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Kurt Vile “Childish Prodigy” / カート・ヴァイル『チャイルディッシュ・プロディジー』


Kurt Vile “Childish Prodigy”

カート・ヴァイル 『チャイルディッシュ・プロディジー』
発売: 2009年10月6日
レーベル: Matador (マタドール)
プロデュース: Jeff Zeigler (ジェフ・ゼイグラー)

 The War On Drugsの元メンバーとしても知られる、ペンシルベニア州出身のミュージシャン、カート・ヴァイルのソロ名義としては3枚目のアルバムです。

 空間系エフェクトのかかった、揺らめくようなクリーントーンから、耳をつんざくような歪みまで、色とりどりのギター・サウンドが聴ける本作『Childish Prodigy』。ギターをはじめ、サウンド・プロダクション全体が、ジャンクでローファイな耳ざわりの1作です。

 揺らめくようなギターのサウンドにはサイケデリックな香りも漂い、サイケデリック・ジャンク・ロックとでも言うべきアンサンブルと音像を作り上げています。

 1曲目の「Hunchback」は、ピアノらしき音が淡々とリズムを刻み、満ち引きを繰り返す波のようにギターがリフを弾き続け、徐々にトリップ感が高まる1曲。けだるく感情を吐き出すようなボーカルの声も、各楽器のサウンドとマッチして、ジャンクな空気感を演出しています。

 2曲目「Dead Alive」は、透明感のあるクリーンなギターと、耳障りな高音ノイズが溶け合う絶妙なバランスの1曲。相反するサウンドがコントラストをなすのではなく、一体となって、独特のざらついた空気感を作っています。エモーショナルに感情を吐き出すようなボーカルも良いです。

 4曲目「Freak Train」では、ドラムマシンを使っているのか、均質でぶっきらぼうなリズムのドラムが響きます。その上に複数のギターが乗っかり、疾走していく1曲。サックスの音色も、アクセントになっています。

 6曲目の「Monkey」は、リチャード・ヘルやソニック・ユースのサーストン・ムーア、スティーヴ・シェリーらが組んでいたバンド、ディム・スターズ(Dim Stars)のカバー。7曲目「Heart Attack」は、弾力性のある独特のクリーンサウンドの2本のギターが絡み合う1曲。

 9曲目は「Inside Looking Out」。スケールの大きなオーケストラルなアレンジながら、各楽器のサウンドはジャンクで下品。インディー・ジャンク・オーケストラといった趣で、これは名曲だと思います。

 このアルバムを言語化しようと思考を巡らすと浮かんでくるのは…チープ、ジャンク、サイケデリック。チープだと言うのは単純に安っぽいという意味ではなく、音圧高めレンジ広めのハイファイな音とは一線を画しているという意味です。ローファイというジャンルに括られることも多い、カート・ヴァイルらしい1作と言えるでしょう。

 前述したように、僕は9曲目の「Inside Looking Out」が特にお気に入りです。未聴の方は、ぜひ聴いてみてください!

 





Edith Frost “It’s A Game” / イーディス・フロスト『イッツ・ア・ゲーム』


Edith Frost “It’s A Game”

イーディス・フロスト 『イッツ・ア・ゲーム』
発売: 2005年11月15日
レーベル: Drag City (ドラッグ・シティ)
プロデュース: Rian Murphy (リアン・マーフィー)

 テキサス州サンアントニオ出身の女性シンガーソングライター、イーディス・フロストの4枚目のアルバムです。これまでの3枚のアルバムと同じく、シカゴのドラッグ・シティからのリリース。

 ピアノとアコースティック・ギターを中心にした、音数を絞ったアンサンブル。フォーキーなサウンド・プロダクションながら、効果的に使用されるシンセサイザーと思われる電子音とエレキギター、イーディスのアンニュイな声によって、全体としては幻想的な雰囲気が漂います。早朝、朝靄がかかった湖畔か森の中を、散歩しているような気分になる1枚。

 2曲目「It’s A Game」は、余裕のあるゆったりとしたテンポで、各楽器もリラックスして、音を丁寧に置いていくようなアレンジ。シンセサイザーなのか、奥の方では電子音が、アンサンブル全体を優しく包みこむように鳴っています。

 4曲目の「A Mirage」は、2本のアコースティック・ギターとベースのゆったりした伴奏の上に、雰囲気たっぷりのイーディスの声が漂う1曲。途中から入ってくるボトルネック奏法のような音のギターと、柔らかな音質の電子音が、曲に彩りをプラスしています。蜃気楼を意味するMirageという曲名のとおり、揺らめくような幻想的な雰囲気の1曲。

 10曲目の「If It Weren’t For The Words」は、シンセサイザーの持続音とアコースティック・ギターが、レイヤーのように重なり、優しく広がるような音像。

 音数を絞ったリラクシングなアンサンブルが展開される1枚です。「オルタナ・カントリー」と呼ぶほど実験的でもなければ、「フリーク・フォーク」と呼ぶほどサイケデリックでもありませんが、エレキギターと電子音が、フォーキーなサウンドに彩りを加えています。

 各楽器の音もナチュラルで、まるでそこで鳴っているかのような耳ざわりをしており、サウンド・プロダクションと楽曲のバランスも秀逸だと思います。

 





Azeda Booth “In Flesh Tones” / アゼダ・ブース『イン・フレッシュ・トーンズ』


Azeda Booth “In Flesh Tones”

アゼダ・ブース 『イン・フレッシュ・トーンズ』
発売: 2008年9月28日
レーベル: Absolutely Kosher (アブソリュートリー・コーシャー)

 カナダのエクスペリメンタル・ポップ・バンド、Azeda Boothの1stアルバムであり、唯一のアルバム。カリフォルニア州エメリーヴィルのレーベル、Absolutely Kosherからのリリース。

 輪郭のぼやけた、ふんわりした電子音を多用した、エレクトロニカに近いサウンドを持ったアルバムです。ボーカルも、ささやき系の女声で、柔らかいバックの音色とのバランスが抜群に良い。

 しかし、音響に特化した作品なのかというとそうでもなく、生き生きとした躍動感や、テクノ的なビートも顔を見せる1作です。

 1曲目の「Ram」は、イントロからアンビエントな電子音が響きますが、再生時間0:17あたりでドラムが入ってくると、途端に躍動感が生まれます。

 2曲目の「In Red」は、ドラムの立体的な音に、臨場感がある1曲。各楽器が絡み合いながら網の目のように音楽を織り上げるなか、ウィスパー系のボーカルが自由に漂うようにメロディーを紡いでいきます。電子音を中心にしたサウンドですが、暖かみのあるサウンドで、母親の胎内にいるような気分になります。

 3曲目は「First Little Britches」。こちらも電子音らしい音色で出来上がった1曲。切り刻まれ再構築されたようなリズムの中から、徐々にグルーヴが生まれる展開がスリリング。

 4曲目の「John Cleese」は、さらにビートが前景化された1曲。オウテカを感じさせるリズムとサウンド・プロダクションです。ただ、ボーカルが入っているため、ビートのあるヒーリング・ミュージックのようにも聞こえます。

 5曲目の「Lobster Quadrille」も、複雑なリズムを持った1曲。やや不穏な空気の電子音が、緊張感と不安感を醸し出します。

 6曲目の「East Village」は、イントロから電子音が心地よく持続します。再生時間0:45あたりで高音が入ってくるところで、虚をつかれてちょっとビックリしました(笑)

 10曲目の「Kensington」では、ヴィブラフォンのようなマレット系の打楽器のような音が心地よく響きます。イントロから複数の楽器が8分音符でリズムを刻み続けるんですが、この重層的なサウンドも心地いい。4分弱の曲ですが、展開が多く、情報量の多さを感じる1曲。再生時間1:20あたりから盛り上がるところもかっこいいし、これは名曲だと思います。

 ほとんど予備知識なしに聴いたアルバムですが、思いのほか良い作品でした。最初にも書いた通り、歌の入ったエレクトロニカといった感じですが、ビートが強く、いきいきと躍動感が溢れる曲もあります。

 





Art In Manila “Set The Woods On Fire” / アート・イン・マニラ『セット・ザ・ウッズ・オン・ファイア』


Art In Manila “Set The Woods On Fire”

アート・イン・マニラ 『セット・ザ・ウッズ・オン・ファイア』
発売: 2007年8月7日
レーベル: Saddle Creek (サドル・クリーク)

 アズール・レイ(Azure Ray)のメンバーである、オレンダ・フィンク(Orenda Fink)を中心に結成された6人組バンド、アート・イン・マニラの1stアルバム。ネブラスカ州オマハのレーベル、Saddle Creekからの発売で、エンジニアをジョエル・ピーターセン(Joel Petersen)が務めるなど、メンバーもスタッフもオマハを中心とした人脈で固められています。

 曲によってアコースティック・ギターが中心となったり、歪んだギターが前に出たりと、サウンドのレンジが広いアルバムですが、今作の特徴はなんと言ってもオレンダ・フィンクの声です。アンニュイで、ときには幻想的と言えるほどの雰囲気を持った彼女の声と、6人編成による分厚いバンド・アンサンブルが融合する1作。

 1曲目の「Time Gets Us All」は、揺れるようなギターと、透明感のあるピアノの単音が、オレンダの声と溶け合う美しい1曲。幻想的で、ヴェールがかかったような雰囲気とサウンド・プロダクションです。

 2曲目「Our Addictions」は、1曲目とは耳ざわりが一変し、イントロから歪んだギターが入り、ロック色の強い1曲。ですが、オルガンの音色とボーカルの声によって、全体としては1曲目と同じく幻想的な雰囲気が漂う曲です。

 3曲目「The Abomination」は、アコースティック・ギターの軽やかなコード・ストロークから始まる1曲。ボーカルはアコースティック・ギターの音質に近い声色で、伴奏とメロディーが溶け合うような心地よさがあります。

 5曲目はアルバム表題曲の「Set The Woods On Fire」。ため息のようなアンニュイなボーカルと、ピアノとベースのみのイントロから始まりますが、再生時間0:20あたりからフルバンドになり、躍動感あるグルーヴを生み出していく展開。

 8曲目「The Sweat Descends」は、ため息のような、ささやきのようなボーカルが耳に残る1曲。ここまでは幻想的であったり、どこか神聖な雰囲気がある曲が続きましたが、この曲はカフェで流れていてもおかしくないようなポップさと軽さを持っています。

 アルバムを通して、音楽性の幅が広く、多才な6人のメンバーがそろったアンサンブルも随所にフックがあり、聴きごたえのある1枚です。しかし、前述したとおり、やはりこのアルバムを代表するのはオレンダ・フィンクの個性的な声。

 彼女の声は、楽器と溶け合うようなサウンドを持っていて、バンドと有機的に音楽を作り上げています。幻想的な彼女の声に彩られて、アンサンブル全体も幻想的に響くように感じられるところもあります。幻想的といっても音響のみを追求したバンドというわけではなく、いきいきとした躍動感も持ち合わせた作品です。

 再生すると、まるで部屋の中に深い霧がたちこめるような、幻想的な1枚。

 





Archer Prewitt “Wilderness” / アーチャー・プレヴィット『ウィルダーネス』


Archer Prewitt “Wilderness”

アーチャー・プレヴィット 『ウィルダーネス』
発売: 2005年1月25日
レーベル: Thrill Jockey (スリル・ジョッキー)

 ザ・シー・アンド・ケイク(The Sea And Cake)のギタリストとしても知られる、アーチャー・プレヴィット4枚目のソロ作。様々な楽器を導入し、カラフルでにぎやかな音とアンサンブルで溢れていた、前作『Three』。それと比較すると、今作はより歌にフォーカスし、シンプルな音が響きます。

 前作『Three』も、各楽器がナチュラルで混じり気のないサウンドを持っていましたが、今作はアコースティック・ギターを中心に据えて楽器の数を絞った分、さらにオーガニックな印象が増しています。また、アルバム全体が帯びる雰囲気としても、フォーク色が濃くなっています。メロディーも前作より哀愁を感じるものが多く、歌が前景化されています。

 アコースティック・ギターを中心としながら、弾き語りのようなアレンジではなく、ゆるやかにバンド全体が躍動するような、グルーヴ感のある1枚でもあります。

 2曲目「Leaders」では、早速アコギ、ベース、ドラムが、わずかにスウィングする心地いいアンサンブルを展開。ドラムの絶妙なタメと、ボーカルのメロディーとの関係性も、音楽のフックになっています。

 7曲目「Think Again」には、ヴィブラフォンが使用され、アコースティック・ギターとのサウンドの溶け合いが心地いい1曲。

 9曲目「O, Lord」は、アコギを中心にゆったりとしたイントロから始まり、再生時間0:30あたりから突然ドラムが連打で入ってきます。フォーキーなサウンドながら、静と動のコントラストが鮮烈。

 前述したように、前作『Three』はカラフルでポップなアルバムでしたが、今作『Wilderness』はそれと比較すると、よりルーツ・ミュージックの香り漂う作品です。前作が7色のアルバムだとすると、今作はジャケットのデザインに近い、アイヴォリーや薄い茶色のイメージ。

 しかし、今作は地味で退屈なアルバムかというと、そんなことは全くなく、アコースティック・ギターの響きだけでも多彩で、グルーヴ感も持った作品です。歌の強さという意味でも、今作の方が表現に深みがあると思います。あとは好みの問題ですが、僕個人は前作『Three』の方が好きですね。