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Archer Prewitt “Three” / アーチャー・プレヴィット『スリー』


Archer Prewitt “Three”

アーチャー・プレヴィット 『スリー』
発売: 2002年6月4日
レーベル: Thrill Jockey (スリル・ジョッキー)

 カクテルズ(The Coctails)とザ・シー・アンド・ケイク(The Sea and Cake)のメンバーとしても知られる、アーチャー・プレヴィットの3作目。出身はケンタッキー州ですが、主にシカゴのシーンで活動しています。ちなみに、彼は漫画家(cartoonist)としても活動しており、1992年から「Sof’ Boy」という作品を発表。

 「オーガニックな」という形容詞を使いたくなるぐらい、ナチュラルでシンプルな音で構成されるアルバムです。しかし、サウンド・プロダクションとアンサンブルは、ルーツ・ミュージック的な意味でのカントリーやフォークとは違う、モダンな雰囲気。どちらかと言うと、ギターポップに近い耳ざわりの作品です。

 クリーン・トーンを基本にしながら、こだわりが感じられるギターのサウンドとフレーズ、シンセサイザーだと思われる電子音の使い方が、このアルバムをカラフルな印象にしているのだろうと思います。一聴するとシンプルなのに、それぞれの素材は丁寧に吟味し、組み上げられていることが随所に窺えます。

1曲目の「Over The Line」では、イントロからゆらめくようなギターのフレーズに、押し寄せる波のようにバンドが続き、グルーヴが形成されていきます。

 2曲目の「Tear Me All Away」はテンポを上げ、このアルバムの中ではラウドなサウンドの1曲ですが、牧歌的で暖かみのあるボーカルと、緩やかに体を揺らすグルーヴが心地よく、「うるさい」という感じはありません。

 5曲目の「I’m Coming Over」は、ギター、ベース、ピアノがそれぞれ違うことをやりながら、重なり合い、グルーヴが形成されていく心地よい1曲。

 13曲目「The Race」は、流れるようなギター・フレーズと、歌のメロディーが絡み合う、美しい1曲。音数の少ないアンサンブルですが、シンセサイザーと思われる電子音が、ヴェールのように優しく全体を覆いこみ、スカスカな印象はありません。

 サウンド・プロダクションもアンサンブルも、ナチュラルかつ優しく、聴いていると、ある晴れた春の日にピクニックをしているような気分になれるアルバムです。ピアノやストリングスやフルートなど、多くの楽器が使用されていますが、それぞれ適材適所で使いすぎるところが全くありません。

 各楽器のサウンド自体もそうですが、オーバー・プロデュースにならず、素材の良さを生かして、丁寧にアンサンブを作り上げているところが、この作品の魅力です。

 





Aloha “Some Echoes” / アロハ『サム・エコーズ』


Aloha “Some Echoes”

アロハ 『サム・エコーズ』
発売: 2006年4月11日
レーベル: Polyvinyl (ポリヴァイナル)

 オハイオ州出身のバンド、アロハの4thアルバムです。アルバムによって若干のアプローチの差異はあるものの、彼らの音楽に共通するのは、エモ的な疾走感とメロディー、ポストロック的な凝ったアンサンブルと音響、というふたつの相反する(と一般的に考えられる)要素を、見事に共存させていることです。ヴィブラフォンの使用は、その象徴と言えます。

 本作『Some Echoes』は、彼らのアルバムの中では、エモ的なスピード感や激しさは控えめに、音響的な要素が色濃い、メローな1作。鍵盤とヴィブラフォンが随所でフィーチャーされ、インストのポストロックとしても通用するアンサンブルが展開されます。

 同時に、彼らの長所のひとつである、泣きのメロディーも健在。若々しくエモーションを爆発させて疾走するエモというより、若さ故の感傷や憂鬱を紡いでいく、といった感じのエモさが溢れるアルバムです。また、アコースティック・ギターが多用されているため、フォーキーな雰囲気も漂います。

 アロハは、サウンド・プロダクションも毎回すばらしいんですが、今作も楽器の音が生々しく、非常に良い音でレコーディングされています。

 1曲目「Brace Your Face」のイントロから、早速ヴィブラフォンが活躍。音数を絞ったアンサンブルの中で、中心的な役割を担っています。ギターとドラムが、徐々に緊張感と加速感を演出するようなアレンジも秀逸。再生時間1:56あたりからの、ギターとヴィブラフォンが絡む間奏も、このバンドの特異性を端的にあらわしていると思います。

 3曲目の「Your Eyes」は、ヴィブラフォンが入っていなければ、ミドルテンポのエモ・ソングといった感じの雰囲気。しかし、ヴィブラフォンが味付け程度ではなく、大々的に使用されることで、音楽性とサウンドの幅が格段に広がっていることが実感できる1曲。

 6曲目「Come Home」は、イントロからストリングスが使用され、バンドが入ってきてからの立体的なアンサンブルが心地よい1曲。ドラムとパーカッションの音が特に良い。

 10曲目「Mountain」。ぎこちないぐらい前のめりに、バンドをアジテートするようなイントロのドラム。その後に入ってくるギターとキーボードが、曲を鮮やかに彩っていく、アロハ得意の展開。

 前述したように、アロハの他のアルバムと比較すると、エモ的なサウンドとスピードよりも、アコースティック・ギターやヴィブラフォンが活躍する、フォーキーな音像の1枚です。しかし、ディストーション・ギターや、わかりやすいアップテンポに頼らずとも、アンサンブルによってドラマチックな展開を演出していて、完成度の高いアルバムであると思います。オルタナ・カントリーが好きな方にもオススメ!

 





Aloha “Here Comes Everyone” / アロハ『ヒア・カムズ・エブリワン』


Aloha “Here Comes Everyone”

アロハ 『ヒア・カムズ・エブリワン』
発売: 2004年10月26日
レーベル: Polyvinyl (ポリヴァイナル)

 オハイオ州出身のバンド、アロハの2004年発売の3rdアルバムです。アロハの音楽は、みずみずしく疾走感あふれるエモい要素と、ただ直線的に突っ走るだけではない実験性が、バランスよく融合しているところが魅力。

 今作『Here Comes Everyone』も、エモコアらしい若々しい疾走感と、ポストロックと呼べる実験的なアプローチが、絶妙なバランスで共存しています。

 アルバムの始まりを告げる1曲目「All The Wars」は、1曲目らしく、前のめりになった硬質なサウンドのドラムと、そのドラムに絡まるように入ってくるギターが推進力となった、ロックな曲。ボーカルの声とギターのサウンドがみずみずしく、サウンド的にはエモコア色が濃いのですが、前述したようにドラムのリズムがやや複雑で、非常に聴きごたえがあります。

 2曲目の「You’ve Escaped」は、エモさ全開の1曲目「All The Wars」とは打って変わって、アコースティック・ギターとベースのみのイントロ。さらにピアノが入ってきて、1曲目とのサウンドの違いが、ますます際立ちます。再生時間1:18あたりからはヴィブラフォンらしき音が入ってきて、グルーヴ感が増していく展開。最初の2曲だけ聴いても、アロハの音楽性の懐の深さが分かると思います。

 3曲目「Summer Away」でも、大体的にヴィブラフォンを使用。しかも、隠し味程度に使う、というレベルではなくアンサンブルの中核を担っています。ヴィブラフォンが入っていなかったら、もっとシンプルなパンク色の濃い曲になっていたはず。ヴィブラフォンの柔らかで、独特の倍音を持つサウンドのおかげで、音楽の奥行きが格段に広がっています。

 9曲目の「Thermostat」は、多くの楽器が有機的に絡み合う、壮大なアンサンブルの1曲。しかし、地に足がついた感覚で、無理にスケールを広げた印象は全くありません。

 12曲目の「Goodbye To The Factory」は、巨大な動物が行進するような、地響きまで聞こえてきそうな塊感のあるアレンジ。本当にイントロが、あり得ないほどかっこいいです。

 独特の若さとツヤのあるボーカルの声と、エモーショナルなメロディーが、純粋なエモ・バンドとしても十分な魅力を持っています。しかし、それだけではなく、独特のグルーヴを生むドラムのリズム、柔らかなサウンドのヴィブラフォンの活躍、丁寧に組み上げたアンサンブルなど、直線的にエモーションを表出するだけではない、奥深さを持ったアルバムです。

 トータスなど、インスト主体のバンドがヴィブラフォンを導入することは多いですが、アロハのように歌を中心にしたバンドがヴィブラフォンを導入し、しかも曲によっては主導的なパートを担うというのは、珍しいと思います。珍しいだけじゃなく、それがちゃんと音楽の魅力を高めているところも凄い!

 





BLK JKS “After Robots” / ブラック・ジャックス『アフター・ロボッツ』


BLK JKS “After Robots”

ブラック・ジャックス 『アフター・ロボッツ』
発売: 2009年9月8日
レーベル: Secretly Canadian (シークレットリー・カナディアン)
プロデュース: Brandon Curtis (ブランドン・カーティス)

 南アフリカ共和国ヨハネスブルグ出身の4ピース・バンド、ブラック・ジャックスが、インディアナ州ブルーミントンのレーベルSecretly Canadianより発売したアルバムです。今作『After Robots』以外にも、2枚のEPをSecretly Canadianからリリースしています。バンド名は「BLK JKS」と書いて、「ブラック・ジャックス」と読みます。

 南アフリカの音楽事情についても、アフリカ音楽全般についても、語れるほどの知識を持ち合わせておりませんが、これは凄いアルバムです。言語化すると陳腐に響いてしまいますが、アフリカ的リズム感覚を、4ピースのロック・バンドのフォーマットに、鋳造した音楽とでも言ったらいいでしょうか。4人組のロック・バンドですが、レコーディングにはホーンも参加していて、サウンドも一般的なインディー・ロックから比べると、ちょっと異質です。

 1曲目は「Molalatladi」。いくつものリズムの型が見え隠れする、ポリリズミックなイントロ。アフリカのポリリズムを、ロックの文法で再構築したような1曲です。ロック的なダイナミズムを持ちながら、同時にアフリカ的な複雑なリズムが体を揺らします。「複雑な」というのは、西洋のポップ・ミュージック的な価値観からすると、という意味ですが。

 ある特定のリズムにノリながら聴いていると、さらに他のリズムが感じられて、そのふたつが混じり合って…という風に、複数のリズムが多層的に次々と姿をあらわします。前述したようにホーン・セクションも導入されており、トライバルで躍動感あふれるドラムのリズムと相まって、再生時間0:59あたりからのサビのような、ブリッジのような部分では、祝祭的な雰囲気すら漂います。

 現地語と思われる「Molalatladi」と何度も繰り返される歌詞も、当然ながら英語とはリズムとサウンドが異なり、非常に耳に引っかかるリズミックな響きを持っています。やっぱり言語の違いは、音楽の質も変えるな、と感じる曲でもあります。

 2曲目の「Banna Ba Modimo」は、歌のメロディーのリズムと、バックのリズムが噛み合うような、絡み合うような、絶妙なバランスで進行します。この曲は、リズムの緩急のつけ方が大きく、加速と減速を繰り返しながら、リズムがスリリングに切り替わっていく1曲です。

 5曲目「Taxidermy」は、波の満ち引きのように押し寄せるギターとベースに、細かく正確にリズムを刻み続けるドラムのグルーヴが気持ちいい1曲。再生時間1:30あたりから、リズムを見失いそうになるポイントもあります。

 1曲目の「Molalatladi」に集約されているのですが、アフリカのリズムとアメリカのポップ・ミュージックが融合した1作です。ホーンも入っていますが、ギターを中心としたロック・バンドのフォーマットで、トライバルなリズムを取り込みながら、コンパクトなポップ・ミュージックに仕立てるセンスは本当に見事!

 『After Robots』のような作品に出会うと、南アフリカに限らずアフリカ諸国のポップ・ミュージック・シーンを掘れば、多くの個性的なバンドがいるのでは、と興味がわいてきます。

 





Edith Frost “Wonder Wonder” / イーディス・フロスト『ワンダー・ワンダー』


Edith Frost “Wonder Wonder”

イーディス・フロスト 『ワンダー・ワンダー』
発売: 2001年6月17日
レーベル: Drag City (ドラッグ・シティ)
プロデュース: Rian Murphy (リアン・マーフィー)
エンジニア: Steve Albini (スティーヴ・アルビニ)

 テキサス州サンアントニオ出身の女性シンガーソングライター、イーディス・フロストの3rdアルバムです。

 シカゴの名門ドラッグ・シティ(Drag City)からのリリース、さらにレコーディング・エンジニアをスティーヴ・アルビニが担当していることからも、悪いはずがないと聴く前から期待が高まってしまう1枚。結論から言うと期待どおり、いやいや期待以上で、多くの人にオススメしたい1枚です。

 ビブラートなどの無駄な装飾なく、雰囲気たっぷりのイーディスの声。実験性やジャンクさも内包する多彩なアレンジメントとサウンド・プロダクションも、楽曲の魅力を増幅させています。その音楽性から、オルタナ・カントリー(オルタナティヴ・カントリー)の文脈で扱われることもある作品です。

 「オーガニック」という言葉がありますが、今作もまさにオーガニックなアルバムであると評したいです。すなわち、混じり気なしの音素材によって、丁寧に作り上げられた音楽、と言える1枚です。

 特に聴いていただきたいのは、2曲目「Cars And Parties」。バンド全体がトイピアノのような、かわいらしくカラフルな音色のイントロ。オモチャの太鼓のようなサウンドとリズムのドラム。チープかつ可愛いイントロと、コーラスに入ってからの壮大なサウンドとの対比も素晴らしく、本当に名曲。

 そんな、カラフルで楽しいサウンドと、低めのイーディスの声とのバランスも絶妙。「おもちゃ箱をひっくり返したような」という、もはやクリシェ化した形容の仕方がありますけれども、この曲はまさにそれ!です。

 3曲目「Who」は、アコースティック・ギターとまわりの電子音との融合が気持ちいい1曲。リズムとアンサンブルが楽しい2曲目と比べて、サウンド自体が楽しい1曲。ときおり打ち鳴らされる「バスン」という感じのパワフルなバスドラも、アクセントになっています。

 アルバムのタイトルにもなっている4曲目「Wonder Wonder」。この曲もイントロから色とりどりのサウンドが鳴っていて、楽しい1曲。牧歌的な雰囲気というべきなのか、僕はこの曲を聴くと牛がのんびりとたくさんいる牧場の風景が浮かんできます。

 8曲目の「Further」は、臨場感あるサウンドの様々な生楽器が、流れるように有機的に絡み合うアンサンブル。ピアノもストリングスもドラムも、まず音がいいです。

 実にドラッグ・シティらしい、インディーらしい名盤。カントリーの要素もありながら、実験性もポップに昇華されていて、こういう音楽が聴けるからインディーズを掘るのは止められない!と思わせてくれる1枚。日本での知名度は高くありませんが、心からおすすめしたい1作です。