「ディスクレビュー」カテゴリーアーカイブ

Kevin Morby “City Music” / ケヴィン・モービー『シティー・ミュージック』


Kevin Morby “City Music”

ケヴィン・モービー 『シティー・ミュージック』
発売: 2017年6月16日
レーベル: Dead Oceans (デッド・オーシャンズ)
プロデュース: Richard Swift (リチャード・スウィフト)

 ウッズ(Woods)や、ザ・ベイビーズ(The Babies)の元メンバーとしても知られる、シンガー・ソングライターでありギタリスト、ケヴィン・モービーの4thアルバム。

 プロデューサーを務めるのは、ザ・シンズ(The Shins)やジ・アークス(The Arcs)の元メンバーとしても知られる、リチャード・スウィフト。

 これまでの3作は、フォークやカントリーといったルーツ・ミュージックを下敷きに、エレキ・ギターやシンセサイザーによってオルタナティヴな色をプラスする、というのが特徴でした。4作目となる本作は、ルーツ色がかなり薄まり、インディー・ロック色の濃くなった1作と言えます。

 1曲目の「Come To Me Now」では、イントロからオルガンの荘厳なサウンドが響きわたり、そこに感情を抑えたボーカルが重なります。音響を重視したサウンドに、徐々にベースやドラムなどが、リズムや厚みを足していきますが、最後までオルガンを中心にした演奏が続きます。

 2曲目「Crybaby」は、循環するコード進行に乗せて、どこか呪術的なボーカルがメロディーを紡ぐ、サイケデリックな空気を醸し出す1曲。

 3曲目「1234」は、タイトルのとおり「one two three four」という歌詞が印象的な、疾走感あふれるシンプルなロックンロール。ラモーンズ(Ramones)に敬意をあらわすため、「#1234」というタイトルの曲を作ろうと思い立ったことが、この曲の始まりとのこと。メロディーは、ジム・キャロル(Jim Carroll)の「People Who Died」を部分的に借り、ラモーンズと並んでジム・キャロルにも捧げられています。

 7曲目「City Music」は、ゆったりとしたテンポに乗せて、2本のギターの回転するようなフレーズとリズム隊が有機的に組み合い、一体感のあるアンサンブルが構成される1曲。再生時間2:10あたりからボーカルが入ると、徐々に演奏が立体的になり、テンポが上がり、躍動感も増していきます。後半はさらにテンポが高速になり、疾走感あふれる演奏が展開。

 9曲目「Caught In My Eye」は、ロサンゼルス出身のパンク・バンド、ジャームス(The Germs)のカバー。本家のがなりたてるようなボーカルと荒削りな演奏と比較すると、カントリー風味の穏やかなサウンドと演奏。しかし、雰囲気は穏やかながら、演奏からは緩やかな躍動感が溢れ、本家とは違った魅力を持った曲に仕上がっています。

 12曲目「Downtown’s Lights」は、ギターと歌を中心に据えた、穏やかな1曲。リズム隊が加わると、アンサンブルが立体的になり、スウィング感も伴います。スローテンポのメロウな曲ですが、雰囲気は牧歌的なカントリーというよりも、曲名のとおり都会の夜を感じさせる1曲。

 最初にも述べたとおり、前作までと比較すると、フォーク色は薄くなり、都会的でインディーロック色の濃くなった1作です。

 前作からの相違点をもうひとつ挙げると、プロデューサーがサム・コーエン(Sam Cohen)から、リチャード・スウィフトへ交代。バークリー音楽大学(Berklee College of Music)で、オーディオ・エンジニアリングやレコード・プロダクションを学んだコーエンに対して、音楽一家に生まれ幼少期から教会で歌い、バンドマンやソロ・ミュージシャンとしての色も強いスウィフト。

 職人的にケヴィン・モービーの音作りを助ける前者に対して、レコーディングではドラムやピアノなど複数の楽器でプレイヤーとしても参加する後者が、バンド感を強め、新たなサウンドに向かわせるきっかけとなったのかもしれません。

 ただ、ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、リチャード・スウィフトは2018年7月3日に、帰らぬ人となってしまいました。本当に残念…。

 





Kevin Morby “Singing Saw” / ケヴィン・モービー『シンギング・ソウ』


Kevin Morby “Singing Saw”

ケヴィン・モービー 『シンギング・ソウ』
発売: 2016年4月15日
レーベル: Dead Oceans (デッド・オーシャンズ)
プロデュース: Sam Cohen (サム・コーエン)

 テキサス州ラボック出身のシンガーソングライターでありギタリスト、ケヴィン・モービーの3rdアルバム。

 インディー・フォークバンド、ウッズ(Woods)への参加でも知られ、前作まではウッズのメンバーであるジェレミー・アールが設立したレーベル、ウッドシストからのリリース。しかし、本作からはインディアナ州ブルーミントン拠点のレーベル、デッド・オーシャンズへ移籍しています。

 アコースティック・ギターと牧歌的なボーカルを主軸にしたフォーキーなサウンドに、電子楽器を散りばめて、現代的な空気も併せ持つアンサンブルが展開される1作。

 フォークやカントリーを下敷きに、コンパクトにまとまった躍動感あふれる演奏が繰り広げられます。サウンド面でも、楽曲によってエレキ・ギターやキーボード、フルート、トランペット、ストリングスなどが導入され、派手さは無いものの、多彩さと奥行きを持っています。

 1曲目「Cut Me Down」は、イントロから揺れる高音の電子音と、アコースティック・ギターが溶け合い、柔らかなサウンドを作り上げていきます。各楽器ともシンプルで手数は少ないものの、隙間を感じさせない有機的なアンサンブルを構成。イントロから、所々で聞こえる電子音が、フォークだけにとどまらないオルタナティヴな空気を、効果的に演出しています。

 2曲目「I Have Been To The Mountain」は、タイトかつ躍動感の溢れる演奏が展開される1曲。各楽器ともリズムが正確で、輪郭のくっきりした無駄のない音を綴っていきます。トランペットと女声コーラスが楽曲を華やかに彩り、再生時間1:37あたりからのギター・ソロの音作りにはオルタナティヴ・ロックの香りが漂う、カラフルな印象の1曲です。

 3曲目「Singing Saw」は、足を引きずるように、タメをたっぷりと取ったギターに、穏やかな歌のメロディーが乗り、徐々に楽器が加わって、立体的なアンサンブルへと発展していく1曲。再生時間1:24あたりからは、ブルージーなギターと、トレモロのかかったキーボードの音が向き合い、ルーツ・ミュージックとオルタナティヴ・ロックが融合するように、音楽がさらに深みを増していきます。

 4曲目「Drunk And On A Star」では、電子的な持続音と、ギターのオーガニックな響き、ストリングスのロングトーンが重なり、多層的なサウンドを作り上げていきます。ボーカルの穏やかなメロディーも秀逸ですが、サウンド面は音響系のポストロックのようで、歌が無くとも成立しそうな1曲。

 5曲目「Dorothy」は、ジャンクな音色のギターが印象的な、ビートのはっきりしたノリの良い1曲。ギター以外にも多様なサウンドが飛び交う、カラフルなサウンド・プロダクションと、賑やかな雰囲気を持っています。

 6曲目「Ferris Wheel」は、やや不穏なアンビエントなイントロから始まり、その後はピアノと歌のみで展開される1曲。ピアノと歌のみですが、両者ともにリズムのメリハリをはじめとした表現力が豊かで、メロディーが際立つ、いきいきとした演奏が繰り広げられます。

 7曲目「Destroyer」は、一定のリズムで波が揺れるような、ゆったりとしたスウィング感を持った1曲。サウンドも、ピアノとストリングスがフィーチャーされ、生楽器をいかした穏やかなもの。しかし、レコーディング後に編集を施したのか、断片的に入ってくるドラムのリズムが、楽曲に立体感とオルタナティヴな空気をプラスしています。

 8曲目「Black Flowers」は、イントロからドラムとパーカッションが立体的に響く、楽しげで軽快な1曲。各楽器が絡み合うようにアンサンブルを構成し、手数は決して多くはないのに、音楽の情報量が非常に多く感じられます。

 9曲目「Water」は、長めの音符が重なり合う伴奏に、歌のメロディーが乗り、多層的なサウンドを作る前半から、ゆるやかに躍動するアンサンブルの後半へと展開する1曲。

 アルバム全体をとおして、フォークやカントリーといったルーツ・ミュージックへの愛情とリスペクトを感じる、牧歌的な雰囲気が充満。同時に、随所にエレキ・ギターやキーボードによる現代的なサウンドが加えられ、新しさも感じる1作です。

 ルーツと現代性の融合が、わざとらしくおこなわれるのではなく、あくまでさりげなく、メロディーを引き立たせるかたちで実現されているところに、ケヴィン・モービーという人のバランス感覚の秀逸さを感じます。

 





Ryley Walker “Deafman Glance” / ライリー・ウォーカー『デフマン・グランス』


Ryley Walker “Deafman Glance”

ライリー・ウォーカー 『デフマン・グランス』
発売: 2018年5月18日
レーベル: Dead Oceans (デッド・オーシャンズ)
プロデュース: LeRoy Bach (リロイ・バック)

 イリノイ州ロックフォード出身のシンガーソングライター兼ギタリスト、ライリー・ウォーカーの4thアルバム。前作『Golden Sings That Have Been Sung』に引き続き、元ウィルコ(Wilco)のリロイ・バック(LeRoy Bach)がプロデュースを担当。

 フォークを主なルーツに持ち、フィンガー・スタイルのギター・プレイを得意とするライリー・ウォーカー。これまでのソロ作品も、フォークやカントリーを根底に持つ音楽性であり、彼のギター・プレイがアンサンブルの中核を担っていました。

 しかし、デビュー以来まったく変わらぬ音楽性でアルバムを作り続けてきたかというと、もちろんそんなことはありません。1作目から本作に到るまでの音楽性の変化を単純化して言うならば、フォーク色の濃い1作目から、徐々にジャズ色やオルタナティヴ・ロック色を導入。音楽性がより多彩かつ現代的になっています。

 4作目となる本作でも、基本的には前作までの流れを踏襲。ゆったりとしたテンポと、生楽器の音色をいかした穏やかなサウンドの楽曲が多く、ややフォークやカントリーの要素が色濃く戻ってきた感もありますが、随所にオルタナティヴなアレンジも顔を出します。前述のとおり、プロデュースを元ウィルコのリロイ・バックが担当しており、彼の参加がオルタナ色を帯びる、大きな要因になっているのではと思います。

 1曲目の「In Castle Dome」は、遅めのテンポに乗せて、ブルージーなギターと歌を中心に据えた、穏やかなアンサンブルが展開される1曲。フルートらしき音色が、楽曲に彩りを加えています。

 3曲目「Accommodations」は、不穏なハーモニーのイントロから始まり、再生時間0:52あたりからの音が散らばっていくようなアレンジなど、アヴァンギャルドな空気を持った曲。

 4曲目「Can’t Ask Why」は、電子音が広がっていく、エレクトロニカのような音像のイントロからスタート。その後、歌とアコースティック・ギターが電子音と溶け合い、ソフトで穏やかなサウンドを作り上げていきます。

 5曲目「Opposite Middle」は、ビートがはっきりとしたノリの良い1曲。ゆるやかなスウィング感を持った演奏が繰り広げられます。

 7曲目「Expired」は、電子的な持続音と、みずみずしいアコースティック・ギターの音色が溶け合った、柔らかなサウンド・プロダクションを持った1曲。ボーカルが無ければ、音響系のポストロックかエレクトロニカとしても成立しそうな音像。

 8曲目「Rocks On Rainbow」は、アコースティック・ギターのいきいきとした演奏が展開されるインスト曲。1stアルバムでは、このようにギターがフィーチャーされた曲が多かったのですが、バンドの編成が拡大した本作では、新鮮に響きます。

 9曲目「Spoil With The Rest」は、各楽器が折り重なるようにアンサンブルを構成する、いきいきとした躍動感と立体感のある1曲。歪んだギターも用いられており、このアルバムの中ではハードな音像を持った曲ですが、一般的には穏やかなサウンド・プロダクションと言えます。バンドがひとつの生命体をなすような、あるいは機械のようにぴったりと歯車が合うような、有機的なアンサンブルは、聴いていて体が自然に動き出してしまうような心地よさがあります。

 アルバム全体をとおして、フォークやカントリーが下敷きにあるのは分かるのですが、ルーツの焼き直しではない、実験的なアレンジや意外性のあるサウンドも散りばめられています。前作『Golden Sings That Have Been Sung』の方が、よりわかりやすくオルタナティヴ・ロック的なアレンジが導入されていたので、本作ではライリー・ウォーカーが折衷的ではなく、より自分自身の音楽性を追求できたアルバムなのでは、と思います。

 いずれにしても、ルーツへのリスペクトと、自分自身のオリジナリティをしっかりと両立させた良盤です。

 





Ryley Walker “Golden Sings That Have Been Sung” / ライリー・ウォーカー『ゴールデン・シングス・ザット・ハヴ・ビーン・サング』


Ryley Walker “Golden Sings That Have Been Sung”

ライリー・ウォーカー 『ゴールデン・シングス・ザット・ハヴ・ビーン・サング』
発売: 2016年8月19日
レーベル: Dead Oceans (デッド・オーシャンズ)
プロデュース: LeRoy Bach (リロイ・バック)

 イリノイ州ロックフォード出身のシンガーソングライターでありギタリスト、ライリー・ウォーカーの3rdアルバム。前作『Primrose Green』に引き続き、インディアナ州ブルーミントン拠点のインディペンデント・レーベル、デッド・オーシャンズからのリリース。

 過去2作は、ライリー・ウォーカーのフィンガースタイル・ギターを中心に据えた、アコースティックなサウンドを持った作品でした。本作でも彼のギタープレイは健在ですが、よりアンサンブル志向が強まり、サウンド・プロダクションの面でも、多様な楽器が用いられ、多彩さを増した1作になっています。

 1曲目「The Halfwit In Me」は、ギターとクラリネットによるイントロに導かれ、ゆるやかにスウィングするアンサンブルが展開される1曲。バンド全体がひとつの生命体であるかのような、躍動感と生命力を感じる演奏。

 2曲目「A Choir Apart」は、ドラムの立体的で生楽器らしいサウンドと、シンセサイザーと思しき電子的なサウンドが溶け合い、ルーツ・ミュージックの香りを漂わせながら、同時に現代性を持ち合わせています。手数を絞りながらもスウィング感を生み出すドラムと、ベースのリズムの取り方からは、ジャズの香りも漂います。

 5曲目「I Will Ask You Twice」は、ギターとボーカルのみで構成された、牧歌的で穏やかな1曲。しかし、音が足りないと感じることはなく、ボーカルと複数のギターが有機的に絡み合いながら、アンサンブルを作り上げていきます。

 6曲目「The Roundabout」は、5曲目に引き続き、アコースティック・ギターがフィーチャーされた1曲。こちらには他の楽器も用いられ、カントリーを下敷きにした穏やかなサウンドを用いて、ゆるやかに躍動する演奏が繰り広げられます。高音域の柔らかなキーボードの音色がアクセント。

 8曲目「Age Old Tale」は、様々な楽器の音が聞こえるミニマルなイントロから始まり、ゆったりとしたテンポに乗せて、穏やかな海のように揺れるアンサンブルが展開される1曲。リズム隊の刻むリズムはジャズ的なスウィング感を伴い、楽曲に立体感をもたらしています。

 ライリー・ウォーカー自身は、フォークやカントリーを主な影響源に持つギタリストなのだと思いますが、前作に引き続きジャズ畑のベースのアントン・ハトウィッチ(Anton Hatwich)、ドラムのフランク・ロザリー(Frank Rosaly)が参加。彼らの参加が、本作にジャズの空気を持ち込み、多彩さの一端になっているのは事実でしょう。

 また、本作でプロデューサーを務める、元ウィルコ(Wilco)のリロイ・バック(LeRoy Bach)の貢献も見逃せません。リロイ・バックはプロデュース以外にも、ギター、ピアノ、クラリネット、パーカッション、ラップ・スティール・ギターなど、レコーディングで実に多くの楽器を演奏しており、本作のカラフルな作風を実現する、大きな要因となっているはずです。

 ライリー・ウォーカーのソロ名義で3作目のアルバムとなる本作は、これまでのフォーキーなサウンドと音楽性を引き継ぎながら、サウンドと音楽性の両面で、より多彩さと広がりを見せた1作です。

 





Bastro “Sing The Troubled Beast” / バストロ『シング・ザ・トラブルド・ビースト』


Bastro “Sing The Troubled Beast”

バストロ 『シング・ザ・トラブルド・ビースト』
発売: 1990年
レーベル: Homestead (ホームステッド), Drag City (ドラッグ・シティ)

 デイヴィッド・グラブス(David Grubbs)と、ジョン・マッケンタイア(John McEntire)が在籍したバンド、バストロの2ndアルバムであり、ラスト・アルバム。(活動終了後の2005年に、ライブ・アルバムのリリースはあります。)

 グラブスはガスター・デル・ソル(Gastr Del Sol)やソロ活動、マッケンタイアはトータス(Tortoise)での活動をはじめ、非常に多岐にわたって活躍する2人。そのため、彼らの音楽性を単純にジャンルに振り分けることは困難ですが、本作で展開されるのは、歪んだギターを中心にしたハードな音像と、実験的なアレンジが同居したポスト・ハードコア・サウンド。

 ガスター・デル・ソルの実験的なアコースティック・サウンド、あるいはシカゴ音響派の筆頭としてのトータスを、頭に置きながら本作を聴くと、意外な印象を持たれるかもしれません。しかし、バストロとガスター・デル・ソルやトータスが、全く断絶していて音楽性の繋がりが無いのかと言えば、そんなことはなく、地続きになっているのも事実。

 元々は、デイヴィッド・グラブスが在籍していたパンク・ロック・バンド、スクワール・バイト(Squirrel Bait)解散後に、メンバーだったグラブスとクラーク・ジョンソン(Clark Johnson)によって、結成されたバストロ。パンク・ロックからハードコア、さらにはポスト・ハードコアとポストロックへの、橋渡しとなるバンドと言っても良いでしょう。

 さて、前述のスクワール・バイトは、激しいサウンドや高速のテンポはハードコア的と言えますが、同時にその後のマスロックに繋がるような複雑さと実験性も持ち合わせており、広い意味ではポスト・ハードコアと言っても良いサウンドを持ったバンドでした。

 そして、スクワール・バイト解散後に結成されたバストロの1stアルバム『Diablo Guapo』は、スクワール・バイトの音楽性をさらに一本進めたと言っていい、攻撃性と実験性が、高い次元で両立された1作でした。

 そんな『Diablo Guapo』に続く、本作『Sing The Troubled Beast』では、さらにアンサンブルの複雑性と実験性が増し、ポストロック色が濃くなったと言い換えても良い音楽が展開されています。また、疾走感や攻撃性が失われていないのも、特筆すべきところ。

 1曲目の「Demons Begone」は、足が絡まりそうなリズムで走り抜けていく、複雑さと疾走感の同居する1曲。

 2曲目「Krakow, Illinois」も1曲目に続いて、疾走感と実験性を併せ持っています。イントロから、立体的かつ躍動感の溢れるアンサンブルが展開。ギターの回転するようなフレーズと、タイトで正確なリズム隊との一体感が、直線的なリズムで走るだけでは生まれない、立体感と躍動感を生んでいきます。

 3曲目「I Come From A Long Line Of Shipbuilders」は、イントロの呪文のようなスポークン・ワードに続いて、下品に歪んだジャンクなサウンドによる、パワフルで塊感のある演奏が展開される1曲。

 7曲目「Jefferson-In-Drag」は、粒だった音が転がるような、タイトで正確かつグルーヴ感のあるアンサンブルが繰り広げられます。

 8曲目「The Sifter」は、不穏な持続音と、ノイズ的なサウンドが重なる、アンビエントな1曲。

 9曲目「Noise / Star」は、タイトに鋭くリズムを刻むリズム隊と、金属的に尖ったギターのサウンドが絡み合い、疾走感の溢れる演奏を展開する1曲。ラフな部分と、タイトな部分のバランスが秀逸で、このバンドの演奏スキルの高さが垣間見えます。

 アルバムのラストを飾る10曲目の「Recidivist」は、ピアノとオルガンによるボーカルレスの1曲。2台の鍵盤が複雑に絡み合い、アングラ臭を伴った演奏が展開されます。激しく歪んだギターは用いずに、アングラ感やジャンク感を演出するセンスは見事。

 疾走感とジャンク感のあるハードコア・サウンドを下敷きにしながら、随所に実験的なサウンドやアレンジが散りばめられた本作。表層的なサウンドはハードで、その後のガスター・デル・ソルやトータスとの共通点を見出しにくいかもしれませんが、新しい音楽へと向かう態度とアイデアは、共通していると言えるでしょう。

 1990年にリリースされた本作ですが、2005年にシカゴの名門インディー・レーベル、ドラッグ・シティより1stアルバム『Diablo Guapo』と本作『Sing The Troubled Beast』を1枚にまとめた形で再発されています。残念ながら2018年7月現在、デジタル配信はされていないようです。