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Slint “Spiderland” / スリント『スパイダーランド』


Slint “Spiderland”

スリント 『スパイダーランド』
発売: 1991年3月27日
レーベル: Touch And Go (タッチ・アンド・ゴー)
プロデュース: Brian Paulson (ブライアン・ポールソン)

 ケンタッキー州ルイヴィル出身のバンド、スリントの2ndアルバムです。前作はスティーヴ・アルビニ(Steve Albini)がプロデュースを担当していましたが、今作はブライアン・ポールソン(Brian Paulson)が担当。

 前作『Tweez』に比べると、攻撃性とノイズは控えめに、アンサンブル志向の高まった今作。激しく歪んだギターをはじめとして、アグレッシブなサウンドが全面に出た前作と比べ、静と動のコントラスト、音数を絞ったうえでの緊張感の演出など、バンドのアンサンブルが確実に向上していることを感じさせる1枚です。

 反復を繰り返すフレーズや、幾何学的とも言えるギターの構成など、のちのマスロック・バンドへの影響力の強さを感じさせる要素も、色濃くあります。

 1曲目は「Breadcrumb Trail」。ハーモニクスを多用したギターを中心に、各楽器が絡み合うようにアンサンブルを形成していくのは、まさにポストロックの原型と言えます。再生時間1:23あたりから、堰を切ったようにディストーション・ギターが押し寄せる展開とコントラストも鮮烈。

 2曲目「Nosferatu Man」は、不協和を感じさせるコードと、ピッキングハーモニクスのように耳障りなギターが溶け合う、不穏な空気の1曲。独特の重さを持った1曲ですが、いわゆるハードロック的な重厚なサウンドというのではなく、バンドの音全体に沈み込むような重さを感じます。

 4曲目「Washer」は8分を超える大曲。ギターの歪みによるダイナミズムに頼ることなく、アンサンブルによって緊張感とコントラストを演出した1曲。再生時間6:48あたりから、満を持してノイズギターの嵐が訪れます。

 ラストの6曲目「Good Morning, Captain」は、クリーン・トーンのギターと、轟音ギターが交互にあらわれ、コントラストの鮮やかな1曲。独り言をつぶやくようなボーカルも、不穏な空気を醸し出します。

 前述したように、前作『Tweez』と比べえると暴力的なサウンドは控えめに、アンサンブルで緊張感や進行感を演出しています。前作が爆弾のようなラウドなアルバムだとすると、今作はナイフのように鋭さが際立ったアルバムと言えます。僕はスティーヴ・アルビニが、「先生」を付けて呼びたいぐらい好きなのですが、エンジニアがブライアン・ポールソンに交替した今作も、音が非常にいいです。

 初期衝動がときどき制御できずに暴発するような前作もいいのですが、今作は前作以上に完成度が高く、おすすめしたい1枚です。

 





Slint “Tweez” / スリント『トゥイーズ』


Slint “Tweez”

スリント 『トゥイーズ』
発売: 1989年
レーベル: Jennifer Hartman (ジェニファー・ハートマン), Touch And Go (タッチ・アンド・ゴー)
プロデュース: Steve Albini (スティーヴ・アルビニ)

 1986年にケンタッキー州ルイヴィルで結成されたスリントの1stアルバム。1989年にジェニファー・ハートマンなるレーベルから発売され、その後1993年にシカゴの名門タッチ・アンド・ゴーから再発されています。ちなみにジェニファー・ハートマンというのは彼らの友人が運営するレーベルで、今作が唯一のリリース作品。

 コンプレッサーで極度に圧縮されたような、金属的なギター・サウンド。降り注ぐノイズと変拍子。のちのポストロックやマスロックと呼ばれるバンド群の、源流のひとつとなったのがスリントです。ダークな雰囲気を持った、生々しいサウンド・プロダクションと、複雑なバンド・アンサンブル。ときおり挟まれる初期衝動の叫びのようなボーカルと、地下っぽい空気感を存分に持った1枚でもあります。

 1曲目「Ron」では、金属的な独特のギター・サウンドが解き放たれたあと、様々なノイズや音が飛び交い、やがて複雑に絡み合っていく展開。2分弱しかないのに、展開が目まぐるしく、エキサイトメント溢れる1曲です。

 4曲目の「Kent」は、ドラムの音が硬質で鋭く、臨場感のある1曲。ギター・サウンドは比較的クリーンで、アンサンブルによって静と動を使いわけながら、風景が次々に変化していくような1曲。

 5曲目「Charlotte」は、冒頭から全体を覆い尽くすような、深く歪んだギターのサウンドが押し寄せます。その後もボーカルとギターが暴発したような、パンキッシュな曲。

 8曲目「Pat」は、ドラムのせわしないリズムと切り替えが、マスロックを思わせる1曲。ギターはクリーン・トーンが選択され、轟音で押し流すのではなく、アンサンブルによってスリルや緊張感を演出しています。あらためて、1989年という時代に、ニューヨークやシカゴではなくルイビル出身のバンドが、このような音楽を志向していたことに驚きます。

 ポストロックの源流として、ハードコアが取り上げられることがありますが、正直最初の頃はピンと来ませんでした。しかし、今作のようにポストロックの源流と見なされるような作品を聴き込んでいくうちに、なるほどハードコアとポストロックは地続きだと納得できました。

 今作も実験性と攻撃性を兼ね備えており、エモーションの表出が曲の速度や歌詞ではなく、音楽的なアイデアへと方向を変えていったのがポストロックのひとつなんだろうな、というのが実感できます。めちゃくちゃおすすめ!というわけでありませんが、ポストロックの伝説的名盤として、聴いて損はない作品だと思います。

 





American Football “American Football” / アメリカン・フットボール『アメリカン・フットボール』


American Football “American Football”

アメリカン・フットボール『アメリカン・フットボール』
発売: 1999年9月28日
レーベル: Polyvinyl (ポリヴァイナル)

 後続のエモおよびポストロック・バンドに多大な影響を与えた、キャップン・ジャズ(カプン・ジャズ, Cap’n Jazz)。その中心メンバーが、兄ティム・キンセラ(Tim Kinsella)と弟マイク・キンセラ(Mike Kinsella)の、キンセラ兄弟です。キャップンジャズの解散後、弟のマイク・キンセラが結成したのが、このアメリカン・フットボール。

 疾走感あふれる演奏とエモーショナルなボーカルを特徴とし、エモ要素の強かったキャップン・ジャズと比べると、アメリカン・フットボールは、よりポストロック色の強いバンドと言えます。

 1stアルバムである今作『アメリカン・フットボール』は、流れるような美しいボーカルのメロディー・ラインを持ち、歌モノのアルバムとしても聴けるものの、歌のないインストバンドだったとしても楽しめる、緻密なアンサンブルも秀逸な1作。

 ちなみにアメリカン・フットボールは、このアルバムを最後に解散。2014年に活動を再開し、2016年に1stアルバムと同じくセルフタイトルの『アメリカン・フットボール』をリリースしています。(アメリカン・フットボールだらけで、ややこしい笑)

 絡み合うような複数のギターが、次々と旋律を紡いでいき、さらにベースとドラムも有機的にグルーヴするこのアルバム。曲によっては、聴きながら拍子を探してしまう複雑なリズムを持ちながら、その絶妙な違和感がフックとなり、やがて快感に変わっていきます。

 また、複雑さよりもアンサンブルとメロディーの美しさが前面に出ていて、聴いていて特に複雑怪奇で難解なアルバム、という印象はありません。

 1曲目の「Never Meant」は、バンドがスタジオで音出しを始めたようなリラックスした雰囲気から、音楽が立ち上がり、徐々に躍動していく進行が、たまらなく心地いい1曲。イントロ部には、メンバーの誰かが「Are you ready?」と言う声も入っています。アルバム1曲目にどういう曲が入るのかって重要で、僕はわりと1曲目の曲が好きなことが多いんですけど、この1曲目は完璧です。アルバムの音楽性を示し、イントロダクションの役目も果たし、しっかりと「つかみ」にもなっています。

 3曲目「Honestly?」は、イントロを聴くと、ゆったりと加速していく曲かと思いきや、すぐにスイッチが入ってバンドがアンサンブルを形成する意外性に、まず耳を掴まれます。アルバム全体を通しても感じることですが、違和感を利用して音楽のフックにするセンスが、本当に優れていると思います。

 8曲目の「Stay Home」は、複数のギターが重なり合い、展開しながら立体的なアンサンブルを構成する1曲。8分以上ある曲ですが、いつまでも聴いていたくなるぐらい、バンドのグルーヴ感と、サウンドスケープ的な心地よさを、多量に含んだ1曲です。

 前述したように、歌モノのアルバムとしても高い完成度を持った作品であると同時に、歌を抜いてインスト作品だったとしても、ポストロックの名盤と呼べるクオリティを備えた1枚です。

 バンドのアンサンブルの中でも、僕が特におすすめしたいのは、複数のギターが複雑に絡み合い、繊細かつ一体感のあるテクスチャーを生み出しているところです。聴いていて、本当に気持ちいい。音楽をタペストリーに例えることがありますけれども、本作はまさにギターが織物のように重なっていて、本来はバラバラのものなんだけど、ひとつの有機的な存在になっています。

 ほどけそうでほどけない、まとまりそうでまとまらない、各楽器が絡み合う緻密なアンサンブルと、美しいメロディーと歌心が融合した名盤です。歌モノが好きな人も、ポストロックが好きな人も、きっとハマるはず!

 





Tortoise “Millions Now Living Will Never Die” / トータス『ミリオンズ・ナウ・リヴィング・ウィル・ネヴァー・ダイ』


Tortoise “Millions Now Living Will Never Die”

トータス 『ミリオンズ・ナウ・リヴィング・ウィル・ネヴァー・ダイ』
発売: 1996年1月30日
レーベル: Thrill Jockey (スリル・ジョッキー)
プロデュース: John McEntire (ジョン・マッケンタイア)

 ポストロックを代表するバンドと目され、「シカゴ音響派」に括られることもあるトータス。そのような呼び名に本人たちが納得しているかどうかはさて置き、トータスの音楽がロック・ミュージックを確信する実験性に溢れ、サウンド自体を前景化させ音響を追求する面があるのは事実でしょう。

 今作は1994年発売の1stアルバム『Tortoise』に続く、2ndアルバム。シカゴを代表するインディペンデント・レーベル、スリル・ジョッキーからのリリース。というより、トータスがスリル・ジョッキーの看板バンドだと表現した方が適切かもしれません。

 今作『Millions Now Living Will Never Die』は、コーラスとヴァースの循環する明確なフォームは持たず、自由でイマジナティヴなサウンドスケープが展開されています。次に何が起こるかわからない、一寸先は闇のような緊張感のある音楽でもあれば、時間が緩やかに流れ眼前の風景が変わっていくようなリラクシングな音楽でもある。そのバランスが絶妙で、個人的に非常に思い入れの強い1枚です。

 1曲目の「Djed」は20分以上ある大曲で、前述したように、Aメロ→Bメロ→サビというような明確な形式は持っていないものの、次々と目の前の風景が変わっていくようなサウンドスケープが展開されます。わかりやすい進行感はないのに、音楽が徐々に加速し、生き生きと躍動していくのが実感できる、スリリングな1曲。

 一般的なロックが持つグルーヴ感とは、耳触りの異なるグルーヴ感と躍動感があります。初めて聴くと、何も起こらないじゃないか!と感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、和声進行とは違ったかたちで、音楽が表情を変え続ける曲ですので、まずはこの曲でトータスの世界観に耳をチューニングしてみてください。

 2曲目「Glass Museum」は、ゆったりとしたバンドのアンサンブルが心地よい1曲。空間に滲んで広がっていくようなヴィブラフォンのサウンドが、特に耳に染み渡ります。3曲目「A Survey」は、こちらに迫り来るように淡々とリズムを刻むベースに、ギターが絡みつくようにフレーズを弾いていく曲。

 4曲目「The Taut And Tame」は、イントロから疾走感と緊張感が溢れる1曲。ヴィブラフォンとアナログ・シンセをはじめ、各楽器の音も生々しく録音されていて、臨場感あるサウンドも素晴らしい。各楽器が有機的に絡み合い、ひとつの生物のように加速と減速を繰り返しながら、躍動するようなアンサンブルが展開されます。

 5曲目は「Dear Grandma And Grandpa」。タイトルが示唆するように、どこかノスタルジックな音像。アルバム中、最もアンビエント色の強い1色。

 ラスト6曲目は「Along The Banks Of Rivers」。枯れたような渋いギター・サウンドが中心となり、ルーツ・ミュージックを感じさせながら、革新的な音楽を創り上げるバランスが絶妙です。ドラムだけでなく、ギター以外のバンド全体でリズムをキープするように、分厚い音の壁を作り上げているようにも聴こえます。

 オリジナル盤は6曲収録ですが、日本盤にはさらに4曲のボーナス・トラックが収録されています。この4曲も優れた楽曲揃いなので、購入するならこちらがおすすめ。ダウンロード版にもボーナス・トラックが含まれているようです。

 ボーナス・トラックからも1曲だけご紹介。7曲目に収録されている「Gamera」は、イントロからアコースティック・ギターをフィーチャーし、フォーキーな耳ざわりの1曲。でも、奥の方では気がつくと持続音が鳴っていて、アコギと溶け合い、暖かみのあるサウンドを形成しています。サウンドの組み合わせのバランスも、このバンドの魅力。

 『Millions Now Living Will Never Die』というアルバム・タイトルと、魚群のジャケットのデザインも、音楽の内容を示唆していて良いと思います。「ポストロック」や「音響派」と聞くと、頭でっかちで難しい音楽だと身構える方もいらっしゃるかもしれませんが、このアルバムは生き物がうごめくような躍動感と生命力に溢れた作品です。僕自身もそうでしたが、予備知識なしで聴いても、サウンド自体が面白く、楽しめる1枚ではないかと思います。

 僕は初めて聴いた時に、こんなにスリリングで素晴らしい音楽がこの世に存在するのか!と思いました。心からオススメしたい1枚です。