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Neko Case “Blacklisted” / ニーコ・ケース『ブラックリステッド』


Neko Case “Blacklisted”

ニーコ・ケース 『ブラックリステッド』
発売: 2002年8月20日
レーベル: Bloodshot (ブラッドショット), Matador (マタドール), ANTI- (アンタイ)
プロデュース: Craig Schumacher (クレイグ・シューマッハ)

 「Neko Case & Her Boyfriends」名義も含めると、ニーコ・ケース3枚目のアルバム。2002年に発売された際には、アメリカ国内ではシカゴのオルタナ・カントリー系レーベル、Bloodshotから、ヨーロッパではニューヨークの名門レーベル、Matadorからリリース。そして、2007年にはANTI-から再発されています。

 アコースティック・ギターに加え、曲によってはバンジョーやスティール・ギターの音も聞こえ、根底にカントリーがあるアルバムなのは間違いありません。しかし、ニーコの声をはじめ、全体的にリバーブがかかったような音像を持っており、ローファイかつ幻想的な雰囲気も漂う作品です。

 ニーコ・ケースと言えば、オルタナ・カントリーの文脈で語られることが多く、前述したように本作もオルタナ・カントリーを得意とするインディペンデント・レーベル、Bloodshotからリリースされています。

 しかし、彼女の音楽性が毎回、ワンパターンかというと全くそんなことは無く、むしろカントリーをはじめとしたルーツ・ミュージックを、毎回違った方法で現代的に再構築しています。言い換えれば、根底には共通するものがありつつ、アプローチは毎回異なり、常に新しい音楽をクリエイトしているということ。

 本作『Blacklisted』も、カントリーにオルタナ的なディストーション・ギターを加えた、というような単純な折衷主義ではない、こだわりと技巧が随所に感じられる1作です。

 1曲目の「Things That Scare Me」では、イントロから複数のギターとバンジョーが絡み合うようにグルーヴを生み出し、躍動感をもって曲が進行していきます。使われている楽器もアレンジもカントリー色が強いのですが、ニーコの伸びやかなボーカルにはリバーブのようなエフェクトがかかり、どこかローファイな雰囲気。そのコントラストによって、カントリー要素を薄め、懐かしくも古さは感じないサウンド・プロダクションに仕上がっています。

 3曲目の「Outro With Bees」は、イントロからピアノとチェロが使われ、牧歌的な雰囲気。アコースティック・ギターのストロークからは、カントリーの香りが漂いつつ、それだけにとどまらない音楽的な奥行きが感じられる1曲です。この曲も、全体に朝靄がかかったようなサウンド・プロダクションで、幻想的な空気が増しています。

 アルバム表題曲の10曲目「Blacklisted」は、スティール・ギターのような響きも聞こえ、楽器の数が多い1曲。重層的なアンサンブルが、ただでさえサイケデリックな空気を醸し出しているのに、この曲でも全体にリバーブのような処理がなされ、ますますサイケ感を強めています。各楽器の音も良い。

 アルバム全体として、カントリーをはじめとしたルーツ・ミュージックの要素を、ローファイやサイケを思わせるサウンドで、再構築したような作品です。

 使用している楽器的にはブルーグラスを感じさせるところもありますが、できあがった音楽はどこかサイケでローファイな耳ざわりをしていて、このあたりのバランス感覚が、ニーコ・ケースの優れたところであると思います。

 





Neko Case “Fox Confessor Brings The Flood” / ニーコ・ケース『フォックス・コンフェッサー・ブリングズ・ザ・フラッド』


Neko Case “Fox Confessor Brings The Flood”

ニーコ・ケース 『フォックス・コンフェッサー・ブリングズ・ザ・フラッド』
発売: 2006年3月7日
レーベル: ANTI- (アンタイ)
プロデュース: Darryl Neudorf (ダリル・ニュードーフ)

 ヴァージニア州アレクサンドリア出身の女性シンガーソングライター、ニーコ・ケースの4thアルバム。ただし、1stアルバムと2ndアルバムは、「Neko Case & Her Boyfriends」名義でのリリースです。

 あくまでアコースティック・ギターと歌を中心にした、フォークやカントリーを感じさせるサウンドでありながら、立体的なアンサンブルが展開され、モダンな空気も持った1枚。

 しかし、全体的な空気がカントリー臭くなりすぎないのは、ちょっとしたフレーズや音作りに、特定のジャンルからの借り物ではないアプローチを取り入れているから、そんなところに理由があるのではないかと思います。

 例えば1曲目の「Margaret Vs. Pauline」。ゆったりとしたテンポで、基本的にはカントリー然とサウンドとアレンジであるのに、再生時間0:26あたりで入るピアノの上昇していくフレーズが、現代的でオルタナティヴな空気をもたらします。

 このフレーズのように、音楽のフックにもなり、オルタナティヴな味付けをプラスするポイントが、随所に見つかります。この曲に関していえば、ピアノは全編で、いい意味で耳に引っかかる素晴らしいプレイをしています。

 3曲目「Hold On, Hold On」は、イントロからエコーのかかったボーカルと、空間系のエフェクターを使用した複数のギターが、幻想的な雰囲気を作り出しています。再生時間0:32あたりでドラムが入ると、途端にソリッドな音像に。このようなコントラストの作り方も、アルバムに彩りを添えています。

 アルバムのタイトルにもなっている6曲目の「Fox Confessor Brings The Flood」は、空間系のエフェクターがかかった、にじんで広がっていくようなギターのサウンドと、力強く伸びやかなニーコの声が溶け合う1曲。

 12曲目「The Needle Has Landed」は、緩やかにグルーヴするフォークロックのようでありながら、ストリングスと、ギターが音楽に奥行きを与えています。ヴァースとコーラスでの、ドラムのリズムの切り替えも良い。

 前述したようにカントリーを基本にしたアルバムですが、アレンジと音作りには、現代的な空気が漂います。ルーツ・ミュージックをロックの方法論で解体・再構築するというのは、USインディーの得意分野のひとつですが、このアルバムはルーツを現代的に組み換えるときのバランスが絶妙。

 また、アルバムを通して聴いてみると、カントリー以外にも、ゴスペルやブルース、初期ロックンロールの影響も感じられます。ルーツ・ミュージックをリスペクトし、その要素はしっかりと保存しつつ、回顧主義には陥らず、モダンな作品に仕立てた名盤だと思います。

 





Edith Frost “Telescopic” / イーディス・フロスト『テレスコピック』


Edith Frost “Telescopic”

イーディス・フロスト 『テレスコピック』
発売: 1998年10月20日
レーベル: Drag City (ドラッグ・シティ)
プロデュース: Neil Hagerty (ニール・ハガーティ), Jennifer Herrema (ジェニファー・ヘレマ)

 テキサス州サンアントニオ出身の女性シンガーソングライター、イーディス・フロストの2ndアルバム。

 1stアルバム『Calling Over Time』と、4thアルバム『It’s A Game』でプロデューサーを務めているリアン・マーフィーは、今作ではドラマーとしてレコーディングに参加しています。代わってプロデュースを手掛けるのはニール・ハガーティとジェニファー・ヘレマの2人。このコンビは、クレジット上は「Adam And Eve」と表記されています。

 イーディス・フロストの音楽は、根底に共通する部分も持ちながら、アルバムによってかなり耳ざわりが異なります。本作は彼女のアルバムのなかで、最もノリが良く、ラウドなサウンドを持った1枚と言えるでしょう。と言っても、轟音ギターがガンガンに鳴り響く作品ではありません。

 彼女の音楽の特徴は、フォークやカントリーを下敷きにしながら、実験的なアプローチを導入し、現代的なサウンドに丁寧に仕上げるところです。そのため「オルタナ・カントリー」のジャンルに括られることもしばしば。本作も、ルーツ・ミュージックへのリスペクトも感じさせながら、テンポを上げ、エレキ・ギターやキーボードが、サウンドに彩りを加えています。

 1曲目「Walk On The Fire」は、ローファイな歪みのギターと、ドタバタしたドラム、遠くで鳴る電子音のような音と、イーディスの幻想的な声が、絶妙なバランスで溶け合う、アルバム中屈指の完成度のトラックです。

 2曲目「On Hold」は、ややポリリズミックな構成のアンサンブルが心地よい1曲。アコースティック・ギターなど、鳴っている音自体には奇をてらったところはないのに、全体として聴くとサイケデリックな雰囲気を醸し出します。

 4曲目の「The Very Earth」は、スライドギターとアコースティック・ギターが、カントリーを思わせる1曲。でも、イーディスの浮遊感のあるカントリーくさくないボーカルのためか、全体としてはカントリーの印象はそこまで強くなく、モダンな耳ざわり。

 6曲目はアルバム表題曲の「Telescopic」。アコースティック・ギターのコード・ストロークを中心に据えたアレンジですが、どこか濁りを感じるコードの響きと、迫りくるようなチェロの音が、サイケデリックな香りをふりまきます。

 11曲目「Tender Kiss」は、フォーキーなサウンドに、パーカションがオルタナティヴな雰囲気をプラスします。ストリングスも入っていますが、ストリングスらしくない使われ方で、民謡をオルタナティヴ・ロックの方法論で再構築したような1曲。

 イーディス・フロストは大好きなんですが、このアルバムは特にオススメしたい1枚です。ルーツ・ミュージックとインディー・ロックが、理想的な融合を果たした作品であると思います。

 本作『Telescopic』と、2ndアルバム『Wonder Wonder』は、心からオススメしたい作品! ぜひ聴いてみてください!

 





Kurt Vile “Smoke Ring For My Halo” / カート・ヴァイル『スモーク・リング・フォー・マイ・ハロ』


Kurt Vile “Smoke Ring For My Halo”

カート・ヴァイル 『スモーク・リング・フォー・マイ・ハロ』
発売: 2011年3月8日
レーベル: Matador (マタドール)
プロデュース: John Agnello (ジョン・アグネロ)

 The War On Drugsの元メンバーとしても知られる、ペンシルベニア州出身のミュージシャン、カート・ヴァイルのソロ名義としては4作目のアルバム。

 カート・ヴァイルの音楽を聴くといつも感じるのは、ギター・サウンドの多彩さ。同時に、歪みでもクリーントーンでもアコースティックギターでも、どこかジャンクな響きを残していること。また、多種多様なサウンドなのに、どこかローファイな雰囲気は共通して持っています。

 ギターの音色だけではなく、サウンド・プロダクション全体にも彼独特のジャンクでサイケデリックな雰囲気が充満していて、彼特有のこだわりと方法論があることが垣間見える作品でもあります。

 本作は、彼得意のディストーションギターは控えめに、アコースティック・ギターとクリーントーンのギターが中心に据えられていながら、実に多彩なギター・サウンドが響きます。

 1曲目の「Baby’s Arms」は、アコースティック・ギターのまわりに電子音がまとわりつくような、幻想的なアレンジ。アコースティック・ギターによる弾き語り中心のアレンジなのに、浮遊感のある音が飛び交い、サイケデリックな雰囲気も漂う1曲です。

 2曲目の「Jesus Fever」では、コーラスなどの空間系のエフェクターを使っているのでしょうが、立体感と濁りのあるクリーントーンのギターが聴こえます。みずみずしさの中に、わずかに不穏な空気が含まれたようなサウンド。

 6曲目「Runner Ups」は、弾力性を感じるアコースティック・ギターのサウンドと、そのまわりで鳴る電子音、パーカッションのリズムが、多層的に重なっていく1曲。

 7曲目「In My Time」は、打ち込みらしきリズムと、ナチュラルな音色のアコースティック・ギターが響く1曲。本作はアコースティック・ギターも、不思議なサウンドを持った曲が多いのですが、この曲はオーガニックな耳ざわり。流れるようなアンサンブルも心地よい。

 ディストーションギターは控えめに、アコースティック・ギターを多用したアルバムながら、単調なサウンドだという印象のないアルバム。カントリーやフォークといったルーツ・ミュージックも感じさせながら、オルタナ・カントリー的な解釈とは異なる、ローファイ感覚を織り交ぜています。「ローファイ・カントリー」といった雰囲気の1枚。

 





Kurt Vile “Childish Prodigy” / カート・ヴァイル『チャイルディッシュ・プロディジー』


Kurt Vile “Childish Prodigy”

カート・ヴァイル 『チャイルディッシュ・プロディジー』
発売: 2009年10月6日
レーベル: Matador (マタドール)
プロデュース: Jeff Zeigler (ジェフ・ゼイグラー)

 The War On Drugsの元メンバーとしても知られる、ペンシルベニア州出身のミュージシャン、カート・ヴァイルのソロ名義としては3枚目のアルバムです。

 空間系エフェクトのかかった、揺らめくようなクリーントーンから、耳をつんざくような歪みまで、色とりどりのギター・サウンドが聴ける本作『Childish Prodigy』。ギターをはじめ、サウンド・プロダクション全体が、ジャンクでローファイな耳ざわりの1作です。

 揺らめくようなギターのサウンドにはサイケデリックな香りも漂い、サイケデリック・ジャンク・ロックとでも言うべきアンサンブルと音像を作り上げています。

 1曲目の「Hunchback」は、ピアノらしき音が淡々とリズムを刻み、満ち引きを繰り返す波のようにギターがリフを弾き続け、徐々にトリップ感が高まる1曲。けだるく感情を吐き出すようなボーカルの声も、各楽器のサウンドとマッチして、ジャンクな空気感を演出しています。

 2曲目「Dead Alive」は、透明感のあるクリーンなギターと、耳障りな高音ノイズが溶け合う絶妙なバランスの1曲。相反するサウンドがコントラストをなすのではなく、一体となって、独特のざらついた空気感を作っています。エモーショナルに感情を吐き出すようなボーカルも良いです。

 4曲目「Freak Train」では、ドラムマシンを使っているのか、均質でぶっきらぼうなリズムのドラムが響きます。その上に複数のギターが乗っかり、疾走していく1曲。サックスの音色も、アクセントになっています。

 6曲目の「Monkey」は、リチャード・ヘルやソニック・ユースのサーストン・ムーア、スティーヴ・シェリーらが組んでいたバンド、ディム・スターズ(Dim Stars)のカバー。7曲目「Heart Attack」は、弾力性のある独特のクリーンサウンドの2本のギターが絡み合う1曲。

 9曲目は「Inside Looking Out」。スケールの大きなオーケストラルなアレンジながら、各楽器のサウンドはジャンクで下品。インディー・ジャンク・オーケストラといった趣で、これは名曲だと思います。

 このアルバムを言語化しようと思考を巡らすと浮かんでくるのは…チープ、ジャンク、サイケデリック。チープだと言うのは単純に安っぽいという意味ではなく、音圧高めレンジ広めのハイファイな音とは一線を画しているという意味です。ローファイというジャンルに括られることも多い、カート・ヴァイルらしい1作と言えるでしょう。

 前述したように、僕は9曲目の「Inside Looking Out」が特にお気に入りです。未聴の方は、ぜひ聴いてみてください!