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Dirty Three “Ocean Songs” / ダーティー・スリー『オーシャン・ソングス』


Dirty Three “Ocean Songs”

ダーティー・スリー 『オーシャン・ソングス』
発売: 1998年3月31日
レーベル: Touch And Go (タッチ・アンド・ゴー)
プロデュース: Steve Albini (スティーヴ・アルビニ)

 オーストラリア出身のインスト・バンド、ダーティー・スリーの4枚目のスタジオ・アルバムです。ジャケットのアートワークは、ギター担当のミック・ターナーによるもの。

 シカゴの名門タッチ・アンド・ゴーからのリリース、レコーディング・エンジニアをスティーヴ・アルビニが担当、デイヴィッド・グラブスがピアノとハーモニカで参加。この手のシカゴ系が好きな人には、たまらない布陣になっています。

 オーストラリアを代表するポストロック・バンドとも目されるダーティー・スリー。彼らの特徴はなんと言っても、メンバーにヴァイオリニストを有するところでしょう。ヴァイオリン、ギター、ドラムという基本布陣の3ピースバンドです。

 オーケストラの一部ではなく、3ピースバンドの一員として、ヴァイオリンが入っている例を他に知らないのですが、本作『Ocean Songs』を聴いて、絶妙のバランスの3ピースだと思いました。

 リズムを刻むドラム。時には単音でメロディーを、時にはコード弾きでハーモニーを作り出すギター。そして、アンサンブルの隙間を埋め、全てを包み込むようなヴァイオリン。個性の異なる3つの楽器による、時間と空間の埋め方、そのバランスが絶妙です。

 『Ocean Songs』というアルバム・タイトルに加えて、各トラックにも海にまつわる曲名がつけられ、コンセプト・アルバムのような一貫性を持つ作品でもあります。

 例えば、2曲目「The Restless Waves」では、各楽器の奏でるリズム、そしてバンド全体の躍動が、寄せては返す波を連想させます。

 8曲目の「Black Tide」では、ときに穏やかに、ときに激しく流れる海流のような、フリーフォーム(のように感じられる)な演奏が展開されます。

 9曲目の16分を超える大曲「Deep Waters」、アルバムの最後を飾る10曲目の「Ends Of The Earth」なんて、曲名からどんな演奏が繰り広げられるのか想像しただけで、ワクワクしてきます。

 ただ「バンドにヴァイオリンを入れてみました」という類の音楽ではありません。前述したように、3つの楽器のそれぞれの特徴を生かし、補い合い、溶け合って、有機的なアンサンブルが形成される作品です。

 一般的には「ポストロック」のフォルダに入れられるバンドですが、ロックの先を目指した、非常にオリジナリティのある音を鳴らしていることは確かです。

 





Joan Of Arc “How Memory Works” / ジョーン・オブ・アーク『ハウ・メモリー・ワークス』


Joan Of Arc “How Memory Works”

ジョーン・オブ・アーク 『ハウ・メモリー・ワークス』
発売: 1998年5月12日
レーベル: Jade Tree (ジェイド・トゥリー)
プロデュース: Casey Rice (ケイシー・ライス), Elliot Dicks (エリオット・ディックス)

 シカゴのエモ、ポストロック・バンド、ジョーン・オブ・アークの2ndアルバム。

 オーガニックなアコースティック・ギターと電子音、実験性と歌ものポップ性のバランスが絶妙だった1stアルバム『A Portable Model Of…』。本作は、実験性とポップさのバランスをとりながら、さらに音楽性を広げた1作と言えます。

 1曲目の「Honestly Now」は、電子音のような、マレット系の打楽器のような音が響き、やがて増殖していく1分にも満たない曲。ただのエモ・バンドではないことを、早速認識させられます。

 2曲目「Gin & Platonic」は、つっかえながらも突っ走る、ポストロック的=ロック的でないアンサンブルが構成される1曲。緩やかに絡み合う2本のギターと、独特のタイム感で刻んでいくリズム隊が心地よい。

 4曲目「This Life Cumulative」は、鳥のさえずりのような音域の電子音が鳴り響くイントロから、躍動感あるパワフルなバンド・サウンドが、堰を切ったように入ってきます。エモやパンクを下敷きにしながら、電子音が楽曲に彩りをプラス。

 5曲目「A Pale Orange」は、前半はギターと歌が入っているものの、やがて高音の電子音とノイズが降り注ぐ展開。後半は完全にアンビエント・ミュージックか、エレクトロニカのような音像。

 8曲目「A Name」は、各楽器が前のめりに、お互いを追い抜きあうようなイントロが心地よい。歌もサウンド・プロダクションもポップで聴きやすい曲ですが、アンサンブルは緻密。

 1作目以上に、エモ的な歌唱と疾走感、ポストロック的なアンサンブルや電子音との融合が、高次に実現されている1枚です。エモい声とメロディーに、実験性を忍ばせた知的なアンサンブルが絡む、絶妙なバランスのアルバムだと思います。

 





David Grubbs “The Thicket” / デイヴィッド・グラブス『ザ・シケット』


David Grubbs “The Thicket”

デイヴィッド・グラブス 『ザ・シケット』
発売: 1998年9月15日
レーベル: Drag City (ドラッグ・シティ)

 バストロやガスター・デル・ソルでの活動でも知られる、イリノイ州シカゴ出身のミュージシャン、デイヴィッド・グラブスの2枚目のソロ・アルバムです。シカゴの名門レーベル、ドラッグ・シティからのリリース。トータスのジョン・マッケンタイアが、ドラムとパーカッションで参加しています。

 デイヴィッド・グラブスは、作品によって音楽性が大きく異なり、実験的なアプローチからポップなセンスまで、幅広い音楽的語彙を持つミュージシャン。「鬼才」という呼称が似合う人です。本作『The Thicket』は、そんな彼のポップな面が色濃くにじんだ作品だと言えます。

 アコースティック・ギターを中心に、生楽器を使用しながら、できあがる音楽は現代的でポップ。回顧主義に陥らず、ルーツ・ミュージックの素材を上辺だけ拝借しただけでもない、すばらしいバランス感覚で構成されたアルバムです。カントリー的なサウンドと、素材を丁寧に組み上げるポストロック的な感覚を持ち合わせた、新しいポップ・ミュージックと呼ぶべき音楽が詰まった1作。

 1曲目「The Thicket」は、アコースティック・ギターとボーカルに、ふくよかなウッド・ベースが絡む、穏やかでありながら、スリリングな空気も同居するアンサンブル。再生時間0:48あたりでリズムが切り替わるところの、躍動感と加速感など、ロック的なダイナミズムも持っています。

 2曲目「Two Shades Of Blue」は、バイオリンが使用され、生楽器のみの編成のようですが、緩急のついた変幻自在のアンサンブルが構成されます。再生時間1:24あたりで、風景が一変するような展開も鮮烈。終盤の3:18あたりからトランペットが入ってきて、一気に加速するところもかっこいい。

 3曲目「Fool Summons Train」は、タイトルどおり、電車のように加速し、躍動感溢れる1曲。

 4曲目は「Orange Disaster」。1音目が鳴った瞬間からかっこいい曲というのがありますが、この曲がまさにそれ。オルガンとギターの音、タイトに細かいリズムを刻むドラム、バンドの隙間を縫い合わせるように動くベース、覆いかぶさるように鳴る持続音、全てがかっこいい。2分ほどの短い曲ということもありますが、あっという間に終わってしまいます。

 5曲目「Amleth’s Gambit」は、バンジョーのハリのあるサウンドと速弾き、タイトで細かくリズムを刻むドラムが、緩急をつけながら曲を加速させていきます。

 7曲目「Swami Vivekananda Way」は、流れるようなピアノと、トランペットが心地よい1曲。

 9曲目の「On “Worship”」は、持続音が幾重にも折り重なり、分厚い音の壁を作り上げる1曲。

 いわゆるオルタナ・カントリーと呼ばれるサウンドとも違う、現代音楽や実験音楽の要素を感じさせながら、ポップな作品になっています。モダン・カントリーとでも言うべき、雰囲気とサウンドを持ったアルバムです。

 デイヴィッドのポップ・センスと、幅広い音楽的教養が融合した、なかなかの良盤だと思います。

 





Tortoise “TNT” / トータス『TNT』


Tortoise “TNT”

トータス 『TNT』
発売: 1998年3月10日
レーベル: Thrill Jockey (スリル・ジョッキー)
プロデュース: John McEntire (ジョン・マッケンタイア)

 シカゴのポストロック・バンド、トータスの3枚目のスタジオ・アルバムです。

 この作品が紹介される際には、プロ・ツールスを使用したハードディスク・レコーディング、およびポスト・プロダクション云々といった話が、必ずと言っていいほど取り上げられます。確かにポスト・プロダクションによる音楽の解体・再構築のプロセス、そして出来上がった音楽の革新性には驚くべきものがあります。

 しかし、そうした話は多くの批評家やライターの方が書きつくしていると思いますので、ここでは実際にどんな音が鳴っているか、どのあたりが聴きどころなのか、というポイントに絞って、本作『TNT』をご紹介します。

 アルバムの幕を上げる1曲目の「TNT」は、イントロからさりげなく音出しをするようなドラムが、徐々に複雑なリズムを刻み、ギターをはじめ、多種多様なサウンドが折り重なるように加わっていきます。最初はバラバラのように思われたそれぞれの音が、やがて絡み合い、一体の生き物のようにいきいきと躍動していきます。

 ヴァース-コーラスが循環するような明確な形式は持たないものの、何度も顔を出すギターのフレーズに、また別の楽器のフレーズがレイヤーのように重なり、実に多層的でイマジナティヴな1曲です。

 2曲目「Swung From The Gutters」は、アンビエントな音響のイントロから、徐々にリズムが加わり、躍動感が増していく展開。再生時間0:41あたりから、スイッチが切り替わり、バンドが走り出す感じがたまらなくクールです。

 3曲目「Ten-Day Interval」は、音数を絞ったミニマルなイントロから、音が増殖して広がっていくような1曲。ひとつひとつの音が、やがて音楽となり、その場を満たしていくような感覚があります。ヴィブラフォンなのか、マレット系の打楽器と思われるサウンドも、幻想的な雰囲気を生み出しています。

 5曲目「Ten-Day Interval」は、電子音とアナログ・シンセと思われるサウンドが絡み合い、不思議なグルーヴ感を生んでいく1曲。一般的なロックやポップスでは前景化されない音ばかり使われていますが、全ての音が心地よく、サウンド・プロダクションがとにかく良い。

 7曲目の「The Suspension Bridge At Iguazú Falls」は、アンサンブル的にもサウンド的にも、各楽器が溶け合うような、溶け合わないような、穏やかな雰囲気とわずかな違和感を持って進行していきます。再生時間1:00あたりから、風景が一変するようにアンビエントな音響へ。1曲を通しての変化とコントラストが大きく、次になにが起こるかわからない期待感が常にあります。

 11曲目「Jetty」は、ミニマル・テクノのようなイントロから、リズムやサウンドが満ち引きし、様々に表情を変えていく1曲。

 アルバム全体を通して、リラクシングな雰囲気が漂い、いきいきと躍動する自由な音楽が、とめどなく溢れてくる作品です。ロックやポップスが普通持っている明確なフォームは存在しませんが、難しい音楽ということはなく、自由に楽しめる音楽だと思います。

 さり気ない落書きがジャケットに採用されているのも示唆的。ポスト・プロダクション云々の小難しい話は脇に置いて、まずは気楽に音楽と向かい合ってくれということでしょうか。

 歌メロを追う、定型的なリズムに乗る、というような楽しみ方はできませんが、スリリングかつリラクシングな音楽の詰まったアルバムです。偏見なしに、自由な気持ちで聴いてみてください!

 





Don Caballero “What Burns Never Returns” / ドン・キャバレロ『ワット・バーンズ・ネヴァー・リターンズ』


Don Caballero “What Burns Never Returns”

ドン・キャバレロ 『ワット・バーンズ・ネヴァー・リターンズ』
発売: 1998年6月9日
レーベル: Touch And Go (タッチ・アンド・ゴー)
プロデュース: Al Sutton (アル・サットン)

 1991年に結成されたペンシルベニア州ピッツバーグ出身のマスロック・バンド、ドン・キャバレロの3rdアルバム。プロデューサーは前作に引き続き、アル・サットンが担当。

 過激なまでにハードなサウンドと緻密なアンサンブルが聴き手を圧倒した1st『For Respect』、ラウドなサウンドはやや抑え目によりアンサンブルを磨き上げた2nd『Don Caballero 2』。その2作に続く、3作目が本作『What Burns Never Returns』です。

 前作『Don Caballero 2』は、すべてを押し流すように轟音ギターを用いるのではなく、適材適所で効果的に用いられていたのですが、本作ではさらにサウンドの選び方、アンサンブルの精度の向上を感じます。

 1曲目の「Don Caballero 3」では、イントロから全ての楽器がシンプルで、無駄を省いたようなサウンド。その生々しいサウンドを用いて、手数多く、タイトなアンサンブルを築き上げていきます。ヴァース-コーラス形式のような進行感のある楽曲ではありませんが、再生時間2:06あたりからのドラムがシフトを切り替えるように、一瞬で景色が変わる展開など、次になにが起こるかわからない緊張感と期待感の続く1曲です。

 2曲目の「In The Abscence Of Strong Evidence To The Contrary, One May Step Outof The Way Of The Charging Bull」(タイトル長いですね…)は、細かく刻まれたギターのフレーズから始まり、粒のような細かい音が、結集して音楽を作り上げるような1曲。いわゆるグルーヴ感というのとは違う、不思議なトリップ感があります。

 5曲目「Room Temperature Suite」は、イントロのドラム、そこに折り重なってくるギターと、各楽器のリズムが複雑にかみ合っていく1曲。設計図を見てみたい複雑なアンサンブルですが、こちらに伝わる聴感は極めてポップです。

 前作同様、圧倒的な轟音ギターと変拍子で押しまくるのではなく、アンサンブルをさらに極めた1作であると思います。前作以上に、各楽器のサウンドは耳なじみが良く、ポップで聴きやすいサウンド・プロダクションに仕上がっています。

 しかし、複雑で変態的なアンサンブルは、もちろん健在。非常にテクニカルで、技巧的には難しいことをやっていると思うのですが、それを感じさせず、さらりと聴かせてします作品です。