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Art In Manila “Set The Woods On Fire” / アート・イン・マニラ『セット・ザ・ウッズ・オン・ファイア』


Art In Manila “Set The Woods On Fire”

アート・イン・マニラ 『セット・ザ・ウッズ・オン・ファイア』
発売: 2007年8月7日
レーベル: Saddle Creek (サドル・クリーク)

 アズール・レイ(Azure Ray)のメンバーである、オレンダ・フィンク(Orenda Fink)を中心に結成された6人組バンド、アート・イン・マニラの1stアルバム。ネブラスカ州オマハのレーベル、Saddle Creekからの発売で、エンジニアをジョエル・ピーターセン(Joel Petersen)が務めるなど、メンバーもスタッフもオマハを中心とした人脈で固められています。

 曲によってアコースティック・ギターが中心となったり、歪んだギターが前に出たりと、サウンドのレンジが広いアルバムですが、今作の特徴はなんと言ってもオレンダ・フィンクの声です。アンニュイで、ときには幻想的と言えるほどの雰囲気を持った彼女の声と、6人編成による分厚いバンド・アンサンブルが融合する1作。

 1曲目の「Time Gets Us All」は、揺れるようなギターと、透明感のあるピアノの単音が、オレンダの声と溶け合う美しい1曲。幻想的で、ヴェールがかかったような雰囲気とサウンド・プロダクションです。

 2曲目「Our Addictions」は、1曲目とは耳ざわりが一変し、イントロから歪んだギターが入り、ロック色の強い1曲。ですが、オルガンの音色とボーカルの声によって、全体としては1曲目と同じく幻想的な雰囲気が漂う曲です。

 3曲目「The Abomination」は、アコースティック・ギターの軽やかなコード・ストロークから始まる1曲。ボーカルはアコースティック・ギターの音質に近い声色で、伴奏とメロディーが溶け合うような心地よさがあります。

 5曲目はアルバム表題曲の「Set The Woods On Fire」。ため息のようなアンニュイなボーカルと、ピアノとベースのみのイントロから始まりますが、再生時間0:20あたりからフルバンドになり、躍動感あるグルーヴを生み出していく展開。

 8曲目「The Sweat Descends」は、ため息のような、ささやきのようなボーカルが耳に残る1曲。ここまでは幻想的であったり、どこか神聖な雰囲気がある曲が続きましたが、この曲はカフェで流れていてもおかしくないようなポップさと軽さを持っています。

 アルバムを通して、音楽性の幅が広く、多才な6人のメンバーがそろったアンサンブルも随所にフックがあり、聴きごたえのある1枚です。しかし、前述したとおり、やはりこのアルバムを代表するのはオレンダ・フィンクの個性的な声。

 彼女の声は、楽器と溶け合うようなサウンドを持っていて、バンドと有機的に音楽を作り上げています。幻想的な彼女の声に彩られて、アンサンブル全体も幻想的に響くように感じられるところもあります。幻想的といっても音響のみを追求したバンドというわけではなく、いきいきとした躍動感も持ち合わせた作品です。

 再生すると、まるで部屋の中に深い霧がたちこめるような、幻想的な1枚。

 





Archer Prewitt “Wilderness” / アーチャー・プレヴィット『ウィルダーネス』


Archer Prewitt “Wilderness”

アーチャー・プレヴィット 『ウィルダーネス』
発売: 2005年1月25日
レーベル: Thrill Jockey (スリル・ジョッキー)

 ザ・シー・アンド・ケイク(The Sea And Cake)のギタリストとしても知られる、アーチャー・プレヴィット4枚目のソロ作。様々な楽器を導入し、カラフルでにぎやかな音とアンサンブルで溢れていた、前作『Three』。それと比較すると、今作はより歌にフォーカスし、シンプルな音が響きます。

 前作『Three』も、各楽器がナチュラルで混じり気のないサウンドを持っていましたが、今作はアコースティック・ギターを中心に据えて楽器の数を絞った分、さらにオーガニックな印象が増しています。また、アルバム全体が帯びる雰囲気としても、フォーク色が濃くなっています。メロディーも前作より哀愁を感じるものが多く、歌が前景化されています。

 アコースティック・ギターを中心としながら、弾き語りのようなアレンジではなく、ゆるやかにバンド全体が躍動するような、グルーヴ感のある1枚でもあります。

 2曲目「Leaders」では、早速アコギ、ベース、ドラムが、わずかにスウィングする心地いいアンサンブルを展開。ドラムの絶妙なタメと、ボーカルのメロディーとの関係性も、音楽のフックになっています。

 7曲目「Think Again」には、ヴィブラフォンが使用され、アコースティック・ギターとのサウンドの溶け合いが心地いい1曲。

 9曲目「O, Lord」は、アコギを中心にゆったりとしたイントロから始まり、再生時間0:30あたりから突然ドラムが連打で入ってきます。フォーキーなサウンドながら、静と動のコントラストが鮮烈。

 前述したように、前作『Three』はカラフルでポップなアルバムでしたが、今作『Wilderness』はそれと比較すると、よりルーツ・ミュージックの香り漂う作品です。前作が7色のアルバムだとすると、今作はジャケットのデザインに近い、アイヴォリーや薄い茶色のイメージ。

 しかし、今作は地味で退屈なアルバムかというと、そんなことは全くなく、アコースティック・ギターの響きだけでも多彩で、グルーヴ感も持った作品です。歌の強さという意味でも、今作の方が表現に深みがあると思います。あとは好みの問題ですが、僕個人は前作『Three』の方が好きですね。

 





Archer Prewitt “Three” / アーチャー・プレヴィット『スリー』


Archer Prewitt “Three”

アーチャー・プレヴィット 『スリー』
発売: 2002年6月4日
レーベル: Thrill Jockey (スリル・ジョッキー)

 カクテルズ(The Coctails)とザ・シー・アンド・ケイク(The Sea and Cake)のメンバーとしても知られる、アーチャー・プレヴィットの3作目。出身はケンタッキー州ですが、主にシカゴのシーンで活動しています。ちなみに、彼は漫画家(cartoonist)としても活動しており、1992年から「Sof’ Boy」という作品を発表。

 「オーガニックな」という形容詞を使いたくなるぐらい、ナチュラルでシンプルな音で構成されるアルバムです。しかし、サウンド・プロダクションとアンサンブルは、ルーツ・ミュージック的な意味でのカントリーやフォークとは違う、モダンな雰囲気。どちらかと言うと、ギターポップに近い耳ざわりの作品です。

 クリーン・トーンを基本にしながら、こだわりが感じられるギターのサウンドとフレーズ、シンセサイザーだと思われる電子音の使い方が、このアルバムをカラフルな印象にしているのだろうと思います。一聴するとシンプルなのに、それぞれの素材は丁寧に吟味し、組み上げられていることが随所に窺えます。

1曲目の「Over The Line」では、イントロからゆらめくようなギターのフレーズに、押し寄せる波のようにバンドが続き、グルーヴが形成されていきます。

 2曲目の「Tear Me All Away」はテンポを上げ、このアルバムの中ではラウドなサウンドの1曲ですが、牧歌的で暖かみのあるボーカルと、緩やかに体を揺らすグルーヴが心地よく、「うるさい」という感じはありません。

 5曲目の「I’m Coming Over」は、ギター、ベース、ピアノがそれぞれ違うことをやりながら、重なり合い、グルーヴが形成されていく心地よい1曲。

 13曲目「The Race」は、流れるようなギター・フレーズと、歌のメロディーが絡み合う、美しい1曲。音数の少ないアンサンブルですが、シンセサイザーと思われる電子音が、ヴェールのように優しく全体を覆いこみ、スカスカな印象はありません。

 サウンド・プロダクションもアンサンブルも、ナチュラルかつ優しく、聴いていると、ある晴れた春の日にピクニックをしているような気分になれるアルバムです。ピアノやストリングスやフルートなど、多くの楽器が使用されていますが、それぞれ適材適所で使いすぎるところが全くありません。

 各楽器のサウンド自体もそうですが、オーバー・プロデュースにならず、素材の良さを生かして、丁寧にアンサンブを作り上げているところが、この作品の魅力です。

 





Rodan “Rusty” / ロダン『ラスティ』


Rodan “Rusty”

ロダン 『ラスティ』
発売: 1994年4月4日
レーベル: Quarterstick (クォータースティック)
プロデュース: Jake Lowenstein (ジェイク・ローウェンスタイン)

 ケンタッキー州ルイヴィルで1992年に結成されたロダンが残した、唯一のアルバムが本作「Rusty」です。スリント(Slint)と並んで、ルイヴィルを代表するバンドであり、その後のマスロック、ポストロック勢へ大きな影響を与えたバンドでもあります。シカゴの名門Touch And Goの姉妹レーベル、Quarterstickより発売。

 轟音と静寂を行き来し、複雑なリズムが絡み合うアンサンブルは、まさにマスロックのひとつの源流と言えます。シャウトとスポークン・ワード、クリーントーンとディストーション、といった対比的なサウンドがせめぎ合うところも、本作の聴きどころ。音圧の高いパワフルなサウンドではなく、当時の雰囲気を感じさせる、感情を抑えたような音像も特徴です。

 2曲目の「Shiner」以外は、すべて6分を超える長尺な曲が収録されていますが、単純に静と動が循環するだけではなく、スリルと緊張感を持って、次々と展開するため、途中でだれることもありません。

 1曲目の「Bible Silver Corner」は、ゆったりとしたテンポで、各楽器が探り合うように、徐々に音楽が躍動を始める1曲。不穏な空気が充満し、緊張感を伴ったまま曲は進行していき、どこかで暴発するのかと思いきや、そのまま終わります。

 しかし、2曲目の「Shiner」で、1曲目の重たいリズムと雰囲気を吹き飛ばすように、イントロから初期衝動の表出のようなギターとボーカルが鳴り響きます。アルバムを通しての緩急のつけ方も秀逸。

 3曲目「The Everyday World Of Bodies」は、12分近くに及ぶ大曲。硬質な歪みのギターと、手数は少ないのに複雑なドラム。感情の暴発のようなボーカル。ポストロックとハードコアの要素を、共に色濃く持った1曲。叫ぶようなボーカルと、ぶつぶつと囁くようなスポークン・ワードのコントラストも鮮烈。溜め込んだ憂鬱と、爆発する不満が、共に音楽として昇華されたような曲です。

 4曲目「Jungle Jim」は、静寂と轟音を行き来するコントラストが鮮やかな1曲。ぶつぶつと独り言のような声と、絞り出すようなシャウトを使い分ける、ボーカリゼーションの幅も広いです。

 6曲目「Tooth Fairy Retribution Manifesto」は、つぶれたような激しく歪んだギターと、クリーントーンがアンサンブルを形成し、共存する1曲。

 ポストロックの古典的名盤のひとつと言えます。今、聴いても十分に刺激的で、クオリティの高い1枚。サウンド面では、現代的な音圧高めでレンジの広いサウンドに比べると、ややパワー不足な印象を持たれる方もいるかもしれません。

 でも、独特のざらついた音色のディストーション・ギターなど、この時代ならではの耳ざわりがあって、僕はこのような音質も好きです。

 





Aloha “Some Echoes” / アロハ『サム・エコーズ』


Aloha “Some Echoes”

アロハ 『サム・エコーズ』
発売: 2006年4月11日
レーベル: Polyvinyl (ポリヴァイナル)

 オハイオ州出身のバンド、アロハの4thアルバムです。アルバムによって若干のアプローチの差異はあるものの、彼らの音楽に共通するのは、エモ的な疾走感とメロディー、ポストロック的な凝ったアンサンブルと音響、というふたつの相反する(と一般的に考えられる)要素を、見事に共存させていることです。ヴィブラフォンの使用は、その象徴と言えます。

 本作『Some Echoes』は、彼らのアルバムの中では、エモ的なスピード感や激しさは控えめに、音響的な要素が色濃い、メローな1作。鍵盤とヴィブラフォンが随所でフィーチャーされ、インストのポストロックとしても通用するアンサンブルが展開されます。

 同時に、彼らの長所のひとつである、泣きのメロディーも健在。若々しくエモーションを爆発させて疾走するエモというより、若さ故の感傷や憂鬱を紡いでいく、といった感じのエモさが溢れるアルバムです。また、アコースティック・ギターが多用されているため、フォーキーな雰囲気も漂います。

 アロハは、サウンド・プロダクションも毎回すばらしいんですが、今作も楽器の音が生々しく、非常に良い音でレコーディングされています。

 1曲目「Brace Your Face」のイントロから、早速ヴィブラフォンが活躍。音数を絞ったアンサンブルの中で、中心的な役割を担っています。ギターとドラムが、徐々に緊張感と加速感を演出するようなアレンジも秀逸。再生時間1:56あたりからの、ギターとヴィブラフォンが絡む間奏も、このバンドの特異性を端的にあらわしていると思います。

 3曲目の「Your Eyes」は、ヴィブラフォンが入っていなければ、ミドルテンポのエモ・ソングといった感じの雰囲気。しかし、ヴィブラフォンが味付け程度ではなく、大々的に使用されることで、音楽性とサウンドの幅が格段に広がっていることが実感できる1曲。

 6曲目「Come Home」は、イントロからストリングスが使用され、バンドが入ってきてからの立体的なアンサンブルが心地よい1曲。ドラムとパーカッションの音が特に良い。

 10曲目「Mountain」。ぎこちないぐらい前のめりに、バンドをアジテートするようなイントロのドラム。その後に入ってくるギターとキーボードが、曲を鮮やかに彩っていく、アロハ得意の展開。

 前述したように、アロハの他のアルバムと比較すると、エモ的なサウンドとスピードよりも、アコースティック・ギターやヴィブラフォンが活躍する、フォーキーな音像の1枚です。しかし、ディストーション・ギターや、わかりやすいアップテンポに頼らずとも、アンサンブルによってドラマチックな展開を演出していて、完成度の高いアルバムであると思います。オルタナ・カントリーが好きな方にもオススメ!