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Fastbacks “Zücker” / ファストバックス『ザッカー』


Fastbacks “Zücker”

ファストバックス 『ザッカー』
発売: 1993年2月2日
レーベル: Sub Pop (サブ・ポップ)
プロデュース: Conrad Uno (コンラッド・ウノ)

 ワシントン州シアトル出身の男女混合バンド、ファストバックスの3rdアルバム。前作と前々作は、プロデューサーのコンラッド・ウノが運営する、ポップラマからのリリースでしたが、本作から同じシアトルを拠点にするレーベル、サブ・ポップへ移籍。

 サブ・ポップと言えばニルヴァーナを輩出し、グランジ・オルタナ・ブームを牽引した、シアトルの名門レーベルです。レーベルは移籍したものの、レコーディング・エンジニアは前作に引き続き、コンラッド・ウノが担当。レコーディングとミキシングも、彼が所有するエッグ・スタジオ(Egg Studios)で実施されています。

 サブ・ポップ移籍後の初アルバムということもあり、彼らの代表作に挙げられることも多い本作。キャリアを通して、大きく音楽性を変えることはなかったファストバックスなので、本作が他の作品に比べて、圧倒的に優れているという事ではないのですが、人におすすめできるクオリティを備えた作品であるのは事実です。

 彼らの音楽性は、青春を感じる爽やかなメロディーとコーラスワークに、ハードな音色のギターと立体的なリズム隊が重なり、突き抜けるようにポップ。パワフルな音像と、キャッチーなメロディーが溶け合い、音楽が大好きだ!という気持ちに溢れた演奏を繰り広げます。

 本作でも、1曲目の「Believe Me Never」からエンジン全開。ファットに刺々しく歪んだギターと、やや物憂げな飾り気のないボーカルが合わさり、疾走感あふれる演奏が展開されます。キム・ワーニック(Kim Warnick)と、ルル・ガルジューロ(Lulu Gargiulo)の女性2名によるコーラスワークも、楽曲に厚みと彩りをプラス。

 2曲目「Gone To The Moon」は、イントロから鳴り響く、ざらついたギターの音色が印象的な1曲。ドラムが前のめりにリズムを刻み、流れるようなバンドのアンサンブルの上を、曲芸的にボーカルが駆け抜けていきます。

 3曲目は「Hung On A Bad Peg」。この曲でも、ギターのアグレッシヴなサウンドが耳に残ります。前曲とは異なる音作りで、マグマが噴出するように、勢いよく音が飛び出してきます。タイトなリズム隊がアンサンブルを支え、疾走感あふれるポップなパンク・ナンバー。

 5曲目「Never Heard Of Him」は、各楽器が絡み合い、転がるように躍動的なアンサンブルが展開される1曲。各楽器ともファットで激しい音作りですが、キーボードと思われる柔らかな電子音がアクセントとなり、楽曲をカラフルに彩っています。

 6曲目「When I’m Old」は、ささやくようなボーカルと、ギターのアルペジオから始まる、メロウな1曲。ミドルテンポに乗せて、疾走感よりもアンサンブルの構成を重視した演奏が展開されます。一種の教会音楽を思わせる、厚みのあるコーラスワークも秀逸。

 7曲目「All About Nothing」は、前曲に続いて、穏やかな空気を持った、ミドルテンポの1曲。ボーカルも含め、全ての楽器が機能的に組み合い、一体感のあるアンサンブルを作り上げます。

 8曲目「Bill Challenger」は、ギターが唸りをあげ、ハードロック的なフレーズを繰り出していく、1分ほどのインスト曲。メロウな曲が2曲続きましたが、ここで再びパンク・モードへ回帰する、インタールードの役割を担う曲ということでしょう。

 9曲目「Parts」は、無理やり押しつぶしたように、下品に歪んだギターが疾走する、パンク・ナンバー。バンド全体が、ひとつの塊のように迫ってくる、パワフルな演奏。

 10曲目「Kind Of Game」は、乾いた音質のドラムのイントロから、各楽器が絡み合う、タイトで躍動感に溢れたアンサンブルが展開される1曲。リズムが直線的ではなく、軽快に弾むように刻まれていきます。再生時間1:22あたりからのギターソロは、音色もフレーズも、いわゆる「泣きのギター」と呼びたくなるほどにメロディアス。

 12曲目「Please Read Me」は、ビージーズ(Bee Gees)のカバー曲。ゆったりとしたテンポに乗せて、ハーモニーを前景化するオリジナル版からは違い、テンポは抑えめですが、ハードな音作りのパンク風のアレンジ。ですが、美しいメロディーとコーラスワークは引き継ぎ、むしろハードな音像の中で、浮き彫りになっています。

 ファストバックスらしい、パワーポップかくあるべし!という魅力が、存分に詰め込まれたアルバム。メロウな曲もあり、ビージーズのカバーもありと、元々カラフルで楽しい彼らの音楽に、さらなるエッセンスが追加されています。

 前述したように、彼らの代表作に挙がることの多い本作ですが、それも納得のクオリティを備えた1作です。





Fastbacks “Very, Very Powerful Motor” / ファストバックス『ベリー・ベリー・パワフル・モーター』


Fastbacks “Very, Very Powerful Motor”

ファストバックス 『ベリー・ベリー・パワフル・モーター』
発売: 1990年3月1日
レーベル: Popllama (ポップラマ)
プロデュース: Conrad Uno (コンラッド・ウノ)

 ワシントン州シアトル出身の男女混合バンド、ファストバックスの2ndスタジオ・アルバム。前作に引き続き、ポップラマからのリリースで、レコーディング・エンジニアを務めるのは、同レーベルの設立者でもあるコンラッド・ウノ。

 グランジ旋風吹き荒れる、1990年リリースの作品ですが、実はファストバックスが結成されたのは1979年。この時点で、すでに10年以上のキャリアを持ったバンドです。

 そのため、というわけでもないのでしょうが、グランジに迎合することもなく、自分のやりたい音楽を心の底から楽しんでやっている、というのが滲み出たアルバムになっています。

 個人的には、じめじめした陰鬱なグランジも大好きなのですが、ファストバックスの鳴らす音は、それとは対極にカラッとした明るさを持ったもの。本作でも、分厚く歪んだギターと、ドタバタ感のあるアンサンブル、女性ボーカルによる親しみやすいメロディーが合わさり、カラフルなサウンドを作りあげています。ジャンル名を引き合いに出して説明するなら、ギターポップとパワーポップの融合、といったところ。

 1曲目の「In The Summer」から、ドラムのリズムが前のめりに突っ込み、ギターはドライブ感全開のフレーズを繰り出していきます。ギターは激しく歪んでいるものの攻撃性は感じず、全音域が豊かで明るいサウンド。脳を揺らすように、パワフルに鳴り響きます。

 2曲目「Apologies」は、バンド全体が塊となって転がるように、疾走感に溢れたパンク・ナンバー。爽やかなコーラスワークも秀逸。この曲でもギターが、激しくも羽が生えたように軽やかなフレーズで、バンドを引っ張っていきます。

 5曲目「What To Expect / Dirk’s Car Jam」は、イントロからリズム隊がフィーチャーされ、立体的なアンサンブルが構成される1曲。本作の中では、ややリズムが複雑で、各楽器がリズムを噛み合うように、グルーヴ感が生まれていきます。

 6曲目「Says Who?」は、ドタドタと低音域を響かせるドラムのイントロに導かれ、パワフルに疾走する演奏が繰り広げられる1曲。アルバム中で、最もハードな音像を持っています。

 ちなみに、現在SpotifyやAppleで配信されている音源では、5曲目が「What To Expect」、6曲目が「Dirk’s Car Jam」という曲目になっています。しかし、CDのジャケットの表記だと、5曲目が「What To Expect / Dirk’s Car Jam」で、6曲目が「Says Who?」。

 Spotifyで配信されている6曲目を聴いてみると、タイトルは「Dirk’s Car Jam」なのに、歌詞では「Says Who?」と歌っています。おそらく、5曲目のタイトルを分割したために起きた間違いでしょう。以降の曲も、CDおよびLP版とは、曲目がズレています。

 8曲目「I Won’t Regret」(配信の表記は「Last Night I Had A Dream That I Could Fly」)は、激しく歪んだギターと、アコースティック・ギターが用いられ、立体的で厚みのあるアンサンブルが展開される1曲。やや物憂げでメロウなボーカルが、サビで「I won’t regret the times we walked and watched the days run by us」と歌いあげるのは、胸に沁みます。

 1stアルバムである前作『…And His Orchestra』に引き続き、とにかくポップで楽しいアルバム。シンプルで親しみやすいメロディーに、ハードロックを彷彿とさせるギターのフレーズが重なり、パワフルでダイナミズムも大きな1作です。

 キム・ワーニック(Kim Warnick)と、ルル・ガルジューロ(Lulu Gargiulo)の女声ボーカルも魅力的。高音域をいかした突き抜けるような声で、基本的には勢い重視の歌唱が多いのですが、絞り出すようなシャウトだったり、メロウで情緒的だったりと、表情豊か。楽曲をさらにカラフルに彩っています。





Fastbacks “…And His Orchestra” / ファストバックス『…アンド・ヒズ・オーケストラ』


Fastbacks “…And His Orchestra”

ファストバックス 『…アンド・ヒズ・オーケストラ』
発売: 1987年6月15日
レーベル: Popllama (ポップラマ)
プロデュース: Conrad Uno (コンラッド・ウノ)

 ワシントン州シアトル出身のバンド、ファストバックスの1stアルバム。当時のシアトルを代表するプロデューサーであり、グランジ・オルタナ勢の多くの作品を手がけた、コンラッド・ウノがプロデュースを担当。

 レコーディングもウノが所有するエッグ・スタジオ(Egg Studios)でおこなわれ、彼が設立したレーベル、ポップラマからリリースされました。

 80年代後半から90年代前半にかけて、シアトルから始まったグランジ・オルタナ・ブーム。その中心はもちろん、ニルヴァーナ(Nirvana)やMudhoney(マッドハニー)をはじめとする、サブ・ポップ周辺のバンドたちですが、他にもシーンを支える多様なバンドが存在していました。ファストバックスも、そのひとつ。

 彼らの音楽性を一言であらわすならば、ポップなパンクロック。親しみやすいメロディーに、ばたついた立体的なアンサンブル。パワーコードを中心に駆け抜けるだけでなく、ギターの単音弾きが、アンサンブルに立体感を与え、アルバムをカラフルに彩っています。

 ざらついた生々しいサウンドと、シリアスで物憂げな歌詞を持つ、いわゆるグランジのサウンドとは質感が異なり、むしろ正反対とさえ言える彼らの音楽性。サーフロックのような爽やかさと、パワーポップ的なノリの良さを持ち、元気いっぱいに駆け抜けていきます。

 ニルヴァーナの影響力があまりにも強く、この時代のシアトルと言えば、憂鬱な空気を持ったグランジ、というイメージが支配的。しかし、当時のシアトルには、多様なバンドがいたのだと実感させてくれるのが、ファストバックスです。

 ちなみに僕自身は、ニルヴァーナもファストバックスも、リアルタイムで経験していないため、音源や書籍の情報から、当時のシーンを想像するしかないのですが。

 さて、そんな音楽性を持ったファストバックスの1stアルバム。1作目のアルバムらしく、エンジン全開で疾走感あふれる演奏を繰り広げていきます。

 1曲目「Seven Days」は、ギターがうなりを上げ、ドラムがドタバタとリズムを刻み、前のめりに疾走するアンサンブルが展開される1曲。再生時間1:09あたりからのギターソロには、バックの演奏と合わせて、サーカスの曲芸的なスリルと疾走感があります。

 2曲目「Light’s On You」は、厚みのあるサウンドのギターに、タムとバスドラを多用したドラムが重なる、低音域に重心を置いた1曲。ギターが空へ飛び立つようにフレーズを弾き始めると、バンド全体の音域も広がり、ダイナミックに展開。

 3曲目「If You Tried」は、イントロから中音域の豊かなギターが、メロディアスなフレーズを繰り出す、ポップで疾走感のある1曲。コーラスワークも爽やかで、ポップパンクかくあるべし!という演奏が展開。

 4曲目「Don’t Cry For Me」は、ドラムがタイトにリズムを刻み、各楽器が有機的に絡み合う、躍動感のあるアンサンブルが展開される1曲。

 5曲目「In The Winter」は、歯車のピッタリ合った機械のように、各楽器が組み合い、一体感と躍動感のあるアンサンブルが繰り広げられる1曲。音のストップとゴーが正確で、メリハリがはっきりしています。

 6曲目「Wrong, Wrong, Wrong」は、タイトにリズムを刻むドラムに、厚みのあるギターのサウンドが重なる、疾走感あふれる1曲。

 10曲目「Set Me Free」は、回転するようなギターとベースのフレーズに、小刻みなドラムのリズムが組み合わさり、転がるような疾走感のあるアンサンブルが展開する曲。再生時間1:20あたりからのギターソロは、高速で綱渡りをするような緊張感と疾走感があります。

 ギターポップを思わせるメロディーとコーラスワークが、パンク・ロックらしいスピーディーなリズムと合わさり、ポップさと疾走感が共存したアルバムとなっています。

 1987年にリリースされた本作ですが、実はファストバックスが結成されたのは1979年。本作リリース時点で、8年のキャリアを持つバンドでした。当時から楽しむことを第一に、バンドを続くけてきた彼ら。

 当時のシアトルを席巻した、いわゆるグランジとは耳ざわりが大きく異なる理由は、若干の世代間の差と、この音楽に対するスタンスによるものでしょう。ただ、売れることではなく、音を鳴らすことを一義的に考えるという点では、オルタナティヴ・ロック的な態度とも言えます。

 リリース当時はLP盤で11曲収録ですが、CD化される際に2枚のEP作品『Every Day Is Saturday』と『Play Five Of Their Favorites』が同時収録され、20曲入りになっています。現在、Spotify等のデジタル配信で聴けるのも、こちらの20曲収録バージョンです。

 





Sunny Day Real Estate “How It Feels To Be Something On” / サニー・デイ・リアル・エステイト『ハウ・イット・フィールズ・トゥ・ビー・サムシング・オン』


Sunny Day Real Estate “How It Feels To Be Something On”

サニー・デイ・リアル・エステイト 『ハウ・イット・フィールズ・トゥ・ビー・サムシング・オン』
発売: 1998年9月8日
レーベル: Sub Pop (サブ・ポップ)
プロデュース: Greg Williamson (グレッグ・ウィリアムソン)

 1992年にワシントン州シアトルで結成されたエモ・バンド、サニー・デイ・リアル・エステイトの3rdアルバム。

 前作がリリースされる1995年11月の数ヶ月前に、バンドは解散。その後1997年に再結成し、翌1998年にリリースされたのが、本作『How It Feels To Be Something On』です。

 レーベルは以前と変わらず、地元シアトル、そしてUSインディーを代表するレーベルであるサブ・ポップから。プロデューサーは前作までのブラッド・ウッド(Brad Wood)に替わり、グレッグ・ウィリアムソンが務めています。

 エモ・バンドの代表格として語られる、サニー・デイ・リアル・エステイト。彼らの音楽の特徴は、直線的なリズムにシングアロングしやすいメロディーを乗せるステレオタイプのエモではなく、アンサンブルにこだわり、バンド全体の音の出し入れで、感情の起伏を表現するところ。

 一旦解散したのち、再結集して制作された本作。前作までの良さを引き継ぎつつ、アンサンブルの精度と多彩さの増した1作です。また、サウンド・プロダクションの面でも、各楽器のサウンドがくっきりと、輪郭のはっきりした音像になっています。

 必ずしも、テクニックや音質の向上(そもそも何をもって「向上」と判断するかも難しいところ)が、音楽の魅力の向上とはなりませんが、一般的には前作までの路線を引き継ぎつつ、完成度の高まった1作と言って良いかと思います。

 1曲目「Pillars」は、ゆったりとしたテンポのなか、各楽器がシンプルなフレーズを持ち寄り、ゆるやかに躍動していく前半から、徐々に音量と音数が増していく1曲。わかりやすく静寂から轟音へという、予定調和の展開ではなく、一歩ずつ階段を上がるように盛り上がっていきます。バンドのアンサンブルに対応して、ボーカルの歌唱も情感たっぷり。

 2曲目「Roses In Water」は、各楽器が絡み合うように躍動するアンサンブルに、さらにボーカルも絡みつくように加わり、一体感のある演奏が繰り広げられる1曲。特に躍動的というわけではありませんが、全ての楽器が有機的に組み合わさり、ひとつの機械あるいは一体の動物のように、いきいきと動きます。

 3曲目「Every Shining Time You Arrive」は、イントロからアコースティック・ギターがフィーチャーされた、メロウな1曲。途中からエレキ・ギターも加わりますが、激しさを加えるのではなく、アンサンブルに立体感をプラスしています。

 5曲目「100 Million」は、イントロの乾いたギターのサウンドに導かれ、タイトで軽快に躍動するアンサンブルが展開する1曲。手数を絞りながらも立体的なドラム、メロディアスに動き回るベースなど、各楽器ともムダなく効果的に、楽曲に躍動感を与えていきます。

 6曲目「How It Feels To Be Something On」は、加速と減速を繰り返すように、リズムが伸縮するアンサンブルに乗せて、ボーカルが感情たっぷりにメロディーを紡いでいく、壮大な1曲。

 7曲目「The Prophet」は、「預言者」というタイトルからも示唆的ですが、イントロから2本のアコースティック・ギターと、呪術的なボーカルが重なり、サイケデリックな空気を醸し出します。その後、ベースとドラムが入り、躍動感と立体感がプラス。

 10曲目「Days Were Golden」は、乾いた音質のタイトなドラムと、水が滲んでいくような、みずみずしいギターの音色が、感情を抑えたようなボーカルを引き立て、淡々と進行する1曲。ボーカルの歌唱も、バンドのアンサンブルも、わずかに熱を帯びていきますが、最後まで轟音やシャウトになだれ込みことはなく、静かに感情を吐露するような曲です。

 これまでの2作でも、直線的に疾走するステレオタイプなエモとは、一線を画する音楽を展開してきたサニー・デイ・リアル・エステイト。3作目となる本作では、さらにその路線を突き詰め、アコースティック・ギターを前面に出すなど、今まで以上にテンポを落としたメロウな曲が増え、感情表現の多彩さが増しています。

 一旦解散したのちに、再結成。年齢も重ねてきた彼らが、この時点で表現したいエモさが、本作に閉じ込められた音楽なのでしょう。感情を爆発させるだけではなく、時には苛立ちを隠し、時には絶望を優しく受け入れ、時には穏やかな心を描き出している本作は、今までよりも感情表現の幅を広げた作品、と言って良いと思います。

 





Sunny Day Real Estate “Sunny Day Real Estate (LP2)” / サニー・デイ・リアル・エステイト『サニー・デイ・リアル・エステイト』


Sunny Day Real Estate “Sunny Day Real Estate (LP2)”

サニー・デイ・リアル・エステイト 『サニー・デイ・リアル・エステイト』
発売: 1995年11月7日
レーベル: Sub Pop (サブ・ポップ)
プロデュース: Brad Wood (ブラッド・ウッド)

 1992年にワシントン州シアトルで結成されたエモ・バンド、サニー・デイ・リアル・エステイトの2ndアルバム。前作に引き続き、地元シアトルのサブ・ポップからのリリース。プロデューサーも、替わらずブラッド・ウッドが担当。

 バンド名と同じく『Sunny Day Real Estate』という、いわゆるセルフ・タイトルのアルバムですが、バンド名と区別するため、リリース元のサブ・ポップは「LP2」として流通。また「ピンク・アルバム(The Pink Album)」と呼ばれることもあります。前者は2枚目のアルバムであるため、後者はジャケットがピンク色であるため、というのが理由。

 エモの代表的バンドとされるサニー・デイ・リアル・エステイト。本作もエモい作品であることは確かです。しかし、エモというジャンルを、疾走感あふれるビートに乗せて、ボーカルが親しみやすいメロディーを歌い上げる音楽だと考えていると、肩透かしを食らうことになるかもしれません。

 このバンドに疾走感がなく、メロディーが親しみにくい、というわけではありません。ただ、直線的なビートと、それに準じた流麗なメロディーよりも、アンサンブルを優先し、バンド全体で静と動を使い分けながら、感情を表現しているということ。

 本作にはミドル・テンポの曲も多く、ノリのいい曲を好む方には物足りなく感じられるかもしれませんが、その代わりに有機的なアンサンブルによって、多様な感情の起伏をあらわした、エモい作品であると言えます。

 1曲目「Friday」では、ゆったりとしたテンポに乗って、波を打つようなアンサンブルが展開。穏やかな海に流されていくような、穏やかで心地いい演奏が続きますが、ところどころでギターとボーカルから、アグレッシヴな一面も垣間見えます。

 2曲目「Theo B」は、1曲目よりもビートが直線的で、各楽器が絡み合いながら躍動する1曲。ゆるやかなスウィング感を伴い進行していきますが、随所にハードに歪んだギターが顔を出し、再生時間1:49あたりからラストまでは、ギターがアンサンブルの中心となり、疾走感と躍動感を増していきます。

 3曲目「Red Elephant」は、ドラムの立体的なサウンドとリズムが印象的な1曲。ドラムと組み合うように、ベースとギターもフレーズを繰り出し、まるでバンドがひとつの生命体であるかのような、一体感のあるアンサンブルが構成されます。

 5曲目「Waffle」は、各楽器とも手数は少ないながらも、立体的で有機的なアンサンブルが展開される、ミドル・テンポの1曲。ボーカルは、感情をむき出しにシャウトするのではなく、溢れる感情を流れるように歌いあげていきます。

 9曲目の「Rodeo Jones」は、前作のセッション時にレコーディングされていたという1曲。とはいえ、本作の中で浮いている、違和感があるということはありません。強いて言えば、ややサウンドが激しく、ダイナミズムの大きくなっています。各楽器とも「歌っている」と言いたくなるほど、メロディアスでフックの多い演奏です。シャウト気味のボーカルも、リスナーをアジテートするように、歌いあげていきます。

 1995年に発売されたオリジナル版は9曲収録ですが、2009年にリマスターが施され、再発されたリイシュー版では、ボーナス・トラックが2曲追加され、全11曲収録となっています。

 1stアルバムであった前作『Diary』と比較すると、やや落ち着いた印象の本作。静寂と轟音を効果的に対比し、ダイナミズムを引き立たせていた前作と比べると、本作はよりアンサンブル志向の強まった1作と言えます。

 1995年初頭に、サニー・デイ・リアル・エステイトする旨を発表。本作が1995年11月にリリースされる数ヶ月前、バンドは1度目の解散。その後、1997年に再結成し、3rdアルバム『How It Feels To Be Something On』リリースへと繋がっていきます。