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Silkworm “Blueblood” / シルクワーム『ブルーブラッド』


Silkworm “Blueblood”

シルクワーム 『ブルーブラッド』
発売: 1998年7月21日
レーベル: Touch And Go (タッチ・アンド・ゴー)
プロデュース: James Hale (ジェームス・ヘイル)

 モンタナ州ミズーラで結成されたバンド、シルクワームの6枚目のアルバム。4枚目と5枚目のアルバムは、ニューヨークに居を構えるレーベル、マタドール(Matador)からのリリースでしたが、今作からシカゴのタッチ・アンド・ゴーに移籍しています。

 また、2枚目から5枚目のアルバムまで、一貫してレコーディング・エンジニアを担当してきたスティーヴ・アルビニは、今作ではミキシングのみ担当。レコーディングはジェームス・ヘイル(James Hale)が手がけています。7作目となる次作『Lifestyle』からは、再びアルビニが担当に戻ります。

 3rdアルバム『Libertine』リリース後に、ギタリストのジョエル・R・L・フェルプス(Joel R.L. Phelps)が脱退してから、3ピースで活動してきたシルクワーム。今作には、ブレット・グロスマン(Brett Grossman)がキーボードで参加しています。

 レーベル移籍、エンジニアの変更、サボート・メンバーの参加と、前作からいくつかの変更点があるアルバムですが、音楽性とサウンドの差異はそこまで感じません。あくまで、これまでのシルクワームの音楽の延長線上にあると言えます。すなわち、オルタナティヴ・ロックの範疇におさまるハードなサウンドを持ちながら、3者の絡み合うようなアンサンブルが展開される作品です。

 しかし、音楽性の幅は確実に広がっていて、本作からは牧歌的でカントリーのような香りが漂います。これは、今までのシルクワームからは、あまり感じられなかった要素です。激しく歪んだギターは随所に顔を出しますが、これまでの作品と比較すれば控えめで、テンポも抑えた曲が多いアルバムと言えます。

 1曲目「Eff」は、ゆったりとしたテンポに乗って、バンドが緩やかにグルーヴしていく1曲。音数は少なく、各楽器の音も、歪みは抑えめ。その代わりに、ややざらついたソウルフルなボーカルが前面に出てきます。

 2曲目「I Must Prepare (Tablecloth Tint)」も、サウンド的にもテンポ的にも抑え気味で、緩やかに進行していく1曲。各楽器ともシンプルな演奏ですが、リズムにフックがあり、耳を掴んでいきます。この曲では、ボーカルも感情を抑えたような、物憂げな歌い方。ピアノの音も、今までのシルクワームにはあまり感じなかった牧歌的な雰囲気を加えています。

5曲目「Empty Elevator Shaft」では、ドラムのマイケル・ダルクイスト(Michael Dahlquist)もボーカルを担当。クランチ気味のギターと、揺れるようなリズム隊が、心地よくスウィングする曲です。

 前述したように、スティーヴ・アルビニは録音を担当していませんが、音質の違いはそこまで感じません。しいて言えば、前作の方が残響音まで伝わるような臨場感が、より強かったかなと思います。

 また、激しく歪んだディストーション・サウンドよりも、各楽器ともシンプルな音が多用され、アンサンブル志向の強いアルバムであるとも言えます。本人たちがどの程度、影響を受けているのかはわかりませんが、フォークやカントリーなどのルーツ・ミュージックからの影響を感じる部分もあります。

 いずれにしても、直線的な8ビートで走るわけでも、予定調和の轟音で押し流すわけでもない、このバンドが持つ音楽の奥行きを感じさせる1枚です。
 
 





Silkworm “Developer” / シルクワーム『ディベロッパー』


Silkworm “Developer”

シルクワーム 『ディベロッパー』
発売: 1997年4月8日
レーベル: Matador (マタドール)
プロデュース: Steve Albini (スティーヴ・アルビニ)

 1987年にモンタナ州ミズーラで結成されたバンド、シルクワームの通算5枚目のスタジオ・アルバム。前作に引き続き、スティーヴ・アルビニがレコーディング・エンジニアを担当。次作『Blueblood』からは、シカゴの名門レーベル、タッチ・アンド・ゴー(Touch And Go)に移籍するため、本作がマタドールからリリースされる最後のアルバムです。

 ギタリストのジョエル・R・L・フェルプス(Joel R.L. Phelps)が脱退し、前作『Firewater』から3ピース体制となったシルクワーム。前作は、各楽器が絡み合いながらグルーヴし、時には疾走する、3ピースの醍醐味が詰まったアルバムでした。本作は、3人のアンサンブルの精度がさらに向上した作品と言えます。その分、ラフさは後退しているため、前作の方が好みという方もいると思います。

 しかし、荒々しさはややおさまった印象があるものの、今作でも随所で唸りをあげるようなギター、3者の有機的なアンサンブルは健在。スティーヴ・アルビニによる録音もすばらしく、臨場感あふれる生々しいサウンド・プロダクションも、このアルバムの魅力のひとつです。

 サウンド的にも音楽の構造的にも、いわゆるオルタナティヴ・ロックに近く、ざらついた歪みのギターを中心に、タイトで機能的なアンサンブルが展開されます。テンポを落とした曲が多く、勢いだけで突っ走るよりも、アンサンブルを練り上げようという志向が、随所に感じられます。

 1曲目「Give Me Some Skin」は、ゆったりとしたテンポで、音数を絞った隙間の多いアンサンブルが展開される1曲。音数が少ないことで、相対的に一音一音への集中力が高まり、各楽器の音が生々しく響きます。特に、イントロから入っているドラムは、残響音まで伝わってくるぐらい臨場感のあるサウンドで、録音されています。

 2曲目「Never Met A Man I Didn’t Like」は、テンポが上がり、疾走感のある曲。弾むような軽快なドラムに、うねるようなベース・ラインが絡み、ギターとボーカルはその上を自由に駆け抜けていきます。

 6曲目「Ice Station Zebra」は、イントロから、タイトかつ立体的なアンサンブルが繰り広げられる1曲。わかりやすいヴァース=コーラスの構造ではなく、ボーカルを含めた3者の有機的な絡み合いが前面に出てくる曲です。各楽器の残響音まで感じられるようなサウンド・プロダクションも秀逸で、さすがアルビニ先生!と思わせます。

 10曲目「It’s Too Bad…」は、立体的なドラムに、メロディアスなベースと、捻れるようなギターが絡み合う1曲。歪んだギターとベースの音はともに硬質で、アンサンブルもラフな部分と、タイトな部分のバランスが非常に良いです。

 ハードで生々しいサウンドで、3ピースらしい機能的なアンサンブルが展開されるアルバムです。前述したように、前作と比較してアンサンブルの精度が、確実に上がっています。まるで、3人で高度なコミュニケーションを楽しんでいるような雰囲気が伝わってくるところも魅力的。

 また、1枚通しで聴いてみると、あらためて素晴らしいサウンド・プロダクションだなと感じます。数多くの録音を手がけるスティーヴ・アルビニですが、シルクワームとの相性は特に良いのではないでしょうか。

 





Silkworm “Firewater” / シルクワーム『ファイアウォーター』


Silkworm “Firewater”

シルクワーム 『ファイアウォーター』
発売: 1996年2月13日
レーベル: Matador (マタドール)
プロデュース: Steve Albini (スティーヴ・アルビニ)

 モンタナ州ミズーラで結成され、シアトルとシカゴを拠点に活動したバンド、シルクワームの4thアルバム。他の多数のアルバムと同じく、スティーヴ・アルビニがレコーディング・エンジニアを担当しています。

 3rdアルバム『Libertine』の後に、ギタリストのジョエル・R・L・フェルプス(Joel R.L. Phelps)が脱退。今作は、彼の脱退後、初のアルバムです。3ピース体制となった本作ですが、4ピースだった前作『Libertine』と比べて、音が薄くなったという印象は無く、むしろサウンド的には厚みを増しています。

 ギタリストが1人になった分、自由が増えたということなのか、ギターのフレーズがこれまでのアルバムよりも前景化されていると、随所に感じます。予期せぬところにギターのフレーズが差し込まれ、音楽のフックとして機能。全体としては、ねじれるようなギターを中心に、3ピースならではのコンパクトかつ荒々しいアンサンブルが展開されます。

 サウンド・プロダクションとしては、90年代のオルタナ・グランジ色も感じますが、アルビニ特有の生々しい耳ざわりも、アルバムの大きな魅力になっています。

 1曲目「Nerves」は、ざらついた歪みのギターが唸りをあげながら、ベース、ドラムと共に塊感のあるグルーヴを繰り広げる1曲。投げやりで、ぶっきらぼうなボーカルも、ざらついた雰囲気を演出しています。再生時間1:27あたりからの、歌メロ以上に歌っているエモーショナルなギターソロがアクセント。

 2曲目「Drunk」は、3者がタイトに絡み合う機能的なアンサンブルが展開。シンプルにリズムをキープするベースとドラムに対して、ギターは自由にフレーズを紡いでいきます。

 3曲目「Wet Firecracker」は、金属的な歪みのギターが全体を先導していく、疾走感あふれる1曲。ギターは、音のストップとゴーがはっきりしていて、メリハリがあります。

 4曲目「Slow Hands」は、ゆったりとしたテンポで、轟音と静寂を行き来するコントラストが鮮やかな1曲。ギターは、無理やり押しつぶされたような、独特の厚みのある、凝縮されたサウンドを響かせます。

 7曲目「Quicksand」は、イントロから鋭く歪んだギターが、時空を切り裂くようにフレーズを繰り出す1曲。正確かつ、随所にタメを作るドラム、メロディアスに動くベースと共に、この曲も3者のアンサンブルが素晴らしい。

 8曲目「Ticket Tulane」は、テンポを落とし、ゆるやかなグルーヴ感のある曲です。ギターの音色も、唸りをあげるディストーション・サウンドではなく、歪みを抑えたクランチ気味のもの。

 10曲目「Severance Pay」は、激しく歪み、分厚いサウンドのギターが支配的な1曲。ドラムは淡々とリズムを刻み、ベースはギターを下から支えるように、長めの音符を多用して、低音域を埋めていきます。

 16曲目「Don’t Make Plans This Friday」は、イントロのドラムから、演奏もサウンドも立体的。アルビニらしいサウンドを持った1曲であると言えます。テンポは遅めで、タメをたっぷりと作って、グルーヴ感を生み出していきます。

 自由なギターを中心に据えながら、タイトなリズム隊がギターを支え、3者で機能的なアンサンブルを構成していくアルバム。3ピースの魅力が詰まった作品です。音楽的には、オルタナやグランジの延長線上にあると言えますが、ギターの音作りと、バンドの作り上げるアンサンブルは、非常に練り込まれていて、借り物でない音楽的志向をはっきりと持ったバンドであると感じます。

 





Shrimp Boat “Cavale” / シュリンプ・ボート『カヴァル』


Shrimp Boat “Cavale”

シュリンプ・ボート 『カヴァル』
発売: 1993年4月1日
レーベル: Bar/None (バーナン)

 1987年にシカゴで結成されたバンド、シュリンプ・ボートの4thアルバムであり、ラスト・アルバム。ここまでの3枚を順番に挙げると『Speckly』『Volume One』『Duende』で、これ以前にもカセット音源をいくつかリリースしています。また2004年には、1986年から1993年までの音源を収録したコンピレーション『Something Grand』を発売。こちらは現在、配信でも購入できます。

 本作『Cavale』は、アメリカではBar/None、イギリスではラフ・トレード(Rough Trade)、日本ではジャズやラテンのリイシューを数多く手がけるボンバ・レコードからリリース。

 のちにザ・シー・アンド・ケイク(The Sea and Cake)の結成に参加するサム・プレコップ(Sam Prekop)とエリック・クラリッジ(Eric Claridge)がメンバーだったシュリンプ・ボート。多種多様な音楽を飲み込みながら、耳なじみの良いギター・ロックに仕上げるセンスは、ザ・シー・アンド・ケイクに繋がると言っていいでしょう。

 最後のアルバムとなった本作では、フリージャズや現代音楽を感じさせるアヴァンギャルドな空気も振りまきながら、軽やかでカラフルな音楽を響かせます。アレンジには多分に実験的な要素も含むのですが、どこか牧歌的でカントリー色を感じさせるところも魅力。

 1曲目「Pumpkin Lover」は、バンド全体が緩やかに、軽やかにグルーヴしていく1曲。リズムには複雑なところもあるのですが、ややローファイで純粋無垢なサウンドが、牧歌的でかわいい雰囲気をかもし出します。どこか、とぼけた感じのボーカルも、良い意味での軽さをプラスしています。

 2曲目「Duende Suite」は、減速と加速をくり返しながら、駆け抜けていく1曲。小刻みで、せわしないリズムからは、カントリーの香りが漂いますが、前述したとおり速度を切り替えながら進むアレンジからは、カントリーだけにとどまらない実験性が伝わります。

 4曲目「Blue Green Misery」は、各楽器が緩やかに弾むようなリズムを刻み、バンド全体も立体的にグルーヴしていく1曲。聴いていると自然に体が動き出すような躍動感がありますが、強すぎず弱すぎず、非常に心地いい1曲です。

 5曲目「What Do You Think Of Love」は、一聴するとぶっきらぼうにも聞こえるドラムが、絶妙にタメを作りながらリズムをキープしていきます。その上にギターとサックス、ボーカルが乗り、いきいきとしたグルーヴが形成。エレキ・ギターのフレーズが、サウンドとアンサンブルの両面でアクセントになっています。

 6曲目「Swinging Shell」は、ギターを中心に、各楽器が緩やかに絡み合う1曲。裏声を使ったボーカルも、やわらかな雰囲気を演出。

 7曲目「Creme Brulee」は、サックスも使用され、音数が多く、立体的なアンサンブルが展開される1曲。いくつもの歯車が複雑に、しかしきっちりと噛み合ったような心地よさのある曲です。ドラムのソリッドな音色と、立体的なリズムが全体を引き締めています。

 9曲目「Free Love Overdrive」。イントロのハーモニーが奇妙な響きを持っていますが、聴いているうちに、その不協和音のような不安定な雰囲気が、クセになっていきます。曲全体としては、実験性が強く聴きづらい印象は全くなく、カラフルでポップな1曲です。まさにアヴァン・ポップと呼ぶべき1曲。

 11曲目「Apples」は、ゆったりとしたテンポに乗せて、サックスとギターがムーディーなフレーズを奏でる、ジャズの香り立つ1曲。

 12曲目「Smooth Ass」も、ゆっくりなテンポで、緩やかなグルーヴが展開される曲。音数は少ないのですが、ヴェールが空間を包むような、穏やかなサウンドと雰囲気を持った1曲です。

 15曲目「Henny Penny」は、イントロから鳴り響くドラムの音に臨場感があり、印象的な1曲。ギターとベース、ボーカルも、ゆったりと絡み合い、有機的なアンサンブルを作りあげます。

 アルバム全体を通して、ジャズやカントリーなど様々なジャンルの香りを漂わせつつ、決して難解な印象にはならず、カラフルで良い意味で軽いギター・ロックを響かせています。実験性とポップさのバランスが秀逸で、9曲目の「Free Love Overdrive」の部分でも書きましたが、アヴァン・ポップと呼びたくなる作品です。

 非常にポップでありながら、実験性も持ち合わせていて、聴くごとに味が出てくる、奥深いアルバムだと思います。

 





Here We Go Magic “Here We Go Magic” / ヒア・ウィ・ゴー・マジック『ヒア・ウィ・ゴー・マジック』


Here We Go Magic “Here We Go Magic”

ヒア・ウィ・ゴー・マジック 『ヒア・ウィ・ゴー・マジック』
発売: 2009年2月17日
レーベル: Western Vinyl (ウェスタン・ヴァイナル)

 マサチューセッツ州セイラム出身のルーク・テンプル(Luke Temple)を中心に、ニューヨーク市ブルックリンで結成されたバンド、ヒア・ウィ・ゴー・マジックの1stアルバム。今作は、ほとんどルーク自身によって彼の自宅でレコーディングされており、実質的には彼のソロ・アルバムと言うべき内容です。

 ルーク・テンプルのソロ・プロジェクト色の強いバンドであることは事実ですが、9曲目の「Everything’s Big」には、バンドのギタリストであるマイケル・ブロック(Michael Bloch)と、3人のサポート・メンバーが参加しています。

 サウンド・プロダクションの面では、電子的なサウンドと、生楽器のオーガニックなサウンドを組み合わせ、音楽性の面では民族音楽やルーツ・ミュージックを感じさせながら、地に足の着いたコンパクトなインディーロックを響かせています。前述したとおり、ほとんどルーク・テンプル個人による宅録ではありますが、あまり箱庭感や閉塞感はなく、確かに言われてみれば、誰かの頭の中のアイデアを覗いている感覚があるかも、といった印象。

 ちなみに使用した機材は、4トラックのレコーダー、マイク、シンセサイザー、アコースティック・ギター、タム。マイクは1本、タムは1台のみで、ベースはシンセを使用して補ったとのこと。実際に聴いていただくのが一番早いのですが、こんな限られた機材でも、十分に音楽が作れるんだと、感じさせてくれるアルバムでもあります。

 1曲目「Only Pieces」は、電子的な音色のビートが刻まれますが、リズム構造にはトライバルな雰囲気。途中から導入されるアコースティック・ギターが、曲にウォームな雰囲気を加えています。

 2曲目「Fangela」は、奥まった音質のアコースティック・ギターと、トライバルなリズム、浮遊感のあるボーカルが合わさる1曲。ギターとシンセを追いかけるようにタムがリズムが刻み、その上を漂うようにボーカルがメロディーを紡ぐ、立体感のあるサウンド。

 3曲目「Ahab」は、立体的に響くギターとドラムに、エレクトロニックな持続音と、ドリーミーなボーカルが重なる1曲。ギターはかなり耳に近い位置で鳴り、ドラムは低音が効いていて、下から響きます。

 4曲目「Tunnelvision」は、軽やかでノリがいいリズムを持つ1曲。爽やかなギターが前面に出たサウンド・プロダクションですが、ギターポップ的というよりも、ギターもパーツとして組み上げられたような、ポスト・プロダクションを感じさせるバランス。

 5曲目「Ghost List」は、はっきりとしたビートやメロディーが無く、アンビエントな1曲。シンセサイザーの音が、波のように空間に広がっていきます。

 6曲目「I Just Want To See You Underwater」は、イントロから細かい電子音が鳴り響き、徐々に音が増殖していく1曲。それに比例して、ミニマルなサウンドから、バンド的な躍動感も増していきます。

 8曲目「Nat’s Alien」は、ノイズ的な電子音が響く、アンビエントな音像を持った曲。しかし、いくつかの音が重なり、アンサンブルのようなものが見え隠れして、音楽的に聞こえてくるから不思議。これは、僕がわかりやすい音楽的な要素を探りながら聴いているせいかもしれませんが。

 9曲目「Everything’s Big」は、前述したとおりルーク・テンプル1人ではなく、バンドによる演奏。その予備知識が持たずに聴いたとしても、ここまでとの耳ざわりの差異にすぐ気づくと思います。シンセサイザーによる電子音がヴェールのように全体を包むのではなく、5人が奏でる楽器と声によって、隙間も目立つ演奏。

 これまでの楽曲が冷たいというわけではありませんが、アコースティック・ギターとピアノの音色が、とてもウォームに感じられます。ボーカルも牧歌的に響く、カントリー色の強い1曲。

 最後の9曲目以外は、ルーク・テンプルが1人で作り上げた作品ですが、彼の才能と音楽性の広さを感じる1枚です。サウンドは確かに、ローファイとは言わないまでも、現代的なハイファイ・サウンドからすると、やや輪郭のぼやけた奥まった音質。しかし、それが楽曲から伝わる音楽的アイデアを曇らせているかというと、そんなことはなく、シンセの持続音やドラムのわかりやすいリズムをうまく用いて、気にならないように音楽を作り上げていると思います。

 ローファイ気味の音質を魅力に転化しているとまでは言いませんが、やや貧弱な音質を逆手にとってサイケデリックな空気を振りまいていて、このあたりにもルーク・テンプルという人の才能を感じますね。