルバム。

 1974年、サウスカロライナ州チャピンに生まれたサム・ビーム。地元の高校を卒業後、バージニア・コモンウェルス大学へ進学。さらに同大卒業後、フロリダ州立大学大学院へ進学し、映画を専攻して修士号を取得しています。

 90年代中頃から、作曲を開始。2002年には、友人から4トラックのレコーダーを借り、デモテープの制作を開始します。完成したデモテープの1本を、友人のマイケル・ブリッドウェル(Michael Bridwell)に渡し、彼はそのテープをイエティ・マガジン(YETI magazine)というカルチャー雑誌の編集者をしている友人に渡します。

 ちなみにブリッドウェルは、のちにバンド・オブ・ホーセズ(Band Of Horses)を結成することになる、ベン・ブリッドウェル(Ben Bridwell)。

 ビームのデモテープは、イエティ・マガジンのまとめるコンピレーションCDに収録。それがシアトルのインディー・レーベル、サブ・ポップの運営者ジョナサン・ポーンマン(Jonathan Poneman)の耳に入り、サブ・ポップとの契約に至りました。

 本作がリリースされたのは2002年。サム・ビームが、28歳のときです。10代でデビューするバンドもいるなか、遅いデビューと言って良いでしょう。

 サム・ビームが、個人でレコーディングしたデモテープが元となった本作。そのため、音質はお世辞にも良いとは言えません。そんな飾り気のないサウンド・プロダクションの中で浮かび上がるのは、彼の紡ぐメロディーと歌心。

 サウンドと比例するように、むき出しのメロディーと歌が前景化されたのが本作です。他に前に出すものが無い、とも言えるのですが…。ただ、歌唱とソングライティングが、本作の中心に置かれているのは事実。伴奏もアコースティック・ギターを中心にした、穏やかでシンプルなもの。

 1曲目の「Lion’s Mane」から、アコースティック・ギターの粒だったフレーズに、ささやき系のボーカルが重なり、穏やかな空気を演出しています。奥の方ではスライド・ギターらしき音も聞こえ、牧歌的な空気に立体感をプラス。

 2曲目「Bird Stealing Bread」も、さざ波のように穏やかに揺れるギターのリズムに乗って、高音を用いたメロディーが漂う、流麗な1曲。

 3曲目「Faded From The Winter」は、ギターの軽やかで小刻みなフレーズに、長めの音符を多用したボーカルのメロディーが、対比的に重なる1曲。再生時間2:08あたりから始まるギターソロも、ボーカル以上に歌心があり、心地よく響きます。

 7曲目「Southern Anthem」は、穏やかに流れるような曲想の多い本作において、やや縦ノリのリズムを持った曲。とはいえ、もちろんゴリゴリのビートで進行するわけではなく、ギターと歌のメロディーが、ゆったりと揺らぎを持って、リズムを刻んでいきます。

 9曲目「Weary Memory」は、ゆったりとしたテンポに乗せて、コード・ストロークとスライド・ギター、歌のメロディーが、丁寧に音を置いていく1曲。各フレーズは「有機的に組み合う」という感じではないのですが、空間を音で満たすように、互いに
干渉することなく、広がっていきます。

 アコースティック・ギターの奏でるフォーキーなサウンドと、穏やかな歌が中心に据えられたアルバムです。伴奏のギターと、歌のメロディー、それにギターソロや副旋律がところどころで足されるシンプルなアンサンブルが、アルバム全編にわたって展開。

 シンプルなアンサンブルの中で、穏やかに流れるメロディーが際立つ1作です。前述のとおり、デモテープが元になった簡素なサウンド・プロダクションを持った本作ですが、それが欠点に感じられることは少なく、むしろメロディーとも相まって、穏やかな空気を演出しています。

 





Free Kitten “Sentimental Education” / フリー・キトゥン『センチメンタル・エデュケーション』


Free Kitten “Sentimental Education”

フリー・キトゥン 『センチメンタル・エデュケーション』
発売: 1997年9月23日
レーベル: Kill Rock Stars (キル・ロック・スターズ)
プロデュース: Wharton Tiers (ウォートン・ティアーズ)

 ソニック・ユース(Sonic Youth)のキム・ゴードン(Kim Gordon)、プッシー・ガロア(Pussy Galore)のジュリア・カフリッツ(Julia Cafritz)らによって結成された、フリー・キトゥンの2ndアルバム。アルバム・タイトルは、フランスの小説家ギュスターヴ・フローベールの小説『感情教育』(L’Éducation sentimentale)から。

 メンバーは上記2名の他、ボアダムスのヨシミ、ペイヴメント(Pavement)のマーク・イボルド(Mark Ibold)を加えた4人。実験性の高いオルタナティヴ・ロックのメンバーが揃った、スーパー・バンドと言えるバンドです。

 前作『Nice Ass』も、期待に違わぬ、ジャンクでアングラ臭の充満するアルバムでしたが、本作もワシントンD.C.出身のヒップホップ・ミュージシャン、DJスプーキー(DJ Spooky)とのコラボ楽曲を収録するなど、前作以上に雑多でアヴァンギャルドなアルバムとなっています。

 1曲目の「Teenie Weenie Boppie」は、フランスの作曲家・歌手・映画監督・俳優のセルジュ・ゲンスブール(Serge Gainsbourg)のカバー。自由奔放なコーラスワークと、ノイジーなギター、ホーン・セクションが溶け合った、アヴァンギャルドなポップ。

 2曲目「Top 40」は、ギターを中心に、奇妙なフレーズが飛び交う、ジャンクな雰囲気の1曲。

 6曲目「Dj Spooky’s Spatialized Chinatown Express Mix」は、タイトルのとおり、DJスプーキーとのコラボ楽曲。ノイジーなフレーズの断片が反復され、再構築されていきます。フリー・キトゥンが持つジャンクなサウンドと、ヒップホップのループ感が融合した1曲。

 7曲目「Bouwerie Boy」は、ドタバタと躍動感のあるアンサンブルが展開するロック・チューン。潰れたように歪んだ音色のギター、物憂げな歌唱のボーカルと、アングラ臭も香る1曲です。

 8曲目「Records Sleep」は、チューニングに不安を感じる奇妙なフレーズが飛び交う、アヴァンギャルドな1曲。実験的でありながら、多様な音が飛び交うサウンドはカラフル。実験性とポップさを兼ね備えています。

 10曲目はアルバム表題曲の「Sentimental Education」。イントロから、各楽器が絡み合うように、一体感のあるアンサンブルが構成。12分を超えるインスト曲ですが、次々と表情を変えながら進行。じわじわとグルーヴ感とドライヴ感を増していく展開は、ソニック・ユースを彷彿とさせます。

 14曲目「Daddy Long Legs」は、トランペットがフィーチャーされ、各楽器の音が無作為に漂うようにアンサンブルが構成される、フリージャズ色の濃い1曲。

 ギターを主軸にした、ノイジーなロックが並ぶ前作と比較すると、より楽曲の多彩さが増した2作目です。

 DJスプーキーをゲストに迎えた楽曲と、セルジュ・ゲンスブールのカバー曲が、特に象徴的。「ジャンクなギター・ロック」とでも呼ぶべき、ソニック・ユースに近い音楽を鳴らしていた前作と比べると、サウンドと音楽性の両面で幅が広がり、より間口の広いアヴァンギャルドなポップスを繰り広げています。

 バンドのサブ・プロジェクトや、この種のスーパーバンドには、決して成功とは言えないクオリティのものもあります。しかし、フリー・キトゥンは、アヴァンギャルドなロック・バンドとして秀逸。実験性とポップさを、高い次元で両立し、片手間のバンドとは切り捨てられないクオリティを備えています。

 





Free Kitten “Nice Ass” / フリー・キトゥン『ナイス・アス』


Free Kitten “Nice Ass”

フリー・キトゥン 『ナイス・アス』
発売: 1995年1月30日
レーベル: Kill Rock Stars (キル・ロック・スターズ)

 ソニック・ユース(Sonic Youth)のキム・ゴードン(Kim Gordon)、プッシー・ガロア(Pussy Galore)のジュリア・カフリッツ(Julia Cafritz)、ボアダムスのヨシミ、ペイヴメント(Pavement)のマーク・イボルド(Mark Ibold)の4人からなるバンド、フリー・キトゥンの1stアルバム。

 著名なバンドのメンバーが集った、いわゆる「スーパーグループ」と呼ぶべきバンドです。当初は、キム・ゴードンとジュリア・カフリッツのギター・ボーカル2名で、1992年に活動開始。その後、ドラムにヨシミ、ベースにマーク・イボルドを加え、4人体制へ。

 本作リリース以前にも、数枚のミニ・アルバムやシングルをリリースし、1994年にはそれらを集めたコンピレーション・アルバム『Unboxed』を発売。翌1995年にリリースされた本作が、初のスタジオ・フル・アルバムとなります。

 上記のとおり、クセの強い個性的なバンドのメンバーによって結成されたフリー・キトゥン。本作で展開されるのも、期待を裏切らない、ジャンクでノイジーなサウンドを持った音楽です。『Nice Ass』というアルバムのタイトルも、示唆的ですね。美しい歌心が前面に出たアルバムではないことは、察しが付くでしょう。

 1曲目「Harvest Spoon」から、ざらついた歪みのギターが唸りを上げ、ドタバタしたリズム隊が立体的に躍動する、ノイジーなアンサンブルが展開されます。本作がリリースされたのは1995年ですが、同時期のソニック・ユースに近い音楽性。

 2曲目「Rock Of Ages」では、ジャンクな音色のギターとボーカルが、前のめりに音を放出していきます。サウンドとアンサンブルの両面で、耳障りでオルタナティヴな魅力が充満。

 3曲目「Proper Band」でも、各楽器の音作りは、下品でジャンク。この曲は、アンサンブルがややタイト。ロック的な
ダイナミズムを伴った演奏が展開します。

 6曲目「Call Back (Episode XXT)」は、メロディー感の薄いボーカルと、殺伐としたサウンド・プロダクションが合わさった、アングラ臭が充満する1曲。

 7曲目「Blindfold Test」は、メロディーとアンサンブルが、揺らめくように進行する、酩酊感のある1曲。

 9曲目「Revlon Liberation Orchestra」は、チープで金属的な音色のドラムをはじめとして、多種多様なノイズ的サウンドが飛び交う、アヴァンギャルドな1曲。

 10曲目「The Boasta」では、本来はドラムのヨシミがギター、ギターのキム・ゴードンがドラムを担当。そのため、どこかぎこちなくアンサンブルが進行します。おそらく、普通の演奏では得られない、違和感を生むことを目指したのでしょう。

 12曲目「Secret Sex Fiend」は、パンキッシュに走り抜ける、40秒ほどの1曲。曲の短さもさることながら、前のめりに音が噴出するような、疾走感ある演奏を展開しています。

 前述のとおり、実験的な要素を多分に持った4バンドのメンバーによって、結成されたこのバンド。各バンドの音楽性を考慮しても想像がつきますが、オルタナティヴなサウンドと発想を持った音楽が、アルバムを通して繰り広げられています。すなわち、選択肢の「じゃない方」を選び続ける、実験的なアプローチの充満した1作です。

 著名なメンバーの集まった、スーパーグループであることを差し引いても、ジャンクな音像が、ロック的なダイナミズムを伴って鼓膜を揺らす、優れたアルバムと言って良いでしょう。

 





Moses Sumney “Aromanticism” / モーゼス・サムニー『アロマンティシズム』


Moses Sumney “Aromanticism”

モーゼス・サムニー 『アロマンティシズム』
発売: 2017年9月22日
レーベル: Jagjaguwar (ジャグジャグウォー)
プロデュース: Joshua Willing Halpern (ジョシュア・ウィリング・ハルパーン)

 カリフォルニア州ロサンゼルスを拠点に活動するシンガーソングライター、モーゼス・サムニーの1stアルバム。

 ガーナ人の両親のもと、1990年にカリフォルニア州サンバーナーディーノで生まれたサムニー。これまでに数枚のEPとシングルを発表し、本作が初のアルバムとなります。インディアナ州ブルーミントンのインディー・レーベル、ジャグジャグウォーからのリリース。

 上記のとおり、ガーナにルーツを持つモーゼス・サムニー。アフリカにルーツを持つアメリカ人が作る音楽というと、ネオ・ソウルやR&Bが思い浮かびます。

 ヒップホップにも言えることですが、現代のブラック・ミュージックの特徴を単純化して挙げるならば、メロディーやハーモニーよりも、リズムを重視した音楽であることでしょう。もう少し具体的に言い換えるならば、コード進行に基づいたメロディーではなく、より自由な音の動きのメロディーを持った音楽である、ということ。

 そのため、この種のジャンルにカテゴライズされる楽曲は、複雑なコード進行を持つことは少なく、1コードあるいは2コードのみで進行する曲すら、たびたび見受けられます。そして、コード進行の呪縛から解き放たれたメロディーは、音程的にもリズム的にも、自由な動きを見せます。

 また、コード進行がシンプルになった分、バック・トラックのビートが強調され、リズムが前景化。結果として、メロディーやハーモニーよりも、相対的にリズムが前に出た音楽となります。

 さて、そのような文脈で考えた時に、モーゼス・サムニーが作る音楽の特異性が、鮮やかに浮かび上がってきます。前述のとおり、コード進行の機能に縛られず、より自由で風通しの良いメロディーを持つのが、現代的ブラック・ミュージックの特徴。

 モーゼス・サムニーの音楽も、その流れの中にあるのは間違いないのですが、彼の音楽はコード進行からの離脱や、ビートの重視といった従来の方法論ではなく、音響を重視したもの。音の響きを何よりも重視した彼の音楽は、ネオ・ソウルをエレクトロニカや音響系ポストロックの文法を用いてアップデートしたもの、と言ってもいいでしょう。

 1曲目「Man On The Moon (Reprise)」は、教会に響きわたるゴスペルを彷彿とさせる、厚みのあるコーラスワークが展開する、40秒ほどのトラック。ドラムなどのリズム楽器は用いられず、人の声のみで分厚い音の壁を構築しています。アルバム1曲目にふさわしく、本作の方向性を示した1曲です。

 2曲目「Don’t Bother Calling」は、ファルセットを駆使したボーカルと、シンプルなベースのフレーズが絡み合う、ミニマルなアンサンブルの1曲。言うまでもなく、一般的なバンド・サウンドと比較すれば、隙間の多いアンサンブルですが、ボーカルの声とメロディーの美しさが際立つアレンジです。途中から挿入されるストリングスが、楽曲に立体感をもたらしています。

 4曲目「Quarrel」は、ハープや人の声などのオーガニックな響きと、電子的なビートが溶け合った1曲。ベースを弾いているのは、サンダーキャット(Thundercat)。

 6曲目「Lonely World」は、ギターが幾重にも折り重なるイントロから、多様な楽器を用いたアンサンブルへと展開。生楽器と電子的なサウンドが溶け合い、躍動感のあるアンサンブルへと発展していきます。再生時間2:58あたりからのドラムなど、生楽器のいきいきとした響きを、電子的なサウンドの中で、対比的に際立たせるバランス感覚も秀逸。

 7曲目「Make Out In My Car」は、断片的なフレーズが、ポスト・プロダクションによってレイヤー状に重なっていく、エレクトロニカ的な音像を持った曲。そんな電子的なサウンドの中で、エフェクト処理されたボーカルが、バックの音と溶け合うように、メロディーを紡いでいきます。

 9曲目「Doomed」は、電子的な持続音の上に、ボーカルのメロディーが立体的に浮かび上がる、アンビエントなサウンド・プロダクションを持った1曲。

 11曲目「Self-Help Tape」では、透明感のある音色のギターとボーカルによって、建造物のように音楽が構築。伴奏がどうこう、メインのメロディーがどうこうという音楽ではなく、全ての音が有機的に組み合って、ひとつの音楽となっています。

 アルバム全体をとおして、音響系R&Bとでも呼びたくなるクオリティを持った1作です。メロディーやコーラスワークには、間違いなくゴスペル等ブラック・ミュージックからの影響が出ているのですが、できあがる音楽から黒っぽさは、それほど感じられません。

 その理由は、糸を引くようなリズムであったり、うねるようなバンドのグルーヴ感といった、黒っぽさを演出する要素を除き、その代わりに音響を前景化したアプローチを取っているため、というのが僕の考えです。

 ジャケットのデザインが宙に浮いた人というのも、このアルバムの音楽性を示していると思います。特定のジャンルに足をつけず、なおかつ浮遊感のあるサウンドを持っているという意味です。これは、ちょっと考えすぎかもしれませんが。

 インディー・「ロック」・レーベルのジャグジャグウォーからリリースされているのも示唆的ですね。ジャズとヒップホップの線引きが曖昧になっていくのと並行して、ロックとブラック・ミュージックの融合もますます進んで、境界が曖昧になっていくのでしょう。