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Father John Misty “Pure Comedy” / ファーザー・ジョン・ミスティ『ピュア・コメディ』


Father John Misty “Pure Comedy”

ファーザー・ジョン・ミスティ 『ピュア・コメディ』
発売: 2017年4月7日
レーベル: Sub Pop (サブ・ポップ)
プロデュース: Jonathan Wilson (ジョナサン・ウィルソン)

 ジョシュ・ティルマンが、Father John Misty名義でリリースする3枚目のアルバムです。

 収録曲の大半は、ピアノかアコースティック・ギターを中心に据えたバラードですが、曲ごとに丁寧にアレンジが施されており、深い意味でポップな1枚だと思います。見た目も含めて、現代の吟遊詩人といった趣のあるジョシュ・ティルマンですが、彼の歌心とクリエイティヴィティが随所に感じられる作品。

 一聴すると美しいピアノ・バラードであるのに、音楽のフックになる音やアレンジが、仕掛けのように含まれていて、いつの間にかアルバムの世界観に取り込まれてしまいます。

 アルバムの表題曲でもある1曲目の「Pure Comedy」。テレビ番組のオープニングを数秒だけサンプリングしたようなイントロから、ピアノと歌による美しいバラードが展開されます。奥の方では時折、数種類の電子音のようなサウンドが鳴っていて、それが妙に耳に残ります。そして、曲自体は再生時間2:04あたりから、王道とも言える流れで盛り上がり、いつの間にか曲に集中してしまいます。

 2曲目の「Total Entertainment Forever」は、このアルバムの中ではテンポが速く、ビートもはっきりした1曲。ピアノとギターを中心に、各楽器が折り重なるように躍動するアンサンブルも心地いい。

 6曲目の「Leaving LA」は、13分以上もある大曲ですが、アコースティック・ギターのみのイントロから、1曲を通してストリングスがアレンジを変えながら重層的に彩りを加えるため、常にいきいきとした躍動感があります。単純に音数や音量に頼らず、アンサンブルによってコントラストや彩りを演出するところも、このアルバムの魅力。

 7曲目「A Bigger Paper Bag」の、牧歌的な雰囲気を漂わせながら、立体感のあるアンサンブルも素敵。すべての楽器が、サウンド的にも演奏的にも有機的に絡み合っています。

 前述したようにアルバムを通して、リスナーの耳をつかむ仕掛けが、随所に散りばめられています。違和感がいつの間にか魅力に転化してしまう、という感じでしょうか。そのため、74分もあるアルバムですが、それほど冗長には感じません。

 ストリングスや電子音のアレンジも絶妙で、アルバムには室内楽的な雰囲気も漂います。深い意味でポップな、素晴らしい1枚です。

 





Azeda Booth “In Flesh Tones” / アゼダ・ブース『イン・フレッシュ・トーンズ』


Azeda Booth “In Flesh Tones”

アゼダ・ブース 『イン・フレッシュ・トーンズ』
発売: 2008年9月28日
レーベル: Absolutely Kosher (アブソリュートリー・コーシャー)

 カナダのエクスペリメンタル・ポップ・バンド、Azeda Boothの1stアルバムであり、唯一のアルバム。カリフォルニア州エメリーヴィルのレーベル、Absolutely Kosherからのリリース。

 輪郭のぼやけた、ふんわりした電子音を多用した、エレクトロニカに近いサウンドを持ったアルバムです。ボーカルも、ささやき系の女声で、柔らかいバックの音色とのバランスが抜群に良い。

 しかし、音響に特化した作品なのかというとそうでもなく、生き生きとした躍動感や、テクノ的なビートも顔を見せる1作です。

 1曲目の「Ram」は、イントロからアンビエントな電子音が響きますが、再生時間0:17あたりでドラムが入ってくると、途端に躍動感が生まれます。

 2曲目の「In Red」は、ドラムの立体的な音に、臨場感がある1曲。各楽器が絡み合いながら網の目のように音楽を織り上げるなか、ウィスパー系のボーカルが自由に漂うようにメロディーを紡いでいきます。電子音を中心にしたサウンドですが、暖かみのあるサウンドで、母親の胎内にいるような気分になります。

 3曲目は「First Little Britches」。こちらも電子音らしい音色で出来上がった1曲。切り刻まれ再構築されたようなリズムの中から、徐々にグルーヴが生まれる展開がスリリング。

 4曲目の「John Cleese」は、さらにビートが前景化された1曲。オウテカを感じさせるリズムとサウンド・プロダクションです。ただ、ボーカルが入っているため、ビートのあるヒーリング・ミュージックのようにも聞こえます。

 5曲目の「Lobster Quadrille」も、複雑なリズムを持った1曲。やや不穏な空気の電子音が、緊張感と不安感を醸し出します。

 6曲目の「East Village」は、イントロから電子音が心地よく持続します。再生時間0:45あたりで高音が入ってくるところで、虚をつかれてちょっとビックリしました(笑)

 10曲目の「Kensington」では、ヴィブラフォンのようなマレット系の打楽器のような音が心地よく響きます。イントロから複数の楽器が8分音符でリズムを刻み続けるんですが、この重層的なサウンドも心地いい。4分弱の曲ですが、展開が多く、情報量の多さを感じる1曲。再生時間1:20あたりから盛り上がるところもかっこいいし、これは名曲だと思います。

 ほとんど予備知識なしに聴いたアルバムですが、思いのほか良い作品でした。最初にも書いた通り、歌の入ったエレクトロニカといった感じですが、ビートが強く、いきいきと躍動感が溢れる曲もあります。

 





Diet Cig “Swear I’m Good At This” / ダイエット・シグ『スウェア・アイム・グッド・アット・ディス』


Diet Cig “Swear I’m Good At This”

ダイエット・シグ 『スウェア・アイム・グッド・アット・ディス』
発売: 2017年4月7日
レーベル: Frenchkiss (フレンチキス)

 ニューヨークのインディーロック・デュオ、Diet Cigの1stアルバムです。メンバーはギターとボーカルを担当するアレックス・ルチアーノ(Alex Luciano)と、ドラムのノア・ボウマン(Noah Bowman)の2人。ちなみにアレックスは女性です。

 ニューヨークのインディペンデント・レーベル、Frenchkissからのリリース。Frenchkissは、Les Savy Favのベーシスト、シド・バトラー(Syd Butler)が設立したレーベルで、The DodosやLocal Natives、Passion Pitの作品もリリースしています。

 レコーディングには、サポートメンバーとしてバッキング・ボーカルとシンセサイザーが参加しているようですが、あくまでも2ピースバンド。人数的に複雑なアンサンブルを構成することは叶わないわけで、人数の少なさをアイデアとエモーションで満たすような、爽快感のあるアルバムに仕上がっています。ベースと複数のギターが聴こえる部分がありますが、これはオーバー・ダビングで対応しているのでしょう。

 音楽的にはパンクを下敷きにしながら、テンポの切り替えや、楽器の満ち引きでコントラストを演出し、ただ突っ走るだけではないアイデアの豊富さを感じます。時に伸びやかで、時にため息のようにアンニュイな空気を醸し出す、アレックスのボーカリゼーションも、バンドのサウンドをよりカラフルにしています。

 1曲目の「Sixteen」を例にとると、イントロからしばらくはゆったりとしたテンポで、やや濁りのある歪み方をしたギターが、ボーンと1小節ごとにコードを弾き、ボーカルが伸びやかにメロディーを歌いあげていきます。再生時間1:05あたりで1回ブレイクし、その後にパンク的な疾走感あふれる演奏に切り替わるのですが、この展開が秀逸。アレックスの「Ready?」という声も素敵。

 こういうコントラストの作り方は、散々やりつくされており、一歩間違えばダサくなってしまいますが、この曲はダサさも無理やり感も、感じません。気合が理屈を上回っている感じが、伝わってくるからなのか。

 5曲目の「Leo」は、ボーカルのキュートな歌唱と、クランチ気味の音のギターによる、オシャレなカフェで流れていそうな雰囲気で始まりますが、その後に爆音がやってきます。わずか1分30秒ほどの曲ですが、静寂と爆音が循環して、コントラストが鮮烈な1曲です。

 2ピースであることが弱点ではなく、アドヴァンテージになっていると感じさせるほど、アイデアの詰まったアルバムです。食材の種類は少なくても、組み合わせ次第でいくらでも美味しい料理はできる!と言わんばかりに、カラフルで音楽の楽しさに溢れた作品。

 僕は2ピースというと、高橋久美子さんが脱退したあとのチャットモンチーを連想してしまうんですが、2ピースだからこそできる音楽って、実はまだまだいっぱいあるんだよなぁ、と思います。

 





Big Black “Pig Pile” / ビッグ・ブラック『ピッグ・パイル』


Big Black “Pig Pile”

ビッグ・ブラック 『ピッグ・パイル』
発売: 1992年10月5日
レーベル: Touch And Go (タッチ・アンド・ゴー)

 現在はレコーディング・エンジニアとして著名なスティーヴ・アルビニ(Steve Albini)が、1981年に結成したバンド、ビッグ・ブラック。本作はビッグ・ブラックが残した唯一のライブ・アルバムです。発売は1992年ですが、ソースとなったライブ音源は1987年のヨーロッパ・ツアーのもの。

 ビッグ・ブラックがどんなバンドなのか簡単にご紹介すると、リズム・マシーンが淡々とリズムを刻み、ベースもリズムをキープし、その上を暴力的なまでに歪んだ2本のギターが暴れまわる、というバンドです。

 前述したように、本作『Pigpile』はライブ・アルバム。1987年のレコーディングということで、音質に不安を持つ方もいらっしゃるかもしれませんが、彼らのスタジオ・アルバムと比較しても、全く遜色ないクオリティのサウンドです。むしろ、ギターの臨場感や、ドラムの各音のクリアな粒立ちなど、スタジオ音源を上回る部分もあるのではないかと思うほど。

 選曲もベスト的な内容で、演奏もサウンドも素晴らしく、ビッグ・ブラックのアルバムの中でも、積極的にオススメしたい1枚です。ライブ・レコーディングということで、演奏の迫力と臨場感には、すさまじいものがあります。

 1曲目の「Fists Of Love」から、ボーカルもギターも切れ味抜群。スタジオ・アルバムのギターの音は、もっと人工的で金属的な響きが全面に出ていて、それもかっこいいのですが、今作のサウンドの方が倍音を多く含み、重厚な響きを持っています。同時に、ビッグ・ブラックならではのノイジーでジャンクな響きも、損なわれてはいません。

 「One, two, fuck you!」というカウントから始まる3曲目「Passing Complexion」。耳をつんざくようなギターが疾走する、スピード感とスリル溢れる1曲です。

 8曲目の「Kerosene」は、多種多様なノイズ・ギターが堪能できる1曲。イントロから、耳障りな高音ギターと、野太く下品に歪んだギターが絡み合い、2本のギターが自由に暴れまわります。6分を超える曲ですが、展開が多彩で、途中でだれることもありません。

 アルバムを通してあらためて感じたのは、本作がライブ・アルバムでありながら、演奏とサウンドの両面で、スタジオ作品と同じクオリティを保っていること。そして、スタジオ・アルバムでのテンションが、ライブと同じぐらい高いということです。冷静に考えてみると、観客のいないスタジオで、あれだけのテンションで演奏しているのは、本当に凄いと思う。

 このアルバムの魅力をひとつ挙げるなら、やはりギターの音ということになります。「ノイズ・ギター」「轟音ギター」と言っても、その質にはいろいろと種類がありますが、本作で聴かれるギターの音には、無駄な倍音をそぎ落としたような、金属的でストイックな響きがあります。

 僕はアルビニ先生の信者なので、本作もぜひともオススメしたい1枚なのですが、この手の音楽が苦手な方がいるのは分かります。でも、ノイズと感じていたものが、ある日突然ヒーリング・ミュージックに変わる、ということもありますので、ぜひとも一度聴いていただきたいです。

 





Big Black “Songs About Fucking” / ビッグ・ブラック『ソングス・アバウト・ファッキング』


Big Black “Songs About Fucking”

ビッグ・ブラック 『ソングス・アバウト・ファッキング』
発売: 1987年9月10日
レーベル: Touch And Go (タッチ・アンド・ゴー)

 現在はプロデューサー(レコーディング・エンジニア)として有名なスティーヴ・アルビニ(Steve Albini)が、1981年に結成したバンド、ビッグ・ブラック。本作はビッグ・ブラックの2ndアルバムです。

 ビッグ・ブラックにはドラマーがおらず、代わりに「E-mu Drumulator」というドラム・マシーンを使用しています。ドラム・マシーンがリズムを刻み、ベースが下を支え、その上を2本のギターが暴れまわるというのが、このバンドの基本構成。本作『Songs About Fucking』でも、画一的なドラムのビートの上を、金属的なサウンドの歪んだギターが、存分に暴れます。

 前述したように、現在ではプロデューサーとして有名なスティーヴ・アルビニ。彼がレコーディングするサウンドは、「スタジオの空気まで録音する」と評されることがありますが、本作のサウンドも無駄をそぎ落とし、ナイフのような鋭さがあります。

 1曲目「The Power Of Independent Trucking」から、フルスロットルの演奏が展開します。激しく歪みながら、無駄な倍音はそぎ落としたような、耳障りなギター。金属的なキーンとした響きが、耳に突き刺さります。

 2曲目「The Model」は、ややテンポを落とすことで、下品に歪んだ(褒め言葉です)ギターのサウンドをじっくりと堪能できます。本当に耳障りで、いわゆるハードロック的な重厚な歪みとは、一線を画したサウンド。

 4曲目「L Dopa」は、アップテンポの1曲。2本のギターが、溶け合いながら疾走します。6曲目「Colombian Necktie」も、なにがなんだかわからないぐらい歪んだギターのサウンドが、脳を揺さぶるような1曲。

 8曲目「Ergot」は、イントロから高音が耳障りに響く1曲。静と動を無理やりに行き来するような展開も素晴らしい。

 14曲目に収録されている「He’s A Whore」は、チープ・トリック(Cheap Trick)のカバー曲。レコード時代には未収録でしたが、CD化に際して追加収録されています。

 21世紀を迎えた現在のサウンドから比較すると、ドラム・マシーンのサウンドはチープに響きます。しかし、チープなサウンドの上をジャンクでノイジーなギターが暴れまわるバランスが、一度ハマると抜け出せなくなります。ジャンクで高カロリーなラーメンにハマる感覚と、近いかもしれません。

 僕自身は、ビッグ・ブラックは全くリアルタイムな世代じゃないのですが、それでもハマったので、時代を超えた普遍的魅力を、このアルバムは持っていると思います。ただ、誰にでもオススメできるかって言うと、そうでもないのが事実。

 一部に人には必ず刺さりますし、潜在的にはこの種の音楽を気にいる人って、もっといると思いますので、少しでも気になったら、ぜひとも聴いてみてください!